第268話
信康の辞令書が届いてから、半月後。
オリガの寝室にて、信康はすやすやと仰向けの姿勢で眠っていた。
その信康の周りには右腕にミレイ、左腕にシギュンが抱き付き、胸元にはオリガが信康を抱き枕の様にしながら眠っていた。
三人の説得を終えて、そのまま夜を共にしていた。
朝日が部屋に差し込んで、信康は目を覚ました。
「・・・・・・」
目を開けると其処には、自分に凭れ掛かって寝ているオリガ達が居た。
信康は三人を起こさない様に、そっと剥がした。
余程疲れていたのか、三人は剥がしても起きる気配はなかった。
信康は寝台から降りると、シキブが折り畳んでくれていたであろう囚人服を取って着用した。
囚人服を着替え終わると、同時に頭の中から声が聞こえて来た。
『起きたか。我が弟子よ』
「ああ、起きたぜ。師匠」
声の主は、ディアサハであった。
信康は頭の中に聞こえる声に答えた。
「しかし、声を掛けるタイミングが良過ぎる様な?・・・魔法を使って俺を見ているのか?」
『・・・・・・ふっ、何を馬鹿な』
少し間がある事が気になるが、そんな事よりも信康は訊ねる事がある。
「それで、朝早くから、俺に何の用だ?」
『少し話がある。時間はあるか?』
「ああ、勿論。帰る準備と言っても、特に荷物など無いしな」
『そうか。では、少し其処で待っていろ。直ぐに飛ばしてやるでな』
「はい? 飛ばす?」
信康が言葉を続けようとしたら、自分の足元に魔法陣が浮かび上がった。
そを上げる上げる間もなく、魔法陣が光り始めた。
その光が掻き消えると、信康の姿は無かった。
やがて魔法陣の輝きが止むと、漸く信康は目を開けれた。
其処には自分が最も長く過ごしたであろう、Eフロアであった。
信康はEフロアの事を、どうしてか懐かしいと思えた。
(それもあの師匠との特訓の所為かもしれないな)
何となくだが、そう思った信康。
物思いに耽っていると、背後から殺気を感じた。
信康は振り向き様に、腰に指している鬼鎧の魔剣を抜刀する。
信康の動きに合わせてか、赤い槍が信康に飛来して来た。
「むっっっ!」
信康は飛来して来た、赤い飛槍を防いだ。
ギンッという音を立てて、赤い槍が回転しながら弾かれた。
その弾かれた赤い槍は、投げた者と思われる人物の手元に戻った。
「御巫山戯が過ぎるぞ、師匠」
「お前の咄嗟の判断力を試しただけだ」
そう言って赤い槍を投げたディアサハは姿を見せた。
「だからって、殺気まで出す事ぁ無いだろうよ」
「さぁて、そんなものを出したかな?」
すっとぼけるディアサハ。
このままでは話が進まないと思い、信康は本題に入る。
「もう良いや・・・俺を呼んだ理由は何だ?」
「ふむ。まぁ、そろそろ、本国に戻るのだろう? だったら、餞別をやろうと思って呼んだのだ」
「餞別?」
「うむ。これだ」
ディアサハは持っている赤い槍を見せる。
「そいつは、師匠の槍だろう?」
「ああ、餞別にやろう。我が愛槍、全てを貫く赤き翔棘だ」
「・・・あぁ~~その、何だ。貰わなくても良いや」
信康は困った様子を見せた後に、手を横に振って躊躇を見せずに要らないと言った。
ディアサハは目をパチクリさせた。
「・・・・・・正気か?」
「ああ、要らないよ」
信康は同じ言葉をもう一度言った。
今度はハッキリと強く断言した。
その言葉を聞いて目をヒクヒクさせて、口を引き攣らせるディアサハ。
「・・・・・・もう一度、先程の言葉を聞いても良いか?」
「気持ちだけ貰っておくから、要らない」
信康がそう言うとディアサハは目にも止まらない速さで、信康の喉元に全てを貫く赤き翔棘の穂先を突き付ける。
「貴様。この槍の価値を知ってそんな事を言っているのだろうな?」
「ああ、勿論だとも」
「それで、何故要らないというのだ? 訳を話すが良い。さもなくば・・・」
全てを貫く赤き翔棘に力を込めて、僅かに穂先を喉に食い込ませるディアサハ。
食い込ませた事で、僅かだが血が流れた。
何時でも殺せる状態になった信康。
そんな状態で、信康は平然とのたまう。
「いや、確かに凄い槍だから欲しいとは思うぜ? でも実用性って観点から見ると、正直に言って俺は槍が得意じゃないからさ。もし餞別で何かくれるなら、もっと別の物をくれよ」
「それが理由か?」
ディアサハは睨みながら言う。信康は何度も上下に頭を振る。
全てを貫く赤き翔棘を突き付けた状態で、そんな事をのたまえるのは本心か余程の馬鹿だ。
信康はどちらかと言うと、とんでもない事をするが馬鹿ではない。
なので、本心だと判断したディアサハ。
ふっと笑うと、ディアサハは全てを貫く赤き翔棘ゲイボルグを引いた。
「ふん。槍が得意ではないとはな。それでも傭兵か?」
「実力の線引きを言葉にしたらだな・・・俺は辛うじて一流程度の腕はあるかもしれないけど、超一流の師匠にはとても及ばないぞ」
「ふん。仕方がない。此処は謙虚で正直者な我が弟子の心根に、感謝しておくとしよう。そんな未熟者ににこの全てを貫く赤き翔棘を渡したら、全てを貫く赤き翔棘も泣こうと言うものだ。良かろう、付いて参れ」
ディアサハは歩き出した。
「何処に行くんだ?」
信康はその後を追いながら、ディアサハに訊ねる。
「お前の餞別だが、改めて見繕ってやろうと言っているのだ」
ディアサハがそう言うので、信康は何も言わずにその後に付いて行った。




