第29話
ヒョント地区にある傭兵部隊の兵舎を出た信康は、何故かケソン地区の方を歩いていた。
(銀行ならヒョント地区にもあるんだが、色々考えていたらケソン地区の方に来てしまった。まぁケソン地区にある銀行に行けば良いか)
そう思いながらプヨ国立銀行までの道のりをを歩いていると丁度、この前遭遇したナンナが通っているプヨ王立総合学園の前に通りかかった。
(そう言えば、あの時から会ってないが元気にしているだろうか?)
初めて会った時が凄く元気だったので、今も元気にしているだろうと勝手に思う信康。
足を止めて物思いに更けていた所為か、前方の注意を怠っていた信康は校門から出る人に気付かなかった。信康とその者は、出会い頭にぶつかった。
「きゃっ」
「おっと」
信康は倒れはしなかったが、ぶつかった人物は尻餅をついた。
まだ調子が悪いなと思いながら、信康はぶつかった人物に謝罪する。
其処でぶつかった人物が、女性だと分かった。
薄紫色の髪を腰まで伸ばしたストレートロング。キリッとした眼差し。目鼻立ちが整った顔。
前にナンナが着ていた制服と同様の物を着用しているので、丁度プヨ王立総合学園の校門から出て来たみたいだ。ナンナとの違いと言えば、スレンダーなナンナより軽く二回りの大きさを持つであろう、年齢不相応な大きな胸を持っている事だ。
「済まない。こちらの注意不足だった。申し訳ない」
信康はぶつかった人を立たせようと、手を伸ばした。
だが、その手を取られることはなかった。
「汚い手で触らないで下さる?」
そう言って、信康の手を叩き自力で立ち上がる。
スカートに着いた埃などを叩いて落とした。
今の言い方が貴族みたいなので、信康取り敢えず謝る事にした。
「こちらの前方不注意だった。本当に申し訳ない」
信康は頭を下げて謝った。
その謝罪を見て、ふんと鼻で笑いだす。
「全くね。わたくしの身体に傷一つでもつけたら貴方、ただじゃあおかなかったわよっ」
ぶつかった信康に非があるので、肩を竦めた。
この女子学園生の言い方はイラッとする態度だが、気にしなかった。
女子学園生は其処まで言うと、信康をジロジロ見てきた。
「何か?」
「髪の色が黒いのは偶に居ますが、肌の色がわたくし達と違いますわね。貴方、どちらの国のお生まれかしら?」
「大和皇国という、東洋の島国だが?」
「ああ、東洋の・・・あそこには我が国を始めガリスパニア地方には無い珍品が沢山あるから、わたくしの屋敷にも幾つか飾ってありますのよ。その様な遠い所から我が国に来るなんて、余程の事情があっての事でしょうね。おっほほほほ」
些か上からの目線の言い方をされるも、信康は大和皇国について少し知識がある事に驚いていた。
口調は少しばかり気になるが、この女子学園生に信康は興味を抱いた。そう思っていると、女子学園生が信康に一礼して来た。
「此処で会ったのも、何かの御縁。申し遅れました。わたくしはルベリロイド子爵家が嫡子、マリーザ・フォル・ルベリロイドと申します。貴方の御名前は?」
向こうが勝手に名乗っても礼儀として、こちらも名乗らなければならなかった。
信康もマリーザに一礼してから、名前を名乗った。
「信康だ、ルベリロイド嬢」
「そう、ノブヤスですね。わたくしの事は、マリーザで結構ですわ」
若干ぶっきらぼうに言ったのに、マリーザは気分を害した様子はない。
丁度、四頭立て馬車がやってきた。
馬車には宿根草を模した、紋章が付けられていた。
従者が降りて、恭しくマリーザに頭を下げる。しかしその従者は、マリーザと同じプヨ王立総合学園の制服を着用していた。
「マリィお嬢様。馬車を連れて参りました」
「ありがとう。御苦労様、ダリア」
マリーザはダリアと、従者の名前を呼んだ。
肩口で切り揃えられた毛先は赤い根元は緑というツートンカラーの髪。刀身を連想させるシャープな外見をした女性。
何よりも注目してしまうのは、制服越しでも分かるくらい大きな胸を持っている。
其処に居る主人のマリーザよりも、更に大きさを誇っていた。
「マリィお嬢様、こちらの方は?」
「暇だったから、ちょっとした立ち話に付き合って貰ったのよ」
「・・・・・・・そうですか」
一瞬だがダリアは、信康に哀れみがこもった視線を送ってきた。
「ダリア、早くしなさい」
「はっ、失礼します」
ダリアは踏み台を用意して、馬車の扉を開けた。
マリーザは馬車に乗ると、そのまま扉を閉めて窓を開けた。
「では、ノブヤス。これにてわたくしは、失礼致しますわ。ご縁がありましたら、また何処かでお会いしましょうね。おっほほほほ」
高笑いしながら窓を閉めた。
ダリアは踏み台を片付けて、信康の前に来た。
「何だ?」
「マリィお嬢様が何か無礼な事を申したと思いますが、あの様な性格ですので・・・どうか、どうかご容赦を」
「えっ? いや、別に変な事など言われてないし、気にする事はされた覚えも無いぞ?」
ダリアに謝られ、信康はうろたええていた。
「ご配慮に感謝します。では私はこれで、失礼します」
ダリアは手綱を取り、馬車を進ませた。
その馬車を見送る信康。
(何か、従者の方が人間出来ていたな。制服着てたけど、学園生なのか?・・・・・・)
信康が疑問を抱いているとプヨ王立総合学園から、鐘の音が聞こえてきて人が出て来た。どうやら下校時間みたいだ。
信康は此処に居続けて不審者だと思われるのは心外なので、急いでその場を後にした。
プヨ王立総合学園から少し歩いて、漸く目的地であるプヨ国立銀行南ケソン支店に到着した。
(さてと今月の給料を下ろしてから、病院に代金を払いに行かないとな。本当は降ろさずに預けたままでも良いんだが、大和を追放された時に金を殆ど持てずに出奔する羽目になったから、手元以外に自分の金や物を残しておくのが嫌になったんだよな)
信康は過去の苦い経験を思い出しながら、受付に並ぶ。
前には何人も並んでいるので、信康の番までかなり時間が掛かるようだ。
のんびり待とうと考えていたら、外から何か悲鳴が聞こえて来た。
それも一つでは無く大量に。
何事だと思い、外に目を向けたら。
銀行の入り口から、剣で武装した集団が入りだしてきた。
皆、何事だと思い見ていると、武装した集団の一人が懐から、何かを取り出す。
懐から出された物は、掌程の大きさを持つ銃の形をしている物だった。
(短銃!?)
信康はそれを見た瞬間、直ぐに分かり床に伏せた。
懐から短銃を出した男性は、短銃を構えて引き金を引いた。
パンッという銃声が聞こえたと思ったら、男性の前で立っている壮年の銀行員の胸に赤い点が出来た。
やがて、その点から赤い液体が流れ出し、銀行員の服を赤く染めていく。
銀行員は両眼を見開きながら、口をパクパク動かした後、何か想定外の出来事でも起きた様子で口から血を吐いて倒れた。
「し、支店長っ!? きゃああああああああっ!!?」
倒れた銀行員を見て、悲鳴をあげだした。




