第354話
信康はオストルが居る所に行くと、自由自在をオストルに渡してブルーサンダーから下馬した。
「ふぅ・・・初めての馬上槍試合だったから、流石に疲れたな」
信康は額に流れる汗を手で拭った。
「いやぁ、本当に勝つとは思わなかったよ」
オストルは驚いた顔をしていた。
それは信康と賭博をしていた、エストーラも同様であった。
「よーし。どうだ? エストーラ。俺が勝ったぞっ!」
信康はエストーラに向かって、ガッツポーズを決めた。
「っ・・・・・・はぁ」
悔しそうな表情を一瞬だけ浮かべた後、エストーラは力無く溜息を吐いた。
それから信康に向かって、軽く拍手をし始めた。
「いやぁ、あたしの完敗だよ。神様が認めた男を選ばなかった、あたしの敗けだね」
エストーラは感嘆した様子で、信康をそう言って称賛した。
「はは。聖女様にそう言って褒めて貰えるのは、悪くない気分だ。それが美女なら、尚更良い」
信康は気持ち良さそうに、エストーラの賞賛を喜んで受け入れていた。
そんな信康の様子を見て、エストーラはスッと目を細めて顔を近付けた。
「お前、本当に初めてだったんだろうな?」
「嘘じゃねぇって。本当に初めてだよ・・・それより俺はちゃんと試合に勝ったんだから、賭けの内容は覚えているよな?」
「・・・忘れてねぇよ。借り一つだろ?」
エストーラの発言を聞いて、信康は満足そうに頷いた。
「あたしに用が出来たら、マーフィア教団に連絡を入れな。あばよ」
エストーラはそれだけ言うと、訓練場から去って行った。
エストーラを見送っていると、先刻まで馬上槍試合をしていたシーリアが馬から降りてやって来た。
後ろには、付き添いの女性も居た。
「御苦労、良い試合だったな」
信康は取り敢えず、試合での事を軽く褒めた。
するとシーリアは兜に取った。
兜を取った事で、シーリアの素顔が露わになった。
競技用の為にプラチナブロンドの髪を、クラウンブレイドにしていた。
群青色の瞳。切れ長の目元。見目麗しい顔立ち。
十代後半の年頃だと見る信康。
「改めて、御挨拶申し上げる。私はシーリア・フォル・レダイムと申します」
「レダイム?」
その家名を聞いて、信康は何処かで聞いた覚えがあると思った。
「ああ、思い出した。君って現当主のアルディラ・フォル・レダイム様の姪っ子さんでしょう?」
「はい。その通りです。フォーマシア卿。五勇士の一人として名高い貴方にも、今日御会い出来て光栄です」
「そう言われちゃうと、照れちゃうなぁ~やっと思い出したよ、その鎧の胸元に刻まれた家紋。レダイム侯爵家の家紋だったの、すっかり忘れてた」
オストルは喉に引っ掛かっていた骨が、漸く取り除けたかと言わんばかりにすっきりした顔をする。
「・・・・・・」
そんなオストルの様子を見て、信康は顔を手で覆うしか無かった。
「・・・どうしてそう言う重要な情報を、そうやって簡単に忘れられるんだよ」
「え~だって勝負にはどうでも良い事じゃん。それともシーリアがレダイム侯爵家だって知ってたら、ノブヤスはわざと敗けてたの?」
「うっ・・・そりゃ、普通に全力で勝負してたぞ。勿論」
信康はオストルの鋭い正論を受けて、声を詰まらせながらもそう答えた。
本心ではあるのだが仮に敗けようとしたなどと言えば、眼前に居るシーリアへの侮辱に他ならないからである。
「だったら、問題無いよね」
オストルにそう念押しされた信康は、ぐっと自身を堪える他に無かった。
「ああ、ゴホン。お初にお目に掛かる。既に知っているとは思うが、信康・フォン・レヴァシュテインだ。改めてよろしく頼む」
貴族流の挨拶をしながら、後ろを振り返る信康。
(おい、貴族に挨拶する時はこんな感じで良いのか?)
(それで良いよ。君って、そんな挨拶に拘るタイプだったの?)
(初対面の人に、無礼は不味いだろう。向こうは礼儀を尽くしているのに、傍若無人な態度など取れる訳あるか)
(まぁ、それもそうだね)
信康は目でオストルと会話した。
「あの、何か?」
「いえ、別に。それはそうとレダイム侯爵家の方が、自分に何用で?」
「レヴァシュテイン卿の馬上槍試合の腕前が、大変素晴らしかったので是非お話がしたかったのです」
「ありがとうございます、シーリア嬢」
シーリアが褒めてくれるようなので、信康は頭を下げた。
「レヴァシュテイン卿の実力を見るに、もしかして他国で馬上槍試合はした事があるのですか?」
「いえいえ、今日が初めての試合ですよ」
信康がそう言ったのを聞いて、シーリアと付き添いの女性は驚いた顔をした。
内心どうしてそんな顔をするんだと思う信康に、オストルが隣に来て囁く。
「このシーリアってお嬢さんはね、現在馬上槍試合で三回連続で優勝する程の腕前なんだよ。それにステラの愛弟子の一人でもあるし、あのフェリビアと槍の腕を競える位の実力がある。プヨでも十本の指に入る槍術師なんだ」
「・・・・・・」
オストルから知らされた、シーリアの輝かしい経歴を知って信康は呆然となる。
(俺、そんな凄い女に勝っちまったのか?・・・この衆目の中で?)
信康は漸く観客達が、呆然としていた理由を察する事が出来た。
「・・・まぁビギナーズラックと言う言葉もあります。また試合が出来たら、やってみたいものです」
「私は運だけで敗けたなどとは、思いたくありません。ですがまた試合がしたい事には、私も同意見です。機会があれば、その時は是非」
信康とシーリアは、その場で握手を交わした。
「貴方達、こんな所で何をしているの?」
すると其処へシーリア達の後ろから、一人の女性の声が聞こえて来た。四人は声がした方に顔を向けると、其処に居たのはステラとリカルドだった。
「これはステラ女史。御疲れ様です」
信康はステラを見て一礼する。
「あ、ステラ。お疲れ~」
オストルは相変わらずのほほんとした様子で、ステラに声を掛けた。
信康はその間に、リカルドを見る。
リカルドは愛槍を杖にしながら、やっとの思いで立っていた。
目は虚ろで、立っているのもやっとと言う状態だ。
(どんな訓練をしたんだ?)
リカルドの様子を見て、ちょっと引いていた。
「これは、師匠。御久し振りです」
シーリアはステラを見て、直ぐに挨拶をして頭を下げた。どうやらオストルが言う様に、ステラとは師弟関係にあるみたいだった。
「師匠はどうして此処に?」
「ちょっとした縁で、馬上槍試合の指導をしているのよ。此処のリカルドと、其処に居るノブヤスにもね。簡単に言えば二人共、貴女の弟弟子になるのよ」
ステラはそう言って、信康とリカルドをシーリアに紹介した。
「成程、そうだったのですか」
ステラの話を聞いて、シーリアは何かに納得したような顔をしていた。
そんなシーリアの様子を見て、信康は勘違いはしないでくれよと思うしか無かった。




