第323話
ヴィーダと言う美女が経営している店舗に入った信康達は、所狭しと並べられた商品を見ながらヴィーダの後を付いて行った。
「ほぅ? もしかしてこれ等の品々は全部、ヴィーが作ったのか?」
「そうですね。はい。何せ、手先が器用ですから」
信康は置かれている物を触れながら、レギンスに訊ねた。
「好奇心旺盛と言いますか・・・昔から、物を作るのが好きでしたから。それで今ではこうして、何かしら作っているという感じです」
「成程な」
信康はヴィーダの後姿を見た。
後姿だけ見ると、どう見ても妙齢の女性にしか見えない。
しかしレギンスとは古くからの知り合いと言う事実を踏まえたら、亜人類の一種なのだろうと考えた方が良いのかと思う信康。
そんな事を思っているのが顔に出ていたのか、レギンスが顔を寄せて来る。
「ああ見えて、今年で八十は過ぎているのですよ。ヴィーは」
「ふぅん? 八十ねぇ」
信康は改めて、ヴィーダを見た。そう考えたら、どう考えても人間では無かった。
「どの亜人種なんだ?」
「旦那は魔族と人間の間に出来る、魔人と言う種族を御存じで?」
レギンスの質問を受けて、信康は首肯して答えた。
「ヴィーが、魔人族なのだそうですよ。本人がそう言っていただけですので事実かどうかは、私も知りませんし興味もありませんがね」
「そうか」
レギンスは興味無さそうに、信康にそう言った。
レギンスからしたらどの種族であるかどうでも良いらしく、その主張は意図せず信康から好感度を稼いでいた。
そう話していると、ヴィーダは自分の商品について色々と紹介してくれた。
色々な商品を作っている事は分かったが、その時にポロリと零した。
「他にも商品はあるけど、試験してくれる人が居なくて困ってるんだ。何処かに当ては無いかな~」
「なぁ、ヴィー。一つ聞きたいんだが・・・その試験を手伝える奴等を連れて来たら、この商品を値引きしてくれないか?」
「う~ん。そうだね。・・・・・・色々と試したいから、最低でも二人だね。女性を二人以上連れて来たら、特別に大銀貨五枚にしてあげるよ」
「そいつは良いな。丁度、四人いるからな」
「四人も? 一体何処から、その女性達を連れて来るのですか?」
レギンスは気になって訊ねた。
「そうだな。今から見せる物を他言無用という事にしてくれるのなら、会わせてやるよ」
信康がそう言うと、レギンス達は顔を見合わせる。
「人数を連れて来るのは良いけど、病気持ちとかは止めてくれよ?」
「其処は心配ない。保障しよう」
信康はそう言うと、ヴィーダは公言しない事を誓った。
ヴィーダに遅れてレギンスも誓うと、信康は早速行動に移った。
「そうか。じゃあ、シキブ」
信康がそう声を掛けると、信康の影からシキブが出て来た。
「御呼びでしょうか? 御主人様」
「捕まえたあいつ等を、お前の体内から出してくれ」
「宜しいのですか?」
粘液状態のシキブが身体を動かして、ヴィーダとレギンスに視線を向ける様な仕草を見せた。
「ああ、構わない。ただし、逃げない様にしてくれ」
信康がそう言うと、シキブは身体を大きくし始めた。捕まえた宝石達を、出現させる為にだ。
「これは、魔性粘液なのかい? 凄いねぇ。初めて見る色なのもあるけど、こんな流暢な人語を話せる魔性粘液なんて今まで見た事も無いよ」
「いやぁ、全くです。私もこの商売をして色々な場所を行き来して来ましたが、こんな魔性粘液は初めて見ましたよ。はい」
「こいつはシキブと言ってな。魔性粘液ではあるが、種族は不定形の魔性粘液だぞ」
信康がまるで、料理屋に行って注文するかの様な気軽さで言ったが、シキブの正体を聞いて、二人は驚愕していた。
「不定形の魔性粘液ですって!? これがっ?」
「いやぁ、初めて見たなぁ。何時か身体の一部を採取させて貰っても良いかな? 勿論、御礼はするよ」
「・・・採取して、何をするんだ?」
「勿論、研究だよ。私の本業は科学者だからね」
ヴィーダが科学者であると知って信康はふとヴィーダと同様に、シキブの一部を欲しがっていた科学者であるアザリアの事を口にした。
「何だ。アザリーの事なら知っているよ。私は姉のシエラとは親友でね。偶に研究や議論を重ねているんだ」
「そうなのか。類は友を呼ぶとは、この事だな」
信康達が話していると、シキブの方で動きがあった。
「お待たせしました。今から出します」
シキブがそう言って口と四肢を拘束された、宝石達を出した。
「「これはっ!?」」
