第289話
プヨ歴V二十七年六月六日。朝。
ルベリロイド子爵邸で過ごした翌日に信康は、第二訓練場にて第二中隊の出陣準備に掛かっていた。
ヘルムートの命令により北部から侵入していると思われる、盗賊の殲滅及び捕縛をする為だ。
しかし北部に向かうのは、信康の第二中隊だけでは無かった。
信康は麾下中隊の準備を整えながら、リズムを取るかの如く地面を踏む。
「・・・・・・まだか?」
出陣する部隊は信康の第二中隊だけの他に、神官戦士団の一つである炎龍戦士団から一部隊。そして緑龍僧兵団から、一部隊来る事になっている。
しかし、その肝心の二部隊が未だに現れる気配が無いのだ。
「ルノワ。中隊の編制準備は?」
「何時でも出陣出来ます。ノブヤス様」
「そうか・・・まぁのんびり待つか」
信康はそう言って、焦る事なく待つ事にした。
何故なら目的地である北部へは、サンジェルマン姉妹の転移門を使えば一瞬で到着するからだ。
これも傭兵部隊第二中隊がプヨ王国の北部と西部を、何度も向かっているからこそ達成可能な芸当である。
「現地に到着してから打ち合わせをしても良いんだが、どうせなら安全圏で行いたいよな」
「そうですね。ぶつかれば小競り合いとは言え、戦場には違いありません」
「そうなんだよな」
信康はルノワと雑談をしながら、炎龍戦士団と緑龍僧兵団の到着を待つ。
そう考えていると第二訓練場の出入口から、大声が聞こえて来た。
『此処に傭兵部隊の第二中隊が居ると聞いたのだが、中隊長殿は何処におられるっ!?』
大きな声が信康の耳に聞こえて来た。
「漸く来たか?」
「だと思います」
「よし。誰か迎えに行ってやれ」
「はい。では、僕が」
そう言って手を挙げたのは、マジョルコムだった。マジョルコムはパリストーレ平原の戦いの後に、信康に惚れ込んでそのまま傭兵部隊の第二中隊に転属していた。
信康は後から聞いた話によるとマジョルコムの階級は元々少尉だったらしく、パリストーレ平原の戦いの戦功で更に三階級特進し准佐になったそうだ。
それにより第二部隊の階級序列の方だが、ルノワとマジョルコムが准佐。ケンプファ、トッド、トモエ、サンジェルマン姉妹の五人が大尉。縫、ジーン、鈴猫、コニゼリア、レムリーアの五人が中尉で、パリストーレ平原の戦いに参加した隊員は全員が少尉になっている。
更に役職も増やされており、コニゼリアが第二中隊所属偵察小隊小隊長として活躍している。首狩り兎族ウォーバルバニーの面目躍如と言う訳である。
因みに第二中隊で現在第三位であるマジョルコムは、第二副官と言う肩書を持ってルノワと共に信康の補佐を熱心に努めていた。
何をやらせても卒が無く完璧に熟すので、ルノワも気に入って熱心に指導を施している程だ。
「マジョルコムか。じゃあ、任せた」
「はいっ」
マジョルコムは元気良く信康に返事をしてから、第二訓練場の出入口へと向かった。
少しするとマジョルコムが、今回の指揮官と思われる女性を二人連れて来た。
「ノブヤス中隊長。炎龍戦士団と緑龍僧兵団の両部隊長のをお連れしました」
「御苦労だったな」
「はっ」
信康がマジョルコムを労うと、マジョルコムは敬礼してから信康の後ろに控えた。
「御初に御目に掛かる。自分は傭兵部隊第一副隊長兼、第二中隊中隊長の信康です」
信康が敬礼しながら、その二人に告げた。
「こちらこそ、初めまして・・・私は緑龍僧兵団第四部隊部隊長、メリニス・アディブロアと申します」
そう言って信康に一礼するのは、一人の美女であった。
黄金色に輝く髪を肩に掛かる程度にまで伸ばし、パッチリとした目で紫水晶の如き瞳をしていた。
白色の神官服の上に緑色のケープを羽織り、スカートにはスリットが入っている。
身長は平均よりも少しばかり高く、ゆったりとした服の上からでも分かる大きな胸の持ち主だ。
その胸に比例して、尻も大きかった。対照的に腰の方は、柳みたいに細い。
頭には服と同じ色で真ん中に飾りで、何かの記章を刻まれた石が付けられている。
「到着が遅れました事については、心からお詫び致します。これにはちょっとした事情がありまして・・・」
「いや、別に気にしていませんよ。所で・・・」
信康は目前にいるメリニスよりも、その背後に居る人物が気になっていた。
メリニスの方が身長が高いので、ギリギリ隠れている。
しかし顔を少しだけ出して、信康をコソコソと見詰めていた。
其処から見覚えがある銀髪と金色の瞳なので、それが誰なのか直ぐに分かった。
「何をしてるんだよ? アンヌエット」
信康が名前をあげると、アンヌエットはビクッと身体を震わせた。
そして咳払いして、メリニスの背中から出るアンヌエット。
「あ、あら。久し振りじゃない。元気そうね」
アンヌエットは何も無かったかの様な顔で挨拶をする。しかしそれを認める程、信康の性根は大人では無かった。
「そうだな。久し振りだな。アンちゃん」
「アンちゃん言うなっ!?」
アンヌエットはまるで、威嚇している猫みたいに叫んだ。
しかしそんなアンヌエットの姿を見ても、この程度で信康が怯む筈が無い。
「我が儘だな。仕方が無いから、アンヌって呼んでやろう。ありがたく思いな」
