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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第28話

 プヨ歴V二六年五月二十六日。


 ルノワは信康の部屋で、一夜を明かした。


 信康の腕に抱かれながら、幸せそうな笑顔で眠っている。


 そろそろ、夜が開けて日が昇る時間になろうとしていた。


 信康もルノワもぐっすりと寝ているので起きる気配がない。


 だが、そんな甘い時間も下から聞こえる大きな声で終わりを告げる。


 耳が良いルノワでも、何を言っているか分からなかったが、兎に角大きな声を出して怒っているのは分かった。


 その声に二人は起こされ、身体を綺麗にしてから、何事かと下へと下りていく。


 食堂の方に顔を出すと。総隊長のヘルムート以下数十名の傭兵部隊の者達が、床に座らされていた。


 そのヘルムート達に怒号を浴びせているのは、この兵舎の中年女性の管理人だ。


 食堂を見るにまだ昨日の飲み会の残飯やら空になった酒瓶が、大量にテーブルの上に散乱していた。


 ヘルムート達が着ている服が昨日と同じだったので、どうやら飲んでそのまま寝てしまったのだろう。


 後片付けをしなかったので、中年女性の管理人がカンカンに怒っているといった感じだと分かった。


 信康達は互いの顔を見て巻き込まれては堪らないとばかりに、そのまま何も言わずにその場を後にした。


 中年女性の管理人の怒号が止み、ヘルムート達が食堂の掃除を命じられていた。出来るまで朝食は抜きと言われたので、隊員達も、連帯責任で渋々掃除をしている。


 一人でも多く参加すればそれだけ、掃除も早く終わるのだから当然である。掃除参加者の隊員達は、さっさと朝食に有り付きたいので、テキパキと手を動かして、掃除をしていた。


 信康の退院祝いで祝ってくれたのだから、流石に掃除程度は参加しなくてはだろうと思い、掃除を手伝った。


 ルノワは昨日無理をさせてしまったので、参加させずにジーンを手伝わせる為に呼びに行かせた。


 ルノワはその気遣いに感謝して、ジーンを呼びに自室へ戻った。


 すると室内を見渡すと、ジーンは室内に居なかった。ルノワは机を見ると、置手紙で「出掛ける」とだけ書かれていたそうだ。


「しかし、昨日は随分と遅くまでしていたんだな」


 信康はテーブルに散乱している、料理の残飯や空瓶を見て思った。


 両方ともかなりの量だったので、かなり遅くまで飲み食いしていた事が分かる。


 リカルドは、テーブルに置かれている物を綺麗にしながら答えた。


「そうだね。皆して結構遅く、と言うか深夜まで楽しんでいたからねぇ」


「傭兵に限度を求めるのは・・・・・・無理だよな」


 信康はテーブルを拭きながら零す。


「それを言われたら、俺は何も言えないな」


 その後は、二人は一言も話さずに掃除を続けた。


 お蔭で、食堂は何時も通りの綺麗な食堂になった。


「はい、綺麗になったね。じゃあ、これが朝食ね」


 管理人さんが大皿に盛ってきたのは、パンに肉詰めを挟んだ物だ。


「ホットドッグか、これは労働の後には良いな」


「簡単な物になっちまったけど、数だけはあるよ。まだ沢山あるから、じゃんじゃん食べておくれよ」


 隊員達は全員がホットドッグを手に取って、適当な飲み物を飲みながら食べだす。


 全員が朝から食堂の掃除に駆り出されて疲れていたので、手に取って行く端から口の中に入れていく。


 ホットドッグを食べていると、このホットドッグには何を掛けて食べるのが最高かと言う話になったので、隊員達の間で論争が始まった。


 ある隊員はケチャップと言った。


 ある隊員はマスタードと言った。


 またある隊員は両方と言った。


 中には変わった嗜好の隊員達も居て、酢漬けにしたキャベツの千切りと言う隊員もあれば、マヨンソースという卵黄と酢と油を混ぜたソースと言う隊員も居た。


 そんな論争が熱を帯びて行き、激しい言い争いに発展してしまった。


 しまいには、そんな物を掛けているからお前には品位がないんだとか、お前の舌が子供なだけだろうとか、全然ホットドッグとは関係ない事で口論になった。


 その中には、本来止めるべきヘルムートも口論に参加している。


 因みに、ヘルムートはケチャップとマスタードの両方掛ける派であった。


 リカルドは流石に五月蠅くなってきたので止めようとしたが、皆にお前はこっちだよなと味方に入るように言ってきた。


 リカルドはしどろもどろになりながら、皆を宥めようとしたが、結局人波に飲まれてしまった。


 信康とルノワはそんな不毛な口論に加わらず、ルノワと一緒にテーブルに座ってホットドッグを食べていた。


「んぐ・・・・・・美味いな」


「ええ、美味しいですね」


「ルノワは肉も食べるんだな。俺が出会って来た森人族(エルフ)は、基本的に菜食主義(ベジタリアン)な奴が多かったのでな。肉を食べる森人族(エルフ)も、勿論居たが」


「そうですね。その部族ごとに違います。同じ森人族でも、野菜しか食べない部族もいれば、肉中心の食生活をしている部族もいます。これは黒森人族(ダークエルフ)も同じです」