「こいつ等はこの前、シキブが捕まえたカロキヤの諜報員共だ。犯罪者みたいなもんだから、多少手荒に扱っても構わないし極端な話、殺しても問題ない」
信康がそう話している横でヴィーダは、宝石達の健康状態を確認しながらある事を訊ねる。
「へぇ、そうかい。しかし捕まえたのなら、軍に渡せば手柄になると思うけどね?」
「いや、調教してカロキヤを裏切らせようと思ったんだが、想像以上に愛国心が強くて強情でな・・・それに軍に引き渡してちょっと褒められる位なら、ヴィーにやって恩を売れた方が面白いと思ったからな」
「ふふん。だったら期待に応えなきゃだね、うん・・・良し、四人共健康状態は問題無し。これなら色々な事が出来るね。ひひひ」
ヴィーダは楽しそうに笑いだした。
「先ずは逃げない様に、これをしてっと」
そう言いながら、ヴィーダは詠唱を始めた。
「「「「っっっ?!?!」」」」
自分達の周りに魔法陣が浮かびだしたので、驚く宝石達。
「魔法も使えるのか? いや、魔人だから当然か」
「ええ、本人曰く、私に不可能な分野は無いと豪語していましたから」
「ふふん。当然だろう。私は天才なんだから」
そう言って自信満々な様子で、鼻を鳴らすヴィーダ。
信康はあながち外れてはいないかと思いつつ、ヴィーダを見る。
「はい。これで完了」
ヴィーダが手を叩いた。
すると魔法陣が、霧みたいに掻き消えた。
「もう、終わったのか? 随分と早いな」
「はっはは、こんなの簡単だよ。証拠に・・・皆、あれを見ろ」
ヴィーダが宝石達に命令して、ある方向へ指差した。すると宝石達は一斉に、ヴィーダが指差した先を見た。
因みにヴィーダ指差した先は、新商品があった。
「どうだい?」
「まさか、隷属させたのか?」
「御明察だよ。隷属の魔法を強めに掛けたのさ。幸い魔法抵抗はされなかったから、簡単に出来たよ。さてと、次は」
ヴィーダは懐から、水晶みたいな物を出した。
「それは記録水晶か?」
「そうだよ」
ヴィーダはそれを一人一個と言う感じで、宝石達の額に押し付けた。
「これで良し」
「記憶水晶って、水晶に何かを記録させる魔法道具だよな? 何を記録させたんだ?」
「こいつは私特製の記録水晶でね。彼女達の記憶を記録したんだ」
信康はヴィーダの話を聞いて、嫌な予感を覚えた。
「そうさ。もしあまり派手にやって廃人になっても、この記憶で元通りという訳さ」
「・・・・・・それは、また」
「ひひひ、久し振りの若い実験体だ。そう簡単に死なないだろうから、色々な事が出来るぞ。ひひひひひひ」
ヴィーダは舌舐めずして、明らかに常軌を逸していた。
「「「「っっっっ!?!?」」」」
ヴィーダの様子を見て、怯える宝石達。
恐怖のあまりか、一人這って逃げ出そうとしていた。
「動くのを禁ずる」
ヴィータがそう言うと、宝石達は動かなくなった。
「さてさて、色々と試したい事が出来たから二人共。今日はもう帰って良いよ」
手を叩いて、ニッコリと笑顔を浮かべるヴィーダ。
信康はこれは何を言って無駄だと、ヴィーダの笑顔を見て察した。
「・・・・・そうだな。少し長居し過ぎたからな。じゃあ、これで」
「私も。ああ、これが材料費だ」
そう言って、レギンスは金貨二枚渡した。
「おいおい。試験に使う人員を連れて来たんだから、大銀貨五枚で良いんだよ?」
「日頃から良くして貰っているからな。これぐらいは」
「ふ~ん。そうかい。では御言葉に甘えるとするよ」
ヴィーダはレギンスから、金貨を二枚受け取った。
「じゃあ、俺達はこれで」
「また、新しい商品が出来たら連絡を」
そう言って信康達は一目散に、ヴィーダの店舗から出て行こうとした。
「ああ、その時は連絡するね。それと、ノブヤスだよね?」
「何だ?」
自分の名前を呼ばれたので、信康は思わず足を止めた。
「今後もこう言う人達捕まえたら、連れて来てよ~良い研究材料になるだろうからね。あっ、別に男でも構わないからね? それはそれで使い道があるから」
「・・・・・・ああ、機会があったらな」
そう言って信康達は今度こそ、ヴィーダの店舗から出て行った。
ヴィーダの店舗から退店した信康達は、顔を見合わせた。
「・・・・・・一頻り楽しんだら、情報屋として働かせようと思ったけど、あれじゃあもう諦めた方が良いな」
「ですね。それじゃあ、私はこれで」
レギンスは一礼して、その場から離れて行った。
「・・・俺も兵舎に帰るか」
信康は斬影に騎乗して、傭兵部隊の兵舎に帰る為にヒョント地区へ向かう事にした。
その頃にはヴィーダに引き渡した宝石達の事を、信康はすっかり記憶から抹消していた。




