第275話
信康がジャンヌを横抱きにして、適当な部屋に運んだ。信康が選んだその部屋は女性の部屋だったみたいで、大きな寝台と幾つの服が掛かっている収納室があり他には化粧台などがあった。
丁度良いとばかりに、信康はその寝台にジャンヌを寝かせる。そしてこの部屋に来るまでに調達していた縄で両腕を一括りにして縛り、両足の足首にも縄で縛ってからその縄を全て寝台に結んだ。
「ふぅ、これだけ固く結んでおけば大丈夫だな。後は、トレニアが薬を持って来るのを待つか」
ジャンヌを拘束した信康は寝台に腰掛けながら、今までの事を回想していた。
「陸地に着いてから海の貴族を潰して、そのままドルファンまで凱旋したかったんだがなぁ」
最初はセミラーミデクリスから以前貰って使用せずに残っていた即効性の睡眠薬を、海の貴族の海賊達の食事に混ぜて一網打尽にし最寄りの水竜兵団に通報して捕縛する予定だった。
しかし海の貴族の本拠地が小島と判明すると、信康は計画を変更する事にした。
(その気になれば飛んで帰れるんだが・・・よくよく見ればこいつみたいに、良い女が何人か居るし・・・此処は屈服させる方向に転換するか。先ずは首領が誰なのか、特定しないとな)
信康はそう思案して、海の貴族の首領を特定する事を優先した。
尤も眼前で拘束しているジャンヌが、海の貴族の首領である事に気付いていない事実が滑稽でしかないのだが。
「さぁて、どうやって尋問してやろうかな?」
信康は拘束されているジャンヌを見て、舌を舐めずりした。
これでは初見だと、どちらが海賊でどちらが被害者か分からなかった。
コンコンコン。
すると其処へ、扉が優しくノックされた。
「誰だ?」
この状況下で扉をノックする者など、シキブかトレニアしか居ない。
シキブに限ってしくじりなど有り得ないが、習慣から信康は何時でも戦える様に用心していた。
「わ、私です。トレニアです。部屋に入っても良いですか?」
扉をノックしていたのは、トレニアだった。トレニアと知った信康は、自然と身体から力が抜ける。
「トレニアか。どうぞ」
信康が部屋に入る様に促すと、トレニアが扉を開けた。
「あ、あの・・・作れたので、言われた物を持って来ました」
トレニアは皿の上に丸薬を幾つか乗せて、それを盆に載せてやって来た。
「ああ、悪いな・・・下がってて良いぞ」
信康は盆に乗っている皿を受け取ると、トレニアを部屋から退室させた。
そして丸薬を掴んで、無造作にジャンヌの口の中に入れる。
「・・・・・・んんんんっ!??!?」
ジャンヌの口内に放り込まれた丸薬は、口内で溶けて苦みがジャンヌの舌を襲った。
あまりの苦みに、意識を覚醒させるジャンヌ。ジャンヌはえずいて、口内にある薬を吐き出した。
「よう、お目覚めかい?」
信康はえずくジャンヌに、声を掛ける。
「あんたはっ・・・・・・なんだいっ、こりゃあああっ!?」
ジャンヌは自分の四肢が、寝台に拘束されている事に漸く気付いた。
「ちょっと話がしたいんでね。縛らせて貰ったよ」
「ちぃっ!?・・・しかし、どうやってあの牢から出たんだいっ? 牢屋自体が魔法道具で出来ているから、専用の鍵を使わない限りどんな鍵開け師でも解錠は不可能な筈だよっ!?」
「ああ、成程。納得した」
ジャンヌの話を聞いて不用心にも、見張りを立てない理由が漸く分かった信康。
しかし信康に解錠出来た理由を、ジャンヌの為だけに馬鹿正直に話す義理など一切無かった。
「それは機密事項だ。お前に話した所で何になる?・・・それはそうと、取引をしようじゃないか」
「何だい? まさか、自分達を逃がせとか言うんじゃないだろうね?」
「勿論。と言うか、それ以外あるか?」
信康がそう言うと、ジャンヌは嗤い出した。
