第353話
「初めて試合をするんだから、リラックスだよ。負けたって笑い者になる訳じゃないんだから」
「それもそうだな。寧ろ負けてその話が広まったら、あの馬鹿共が侮ってくれて、ありがたいと思う事にするよ」
オストルが自由自在を渡してくれたので、それを受け取り信康は周囲を見る。すると訓練場では、ある人物の登場でざわついていた。
「へぇ? 随分と面白い事になってんじゃねぇか」
「ん?・・・あんたは、エストーラかっ? 何で訓練場に居るんだ?」
聖女の一人と言う思わぬ人物の登場に、信康は驚いていた。エストーラはニヤッと信康に笑いながら、信康に話し掛ける。
「フラムから聞いたんだよ。馬鹿共がノブヤス達に因縁付けて、馬上槍試合をやるって知ってな。もしかしたら訓練場に居るかもって思ったけど、ドンピシャだったな」
「ふっ、そうか。俺は見ての通り、これからあのシーリアって女と試合をするんだが・・・あんた、賭博が好きらしいな? 俺と一勝負賭けないか? 賭けの内容は俺が勝つか、それともシーリアが勝つかだ」
信康の提案を聞いて、エストーラは両眼を見開いて驚いた。すると可笑しそうに、その場で爆笑し始めた。
「あははははっ! お前、初めて試合するって言ったのに、あのシーリア相手に勝ち負けで賭けようってのかよっ?・・・よぉしっ! その勝負、乗るぜっ! それで、何を賭けるんだ? 金か? それとも別のもんか?」
「ふっ。そう来なくてはな・・・では負けた奴は、勝った奴に借り一つ背負うってのはどうだ?」
「面白ぇ。それで良いぜ。言っとくがお前が提案したんだから、死んでも忘れんなよ」
エストーラが承諾した事で、信康とエストーラの間に賭博が成立した。
「さてと、これは気合を入れて頑張らないとな・・・それでは、我がアドバイザーよ。何か良い助言はあるか?」
「無茶するな、もう・・・う~ん。そうだねぇ・・・やっぱり、最初は捨てるっ! これに限るね。始めてやるんだから、無理して点数を稼がなくて良いよ。落馬だけしない様に気を付けて」
「成程。道理だな」
自由自在を持ち、ブルーサンダーに跨りスリットを下ろして配置に付いた信康。兜のバイザー越しに、対戦相手のシーリアを見る。相手のシーリアも同様に構えながら、試合開始の合図を待っている。
此処で馬上槍試合の規則を紹介する。
規則は至って簡単で単純。
開始の合図が鳴ると馬を駆けさせて、持っている得物で相手を突くか叩く。当たった場所により、点数が得られる。
両腕、両足は十点。
頭と肩は二十点。
胴体は五十点。
落馬させると二百点。
これが得点に反映される点数になっている。
勝敗は三本勝負で、点数を多く取った方が勝者となる。馬上槍試合は三本勝負が基本ではあるが、逆転出来ない点数差に広がると二本勝負で終わる事になる。
初めての馬上槍試合である信康は、内心でワクワクしながら試合開始を待った。すると馬上槍試合をすると聞いたのか、三名の職員が審判役を買って出てくれた。
審判役の職員達が一斉に笛を吹くと、ピイイイイィィッと言う甲高い笛の音が鳴った。
その甲高い音と共に、信康とシーリアはほぼ同時に愛馬を駆けさせた。
パカラ、パカラと蹄鉄が音を立てて駆けて行くと、徐々に二人の距離が縮まって行く。
そして二人の得物が、互いに届く距離に達する。
「「はあああっ」」
二人は得物を、同時に突いた。
両者の得物の穂先が当たり、パキイィィンと言う音を立てた。
「くっ!」
「ぬう!」
二つの得物の刃先ががぶつかった衝撃で、信康とシーリアは落馬しそうになるが何とか耐えた。
そして二人はそのまま駆けて行き、柵外に出る。
柵の外に出ると、オストルがやって来た。
「お疲れ。どんな感じだった?」
「・・・・・・あのシーリアって娘、強くねぇか?」
「そうだね」
オストルも同意した。
「馬上槍試合では、先刻みたいな事があるのか?」
「いやぁ、初めて見たよ。と言うか実際に槍の刃先同士がぶつかったりなんかしたら、どっちの槍も砕けてもおかしくないけどなぁ」
「だよな。運が良かったか。しかしそうなると・・・」
信康はシーリアを見る。
シーリアは付き添いの小姓と思われる女性に愛槍を預けて、その女性と話をしていた。
「何処の騎士団の奴かは知らないが、良い腕をしているな。エストーラが褒めるだけある」
「う~ん。あの家紋とシーリアって名前、何処かで見て聞いた覚えがあるんだよな~何処でだっけ? ああっ。何かこう喉元まで出かかっているんだけど、思い出せないな~」
オストルがしきりに首を動かしているが、信康は気にも留めなかった。
「次も捨てるか」
「えっ? 次もかい? でもそれだったら最後で、胴体を狙うか落馬させないと負け確定だよ?」
「ああ、それでも問題ない」