「ふうん、じゃあルノワは肉中心の食生活をしていたという訳だな」


「そうですね。私が居た森では肉も野菜も取れましたが、肉が多かったですね」


「そっか。俺の故郷では主に、魚を中心にした食生活だったよ。鷹狩りで兎や鹿とか獲って食べる事もあったが、そんなに頻度は高くなかった」


「魚を中心の食生活と言うと、海があったのですか?」


「ああ、そうだな」


「そうですか。あっ、ノブヤス様、お口にケチャップが着いています」


「何処だ?」


「私が取ります」


 ルノワは指を伸ばして、信康の頬に着いていたケチャップを掬い口に運んだ。


 それをされた信康は少し照れた顔をした。


 朝から、ルノワとイチャイチャしながら食事をしていたら。


「何だ、この騒ぎは!?」


 食堂の入り口から、大声が響いた。


 その声で、口論をしていた傭兵達は口を止めて、声をした方に顔向ける。


 そこに居たのは、板金鎧を着た騎士が三人居た。


 真ん中にいる騎士の胸の所が少し膨らんでいる所と、上品そうな顔立ちをしているので女性だと思われる。


 陽光を浴びてキラキラと輝く金髪を腰まで伸ばしていた。


 青石のような青い瞳。気の強そうな眼差し。


 平均よりも高い身長を持ち胸元には、百合、芍薬、撫子、牡丹、薔薇を模した紋章が刻まれていた。


(五つの花の紋章? 何処の貴族だ?)


 鎧に紋章を刻むのは貴族しかないので、信康はそう思った。


 傭兵でも紋章を刻む者はいるが、そうした事をするのはごく少数だ。


 女騎士の後ろにいる騎士もよく見たら女性であった。胸元にも同じ紋章が刻まれていた。


 真ん中にいる女性を見て、ヘルムートは目を見開いて驚き、その騎士の前に出て直ぐに跪いた。


「こ、これはプリシラ王女殿下っ!? この様なむさ苦しいあばら屋に何用ですか?」


 ヘルムートが跪きその上、その女騎士を見てプリシラ王女殿下と言った。


 それを聞いて、全員が目を点にしている。


「貴様等っ!? こちらにおわすお方こそプヨ王国が第一王女、プリシラ王女殿下であらせられるぞっ!!? その様に突っ立ったままでは無礼であろうっ!?」


 側近の一人がそう一喝すると、食堂に居た者全員、その場で跪いた。


 頭を下げながら、全員が心中で思った。


 何で王女様がこんな所に来てんだよ。第一来なきゃ良いだろ。と絶対に口が裂けても言えない事を、心中で呟いていた。


「プリシラ殿下、それで御用件は?」


 ヘルムートは再び尋ねる。


 プリシラが答えず、代わりに側近の一人が答えた。


「傭兵部隊にノブヤスと言う傭兵が復帰したと聞いたので、本日は兵舎の方に参ったのだ」


「確かに居りますが、その者が何かしましたか?」


 ヘルムートがそう言って信康に目を向けると、皆も目を向けて来た。


 その視線を辿り、プリシラは信康を見つけた。


「・・・東洋から来たと聞いていたが、確かに我等と肌の色が違うな」


「姫殿下。この後の予定スケジュールに差し支えるので、お早くしましょう」


「そうね。其処の東洋人、名をノブヤスと言ったわね。そなたが代表して、私の前まで来なさい」


「っ!?・・・ぎょ、御意っ」


 プリシラが此処に来た理由も知らないまま、信康はプリシラの前に来て跪く。


 するとプリシラが一度身体を振り返ると、もう一人の側近が銀盆を持ってプリシラの前に出て来た。その側近にプリシラは何かを側近が持つ銀盆に乗せると、側近は一礼して頭を下げた。


 それからその側近は銀盆を持ったまま、信康の前まで来た。


「これは?」


「我がプヨ王国において、戦場で功績を挙げた者に渡される勲章を渡しに来たのよ。本来なら正式な式典で受勲させるべきなのだけど・・・其処は諸事情あって出来なかったら、直接渡しに来たわ」