「はっはは、馬鹿じゃないのかいっ? 商品であるあんた等を、どうして逃がす道理なんか有る訳無いだろうっ!・・・どんな手段で海の貴族うちの子分共を捕まえたかは分からないけど、船を動かすって言うんだったら海の貴族うちの子分共が必要だ。捕まえた子分共の力を借りないで、どうやってこの島を出て行くんだい?」
ニヤニヤと嗤いながら、信康を見るジャンヌ。
信康の反応から自分がまだ、海の貴族の首領だとバレていないと思い脅すジャンヌ。
「まぁ船は一人で動かすもんじゃないからな・・・うん? 子分共だぁ?・・・まさかお前・・・お前が首領か?」
「っ!?」
信康はジャンヌの言動に違和感を感じて良く吟味してから指摘すると、ジャンヌはしまったと言わんばかりに先刻の余裕を一瞬で失った。
しかしそのジャンヌの態度こそ、何より雄弁に自分が海の貴族の首領だと自白しているも同然だった。
「ははははっ。そうかそうか。お前が首領だったのか。言われてみれば、口調が全く一緒だなっ。くははははっ・・・・・・あー笑った。お前が馬鹿な御蔭で、探す手間が省けたよ」
信康は一頻り嗤ってジャンヌの迂闊さを馬鹿にした後、赤き炎の棘を唱えて指先から赤い棘付きの触手を出現させた。
「な、何だいっ。そいつは・・・っっ」
信康に迂闊な言動を馬鹿にされて赤面していたジャンヌだったが、信康の指先から蠢く赤い棘付きの触手を顔を青くさせた。
「面倒だから、此処からは楽しい拷問の時間だ。まぁ痛め付ける様な真似はしないから、其処は安心しとけ。嫌なら、さっさと俺の要求を受け入れる事だな」
信康はそう言って、赤い棘付きの触手を操り、ジャンヌの口を割らせようとした。
信康に部屋から追い出されたトレニアは、海の貴族の本拠地内を適当に歩いていた。
信康の所業に対してトレニアには、恨みなど一切無く寧ろ感謝の念すらあった。
何故なら拘束されているジャンヌの姿を見て、これから信康が何をするか察したからだ。
トレニアは少しでも信康とジャンヌが居る部屋から離れたくて、只管に海の貴族の本拠地内を歩き回っていた。
「・・・・・・それにしても、あの人は何者なのかしら?」
信康の存在が気になって、トレニアは思わずそう呟いていた。
するとトレニアの眼前に、黒紫色の粘液が出現した。それを見たトレニアは、反射的に身構えた。
「トレニア様」
「っ!?」
いきなり眼前に出現した黒紫色の粘液に、自分の名前を呼ばれて驚くトレニア。
すると黒紫色の粘液は、侍女服を着用した美女に姿を変えてトレニアに一礼した。
「お初にお目に掛かります。私の名はシキブ。偉大にして最愛なる御主人様、ノブヤス様にお仕えしている不定形の魔性粘液です」
「は、はい。は、初めまして。貴女の事は、ノブヤスさんから伺っています」
敬語で接して来た上に不定形の魔性粘液と言う強大な存在に、否が応でも背筋が伸びて対応するトレニア。
「お食事を作ったのですが、お召し上がりになりませんか?」
「え、えっと・・・・・・」
トレニアはどうしようかと思っていると、お腹の虫が鳴き出した。
まだ食事を取っていなかったので、鳴り出したみたいだ。
「じ、じゃあ、頂きます」
「では、御案内します」
トレニアはシキブに案内されて、食堂に向かう。
テーブルの上には料理が盛られており、パンも焼き立てなのか香ばしい匂いと共に湯気が立っていた。
トレニアはその椅子に座り、料理に手をつける。
「・・・お、美味しいっ!?」
トレニアはシキブが用意した、料理の美味さに驚くのであった。
数時間後。
「・・・っ・・・っ・・・・・・・」
信康の尋問により、ジャンヌは気を失った。
「やれやれ、強情な奴め・・・」
信康はジャンヌからあまり情報を得られなかったみたいで、不満そうにしていた。すると脳裏に、次の方法が思い浮かんだ。
「・・・・・・だったら、別口から攻めてやるだけだ」
信康はそう言って、悪い笑みを浮かべた。




