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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第285話

 信康はトレニアと一緒に、第二訓練場に向かう。


(最初こそまさかと思ったが、俺がリカルドを抜いて傭兵部隊の第二位になるとはな)


 信康は嬉しさと申し訳無さが混じった、複雑な感情を抱いていた。


 そして切り替えるべく雑念を脳裏から追い払うと、トレニアの事で気になる事が思い浮かんだ。


「ノブヤスさん。どうかしました?」


 トレニアはノブヤスの視線に気付いたのか、自分から尋ねて来た。


「・・・当たり前の事だから、言い忘れていた事があってな・・・傭兵部隊は末端と言えど、プヨ軍の一部隊だ。役割に関係無く訓練がある訳だが、体力の方は大丈夫か?」


「体力ですか? 通用するかは分かりませんけど、自信ならありますよ。薬草はどうしても山中にありますから、山登りをしていると自然と体力が付きますので」


「そうか、成程な・・・まぁ訓練して行けば自ずと増えて行くから、そう気張る必要は無いぞ」


 山の上り下りは体力使うと言う事で、最低でも基礎がトレニアにはある事を嬉しい誤算と喜ぶ信康。


 そうして二人は歩いていると、第二訓練場前に到着した。


 第二訓練場からは、訓練している声が聞こえて来た。


「おお、やってるやってる」


 信康はその声を聞いて感心しながら、トレニアと一緒に第二訓練場の中へと入って行った。


 


 第二訓練場に入り、第二中隊の訓練の様子を信康は早速確かめる。


『おおおおおおおおっっ!!!』


 第二部隊の隊員達は、喚声を上げながら何かに突撃する。


(何だありゃ?・・・人型の大地人形(アースゴーレム)か?)


 信康は目を凝らして人形の正体を推測した結果、土や泥などを固めて出来た魔法人形(ゴーレム)の一種である大地人形(アースゴーレム)であった。


 大地人形(アースゴーレム)達の手には、何かしらの刃引きされた武器を持っていた。


 その刃引きされた得物を使って、隊員達と戦闘している。


 人数的に言えば第第二中隊の隊員達の方が多いのだが、大地人形(アースゴーレム)の性能が良いのか次々と隊員達を倒して行く。


 しかし一方的にやられてばかりの第二中隊では無く、人が多い事を活かして一人やられようとも人海戦術で次々に大地人形(アースゴーレム)に襲い掛かる。


 第二中隊の人数に押されてか、大地人形(アースゴーレム)達は防戦一方になって来た。


 やがて大地人形(アースゴーレム)達は第二部隊の人数の多さに負けて、一機また一機と倒されて身体が崩れ落ちる。


「これで、最後っ」


 隊員が最後の大地人形(アースゴーレム)に、自分の得物を突き立てる。


 すると大地人形(アースゴーレム)は、身体を震わせた後に身体が崩れてただの土塊となった。


 最後の大地人形(アースゴーレム)が倒されたのを見て、第二中隊の隊員達は顔を見合わせた。


『おおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!』


 第二中隊の隊員達が勝った事で、大歓声を上げた。


 第二中隊の隊員達から少し離れた所に、第二中隊の諸将であるケンプファ達が隊員達を見守っていた。


 どうやら信康がエルドラズ島大監獄に収監中に入隊した、比較的新しい隊員達の訓練を見ていたみたいだ。


 すると信康が良く見てみると、ケンプファ達の中に見慣れぬ女性を発見した。西洋圏に住む人種の容貌では無く、大和皇国人の顔立ちに似ていた。


(あれが、俺に会いに来た奴か?)


