第25話
プヨ歴V二十六年五月二十三日。
「君の傷は暫くは動けないくらいの重傷だったのだから、少しぐらい良くなったからと言って動き回るなど感心しない。幾ら傷口が塞がっていると言っても、無理をすればまた開いてしまうのだよ?」
信康を担当しているセーラを従えてやってきたのは、ヴィーダギイアだった。
流石は医者というだけはある。昨晩、セーラの報告を聞いて、急ぎ病室に駆け付け手早く治療してくれた。その無駄を極限にまで省いた手早さは、まるで肉を解体する熟練の業者みたいに思えた。
昨晩の手当ての経過を医療記録書に書きながら、信康を呆れたと言いたげな目で見る。
「言葉も無い・・・・・・」
信康もこのときばかりは素直に謝罪した。開いた傷が痛かったからだ。
ヴィーダギイアが言うには、もし傷口がもっと大きく開いて出血していれば、命に関わる程の事態になっていたそうだからだ。
セーラには感謝するべきなのだが、信康はどう謝れば良いのか考えあぐねていた。
セーラは信康を助けてくれた上に、ヴィーダギイアには傷口が開いた理由を捏造してくれていた。あまりに暇だったので身体を動かそうとしたら、傷が開いたのだと嘘の報告をしてくれたのだ。
凌辱した相手に其処までしてくれるのは、信康は何かあるのではと思ってしまう。
なので、考えあぐねている。
「今日の夕方か、明日の朝で退院だったと言うのに・・・これでは退院の方は、少しばかり先送りだな」
「そう、だよな」
「まぁ君の回復力なら、長くとも三日もあれば大丈夫だろう。安静にしていたら、と言う大前提であればな」
「だと良いな」
信康は医療記録書に経過を記入している、ヴィーダギイアの美貌を見る。
艶やかな真紅の長髪、少し顎が尖った顔、長い睫毛、ツリ目がちな瞳。形のよく細い鼻梁。
初対面では、冷たい印象を抱かせる美貌だ。理知的な女性とも言えるが。
一度見て看護師達の話も聞いているので、見た目に反して冷たい女性では無いと分かっている。
なので、無理な事を言わなければ聞いてくれると思っている。
信康はちょっと頼み事をする。
「先生、ちょっと頼みたい事があるのだが」
「何だ? 担当のセーラに言えない事か?」
「そうだったら、セーラが先生の隣に居るのに言わないだろ。これは先生じゃないと、言えない案件だよ」
「ほう、何かな?」
「俺の身体を撫でるのは止めてくれないか? さっきからこそばゆいのだが・・・」
信康は少し照れた様子を見せながら、ヴィーダギイアにそう頼んだ。
信康が言う様にヴィーダギイアは傷の治療をしながら、信康の身体を触っているのだ。
治療を終えても、信康の身体を触り続けている。それは医療記録書を書きながらも続いている。
その撫でている様な触り方が、こそばゆいのだ。
セーラも見ていて、恥ずかしいのか顔を赤くして俯く。
「ああ・・・これは職業柄、私の癖だ。君だけにしている訳ではなく、私が診察している患者全員にしているからな。別に特別な事でも何でも無い」
「患者の状態を、触診して確認する為か?」
「その通り。患者の状態を確認の為さ。私の恩師は見るだけで、患者が何処が悪いか直ぐに分かる。残念ながら、私はまだその域に達していない。目指してはいるのだがな・・・だから少しでもその領域に早く近付く為に、こうして触れて患者の患部を確認している」
「・・・・・・見るだけで分かるって、それはもう神様だろう」
「そうだな。『神医』の異名で知られた、私が知る限り世界一の名医さ」
「『神医』ね。一度お目に掛かってみたいものだが・・・触診しただけで大抵の事が分かる、先生も十分凄いと思うがな」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。話を戻すが、恩師は旅が好きでね。今頃何処の国にいるだろうか?・・・偶に私の顔を見に来るが、何をしているのやら」
ヴィーダギイアが遠い目をしながら、外を見る。
医療記録書を書き終えると、触っていた手が止まり離れて行く。
「さて・・・ノブヤス。君の主治医になったので、改めてよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく頼む」
「じゃあ、私は失礼する。セーラ、後は頼む」
ヴィーダギイアは病室を出て行く。
後に残されたセーラと信康は、お互い何も言えず黙っている。
「・・・あの、ノブヤスさん」
「何だ?」
「私、貴方の事を嫌いになれません。貴方の過去を無理矢理暴いて心の傷を広げた負い目からじゃなくて・・・・・・純粋に、です」
そう言って、セーラは信康の返事を待たずに部屋を出て行った。
信康は何も言えず、手で顔を覆う。
「・・・・・・・・あれは、暗に許しますと言ったのだろうか?」
それに答える人は、この場には居ない。
少し、してルノワが来て、退院が長引くと聞いて、呆れた様に溜め息を吐く。
「はぁ、やはりですか。予想はしていましたが、本当に当たるとは」
「お前の中で、俺がどう思っているのか、ちょっと聞きたいものだな」
「ノブヤス様はノブヤス様ですが?」
「その言葉通りに聞けないのは、何故だ?」
「さぁ、それは私にも分かりません」
ルノワは悪戯っぽく笑っていた。




