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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第330話

「・・・おかしいな。確かギネヴィーナ第二王女は難病を患っていて、部屋から出る事すら出来ない(・・・)と言うのが専らの噂だが、ありゃ偽報(ガセ)だったのか?」


 信康が首を傾げながらそう言うと、ギネヴィーナはクスッと笑みを零した。


「そうね。じゃあこれから話す事は口外しないと言うのなら、私の話をしても良いわよ。と言ってもある程度の貴族にはもう知られている事だから、公然の秘密と言える事だけどね」


 自嘲するギネヴィーナ。その様子が、信康には気になった。


「・・・口外しなければ、良いのですね? 分かりました。良かったら、誓書でも書いた方が良いですかね?」


「ふふ、大丈夫よ。誰かに話した所で、何も変わらないわよ。何もね」


 何処か遠くを見るギネヴィーナ。その様子を見て、信康は更に気になった。


(口外しては駄目だが、それなりの人には知られているか。一体、どんな秘密なんだ?)


 信康は其処が気になった。そしてギネヴィーナに跪いてから、首を垂れる。


「・・・・・・口外はしないと、この場で御約束致します。良ければ殿下のお口から、お話頂けませんか?」


「良いわよ。でも、立って話す事ではないから座って話しましょう」


 ギネヴィーナがそう言うので、信康は頷いた。




 信康達は天空庭園に備え付けてある、テーブル付きの長椅子に座る。


 ギネヴィーナが信康と対面の位置に、置いてある長椅子に座ろうとした。


「姫様。どうぞ」


 そう声を掛けたのは、ギネヴィーナの悲鳴を聞いて駆け付けた女性達の一人であった。


 ギネヴィーナの尻に自分のハンカチを敷いて、其処に座る様にした。


「ありがとう」


 その用意されたハンカチの上から、ギネヴィーナは椅子に座る。


 そして、信康を見る。


「ふふ、それにしても父様以外の殿方と素顔を向けて話すなんて、生まれて初めてだわ。ちょっとドキドキするわね」


 そう言いながらも、何処か楽しそうな顔をするギネヴィーナ。


「・・・・・・」


 信康は先刻ギネヴィーナが言っている言葉が気になっていた。


(父親以外の男と素顔を向けて話すのは、生まれて初めてだと? 言葉通りに解釈するなら、話した経験はあるが仮面とか何かを付けてからじゃないと話して無いって事になるぞ。真相は何だ?)


 信康がそう考えているのが顔に出ていたのか、ギネヴィーナは苦笑した。


「まぁ話を聞いても信じられないと思うけれど、これから私が話す事は全て真実だからね」


「・・・取り敢えず、話を聞かせて下さい」


 信康は疑心を抱きつつも、話を聞いてから決めようと考えた。


「ええ、でもその前に・・・貴方の名前を教えてくれるかしら? 一応自己紹介するけれど、私は第二王女のギネヴィーナよ」


「確かにそれが礼儀ですな。自分はその二人が所属している近衛師団の傘下部隊が一つ、傭兵部隊の副隊長をしている信康と言います。階級は少佐です」


 信康が自己紹介をすると、ギネヴィーナ達は驚いた表情を見せた。


「嘘・・・東洋人だからもしかしてと思ったけれど・・・貴方が話題のノブヤスだったのね? やっぱりアリスとは、旧知の仲なの?」


「自分で言うのも何ですが、まぁそうです。それとアリス・・・フィール殿下には色々と楽しい時間を過ごさせて頂いておりました」


 信康はそう言って、ギネヴィーナに向かって一礼した。するとギネヴィーナは、楽しそうな笑みを浮かべて微笑んだ。


「やっぱりね。それと私達の前だけで良かったら、敬語で話さなくても良いわよ・・・そうだわ。貴女達も、ノブヤスに名乗って上げなさい」


 ギネヴィーナはそう言ってタメ口で話す事を許可すると、護衛役の女性二人にも信康に自己紹介をする様に命じた。二人は互いに顔を見合わせた後、一歩前に出て自己紹介を始めた。


