第315話
プヨ歴V二十七年六月二十二日。昼。
(くそっ!? 何があったと言うのだっ?!)
現状に困惑を隠せないザボニー。
其処でザボニーは冷静さを取り戻す為にも、状況整理を脳内で始めた。
港湾都市オーデルから王都アンシに帰還したザボニーとミレディは、途中で分かれて単独行動に切り替えた。
ザボニーはミレディと一緒に行動したかったのだが、ミレディはザボニーが愛人達と会う際に自分が居る事が交渉に不都合になると懸念して別れたのである。
尤もそれはただ単にミレディが、ザボニーから別れる為の口実に過ぎなかった。
事実としてミレディは別れを惜しむ振りをしてちゃっかりザボニーが所持していた大金を、再び合流するまでの生活費が欲しいとせびって見事に取り上げていた。
こうしてほぼ無一文になったザボニーは愛人達に何も言わずに預けていた異次元倉庫の鞄にある、隠し財産を返して貰うべくファンナ地区の平民街に住む愛人達の自宅へと足早に向かった。
順調に愛人達から預けていた異次元倉庫の鞄を口八丁手八丁で誤魔化して回収したが、順調に行ったのは三人目までで、四人目以降から予定が狂い始める事になる。
ザボニーが順調に回収して御機嫌な様子で四人目の自宅に到着すると、その場で呆然とした様子で立ち尽くしてしまった。
何故なら四人目の愛人の自宅の前には、『NOW SALE』の看板が掲げられていたからだ。
眼前の光景が信じられないザボニーは敷地内に侵入すると、自宅内にも持っていた合鍵で鍵を解錠して入ったが蛻の殻になっていた。
売却している不動産に怒鳴り込みたくなったザボニーだが、指名手配されているザボニーが向かえば即座に警備部隊に通報され逮捕されるに違いない。
ザボニーはこれ以上自分が居れば騒ぎになると考え、急ぎ四人目の愛人の自宅だった場所から立ち去った。
まさか裏切られたのかと言う懸念がザボニーの胸中に宿ったが、その心配を振り切ってザボニーは急ぎ五人目の愛人の自宅へと急ぎ足で向かった。
しかし無情にも五番目の愛人の自宅でも同様に、『NOW SALE』の看板が掲げられて無人となっていた。
ザボニーはそれを見て脳裏では直ぐに逃げ出すべきだと言う警告が鳴り始めたが、其処に居たら隠していた財産が回収出来ると言う強欲がその警告を掻き消した。
それから諦めずにザボニーは残りの愛人達の下へ向かったが、六人目の愛人も七人目の愛人の自宅も既に売却されていて無人だった。
八人目の愛人も九人目の愛人の自宅も同様であり、最後の十人目の愛人の自宅にまで向かう頃には流石のザボニーの足も石の如く重くなっていた。
しかしザボニーが十人目の愛人の自宅に到着すると、其処には『NOW SALE』の看板など無く明かりが付いていた。
ザボニーは歓声を上げるのを我慢して急ぎ自宅へと向かい、合鍵で十人目の愛人の自宅に解錠して入った。
そしてザボニーが行きなり入って来た驚く十人目の愛人を見て、ザボニーが抱き締めた瞬間に視界が真っ黒になり意識を失ったのである。
このザボニーとザボニーの愛人達の間に起きた出来事だが、勿論全てがシキブが仕組んだ仕業であった。
信康に命じられてザボニー達の捕縛に向かったシキブは、その気になれば一人目の愛人の自宅に入り浸るザボニーをその場で捕縛する事も可能だった。
しかしそれではザボニーの罰としては生温いと感じたシキブは、この様に徐々に不安と絶望を与えるべく先手を打って、先にザボニーの愛人達を捕縛してザボニーを待ち構える事にした。
そしてシキブの思惑通りザボニーは不安と絶望に苛まれながら愛人達の下へ向かい、唯一手出ししていなかった十人目の愛人の時に希望を抱かせてから捕縛したのである。
シキブ本人としては、ザボニーに対して怨みや憎しみの感情など持ち合わせてはいない。
寧ろザボニーが信康に冤罪の濡れ衣を被せた事で、自分と出会えたのだから感謝の念すらあった。
