第32話
朝食を食べ終えた信康はヘルムートに一言言って、兵舎を後にして再びプヨ国立銀行に向かう。ただし向かうのは事件があった南ケソン支店では無く、ヒョント地区にある銀行だ。
昨日の事件があった所為か、プヨ国立銀行東ヒョント支店の方には増員された警備員が入口に立っているのを見かけた。
警備員はプヨ国立銀行東ヒョント支店に入ろうとした信康を止めて、職業を聞いてきたので、傭兵だと告げると、直ぐに納得して中に通してくれた。
プヨ国立銀行東ヒョント支店内にも警備員が随所で立っていたが、疑われる事はなかった。
(俺が奪われた財宝を持っていると知ったら、こいつらはどんな顔をするだろうな)
そう愚にもつかない事を考えながら、信康は受付に行き金を下ろした。
今月の給付金は金貨二枚と大銀貨十枚だ。
ガリスパニア地方を始め西洋世界の貨幣は白金貨、大金貨、金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨、鉄貨の八種類が流通している。
一番価値が高い貨幣が白金貨で、逆に一番価値が低い貨幣は鉄貨となる。
貨幣価値で言えば、各貨幣が十枚あれば、その上の貨幣一枚分の価値がある。
例えで言えば、鉄貨十枚あれば銅貨一枚になると言う事だ。
従って信康達傭兵部隊の平均給料は実質、金貨三枚と言う事になる。准尉であるリカルド達の給料はもう少しばかり高く、総隊長であるヘルムートならば更に高給となる。
因みに金貨三枚は、このガリスパニア地方において普通に働いている人の平均収入である。
あれだけの活躍をして、金貨三枚とは普通の傭兵なら文句を言う所だ。
事実信康より活躍していない傭兵部隊の隊員達でさえ、命を懸けているのだから、もう少しばかり高ければ良いのにと常々文句を言っているのだから。
大して信康は特に不満を漏らさず、銀行を出る。
信康の懐には元々、莫大な私財があるのだ。そしてこの前の銀行強盗事件で、小遣い稼ぎに成功して機嫌が良い。
まだ金塊や宝石の数は数えてはいないが、それはそれで新たな楽しみとなっている。
なので給料については、文句を言う気が無かった。現在の信康ならば無給であっても、何とも思わないかもしれない。傭兵としての沽券に関わる為、絶対に妥協はしないだろうが。
(兵舎に戻ったら、戦利品がどれだけあるか数えておくか)
そう思いながら、プヨ王国軍アンシ総合病院に向かった。
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プヨ王国軍アンシ総合病院に着いた信康は、直ぐに受付に向かい病院代を払う。
受付で「銀貨三枚です」と言われ、信康は貰った給料で払う。
入院費用がこれだけ安いのも、傭兵とは言えプヨ王国の軍人だからだ。もしこれが軍人では無い一般人ならば、請求されるであろう入院費用は最低でも十倍を超えている所である。
入院費用を払い終えると、セーラ達に挨拶でもしようかと思ったが仕事中だと思い止めた。
「あっれ~? 君がどうして此処に居るんだい?」
その聞き覚えがある声を聞いて、振り向くとナンナがいた。
左腕を布で固定して、頭にも包帯が巻かれていた。
「どうした? その怪我?」
「ああ、これ? 昨日の事件で子供を助けようとしたら、虎の爪でやられちゃって。あっははは」
自分の事なのに、特に気負うことなくあっけらかんと語るナンナ。
実にこいつらしいなと思いながら、信康は傷の心配をした。
「傷の具合はどうなんだ?」
「うんとね。先生が言うには数週間は入院しないと駄目だって」
「そうか。まぁ、今度見舞に来てやるよ」
「ホント、ありがとうっ」
その後は、少し話をして別れた。
信康はプヨ王国軍アンシ総合病院を出ようとしたら、背中に視線を感じた。
振り返ると、セーラが居た。
「・・・・・・よう」
「こ、こんにちは」
二人は無難な挨拶をする。
だが、それ以降何も話さそうとしない二人。
どうやって話を再開させるべき、悩む信康。
「あの・・・ノブヤスさん、今度のお休みは何時ですか?」
「あ、ああ、今の所暇だぞ」
「じゃあ早速ですけど、明日お付き合いして貰えますか?」
強姦した相手に、付き合えと言われたのは初めての経験であった信康。
しかしそれ程考える事も無く、信康は返答した。
「・・・・・・別に良いぞ」
そう言った途端、セーラは嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、夜六時にサウスヒョント駅で待っていますね」
そう言って、信康に一礼して仕事に戻っていく。
返事をしない内に行ってしまい、待てと言おうと上げた手が空を切る。
「まぁ、良いか。向こうが誘ってくれたのだから、付き合わないと失礼になるからな」
信康はプヨ王国軍アンシ総合病院を後にした。