「私は近衛師団所属ギネヴィーナ親衛隊左隊長、ラナ・フォン・ラングリッドだ。階級は大佐になる」


「同じくギネヴィーナ親衛隊右隊長のリナ・フォン・ラングリッド。階級は姉さんと一緒で、大佐よ」


 役職が特殊なのは、王族の親衛隊と言う通常とは違う部隊事情の所為である。事実として各王族の親衛隊は、有象無象を受け入れる訳には行かず少数精鋭なのだ。


 ラングリッド姉妹の自己紹介を受けて、信康は改めてラングリッド姉妹を見た。二卵性双生児なのか、容姿は鏡合わせの如く一緒であった。唯一違いがあるとしたら、それは髪型だけだ。


 ラングリッド姉妹はどちらも髪色がハニーブロンドなのだが、ラナはセミロングでリナは腰まで伸ばした長髪であった。


「二人共、近衛師団全体から見ても十指に入る逸材なのよ。生真面目過ぎるのが、ある意味欠点だけれどね」


「それはそれは・・・しかし、本当に敬語は抜きで話しても?」


 信康はそう言ってギネヴィーナでは無く、ラングリッド姉妹の方に視線を向けつつ尋ねた。


 ギネヴィーナ本人が許しても、護衛官であるラングリッド姉妹にも一応の伺いを立てた形だ。


「・・・姫様が良いと仰った事に、私達が口を挟むなど恐れ多いっ」


「だけど姫様も言った様に、私達が居る時だけにしなさいよ。それと無礼な言動などしたら、流石に看過出来ないわ」


 ラナは無干渉を貫く発言をした後に、リナは忠告も兼ねて信康にそう伝えた。信康は直ぐに首肯して、ラングリッド姉妹に答える。


「・・・了解した。分別は弁えている心算だ。決して殿下には迷惑を掛けないし、無礼をする心算も無い」


 信康がそう言ってラングリッド姉妹に誓うと、二人は互いに視線を合わせた後に同時に頷いて見せた。


 ラングリッド姉妹の反応を見て、信康は取り敢えず一定の信頼を得たと解釈した。


「そうだ。本題に入る前に、一つだけ先に言っておきたい事がある」


「あら? 何かしら?」


 信康がそう言うと、ギネヴィーナは傾聴する姿勢を取った。


 合わせてラングリッド姉妹も、ギネヴィーナに続いて信康の話に傾聴する。


「実は俺ともう一人に騎士位を叙勲するって事で、その話をする為に王宮から呼ばれたんだ。遅れて咎められたら事だから、話の方は手短にお願い出来ないか?」


「そうなの? だからノブヤスは参内しているのね・・・ラナとリナは、その話の事は聞いてるの?」


「はっ。確かに傭兵部隊から二人、騎士位を叙勲すると言う事で本日の参内者に含まれていた筈です」


「姫様には無関係な案件と思い、御話ししておりませんでした。御許し下さい」


 ラナはギネヴィーナにそう説明した後、リナと共に謝罪した。


「いいえ。この天空庭園でノブヤスと出会わなかったら、私にはきっと無関係な話だったもの。だから謝罪なんて不要よ、二人共」


「ありがとうございます、姫様」


「姫様の御寛大な御言葉に心から感謝致します」


 ラングリッド姉妹は大仰と言える態度で、ギネヴィーナに深く感謝した。


(こりゃ筋金入りの堅物だな。護衛には持って来いなんだろうが、男は寄り付かないんだろうなぁ。二人共美人なのに、勿体無い)