しかし最愛の主人である信康を陥れようとした事は事実なので、シキブとしてはなるべく苦しめて絶望の淵に叩き落さなければならないと言う使命感はあった。
ザボニーを捕縛したシキブは立つ鳥跡を濁さずの諺通りに、全ての後始末を済ませてから信康の下へ帰還した。
こうしてシキブによって知らず知らずの内に最初の制裁を受けたザボニーとその愛人達であったが、本当の制裁と絶望はこれからであった。
ザボニーの拘束だが、これは唐突に解かれた。
突然自由を取り戻したザボニーは、不意を突かれた事もあって身体の体勢を崩して仰向けに倒れる。
顎を強打したザボニーだったが、床が柔らかく弾力があったので怪我をする事は無かった。
立ち上がったザボニーは全身を触り、身体に異常や怪我の有無が無いか確認を始めた。
「・・・身体の方は、五体満足を言えるか」
ザボニーは現状に不満を抱きつつも、取り敢えず自身の身体が無事である事に安堵した。
「しかし・・・此処は一体、何処なのだ?」
ザボニーは周囲を見渡したが、其処には四方を黒紫色の壁と床しか無かった。
通路みたいになっているのだが、奥は見えなかった。
「・・・動くしかあるまい、か」
ザボニーは意を決して、この黒紫色の通路を歩き始めた。
黒紫色の通路を、歩き始めたザボニー。
しかしザボニーが歩いている内に、違和感に気付いた。
「ど、どれだけこの空間は広いのだ。何時まで歩いても、出口に到達しないではないかっ!」
ザボニーは二時間歩いても、この黒紫色の通路から脱出出来そうに無かった。
それも当然の話だ。何故ならシキブが体内を操作して、ザボニーが進んでいる様に錯覚しているに過ぎないのだから。
実際にザボニーは、一歩も進めていなかった。しかしそんな事実に気付かず、ザボニーは更にもう一時間歩く事となった。
「くそっ・・・儂は此処で、野垂れ死ぬしかないのか・・・おおっ!?」
諦め掛けたザボニーの視線の先に、扉を見つける事が出来た。
扉を見つけたザボニーは気力を取り戻して、扉まで駆け込んでそのまま開けた。
ザボニーが部屋の中に飛び込むと、部屋の室内を見回した。その部屋はまるで、何処かの劇場みたいな作りであった。
幾つも座席があり、一番奥には幕が掛かった舞台があった。
周りを見ていると、ザボニーが入って来た扉が閉まり消滅して壁となった。
「なぁっ!? 閉じ込められたっ?!」
ザボニーは焦燥して壁に体当たりを繰り返すが、壁は何とも無かった。
体当たりを止めて再び室内を見渡したが、何処も扉などは見当たらなかった。
ザボニーがどうしようかと思っていると突然、舞台に降りていた幕が上がり出した。
「な、何だ?」
ザボニーは幕が上がったので、何が起こるのか気になって舞台の近くまで来た。
ザボニーが舞台を良く見える所まで来ると、舞台が突然盛り上がり始めた。
それも一ヶ所だけでなく、合計で十か所あった。
その盛り上がった部分は一時的に膨らむと、何かが正体を現した。
「な、何いいいぃぃぃぃぃっ?!」
ザボニーは驚きの声を上げた。
その迫り上がって来たものの正体は、信康であった。
「よう、豚野郎。よくも、俺を監獄に送り込んでくれたな」
「き、きさまっ」
「お返しにお前の愛人達を全員捕らえて、知り合いの闇組織の渡したぞ。今頃、どうなっているだろうな」
そう言って、信康は含み笑いした。
「お、おのれ、では、ミレディも」
ザボニーは憤りつつ訊ねると、信康の背中に隠れていたミレディが出て来た。
「此処にいるわよ」
「お、おおおっ、・・・・・・・待て。もしかして」
「ごめんなさいね。この人に従う事にしたの」
「・・・・・・・」
ミレディが笑いながら言うのを聞いて、ザボニーは言葉を失っていた。
そして、がっくりと項垂れた。
「お前は警備部隊に尋問されたら、自分の犯罪を全て正直に話すんだ。だが軍事機密を盗んだ方法の事だけは黙秘しろ。良いな?」
信康がそう言って命じると、ザボニーは黙って首肯した。
そんなザボニーを見て、信康達は笑うのであった。




