第269話
信康はディアサハの後を付いて行く。
「此処だ」
ディアサハがそう言って止まる。
その場所は、信康がディアサハと修業した場所であった。
「此処に俺への餞別になる物があるのか?」
周囲を見るが、それらしい物はない。
「これから見せるのだ。少し待っていろ」
ディアサハはそう言って、その広場に奥にある壁まで進む。
信康はその壁を見てみた。
今までじっくりと見た事は無かったが、こうして見ると扉に見える。
「この壁、もしかして隠し扉になっているのか?」
「そうとも言えるし、そうとも言えぬな」
「済まん。言っている意味が全然分からん」
「慌てるな。今から見せる」
ディアサハは宙にルーン文字を書いた。
信康はルーン文字が読めないが、何かの意味を持つ文字なのだろう。
宙に書かれた文字はそのまま壁の方に進み、壁に取り付いた。
「我が弟子よ。エルドラズの者共が、儂の事を門番だなどと呼んでいる理由を知っているか?」
ディアサハにそう言われて、信康はディアサハがラキアハ達にそう言われている事を思い出した。
「そういや、そう呼ばれていたな。何でそう呼ばれるんだ?」
「・・・・・・其処に門があるからだ。儂は其処の門を番をしているから、門番と言われる様になっただけよ」
「門?」
信康が言葉を続けようとしたら、ディアサハのルーン文字が取り付い振動しだした。
「こいつは・・・」
「・・・・・・この門にはプヨの建国王ヘブルが手に入れた魔宝武具が貯蔵されている武器庫なのだ。儂はその建国王ヘブルとの契約により、この門を今日まで守り続けている。この契約は儂が認めた後継者が現れるまで続くのだ」
ディアサハはその門を見て、口を開く。
「開け。歴史の影に埋もれし、異界の門よ」
門の開錠の言葉なのか、ディアサハの口から、その様な言葉が紡がれた。
そして門は、ゆっくりと振動を起こし始めた。
ギギギギギギッ!!
蝶番に油を指していない扉みたいに、門は音を立てながら開門する。
ゆっくりとだが、門は全開になって良く。
やがて全開になると、信康は門の向こう側を見る。
しかし門の向こう側は、まるで水鏡みたいであった。
信康達は映すが、その向こう側は見せない。
「何をしておるのだ。儂に付いて来い」
ディアサハが先のその扉に入るとまるで水溜まりに落ちる水滴みたいに、水面は一瞬だけ強く跳ねて波紋が出来た。
しかしディアサハは気にせず、そのまま進んで行った。
信康は生唾を飲み込んだ。
「・・・・・師匠が付いて来いと言ったんだ。大人しく行くか」
そう思い信康は門前まで行くと、深く息を吸って息を止めると門に入る。
そして門の中に、一歩踏み入れた。
「・・・・・・何だ、こりゃあ」
信康は思わず、そう呟いた。
扉の向こうに行くと其処は先程と違う場所に出たので、思わず口に出してしまったみたいだ。
信康の目には黒壁に多れた空間の中に無数の武具が点在しており、その得物の種類は多種多様で剣、槍、斧、弓、盾、鎧、兜に戦車用の馬車まであった。
「まさかこれが全部、魔宝武具なのか? 尋常じゃない威圧感を感じるが・・・」
信康は思わず、周りにある武具を見ながら言う。
「そうだ。等級については上から神具級で下は名器級までの魔宝武具がある。餞別だ。好きなだけ持って行っても良いぞ」
「い、良いのかよ? 一つ一つがお宝って言える代物だぞっ」
信康はそう言ったが、新しい玩具を前にして目を輝かせている子供みたいになっていた。
扱るかどうか分からないが、見ているだけでも眼福ものであった。信康は早速、この空間内を見る。
どれにしようかと見回っている、ある事に気付いた。
信康はいきなり、とんでもない気みたいなものを感じた。
その気みたいなものが、信康の身体に纏わり付いて来た。
まるでこちらにお前にとって相応しい物があると、そう言っているかの如くであった。
信康はその気に釣られて、ゆっくりと歩き出した。
その歩いた先には、一本の大剣があった。
見た感じは両刃の大剣で、柄も刀身を収めている鞘も全て闇色であった。
しかしその鞘は全身に、惜しみ無く黄金で装飾が施工されていた。そして鞘口付近には、一際目立つ掛け金が施されている。それを外せば鞘が、落ちる仕様になっているのだろう。
その掛け金には、これまた見事な装飾が施されている。
「こいつはまた・・・随分と荘厳な大剣けんだな」