 プリシラが説明する様に、側近が持つ銀盆の上には金で出来た丸いメダルに赤く薄い生地で出来た首留めが着いていた。


 信康は側近に視線で受け取って良いかと尋ねると、側近は首肯したので信康は一礼してからメダルを受け取って再びプリシラに視線を移した。


「これを自分に?」


「ええ、そうよ。今後とも、我が国への忠勤に励げみなさい」


 その勲章をジーっと見る信康。其処へ側近の一人が、信康に話し掛けた。


「本来は別の者が届けに来る予定であったが、そなたを直接労いたいと今回は特別にプリシラ殿下御自らお届けに来られたのだ。其処の所はよくよく、理解する様に」


「はっ、ありがとうございます。非才のみでありますが今後も、粉骨砕身の働きをして御覧に入れましょう。私如きにお時間を頂けました事、恐悦至極に存じます」


「良い心掛けね。では私はこれで、御機嫌よう」


 プリシラはそう言って、兵舎の食堂を後にした。


 側近達もその後に続いた。


 プリシラが兵舎の食堂を出て行くのを確認して、傭兵部隊の隊員達は漸く安堵の息を吐いた。身の振る舞い一つで無礼討ちにされかねない危機から脱出したのだから、そうするのも無理はない。


「まさか、王女様が来るとはなぁ?」


「気紛れで真紅騎士団(クリムゾン・ナイツ)の十三騎将を討ち取ったノブヤスの顔でも、見に来たじゃあねえのか? あの様子だと、物珍しい東洋人の顔を見たかったみたいだし」


「あり得るな。傭兵部隊おれたちが王都アンシに到着したら、総大将を討ったリカルドや副団長を討ったグラン、アヴァ―ル族を率いてた戦士長を討ったバーンの三人にもあのメダルが兵舎に届けられたけど、郵送だったぞ。そう考えたら、偉い違いだ」


 傭兵部隊の隊員達が好き勝手に論じている中、信康は貰った勲章を角度を変えて見てたり、軽く噛んでみた。


 そうしたら、金の部分が僅かに剥がれ青銅の部分が出て来た。


「メッキか、しょぼい事をする」


「そう言うなよ。その勲章は一般の兵士にも配られる事もある、一般的な勲章だから当然の話さ。全部純金にしたら金が掛かり過ぎるし、売り飛ばす奴も出て来る。こればかりは仕方が無い・・・殿下も漏らしていたが、本来なら式典を開いて複数人纏めて渡すんだ。でも今回は敗戦って結果だし、予算もケチったんだと思うぞ」


 ヘルムートはその勲章を見ながら、肩を竦める。裏事情は理解しつつも、信康の言いたい事に同意している様子だった。


「それはもう良いとして・・・プリシラ殿下とお付きの騎士達は何で鎧なんて着ていたんだろうな?」


「ああ、それはな。プリシラ殿下の胸元に、五種類の花の紋章が刻まれていただろう」


「そう言えば、そんな紋章がありましたね」


 信康は三人の胸元に花の紋章があった事を思い出した。


「あれは近衛師団に所属しているプリシラ殿下直属部隊、百華繚乱の隊員だけが付けてる紋章だ」


「何ですかその、百華繚乱って?」


「プリシラ殿下が選んだ選りすぐりの子女を集めて作られた、直属の親衛隊だ。綺麗どころを集めたから、儀典兵といった意味合いもあるがな」


「王女様が率いる部隊で儀典兵と言うと、お飾り部隊ですか? でも、あの側近達の身の熟し方には、隙が見当たらなかったが・・・王女様自身、相当やりそうな気がするな」


「お前、そんな事も分かるのな。ノブヤスが言う様に、親衛隊に居る子女は全員が武勇に優れているぞ。人数こそ多くないが、このプヨでも有数の精鋭部隊で、国外にもその名前を轟かせている。何せ野盗や盗賊が現れたと聞けば、訓練と称して部隊を率いて赴いて討伐するなんて朝飯前。カロキヤやトプシチェとの戦争でも、幾つも戦績を立てているんだからな」


「はぁ、それは凄いな」


 人は見た目で判断出来ないという、分かり易い見本だった。尤も、信康は実力を見抜いていたが。


 それはそれとして、信康はヘルムートに聞きたい事があったので尋ねた。


「総隊長、今日は訓練するのですか?」


「いや。補充要員が来るまで、訓練は無しだ」


「じゃあ、今日は出掛けても良いんですね?」


「お前、何処か出掛ける用事でもあるのか?」


 信康にそうヘルムートが尋ねると、信康は入院費用を支払いたいので外出に行きたいと言った。所持金はあるのだが、ついでに銀行で給金を取りに行きたいとも答えた。


 他の隊員達も給金は銀行に振り込まれるので、銀行に行って下ろさないといけない。


「お前、病院の入院代は払ったのか?」


「それをこれから払いに行こうと思って」


「成程な。よし、行って来い」


「どうも。じゃあ、行ってきます」


 信康は食堂を出ていった。

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