 信康はトレニアについて来る様にだけ言って、先に歩き出した。


 トレニアが付いて来るのを感じながら、信康はケンプファ達が居る所に向かう。


「・・・うん? あれは、まさか」


「へっ? 小、隊長・・・だよな?」


「見間違いか、物の怪が化けていないのならば本物でしょう」


 最初にケンプファが気付き、その後にトッドが驚きながら、信康に指差しした。


 トモエは本物かどうか確認する為、目を凝らす。


 ケンプファが突然の信康の訪問に狼狽している中、其処へ風が流れて信康達の身体を撫でた。


 風が止むと、信康とケンプファ達の間には新聞を片手に持ったルノワが跪いていた。


「お帰りなさいませ。ノブヤス様」


「ああ、今帰ったぞ」


「はい。ヘルムート総隊長から号外の新聞を受取り、貴方様が御帰還されたと聞いて飛んで参りました」


 ルノワはそう言うと、ケンプファ達に持って居た新聞を投げ渡した。ケンプファが新聞を広げると、トッド達も中身を確認しようと顔を覗かせる。


 新聞の内容には信康と海の貴族の事件が掲載されていた。その内容を見て、ケンプファ達の間にどよめきが広がって行った。


「今帰ったぞ、お前等」


 信康が笑顔で言うと、第二中隊から大歓声が上がった。中には人目も憚らずに号泣して、信康の帰還を喜ぶ隊員達も居た。


 信康がエルドラズ島大監獄に投獄されてから入隊した隊員は状況が理解出来ていなかったが、説明を受けると遅れて歓迎してくれた。次々と声を掛けて来る隊員達を捌きながら、信康はある女性の下まで向かう。


 藍色の髪をポニーテールにした、切れ長の目に黒褐色の瞳。女性としては平均より、少し高めな身長。


  端正な顔立ち。和服に身を通しているが両肩に肩当てを装着し、胴体には大和皇国の甲冑を着用して額には鉢金を巻いている。更に鉢金には、丸に右向きの並び弓の家紋が刻まれていた。


 太刀と小太刀の二刀を、腰に二本差している。


 信康はその恰好と言うよりも、鉢金に刻まれている家紋を見て驚いた。


 その美少女は信康が前に来ると、一礼して頭を下げる。


「その家紋。・・・お前、親義の親族か?」


「はい。親義は私の父です」


「父? ちょっと待て。お前は今年で幾つだ?」


「今年で十八です。信康様より、一つ年下ですね」


「ちょっと待て。あのおっさん、実は既婚者だったのか? そんな話、俺が大和に居た時は聞いた事も無いぞ」


 信康は美少女の説明を聞いて、訳が分からず混乱していた。


 普段は沈着である信康が混乱している姿を見て、全員が目をパチクリさせていた。


「父は公私をはっきり分ける方でしたから、傅役に専念する為に何も言わなかったのだと思います」


「・・・・・・そうか。親義のおっさんも、水臭い事だな。言ってくれれば、俺は素直に嬉しかったのに・・・」


 父同然に慕っていた者が、実は既婚者だった事を知り信康は困惑した。歓喜の感情はあるのだが、それ以上に何故自分にまで隠していたのだろうと言う気持ちが強かった。


 そんな信康の様子を他所に、その美少女はその場で膝を付く。


「我が父は、弓岩主計頭親義ゆいわかずえのつかさのかみちかよし。その娘の(ぬい)と申します。父に成り代わり、信康様にお仕えする為に此処まで参りました。どうぞ、家臣の末席に置いて下さい」


「・・・・・・取り敢えず、場所を変えようか?」


 縫の嘆願を聞いた信康だったが、周囲の視線に居たたまれなくなったので移動する事を提案した。


 


 信康はルノワ達に訓練を継続させる様に命じてから、縫を連れて少し離れた場所で二人切りになって話を続けていた。


「・・・・・・今更だが、随分と流暢な大陸共通語を話せるよな? それとプヨ此処まで来るのに、どれ位掛かったんだ?」


「大陸共通語の方は、大和に居た時から父に習得する様に言われてました。去年の五月末に信康様の生存を父から知らされまして・・・六月初めに大和を出立して陸路と海路を使い分け、三ヶ月掛けてこのプヨにまで来ました」