信康は試合場に行き、所定の位置に付いた。
信康が位置についたのを見てシーリアも、女性から預かっていた愛槍を返して貰うと自分の位置に付いた。
両者が位置についたのを見て、審判が再び笛を鳴らした。
今度は、信康が一拍遅れて駆けだした。
その遅れが勝負に出た。
「はああっ」
シーリアが突き出した槍は狙い違わず、信康の胴体に当たった。
「ぐっ!?」
想像以上の衝撃と痛みが、信康の身体を襲う。
因みにこの訓練場にはどんな衝撃も、緩和させる魔法の魔法陣が設置されている。
それにより斬殺や刺殺、または落馬して死ぬ様な事故にはならない。
信康は痛みと衝撃に堪えながら、自由自在を突き出した。
「んっ」
信康の狙いは胴体であったが、シーリアが躱した事で外れて右肩に当たった。
二人はそのまま駆けて行き、先程と同じく柵の外に出た。
シーリアが柵外に出ると、観客達が歓声を上げた。
「何だ?」
信康は何時の間にか出来ていた、観客の群れに驚いていた。
「なぁ、オストル。観客が居るのは何故だ?」
「さぁ、僕にも分からないな」
オストルも、お手上げと言わんばかりに肩を竦める。
「そうか」
信康は何故観客が居るのか不思議に思い、観客を見る。
観客の大半が、同色の服装を着用していた。
「あれは、何処の制服だ?」
信康に尋ねられたオストルは、少しの間思案すると信康にプヨ王立総合学院と答えた。
「プヨ王立総合学院?」
「簡単に言えば、貴族専門の名門学院だよ。規則では平民も通えるけど、見た事は無いね」
「成程。じゃあ殆どの観客が、其処の学院生と言う事か」
「そうだね。で、これからどうするの?」
オストルに尋ねられた信康は、不敵な笑みを浮かべて勝利を予告した。そんな信康の発言に、オストルは驚かざるを得なかった。
「ええっ!? でもシーリアあの娘はもう、五十点先に取っているんだよ? 点数差が三十点もあるこの状況で勝ちたかったら、落馬させるしか方法は無いけど?」
「そうする為には、お前に聞きたい事があるんだが良いか?」
信康にそう尋ねられたオストルは、分かる事なら何でも答えると約束して頷いた。
「馬の駆ける速度って、変えても良いのか?」
「駆ける速度? 別に良いけど、そうしたら相手との距離感が難しくなるよ?」
信康はオストルの返事を聞いて、小さく笑みを浮かべた。そして馬上槍試合において、規則違反になる注意点を続けて尋ねる。
「いや、其処は特にないよ。でも一番注意しなきゃいけないのは、槍を馬に当てない事だね。馬に当てると一回目は点数取り消し。二回目で失格になるんだよ」
「そうだったのか。教えてくれて感謝する。それだけ分かれば、後は大丈夫だ」
信康はオストルの助言に感謝した後、柵の中に入って所定の位置に付いた。
位置についた信康は、手綱を取る手を離してブルーサンダーを撫でる。
「良いか。ブルーサンダー。最初は全速力だが・・・俺の右足がお前の腹を叩いたら、速度を緩めろ。ゆっくりとな」
信康の言葉を聞いて、ブルーサンダーは振り返り信康を見る。
まるでそんな事をして何の意味があるんだと、そう言いたげな顔をしているみたいだ。
「はは、お前は賢い奴だな。安心しろ。見てれば分かるから」
信康は手綱を掴むと丁度、シーリアが位置に付いた。
両者は得物を構えながら、最後になる開始の合図を待った。
そのピリピリとした空気が観客にも伝わったのか、先程まで騒いでいた観客達が静まっていた。
そして審判から、最後の開始の合図を鳴らした。
ブルーサンダーは信康に言われた通り、最初から最高速度を出した。
その速さに、観客達は驚いた。
しかしシーリアはその速さよりも、信康の構えに驚いた。
「なっ?!」
何と信康は、身体を反らしたのだ。
それはまるで引き絞った弓弦に、掛けられた矢みたいであった。
シーリアは変わった構えをする信康に驚きはしたが、直ぐに気を取り直した。
信康が速度を上げた事で、後少しで両者の槍が届くという所まで来た。
(今だっ)
信康は右足で、ブルーサンダーの腹を蹴った。
事前に言われていた通り、ブルーサンダーは速度をゆっくりとだが緩めた。
「っ?!」
「隙ありぃっ!」
シーリアが突き出した槍は、信康の腕に当たった。
信康はその痛みに耐えながら、自由自在を突き出した。
身体を反らした分だけ、威力が増した様子だった。自由自在はシーリアの胴体に当たり、シーリアは背中から地面に落馬した。
『・・・・・・・・・・・・』
シーリアが落馬したのを見て、観客達は声を失った。
信康はスリットを上げて審判を見る。
その顔は、俺の勝ちだよなと言っているみたいだ。
審判はその通りだと言わんばかりに頷いた。
それを見た信康は、意気揚々にオストルが居る所に戻った。