 信康が内心でそう思っていると、ギネヴィーナが話し掛けて来た。


「ノブヤス。必要なら私が取り成すと約束するから、私に付き合ってくれる? きっと長いお話になると思うから」


「お姫様が取り成してくれるなら、怖いもん無しだな。だったら俺で良ければ、好きなだけ付き合おう」


 信康はギネヴィーナが取り成してくれると約束して貰ったので、安心してギネヴィーナの話に付き合う事にした。


「良かったわ。だったら本題に入る前に、少し話したいのだけど・・・アリスとは、何処で会ったのかしら? やっぱり市内で会ったのよね?」


「はははっ。そうでないと、俺なんかじゃ会えやしないさ」


 信康は笑いながら、ギネヴィーナ達にそう言った。


「俺は王都(アンシ)を散策中に偶然会って、その日以来護衛も兼ねてアリスに付き合っているんだ」


「そうなの? だったら礼を言わなくちゃいけないわね。ありがとう、ノブヤス。これからもアリスの事を、お願いね?」


「言われなくても、お供の方はさせて貰うさ。それに俺もありがたく思っているんだ。良い気分転換にもなっているからな」


 ギネヴィーナがアリスフィールの事を信康に頼むと、そう言って快く承諾した。


「さて、アリスの事はその辺で良いとして・・・俺から一つ聞いて良いか?」


「勿論、良いわよ」


「どうしてギネヴィーナは、病気を患っていると言う噂が出ているんだ?」


「ああ、その事ね。だったら本題になるから、私が一部始終を話しましょう」


 ギネヴィーナがそう言うと、信康は姿勢を正した。


「そうか。長話になっても良いから、是非聞かせてくれ」


 信康はそう言って、ギネヴィーナにどうぞどうぞと話をする様に促した。


「話は現在いまから二十一年前、私がプヨで生を受けたプヨ歴V六年の話になるわ」


(・・・となると、ギネヴィーナは二十一歳か。俺より二歳年上だな)


 信康は内心でそう思いながら、話の続きを促した。


「当時、我が国にはリリアと言う女性夢魔族(サキュバス)の将軍が居たのよ」


女性夢魔族(サキュバス)? それって魔族の一種だよな。それが将軍と言うのは、珍しい話だな」


 


 女性夢魔族(サキュバス)。魔族の一種。男性の場合は、男性夢魔族(インキュバス)となる。


 どちらも他者の夢に理想の姿に変装して入り込む事が出来るので、それにより他者を魅了する術に長けている。


 他人の精気を糧にしており、両者にとって性交は食事と同義である。


 両者の種族的特徴から、快楽を好む傾向が強い。


 その性質からか、娼婦や男娼になる者が多い。




「将軍としては優秀で、魔法と剣術も練達に扱える逸材だったのよ。それでプヨから重用されていて、もしそのまま仕えていたら大将軍になっていたかもしれないわ」


 ギネヴィーナの話を聞いて、信康は何らかの理由で免職されたかと予想した。


「人格面で言えば、かなり問題がある人だったのよ」


「問題ね。この場合、あれか? 捕虜にして捕まえた男達の精気を、死ぬまで吸い続けたと言う感じか?」


「それだったら、どれだけ良かったか」


 ギネヴィーナは溜め息を吐いた。


「リリアはね。同性愛者(レズビアン)なのよ」


同性愛者(レズビアン)?・・・つまり、女好きと言う事か?」


 信康がそう尋ねると、ギネヴィーナは頷いた。


「気に入った女性が居たら、婚約者が居ようと人妻だろうと構わず手を出すのよ。合法的に」


「合法的に?・・・・・ああ、成程。理解したわ」


 信康は言葉の意味が分かり、思わず溜息を吐いた。


「理解が速いわね。そうなの。夢の中に入り込んで、自分の女になる様に魅了したのよ」


「それで婚約者がいる奴は婚約破棄、結婚している奴は離婚したんだな。それでそのリリアって奴の下に行ったか。自分の種族的特徴を、遺憾無く発揮しているな」


「本当にね。それでそんな事をしていた所為か、国中の貴族達が父様に直訴したのよ。あの女をどうにかしてくれってね。父様も庇い切れずに、遂には将軍の地位を剥奪。財産没収の上に、国外追放を言い渡されたの」


 信康はリリアの末路を聞いて、命あっての物種だろうと思った。


「本当は死罪も検討されたんだけど、これまでの戦績と父様の慈悲で追放で済んだのよ。だけど追放された事に怒ったリリアは友人の魔女族(ウィッチ)に協力させて、生まれたばかりの私に呪いを掛けさせたの」


