第352話
プヨ歴V二十七年六月二十七日。昼。
信康達は昼休憩を終えると、応接室まで待機する事となった。
信康達は応接室で座ってくつろいでいると、不意に扉が開かれた。
「お疲れ~」
応接室に入って来たのは、信康達と同じくカマリッデダル伯爵邸に宿泊していたオストルだった。
「お疲れ様です。オストル卿」
「・・・お疲れ」
リカルドは如才無く挨拶したが、信康は面倒臭そうに返事を返していた。
「んもう、連れないなぁ・・・それは良いけど二人共、良い馬に巡り合えたの?」
オストルは気にする事無く、信康とリカルドに馬を選べたか尋ねて来た。
「はい。素晴らしい馬に出会えましたっ」
「右に同じく」
リカルドは嬉しそうにそう言うと、信康は簡潔にそれだけ言った。
「そんな事よりも、オストル。ステラ女史は何処に居るんだ?」
「ああ、ステラならそろそろ二人を呼ぼうと、着替えてる最中だよ。君達に馬上槍試合について教えるのに、滅茶苦茶張り切っていたよ」
「それはありがたいな」
張り切って教えてくれるので、自分達も安心して教わる事が出来るからだ。
(ましてや、あんなに良い女に教わるんだ。悪い所か、かなり良い環境だ。ステラと会わせてくれた事には、オストルに感謝しても良いな)
信康は心底、嘘偽り無くそう思っていた。
「少し待たせたかしら?」
オストルと話していると、ステラが愛用の馬上槍を持ってやって来た。
全身鎧を身に纏い、面頬付き兜はスリットの所を上げて被っていた。
「いや、今来た所ですよ。なぁ、リカルド」
「ええ、そうですよ」
本当に今来た所なので、信康達は待っていないと告げた。
「そう。なら、良いわ。二人共、馬を連れて来るだけで、疲れ切ったとか言わないわよね?」
ステラは信康達にそう訊ねると、信康達は大丈夫だと異口同音で答えた。その返事に満足したステラは信康達を連れてカマリッデダル伯爵邸の外に出ると、カマリッデダル伯爵邸に勤務している使用人達が頭を下げて見送った。
ステラが玄関を出るのを見計らうかの如く、馬の手綱を手に取りながら初老の使用人がやって来た。
その初老の使用人から手綱を貰うと、ステラはヒラリと馬に跨った。
鎧を着ているのにステラの軽やかな動きを見て、信康は感心した。
「見事な身の熟しだ。あの鎧もまた、魔鎧に当たるのかな?」
「だと思うよ。第五騎士団の団員は、全員が魔鎧を支給されているからね」
ステラの動きを見て、信康達は小声で話ながら予測した。
「じゃあ、練習場に行くわよ。付いて来なさい」
信康達の会話が聞こえていないのだろう。ステラが馬の手綱を操りながら言ってきた。
信康達は、自分の愛馬に跨った。
信康が馬に跨ると、不意に馬体が一瞬沈んだ感覚を覚えた。
「よっと」
しかしそれは勘違いなどでは無く、オストルが実際に信康の後ろに乗って来たのだ。そんなオストルの様子を見て、信康は怪訝そうな表情を浮かべる。
「・・・・・・何で、お前も付いて来るんだ?」
「暇だから、付いて行っても良いかい? 教えるのはあんまり上手くないけど、馬上槍試合だったら君達よりも一日の長はあるよ」
オストルがそう言うので、信康は思案を始めた。
「一緒に居て損は無いと、私が保証するわ。こんな性格だけどね」
「いやぁ、それほどでも」
オストルは頭を掻きながら、照れていた。
信康は内心で褒めてないだろうと思いつつ、オストルに訊ねた。
「・・・取り敢えず、何かあれば指摘してくれるのか?」
「うん。任せてよっ」
オストルは、自慢げに胸を叩いた。
「・・・・・・よし。じゃあ、連れて行くか」
「わぁい、やったぁ!」
オストルは両手をあげて喜び、信康の背中に抱き着いて来た。
「・・・連れて行くんだから、ちゃんと助言位はしてくれよ?」
「勿論だよっ」
「じゃあ、今度こそ行くわよ」
オストルを連れて行く事に納得出来たのを見て、ステラが声を掛けてから馬を進ませた。
信康達はその後に付いて行った。
ステラが案内した、ファンナ地区にある練習場。
練習場は既に馬上槍試合の試合に、参加する選手達でごった返していた。
