第27話
プヨ歴V二六年五月二十五日。
時間は直ぐに過ぎていき、今日は信康の退院の日であった。身体を完全に治した信康は、既に患者服から私服に着替えていた。
手を動かし、何処か不調じゃないか確かめる。
「・・・・・・よし、何処も問題ないな」
信康は何処も問題が無い事が分かると、身体を伸ばす。
(入院していたから、暫くは体力を戻す訓練をしないとな、兵舎に戻ったら総隊長に相談して、特別にしてもらうとするか)
信康がそう考えていたら、扉がノックされた。
「誰だ?」
『ルノワです。入っても宜しいですか?』
「良いぞ」
ルノワが扉を開けて、入って来た。
「お加減は如何ですか?」
「まぁ、良い感じだな。身体が鈍っている感は否めないが」
「それは時間を掛けて、ゆっくり戻して行きましょう。ノブヤス様が無事に退院出来て、本当に良かったです」
ルノワは嬉しそうな顔をする。
「お前には色々と面倒を掛けたな」
「いえ、たいした苦労ではありませんから」
「そうか。悪いが荷物を片付けたいから、手伝ってくれ」
「はい」
信康とルノワは部屋に置いてあった私物を袋に入れて、部屋を軽く綺麗にする。
「此処は病院ですから、別に綺麗にしなくても良いのでは?」
「散らかしたまま出て行くのは、気分が悪い。一週間程度とはいえ、此処で寝食をして世話になっていたのだから、感謝を込めて綺麗にするだけだ」
「・・・・・・そうですか」
ルノワは意味が分からない顔をしながら、信康の手伝いをする。
部屋が綺麗になり、一息ついていたらまた扉がノックされた。
「はい」
「ノブヤス君、あたしだよ」
この気さくな話し方は、キャロルだと分かった。
「開いているぞ」
「じゃあ、入るよ」
キャロルは部屋に入ると、部屋を見て驚いていた。
「どうかしたか?」
「いやぁ。入院していた人が退院していく時に、部屋を綺麗にしていくのは中々無い経験だったから、ついね」
「この部屋には少しの間とはいえ、暮らしていたからな、出て行くとは綺麗にしていくのが、筋では無いか? 立つ鳥跡を濁さずと言うだろう?」
「君って意外に律儀だね。最後に言っている内容の意味は、良く分からないけど」
「簡単に言うと、去り際は潔く綺麗にしろって意味さ。それとそのノブヤス君とは俺の事か?」
「そうに決まっているじゃん」
「あんた、俺より年上のなのか?」
「あたしはこう見えて、君よりも五歳も年上だよ。今年で二十三歳になるからね」
「・・・・・・まぁ、そうだよな」
病院に働いている時点で、信康より年上の筈だと言われて思った。そもそも自分が大和皇国を出奔してから、圧倒的に年上の人物と出会う確率が高かった。
その後は少し話をして、部屋を後にした。
キャロルは仕事もあるのに、病院の正面玄関まで見送りにきてくれた。
「わざわざ、すまないな。仕事もあるのに」
「良いよ、別にこれ位。患者を見送るのも、仕事の内だもの」
「それはありがたい」
「じゃあね。身体は元気にして、仕事を頑張りなよ」
キャロルはそう言うと、勤務に戻る。
信康はキャロルを見送ると、ルノワに顔を向ける。
「俺らも行くか」
「はい。ノブヤス様」
信康達が歩き出そうとしたら、向こうから誰かこちらに走って来る。
逆光でよく顔が見えなかったが、徐々に近付いて来たので漸く顔が見えてきた。その近付いて来る人とは、セーラであった。
「はぁ、はぁ・・・・・・間に合いました」
「セーラか、何か用か」
息が切れる程、急いできたのだ。何か用事でもなければ、しないだろう。
「す、すこしまってください・・・・・・・」
セーラは少しの間、息を整える。
そして、信康に顔を向ける。
「あの、これを」
セーラは懐から何かの紙を出した。
「これは?」
「・・・・・・私が暮らしている、アパートの住所です。その、何かありましたら、其処に手紙を送って下さい。何時でも構いませんので」
「良いのか?」
「ええ、ノブヤスさんでしたら構いません」
「ありがとう」
「いえ、じゃあ、私はこれで」
セーラは信康に一礼して、何処かに行った。
信康は貰った紙を懐にしまう。
「そろそろ、行くか」
「はい」
信康はルノワを連れて、兵舎に向かう。
*********
プヨ王国軍アンシ総合病院から歩く事、数十分。
同じ地区にあるのに少し歩いた程度だが、信康は体が少し疲れた感じがした。
(これは・・・やはり入院していた所為で、身体が少し鈍ったかな? 明日から体力を作る特訓をを中心に、身体を動かして行くか)
信康はそう思った。
「ノブヤス様、如何かしましたか?」
「何でもない。俺の部屋に一度荷物を置いて、それからヘルムート総隊長に俺が復帰した事を報告しようか」
「いえ、その様な事をしなくても良いのです」
「何? 何でだ?」
「だって」
ルノワは兵舎の玄関の扉を開ける、するとそれは起こった。
パン、パンパンパンッ!!!!
扉が開いた瞬間、何かを破裂させた音が響きだした。
その音の五月蠅さに、信康は耳を塞ぐ。
やがて破裂音は止んだ。音がした方に目を向けると、其処には傭兵部隊の隊員の勢揃いして居た。
手にクラッカーを持っている者が、何人も居た。先程の五月蠅い音は、これの様だ。
「おう、ノブヤス、退院おめでとう」
「総隊長、これは一体何事ですか?」
信康はいきなりの事で、驚きながらもヘルムートに訊ねる。
「ああ、これはな・・・大活躍したノブヤスが退院したという事で傭兵部隊の皆を集めて、退院祝いをしようという話になってな。傭兵部隊おれたちもパリストーレ平原から戻って来たばかりなんだが、こうして準備して待っていた訳だ」
「戻って来たばかりって・・・要は理由を付けて、合法的に兵舎で酒が飲みたいだけですよね? 兵舎は普段、飲酒禁止なんだから」
「ノブヤス様の仰る通りです。私がノブヤス様をお迎えに向かった時から、リカルド副隊長がカロキヤ軍の総大将を討ち取った事を称えてと言う理由で、兵舎では既に酒盛りを始めてましたよ」
「何っ!? 俺が居ない間から、そんな事を・・・・・・」
信康は呆れて、言葉が出なかった。
「悪いな。どいつもこいつも、お前が帰って来るまで待ち切れなかったんだよ。お前やリカルドの活躍の御蔭でも傭兵部隊の名も売れた事は事実だし、此処はパーッと騒ごうじゃないか」
「・・・・・・了解しました。お付き合いしますよ」
「よし、今日はトコトン飲むぞ!」
「その前に荷物を部屋に置いてから来ても、別に良いですか?」
「ああ、早く戻って来いよ。リカルドが居るとは言え、主役が居ないと始まらないぞ」
「分かっていますよ」
信康はルノワを連れて部屋へと向かい、私物を置くと食堂へと向かった。
食堂は既に賑やかな飲み会になっていたので、信康達も酒を受け取ると好きに飲み始めた。