 信康は縫の話を聞いて、時系列を脳裏で纏めた。確かに六月上旬から三ヶ月掛けてプヨ王国まで来たのならば、自分がエルドラズ島大監獄に収監されていた時期と重なり矛盾など発生しない事が分かる。


「信康様。順番が前後してしまいましたが、どうかよろしくお願い致します。私はヘルムート総隊長の御厚意で信康様の中隊に配属させて頂き、現在いまではトモエ小隊長の副官として中尉の階級を頂いております」


 縫の話を聞いて信康は良く注意して見ると、確かに縫の胸には鷲頭馬ピポグリフの意匠がある銅色の記章を身に着けていた。


「・・・この短期間で、良く其処まで出世したもんだな? 大変だったんじゃないのか?」


「いえ。隣のトプシチェと言う国が国境付近に攻め込んで来ましたので、その時に遭遇した部隊の敵将を何人か仕留める内に昇進してました」


 縫が大した事でも無いとばかりにそう言うと、信康は苦笑しつつ今までの話を脳裏で纏め始めた。


(親義のおっさんは実は既婚者で娘が居て、その一人娘が俺に仕える為にこのプヨにまで来た。今更どうして来たのかと言うと、まさか織田様が謀反に遭って討たれて亡くなってしまい、柵が無くなったからとはな)


 信康は脳裏の整理を終えると、思わず青空を見上げた。


 縫の話を聞いていると、何か納得出来るとも思えた。


「・・・・・・人生万事塞翁が馬、とは良く言ったものだな。全くこの世は一体、何が起こるか分からないな」


 そう言って、苦笑する信康。


 しかしそれは束の間だけであり、直ぐに思考を切り替える。


(今はそんな事よりも、目の前の事が大事だ)


 信康は心中でそう言うと、トレニアを呼んでルノワの前まで連れて来た。


「こいつは新入りだ。名前をトレニアだ・・・ルノワ」


「はい」


「暫くの間、面倒を見てくれ」


「分かりました」


 ルノワは信康の命令を承諾して一礼した。


 それから信康は、改めて縫を呼び寄せた。


「縫。一つ聞いても良いか?」


「はい、信康様。私に答えられる事でしたら、何なりと」


「では聞くが・・・お前の他にも何人か居ると聞いたが、何処に居るんだ?」


「ああ、半蔵殿の娘達とその配下の者達ですか」


「半蔵の? と言うと事は・・・・・・ああ、あいつ等か」


 信康は誰なのか、直ぐに分かった。


「お会いした事が有りまして?」


「ああ、全員とな。となると・・・あいつ(・・・)も送って来たのかよ」


 信康はそう言うと、呆れて溜め息を吐いた。


「帰郷心が無いとは言わぬが、俺はもう大和に戻る心算は無いんだがな。戻ったら戻ったで面倒だろうし」


「それについては、信康様がお決めになる事です。我々はこの命が尽きるその日まで、貴方様の命に従うだけです」


「ああ、お前も尾河武士なんだな」


 信康は縫の言動を聞いて、大和皇国の武士の考えまんまだなと思った。


「じゃあその内、そいつ等の紹介を改めて受けるとして」


 信康は近くにある椅子に座る。


「久しぶりに、部隊の訓練風景でも見るか」


 信康が訓練を見ると言い出したので、ルノワ達は先程と同じ訓練を行う様に指示した。


 隊員達が先刻倒した大地人形(アースゴーレム)は、サンジェルマン姉妹が造り出した魔力で動く魔法人形(ゴーレム)だ。


 イセリアが『これなら実質無料タダ同然だから、遠慮無くこの魔法人形(ゴーレム)を使って訓練して』と言って来たので、この大地人形(アースゴーレム)を使った訓練をする様になったそうだ。


 隊員達は意外に強い人形相手に苦戦して、最近何とか戦って勝てるそうになったそうだ。


 そんな報告を聞きながら、信康は隊員達の練度を確認した。

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