第293話
「先ずはそうだな・・・お前の名前から聞こうか」
「へぇ、あっしはブルスティと申します」
「では、ブルスティ。お前等はどうして、このケシン村に居るんだ?」
「ええっと、実はですね」
ブルスティは自分の身の上話を語り出した。
話の内容はこうだった。
自分達はカロキヤ公国南部にある国境都市マドベードに近くにある森林で、亜人類の集落で暮らしていた。
その集落の中にある、豚鬼族の部族長をしていたブルスティ。
近くには小鬼族と森人族の集落もあった。
今から二ヶ月前にトプシチェ王国から来た奴隷商人がやって来て、その森林で奴隷狩りを始めた。
更に奴隷商人には、トプシチェ軍も参加していた。
この襲撃では何とか撃退こそ出来たのだが、多くの同胞達が連れ去られた。
ブルスティ達はトプシチェ王国が故国であるカロキヤ公国と同盟関係にある筈なのに、どうしてカロキヤ公国内で奴隷狩りに参加したのか気になった。
捕虜にしたトプシチェ兵の話によると、まさにこの同盟こそが大きく関係していたのだ。
トプシチェ王国は北のリョモン帝国に攻め込むのに、必要な兵力を補う為に戦奴が欲しかった。
逆にカロキヤ公国の方は、戦費が欲しかった。
両国の思惑が合致した結果、カロキヤ公国は多額の戦費を受け取る見返りとしてトプシチェ王国にある提案と許可を出した。
カロキヤ公国の提案と許可とは、北と西でプヨ王国の国境付近の村落を襲って奴隷狩りをすると言うものであった。更に領内を通る際に、プヨ王国とトプシチェ王国の国境付近の村落に限り奴隷狩りを許可していたのだ。
その条件に飛び付いたトプシチェ王国は、プヨ王国を二方面から侵攻して奴隷狩りを行っていたのである。
真相を知ったブルスティ達は同胞達を誘拐したトプシチェ軍を追跡して、カロキヤ公国とプヨ王国の国境線で追い付いた。
そのトプシチェ軍に対してブルスティ達は夜襲を仕掛け、捕まっていた同胞達を解放した。
しかしこのまま故郷の森林に戻ってもカロキヤ公国と敵対関係になってしまった以上、安易に帰還しても安息は得られない。
そう判断したブルスティ達は複数の集団に分かれて、プヨ王国に身を隠す事にした。其処なら避難民として、自分達を保護して貰えると考えたからだ。
そしてブルスティが率いる集団は廃村となったケシン村に到着し、少しの間その村で休む事にした。すると後から盗賊達がやって来て戦闘になり、捕縛して休んでいるとアンヌエット達がやって来て今に至ると言う。
「成程な。じゃあ他の家の中には、お前等の仲間が居るのか?」
「いえ、あっし等は此処に居る全員ですけど他の者達は、プヨ北部の森とかに隠れつつ都市の方を目指していると思います」
「そうか。しかしこの北部周辺は盗賊と、可能性は低いがトプシチェ軍の奴隷狩り部隊が徘徊している可能性がある。その点は大丈夫か?」
「それは何とも言えやせん・・・捕まるかもしれませんし殺されるかもしれませんが、結局は運次第ですな」
「運次第か。まぁ、あながち的外れではないな」
信康はブルスティ達を見る。
「お前等、これからどうする?」
「どうする、とは?」
「知っての通り、プヨとカロキヤは戦争中だ。しかも避難民が殺到してて、カロキヤ出身のお前等ではちゃんと正当な避難民として扱って貰えるか分からん」
「へ、へぇ。それは分かっているのですが、行く当てが」
「其処でお前等に提案したい。傭兵部隊に、それも俺の中隊に入隊する気はないか?」
信康の唐突な提案に、ブルスティ達は目を点にしてしまう。
「自己紹介が遅れたな。俺は信康。傭兵部隊第一副隊長で、この第二中隊の中隊長でもある。お前等が俺の中隊に入ってくれるなら、その見返りに衣食住は保証してやれるぞ」
「ほ、本当ですかいっ!?」
「そんな直ぐにバレる嘘を吐いて、俺に何の得があるんだよ? 腕っ節の強いお前等が入隊してくれれば、その分戦力が上がるんだ。そもそも軍隊に入るんだから、ちゃんとした寮に住めるし給金だって出るぞ?」
「そりゃ願ったり叶ったりって奴でさぁ!」
ブルスティ達は一斉に、信康に向かって頭を下げた。
「御願いします。どうかあっしらを傭兵部隊に、それも大将の中隊に入れて下さい。骨身を惜しまず働きやすっ!」
『御願イシマスッ!!!』
仲間の小鬼族ゴブリン達も、ブルスティに続けて頭を下げた。
信康はうんうんと頷いてから、ブルスティ達に声を掛ける。
「良く分かった。お前等はそうだな・・・ルノワって黒森人族に預けるから、其処で手柄を稼いで来い」
「じゃあっ」
「正式な入隊手続きは、王都アンシでやる事になる。だから現在いまは少しでも活躍して、入隊した時に宣伝出来る実績を稼いで来るんだ」
「はい、分かりましたっ! ありがとうございますっ!」
『アリガトウゴザイマス!!』
ブルスティ達は信康に感謝して、再度頭を下げた。
「と言う訳で、こいつ等の縄を解いてくれ」
「本気で部下にする心算?」
「そうだ。境遇は同情すべきものだし、何より強い味方は幾等居ても困らないからな」
「・・・・・・ふん。どうなっても知らないからねっ」
アンヌエットは部下を顎で指示して、ブルスティ達の縄を解かせた。
拘束が解かれたブルスティ達は立ち上がり、身体の調子を確認する。
「よし。じゃあ俺の中隊の奴等に紹介してやるから、俺に付いて来い」
「へい」
信康が歩き出そうとしたら、足音が聞こえて来た。
「ブルスッ!!」
そう言って信康の隣を通り過ぎて、ブルスティに抱き付く者が居た。
信康はその者を見た。
耳が細長いので、森人族だと思われる。
目鼻立ちした顔付き。猫の様なツリ目。翠色の瞳。スレンダーな体型。
金髪を腰まで伸ばし、緑色のワンピースの上に胸当てをしていた。
腰に矢束を持っているので、弓兵みたいだった。
「ブルスティ、その女性は?」
「へい。あっしの幼馴染で女房のエリナと言います」
「ほう。この女性が」
信康は、このエリナが話に出た美女だと分かった。
「成程、随分と綺麗な奥さんだな」
「へい・・・・・・・そうです。あっしの一番の宝物でさぁ」
青灰色の顔が赤くなりながら、その事実を認めるブルスティ。エリナもブルスティの言葉を聞いて、嬉しそうに赤面していた。
「そうか。大事にしろよ」
信康はそう言って、ブルスティ達を連れて行く。
これが信康の多くの部下の中でも勇名を轟かす九将の一人にして、『勇将』の異名を持つブルスティとの最初の邂逅であった。
余談だがブルスティは生涯、エリナ以外の女性とは関係を持たない愛妻家にして、そのエリナに逆らう事が出来ない恐妻家でもあった。