なので信康達は別れて、練習する事になった。
信康はオストルと、リカルドはステラが付いて練習する事になった。
「はあああっ!」
信康は駆けるブルーサンダーに跨りながら貰った自由自在で、紐を通した輪に突きを見舞う。
その突きは、狙い違わず輪の中に入る。
そして、その輪は棒に通される。
ブルーサンダーはそのまま駆けて行き、次の輪に突きを見舞う。
「その調子だよっ! 確実にその輪の中に槍を通して行くんだっ!」
信康の馬上槍試合の練習を見て、声援を掛けるオストル。
そして全ての輪を槍に通したので、ブルーサンダーの足を少しずつ緩めて行く。
最後には完全に足を止めさせた。
「・・・・・・意外に簡単な練習だな」
信康は現在行っている、馬上槍試合の練習を見て呟いた。
信康の中では、もっと厳しい練習を予想していたからだ。
「ええっ?! 嘘でしょっ!? これって結構、難しい訓練なんだよっ!」
信康の言葉を聞いて、オストルは驚いた。
「そうか?」
信康は首を傾げた。
故郷では、信康が今持っている自由自在よりも長い槍で馬に乗って何度も戦場に出た事がある。
「大和の騎乗訓練だと、樹になっている果実を槍で突き刺す訓練とかあるんだがな。それに比べたらこんな低い場所にある、輪っかに槍を通すなんざ朝飯前だぞ」
「何、それ?!」
オストルはあり得ない物を見た顔をしていた。
「てっきり、それみたいな訓練をすると思ったのだがな」
信康はブルーサンダーを撫でながら、訓練用に借りている鎧を見る。
馬上槍試合用の鎧なので、どうにも動き辛いなと思っていた。
「槍よりも鎧だな」
「訓練用だからね。馬上槍試合の時は、良かったら特注品の鎧でも用意しようか?」
「ああ、其処は・・・・・・止めとく。無駄金になるから」
この馬上槍試合はリカルドがディエゴ達相手に勝てば良いのであって、信康の勝敗など問題では無いのだ。
喧嘩を売って来たディエゴはあくまでもリカルドに喧嘩を売っていたので、信康はシーザリオン兄弟の兄弟喧嘩に巻き込まれた被害者に過ぎない。
それに馬上槍試合に参加するのは今回で最初で最後になる可能性もあると言うのに、特注品の鎧を用意するなど金銭の無駄と判断して信康はオストルの提案を丁寧に断った。
尤もそんな信康の能天気な考え方を知ったら、クラウディア達は間違いなく怒るので流石の信康も手を抜かずに馬上槍試合では全力で挑む心算ではある。信康はブルーサンダーに降りて休んでいると、鎧を着た騎士が一人寄って来た。
「唐突に失礼します。貴方はもしや、数日前に聖騎士を叙勲されたレヴァシュテイン卿ではありませんか?」
「ああ、そうだが・・・貴女は何処のどなたかな?」
スリットを下ろしているので顔は見えないが、鎧の形と胸が膨らんでいる所を見て女性だと予想した。
「挨拶が遅れました。私はシーリアと申します。もしよろしければ一手、お相手して頂けないでしょうか?」
「俺が、馬上槍試合のか?」
信康は自分を指差しながら訊ねると、シーリアは頷いた。
「・・・・・・」
信康は少し考えた。
馬上槍試合は初心者なので、実際の試合とものはした事が無い。ブリテン王国や神聖ドイチュ帝国では、馬上槍試合を見た事があるが最早記憶が霞んでしまっている。
折角のシーリアの申し出は信康にとって渡りに船と言えるものだったので、此処は試合をしてどの様に試合運びをすれば良いのか分かる様になるのも良いなと信康は強く思った。
「寧ろ、こちらからお願いしたい位だ。胸を貸して貰うぜ」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
シーリアは信康に一礼して、自分の愛馬が居る所に行った。
シーリアを見送った信康は、オストルを見る。
「と言う訳で、予定外だが練習試合をする事になった。助言の方、よろしく頼むぞ」
「ああ、良いけど・・・あのシーリアって名前、どっかで聞き覚えがある様な・・・それに鎧に付いてた胸の家紋、何処かで見た覚えがあるんだよねぇ」
オストルがそんな事を言うが、信康は気にせず馬上槍試合の準備をした。