「は、はぁっ!? 何であんたがあたし相手に、そんな上から目線なのよっ!? それにありがたく思いな・・・・・・・・、ですってぇっ!? あんたこそ傭兵の分際でこのあたしに声を掛けれる事に、平伏してありがたく思いなさいよっ?!」
「はいはい。聖女様同然のアンヌエット様にこうして構って頂き、大変光栄に思いますです」
信康は心にも籠っていない声で、アンヌエットに感謝する振りをしていた。
「何よ、その棒読みはぁっ!?」
「それはお前が敬うよりも揶揄れていると思っているから、そういう風に解釈しているだけだよ」
「そ、そうなの?」
アンヌエットは目をパチクリさせる。
「そうだとも。例えば俺がお前の事を超面白い奴・・・・・と思って話しても、お前が揶揄ってると思ったら俺が言う言葉の全てが揶揄われていると取るんだよ」
「な、成程。・・・・・・うん? ちょっと待ちなさいよ。今あたしの事、超面白い奴・・・・・とか言わなかった?」
「おっと、これはうっかりだ。つい本音を出しちまった。どうもこの口は、隠し事が出来ないな」
信康は口を抑えなが顔を背けた。
「・・・・・・・こ、こ、こ、の・・・大監獄で少しは性根が正されたと思ったのに、何一つ変わっちゃいないわねっ!? やっぱり灰も残らず燃やしてやるっ!?」
アンヌエットの手から、炎が生み出された。
「むっ、これは不味いな。三十六計逃げるに如かずっ! 此処は戦略的撤退を取らせて貰うとするか」
それだけ言うと信康は、その場から脱兎の如く逃げ出した。
「あっ!? こら待てぇっ?! 温情であんたの故郷で有名な、ハーラキーリで自害する事を許してあげるわ。介錯はあたしがしてやるからっ!!」
「あん?・・・ハーラキーリ?・・・ああ、切腹の事か。ちょっと認識に語弊があるが、アンヌは物知りだなぁ」
「ふん。あんたが投獄されている間に、大和の事を勉強したからね・・・って、そんな事は如何でも良いでしょっ!? さぁ、大人しくハーラキーリをしなさいっ!!」
「馬鹿言え。俺はもう大和武士じゃないから、そう言われてする訳無いだろ? ただまぁ、そうだなぁ・・・お前が俺を捕まえる事が出来たら、潔く切腹してやっても良いかもなっ。はっはは」
「待て~~~~!!?」
信康とアンヌエットは揃いも揃って良い歳をして、まるで子供みたいに鬼ごっこを始め出した。
二人の行動にあっけに取られて、どうしたら良いのか分からずメリニスはオロオロし出した。一方のマジョルコムは、微笑みながら二人を見守っていた。
そうして二人は揃って、暫く鬼ごっこを第二訓練場で続けていた。
「ノブヤス中隊長。御戯れはその辺で・・・流石に打ち合わせを始めないと不味いかと」
マジョルコムが子供みたいに遊んでいる、信康に漸く声を掛けた。
「ふむ、それもそうだな」
信康は直ぐに足を止めて、振り返る。
「おーい、アンヌ。名残惜しいけど、そろそろ仕事しようぜ?」
信康は手を叩く。まるで遊んでいる子供に遊びは終わりだぞと、そう言わんばかりにだ。
アンヌエットは釈然としない思いを顔に出しながら、信康の言葉に従おうとメリニスの方に顔を向ける。
「あっ!?」
アンヌエットは焦った様子で見せながら声を上げる。
「どうかしたのか?」
「な、何でもないわよ」
そう言いながら、アンヌエットは信康の背中に隠れている。
信康は不思議な顔をしながらも、メリニスが居る所に歩く。
「申し訳ない。何せ九ヶ月振りの再会だったもんでね。旧交を温めていた」
「は、はぁ、そうですか」
メリニスは首を傾げるが、それ以上何も言わなかった。
「それはそれとしてアンヌ、いい加減其処から出て来たらどうだ?」
信康は背中にいるアンヌエットに声を掛ける。
「あ、あいつは居ない?」
「あいつ? 誰だよ?」
「あんたの副官の黒森人族」
「私がどうかしましたか?」
ルノワは何時の間にか、アンヌエットの後ろに居た。
「うひゃああああああっ!?」
何時の間にかルノワに背後に回られて、アンヌエットは悲鳴を上げる。
「お久し振りです。アンヌ様」
アンヌエットが悲鳴をあげているのに、ルノワは構わず頭を下げる。
「何だ? 随分と親し気だな」
「ええ、協力関係にありましたから」
「協力関係・・・と言うと」
信康はもしかしてと思いながら、思った事を口に出そうとした。
「あ、ああ、まっ、待って」
「ノブヤス様が投獄された間の話なのですが・・・フラム様共々上層部に猛抗議して頂き他の六大神の教団にも、同じく共同で非難する様に働き掛けて下さいました。因みに戦争以外でこの様に六大神の教団が協力し合うのは、前代未聞だったそうですよ」
「ほう~~~」
信康はアンヌエットを見る。
アンヌエットは顔を伏せる。しかし耳まで赤いので、恥ずかしいと思っているのが丸分かりだ。
「そうか。俺の為に、ありがとうな」
信康はそう言うと、アンヌエットに頭を下げて感謝した。自分の為に尽力してくれた事に対して、信康も流石に茶化そうとは思わなかった。
「っ!?・・・っ・・・ふ、ふん。別に大した事はしていないわよ」
信康の態度に惚けていたアンヌエットだったが、一瞬だけ嬉しそうな顔をして直ぐに顔を引き締める。
プイと顔を背けていたが信康に感謝された事実が嬉しかったのか、アンヌエットの口元は明らかにニヤついていた。