「ほほう? 見た目ではなく、その威容を見抜くとは良い目利きをしているな。それとも武具に選ばれたか・・・神具級の等級に当たる魔宝武具、魂喰らいと呼ばれる魔剣だ」
信康がその魂喰らいを見ていると、何時の間にか姿を見せるディアサハの口から説明があった。
「魔剣、魂喰らいか」
信康は魂喰らいをジッと見る。
まるで好奇心に目を輝かせているみたいだ。
「・・・・・・これが欲しいと言えば、師匠はくれるのか?」
「無論だ。使い熟せるのであればな」
ディアサハの口から言質を貰い、信康は魂喰らいを掴む。
掛け金を外すと、鞘が勝手に落ちた。鞘が落ちた事で、魂喰らい刀身が露わになった。
魂喰らいの刀身は最早、鮮血を連想させるが如き深紅であった。そして魂喰らいの赤い刀身からは、禍々しい邪気が吹き出し始めていた。
「んぐっ」
魂喰らいの邪気に当てられたのか、信康は身体を震わせている。
そして魂喰らいから噴き出している邪気が、信康の身体に纏わり始めた。
「お、おおおおおおおおっ!?」
信康は一瞬でも気を許せば、魂喰らいの邪気に己の魂が食われる気がした。
信康は腹に力を入れて、意識を失なわない様に気を強く持った。
「ぐうおおおおおおおおおおおおおっっっ!!?」
意識を失わない様に気を強く持ち続ける為なのか、信康は何も無い空間で魂喰らいを振り始めた。
ぶん、ぶんっと空を裂く音が響く。
そうして魂喰らい振り続けていると、信康は突然動きを止めた。
「・・・・・・」
信康は何も言わないが、目に光は無く立っているので気を失ったみたいに見える。
ディアサハもそう思ったのか、信康に近付いて肩を叩いた。
すると信康は魂喰らいを持ったまま、膝から崩れ落ちた。
「・・・・・・ふん。手の掛かる弟子だな」
ディアサハはそう言って、頬を叩いた。
一発で目覚める気配がないので、何発もお見舞いしていた。
「・・・・・・あ痛っ、何しやがるっ!」
信康は気を取り戻して、ディアサハに抗議する。
「漸く起きたか。馬鹿弟子」
「うん? そう言えば・・・此処は、何処だ?」
気を取り戻したばかりで、まだ記憶が曖昧な状態なのか信康は首を振る。
「・・・・・・ああ、そうだ。師匠に連れられて、俺はっ」
其処まで言って、信康は自分の手に持っている魂喰らいを見た。
すると心做しか、魂喰らいの邪気が些か収まっている様子に思えた。
信康は魂喰らいの刀身を見ながら、ディアサハに訊ねる。
「魂喰らいは、俺の物になったのか?」
「そうだ。魂喰らいは、お前の新たな主人と認めたぞ。どうした? もっと喜んだらどうだ?」
「ああ、そうだな」
信康は上の空であった。
取り敢えず、魂喰らいを鞘に納めた。
「どうする? まだ見るか? 儂が最初に言った様に、まだ欲しい物があればやるぞ?」
「・・・・・・いや。これ以上欲張ったら、流石に罰が当たっちまうよ。ありがとな、師匠」
信康はディアサハにそう言うと、魂喰らいを持って一足先にこの空間から出た。
信康がディアサハが出した空間から出て直ぐに、ディアサハも出て来た。
ディアサハが出ると、自然と門は閉門して行った。
ガチャンと音と共に門が閉まると、最初に見た時と同じ壁となった。
扉が壁になるのを見た信康は、その場に座り込んだ。
「どうした? 今更、この魂喰らいを恐れているのか?」
揶揄う様に言うディアサハ。
その顔は悪戯を思い付いた、悪餓鬼みたいな顔であった。
「・・・・・いや、何か精神的に疲れた」
信康は身体は疲れていないのに、何故か疲れた気分であった。
「疲弊したのは、当然であろうな。何故なら魂喰らいは己の所有者や持ち手として分不相応と判断すると、遠慮無く手に取った挑戦者の魂を喰らって殺してしまうからなぁ。それこそ気弱な惰弱者ともなれば、あの邪気に当てられただけで発狂しかねん。魂喰らいの名称は、決して伊達や酔狂などでは無いのだ」
「・・・そ、そう言う事は事前に言ってくれれば良いものを・・・待てよ。判断出来るって事は、魂喰らいこいつは自我がある知性ある魔法道具なのか?」
信康はディアサハの説明を聞いて怒るよりも、魂喰らいに関する知識の方に関心があった。
するとディアサハは信康の質問の内容を聞いて、何か感心した様子を見せた。
「よく知っておるな。確かに魂喰らいは、知性ある魔法道具の一つと言えよう。ただ持ち主と会話出来る程の強い自我があるかは、流石に儂も知らぬな」
「そうか・・・まぁ、気長に付き合って行く事にするよ」
信康はそう言うと、手に持っている魂喰らいをマジマジと見た。




