第334話
店の外から絹を裂く様な女性の悲鳴を聞いて、信康達は互いに顔を見合わせた。
そして信康達は急いで店舗を退店して、周囲を見回した。
其処にはそれなりに年配の女性が、地面に尻餅をついてしゃがみ込んでいた。信康達は急いで、その女性の下に駆け寄った。
「どうしたのですか?」
「わ、私の鞄が、あの男にひったくられたの!?」
そう言って女性が指差した先には、背中を見せて走っている男性が居た。
その男性の脇には、茶色の鞄が挟まれていた。
「あの男だな」
「よし。俺はこの女性を見てる。リカルドは近くに居る警備部隊の奴等を連れて来い。信康はあの男をとっ捕まえて来い。捕まえる時に抵抗したら、多少手荒に扱っても構わん。俺が許す」
「了解」
信康がそう答え駆け出そうとしたら、ルティシアがその横を通り過ぎた。
「あっ、おいっ!?」
信康は呼び止めるが、ルティシアは聞こえてないのかそのまま通り過ぎて行った。
「ったく、面倒な聖女様だな!」
悪態を吐いた後、信康も駆け出した。
信康がひったくり犯が逃げた方向に駆けていると、漸くルティシアの背中が見えた。
その少し先には、ひったくり犯も居た。
どれだけ足が速いひったくり犯でも、戦場を走り回っている信康とルティシアとでは体力が違った。ひったくり犯の速度が。落ちていっているのが見えた。
信康はそれを見て好機と判断して走る速度を上げたが、何故かルティシアは足を止めた。
そして、周りを見出した。
駆けた信康はルティシアの横を通り過ぎて行き、後少しでひったくり犯を捕まえる事が出来ると言う距離まで近付いた。
(よし、此処でっ)
駆けながら、信康は手を伸ばそうとした。
不意に、空が暗くなった。
その途端、信康は背筋が粟立った。
嫌な予感がして、信康は足を止めた。
ひゅうううう~~~~~どし~ん!!!
ひったくり犯の頭上から、何かが落ちて来た。
「あばぶぅ!?」
その何かに潰されるひったくり犯。
信康は直ぐにひったくり犯に駆け寄り、何処か怪我がないか確認した。
「・・・・・・命に別状は無いな。頑丈な奴だ」
そしてひったくり犯を押し潰している物を見た。
「これはベンチか?」
信康はどうしてこんな物が此処に? と思っていると声が聞こえて来た。
「ふぅ、これでどうにかなりましたね」
ルティシアは汗を掻いたのか、手の甲で額を拭いながらひったくり犯の所まで来た。
今の言葉を聞いて、信康はまさかと思いながらも訊ねる事にした。
「・・・・・・これを投げたのは、お前か?」
「はい。そうですよ」
笑顔で答えるルティシア。
大人五人は並んで座れる位の、幅があるベンチを投げるルティシア。
このベンチが何処にあったのか、知る前に聞きたい事があった。
「馬鹿力の類だったのか・・・良くこんな物を投げれたな?」
「私、こう見えて力持ちなんです」
力こぶ作りながら、ウインクするルティシア。
それを見て、この聖女怖いなと思った信康。
一時間後。
ひったくられた茶色の鞄を女性に返して、ひったくり犯は警備部隊の隊員達に引き渡した。
これで一件落着になるかと思われたが、そうではなかった。
「こんの、馬鹿姉!?」
アンヌエットがルティシアを罵倒し始めた。
そのルティシアは罵倒されても、何も言い返しはしなかった。
寧ろ自分が悪いと、自覚している様な顔をしていた。
「あんたね。ベンチを投げるとか、馬鹿なの? そんな物を投げ付けて、犯人以外の人に当たったらどうする心算だったの!?」
「・・・・・・すいません。犯人を捕まえる事だけ考えてまして」
「だからって普通、ベンチなんて投げ付ける馬鹿が何処に居るのよ!? それにひったくり犯がひったくった物がその所為で壊れたりしたら、誰が弁償すると思っているの!?」
「それは、はい。考えなしでした」
「全く・・・だから普段からちゃんと考えて行動しなさいと、あれだけ言っているでしょう? そもそも、あんたは・・・・・・」
信康達はルティシアが叱られるのを尻目に、茶を飲んでいた。
事の始まりはひったくり犯を警備部隊に引き渡して、高級服飾店に居たアンヌエット達に合流した事であった。
アンヌエット達はは買い物も終えたが、捕まえたひったくり犯の話が聞きたいとマリアがせがんで来た。其処で信康達はグダルヌジャン姉妹も実は良く利用していると言う、カンナ地区にある妖精の隠れ家フェアリーズ・コブレットでお茶をする事にした。
ひったくり犯を捕まえる経緯について話していると、アンヌエットの顔が段々と険しくなっていった。そしてアンヌエットの堪忍袋の緒が切れ、ルティシアへの説教が始まったのだった。
ルティシアも自分がした事について、とことんと説教されて文句を言えなかった。
そんなルティシアを見てマリアはアンヌエットを宥めようとしたが、アンヌエットが言っている事も正しいので何も言えずに二人の間をオロオロしていた。
信康達はルティシア達を視界に入れないで、茶を飲んでいた。
「・・・・・・やっぱり美味いな。此処の茶は」
「そうだな」
「美味しいな」
三人は遠くを見ながら、茶を味わっていた。
アンヌエットの説教はその後、二十分ほど続いた。




