第1話
プヨ歴V二十六年四月一日。
東洋世界にある島国、東洋で五本の指に入る大国の一つで知られる大和皇国の出身である一人の若者が居る。
その東洋人の若者は、ガリスパニア地方にある六ヶ国の一つであるプヨ王国へ入国しようとしていた。ガリスパニア地方最古の王国で知られている、プヨ王国の傭兵として。
大型旅客船が、プヨ王国が誇る三大港湾都市ドルファンの港に到着すると、出入りする船と人集りで大盛況であった。
波止場の石畳の上に、降り立った東洋人の若者こと信康は、一旦荷物を石畳に置き伸びをした。
「漸く着いたか。プヨに・・・エルサレエルを出てこんなに時間が掛かるとは、流石に思わなかったぜ」
そう愚痴っていると、後ろから、誰かが近づいて来た。
信康は誰だと思い、振り返る。
そこに居たのは、薄紫の制服を着た女性だった。
「恐れ入ります、プヨ王国出入国管理局の者です」
その女性は信康に紙の書類を渡す。
「こちらの書類に必要事項の記入をお願いします」
信康は書類に自分の名前と年齢と出身を書く。
Name ノブヤス
Age 十七
National origin 大和皇国
「え~と・・・・・・前でも後ろでも良いので家名も書いて欲しいのですが、何か書かない理由でもあるのでしょうか?」
女性職員の一言を聞き、プヨ王国に来る前に捨てたとは言えず、信康はどう言い訳しようか考えた。
「あ、貴方も傭兵志願ですか・・・・・・分かりました。書類の写しを軍事務局に回しておきます」
書類に傭兵志願という事で諸事情があると察した女性職員は、信康に理由を訊ねないでくれた。
女性職員が言葉にした内容を聞いて、信康は自分以外にも傭兵が集結している事も察した。
「ようこそ。プヨ王国へ。貴方の御武運と御多幸をお祈り致します」
女性職員はそう言って一礼してから、信康の前から立ち去った。
信康は此処に居ても仕方がないので、入国する際に貰った地図で目的地を探した。
「あった、此処だな。王都アンシ・・・・・・ドルファンから馬車で乗って二日必要なのか、少し遠いな」
信康はそう言うと、おもむろに荷物を持って波止場を後にする。
それから信康は馬車で二日間乗っていたが、特に何事も無く無事に王都アンシに到着した。その二日間の間に、信康は今までの事を思い出していた。
数え年で十五歳の時に、故郷である大和皇国を出奔せざるを得ず、この三年近くを幾多の戦場を渡り歩いていた。
一日一日が途轍もない濃度を持っていたので故郷を出て、まだ三年も経っていないが、昔顔にあったあどけなさは無くなり、精悍で服で隠されているが身体には無数の傷がある。
何度も修羅場や死線に遭遇し何度も死を覚悟した事は数えきれない程あったが、色々な国を回り沢山の人々に知り合う事が出来て今では良かったと思っていた。
「今思えば、色々あったものだ・・・このプヨ王国では、どんな出会いと戦場が俺を待っているのだろうな?」
ドルファンを遥かに凌駕する王都アンシの賑わいと人々の出入りを見て、感心しながら、信康はそう昔の思い出に浸った後に傭兵専用兵舎に向かって歩き出した。
「おい、何か言ったら如何だ?」
男の怒鳴り声が聞こえて来たので、足を向けた。
其処には高そうな服を着ている身なりの良い男達が、一人の女性を取り囲んでいた。
人気の無い路地裏であった。人の目に付かないと言うなら、絶好の場所だ。
そんな場所で男達に囲まれていても、女性は怯えていなかった。寧ろ余裕の表情であった。
信康は後ろから声をかけた。
「其処までにしたらどうだ?」
男達は声が、聞こえた方に振り返った。
それを見ても、女性は腕を組みながら黙って立っていた。