「呪い? どんな」


「簡単に言えば、そうね・・・私を見た異性が理性を失って欲情すると言う呪いよ」


「欲情だと!?」


 信康は驚いたが、直ぐに首を傾げた。


「お前の事は綺麗だと思うが、理性を失う程欲情しないぞ?」


 信康がそう尋ねると、ギネヴィーナも不思議そうな顔をした。


「そうなのよ。どうしてノブヤスに効いてないのか、私もそれがサッパリ分からなくて」


「解呪する当ては無いのか?」


「・・・・・・無理よ。調べた結果、通常の方法では解呪出来ないと分かったわ。そして仮に解呪出来たとしても完璧に出来なかったら、私は副作用で衰弱死してしまう事も分かったの。だから国中の魔法使い(ウィザード)魔女族(ウィッチ)達も、解呪を拒否してしまって・・・それで解呪不可、と言う結論に至ったわ」


「・・・そうか(それって二十一年前に参加した連中が、三流ヘボだっただけでは?)」


「呪いを解こうにも肝心のリリアは国外追放されて、所在が掴めないから呪いを解く方法を知る事も出来ない。仕方が無いから公式では病弱と言う事にして、あまり表に出てこない様になったの。もし何かの行事で出たり、誰かと会う時は・・・」


 ギネヴィーナはリナから、ヴェールを受け取ってそれを被った。


「これを被って、出る事にしているの。じゃないと男性を欲情させて、私の身が危なくなるから」


「そっか、大変だったんだな」


 信康はしみじみと言うと、ギネヴィーナはヴェールを脱いだ。


「本当に何とも無いのね。ノブヤスってもしかして、同性愛者(ホモ)だったりするの?」


「違ーうっ! そんな訳無いだろうが・・・俺は健全だ。でも同性愛行者(ホモ)だったら、その呪いが無効だったりするのか?」


 信康が思い付いた様にそう言うと、ギネヴィーナは少し悲しそうな表情を浮かべた。


「残念だけど、実は一度試してみたわ。だけど性癖に関係無く、私に欲情したのよ。その人は死刑囚だったから、直ぐに処刑されてこの世には居ないわ」


「成程。失敗しても良い様に、口封じ出来る都合の良い実験体で試した訳だな」


 ギネヴィーナの言葉を聞いて、信康はその理由に納得した。


「こうして異性の人と話すのは、本当に新鮮で楽しいものなのね・・・ねぇ、ノブヤス」


「何だ?」


「偶にで良いから、話し相手になってくれるかしら? アリスの時みたいに、私の遊び相手と言うか話し相手になって欲しいの」


「俺が?・・・と言うか、俺で良いのか?」


 信康は自分を指差した。


「同性の話し相手は沢山居るけど、異性の話し相手なんて作れないもの。ノブヤスにしか頼めないの。お願い出来るかしら?」


 ギネヴィーナにそう言われて、信康は少し考えた。


 他国の王族や皇族と謁見した事は、実は何度かある信康。しかし流石に王族の話相手の役目を頼まれるなど初めての事なので、どう答えるべきか考えているみたいだ。


 思案をしているとギネヴィーナの背後に控えている、ラングリッド姉妹が目で信康に訴えていた。




 この話、絶対に受けろ。拒否したら許さん。




 岩石に穴を空けんばかりの強烈な眼力で、信康にそう言っているみたいであった。


 ギネヴィーナの心情を考えれば承諾したいのは山々だが、だからと言って軽々しく安請け合いしても良い話ではない。そう思いつつ、ギネヴィーナの方に視線を向ける。


「・・・・・・・」


 ソワソワしながら、信康の言葉を待っていた。


 それはまるで、想い人の告白を待っている乙女みたいであった。


「・・・・・・俺も仕事があるから、任務中とか戦時中は無理だぞ。だから前もって都合の良い日時を、手紙でも使いでも出して俺に教えてくれ。その日時から、俺が会いに行ける日を選ぶから」


「ええ、良いわよ。楽しみに待ってるわね」


 満開の花の如き笑顔で、信康にそう答えるギネヴィーナ。


 そんな顔を見て、信康は断らなくて良かったと思った。

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