男達は一斉に声をあげた。
「何だ、貴様、さっさと失せろ!」
「そうすれば、痛い目には合わないぞ!」
『そうだ! そうだっ!!』
男性達は、一斉に信康を恫喝した。しかし信康は平然とした様子で、肩を竦めながらその恫喝を受け流した。
「良い歳をした大の男が数に任せて、一人の女性を囲むとは、一体どういった御事情だ?」
「貴様に話す事では無い!」
興奮しているのか、話が通じそうになかった。
信康は内心で、、やれやれと思っていた。
「小綺麗な格好からして、お貴族様とお見受けするが・・・どんな国でも居るものだな、お前等みたいな貴族の面汚しは」
信康は荷物を地面に置いて、指を鳴らしながら前に出た。
「貴様、私達と戦う心算か? 良い度胸だなっ!?」
「長旅で身体が鈍っていてな。お前等程度が相手なら、丁度良い肩慣らしになる」
「面白い。プヨ王国五大貴族が筆頭たるアーダーベルト公爵家が筆頭分家、ヒルハイム侯爵家の次期当主であるフォルテス・フォル・ヒルハイムが相手をしてやる!!」
フォルテスと名乗った貴族が、信康に殴り掛かって来た。
しかし信康はフォルテスが、自分の顔を狙っているのが分かっていたのだろう。信康は上半身を反らして躱したついでに、フォルテスの足を引っ掛けた。
フォルテスは受け身を取れず頭から落ちて行き、ゴンっと痛い音がして倒れた。
「フォルテス様ぁ!? おのれっ!! 皆の者、この不届き者を叩きのめせ!!」
取り巻きの一人が叫んだら、他の取り巻きが一斉に飛び掛かかり乱闘になるかと思われたが、直ぐに信康に叩きのめされて終わってしまった。
「やれやれ・・・まさか、プヨの貴族は、こういった奴らしかいない訳じゃないだろうなぁ?」
手を叩いて埃を落としながら、信康は心配そうに呟いた。
信康の前には身体をピクピクと痙攣しながら、倒れているフォルテス達が山の様に積まれていた。
弱いというよりも喧嘩の仕方が分からない、子供を相手にしている気分であった。それでいてある程度に権力を持つ貴族であるのだから、始末が悪いのであった。
(こいつらが何かしても、親の力で何とかなるのだからな、良い気なものだ)
こんな所に居ても気分が滅入るので、早く出て傭兵専用兵舎に向かいたいが、助けた女性が黙ってこちらを観ていた。
「おい、あんた。怪我は無いか?」
「・・・・・・・・・・・・」
女性は無言で頷いた。
「そうか。今度からは男には気をつけな。んっ? あんた、黒森人族か?」
信康は女性を見て、初めて気付いた。
女性は普通の人間では無く、森人族の派生である黒森人族と言われる亜人類であった。
亜人類とは、純粋な人間では無い種族の総称だ。
その証拠に、浅黒い肌と瞳が赤く、最も特徴的な尖った長い耳がある。
森人族は総じて尖った長い耳と美貌が特徴であり、この尖った長い耳は、普段生活する森で獲物や天敵を発見し易くなる様に聴覚が発展し、その過程で発展し、この様な耳の形になったと言われている。
因みに、森人族は視力にも優れており、特に優れた視力を持つ森人族は数キロ先の対象もはっきり見えると言われている。
森人族は複数の種族が存在する。
そんな、森人族が自分達の住処から離れるのは、決して珍しい訳では無いがそうあるものでは無い。そう言った森人族は、はぐれ森人族と呼称される。
この黒森人族がプヨ王国に居るのも、何かしら用事が有るのだろうが信康には関係が無い事だ。
「縁があったらまた会おう。あんたみたいな美人なら、何時でも大歓迎だからな。じゃあな」
信康はそれだけ言うと、さっさと路地裏から出た。
女性は終始無言であった。
これが、信康の家臣の一人に、名を連ねるルノワとの最初の出会いだった。