第262話
時刻が夕方になり空腹になったのを見計らって、信康はクラウディアとビヨンナを連れて、食堂に向かってCフロアを歩いていた
「・・・ねぇ、ノブヤス。一つだけ聞きたい事があるんだけど、良いかしら?」
「どうした? クラウ」
「捕まえた看守達はシキブが管理しているのは分かるけど、受刑者達は本当にラキアハが何とかしたの?」
クラウディアの質問内容を聞いて、信康は何とも言えない表情を浮かべた。ビヨンナも同様である。そんな信康の表情を見て、クラウディアの表情にある不安の色が濃くなった。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「・・・その言葉の意味は?」
「オリガの言っている事を借りれば、暴れたり逃げ出したりしないのかなと思ったのよ。御飯を食べさせるだけでも、大変じゃないの?」
クラウディアの言葉を聞いて、信康とビヨンナは顔を見合わせる。
それから二人は、何か納得した様子で互いに頷き合った。
「・・・・・・そう言えばクラウは、俺とラグンに会うまで寝てたんだよな。じゃあ事情を知らないのも、無理もない話か」
信康の言葉を聞いて、ビヨンナはうんうんと頷いた。
「どういう事? あの女、今度は何をしたのよ?」
「そうだなぁ・・・百聞は一見に如かずと言うし、丁度良いから通り過ぎるんじゃなくてBフロアに寄って行こうか」
信康はそう言うと、そのままクラウディアとビヨンナを連れてBフロアに向かった。
Bフロア。
クラウディアに目的のものを見せるべく、Bフロアにある無数の雑居房の前まで来た。
そして雑居房の扉の前にクラウディアは立たされると、信康に覗き窓を開けて見る様に促した。
クラウディアは信康の様子を見て怪訝そうな表情を浮かべるも、言う通りに覗き窓を開けて雑居房の室内を覗き込む。
覗き込んだ雑居房には、規定数の四人の受刑者が居た。
これだけ見れば通常通りなのだが、受刑者達は一列に並んで床に座っており、更に両眼からは光が消えていた。
そして小声で何かブツブツと呟いており、クラウディアは何を呟いているのか気になって耳を凝らす。
その呟きの内容は「全てはラキアハ様の為に。全てはラキアハ様の為に。全てはラキアハ様の為に。全てはラキアハ様の為に・・・」と延々と呟いていた。
呟きの内容を知ったクラウディアは、引き攣った表情を浮かべて覗き窓を閉めてからゆっくりと信康に視線を移した。
そんなクラウディアの様子を見て信康とビヨンナの二人は、気持ちが痛い程分かると言わんばかりにうんうんと頷いていた。
「因みに言うと、こいつ等だけじゃない。何とBフロアに居る、全ての受刑者がこの有様ザマだ」
「・・・・・・・確かエルドラズって、カロキヤ軍の捕虜も受け入れてたから・・・元々居た受刑者も含めると、数万以上は居る筈じゃあなかったかしら?」
あまりに想定外の光景を目の当たりにした所為で、愕然とした様子でそう呟くクラウディア。
「彼女は一体、どの様な手腕を使ったのでしょうね?」
「そんなもん、俺が知りたいわ。ラキアハは受刑者共に話し掛けただけだと言っていたが、そんなもん信じられるかって話だよ」
ビヨンナの疑問に、信康が心底そう思いながらそう言った。
信康は即座にラキアハに訊ねたのだが、それは信康が言った様に、ラキアハは受刑者達の雑居房を一室ずつ回り話し掛けただけだと、答えていたのである。
しかし、話し掛けただけで傾倒する程に崇拝するなど、先ず有り得ない話であり信康も信じていない。
ラキアハが何らかの薬や魔法を使ったのだと、そう言われた方が納得出来る光景だったからである。
「ラキアハ曰く、一晩でBフロアの全受刑者が居る雑居房を回って話し掛けたそうだ。普段通り魔性粘液も死霊も巡回させているから、正直に言って何もする事なんて無いんだよ」
「・・・・・・本当に、得体のしれない女ね」
「まぁ、それは俺もそう思うよ」
クラウディアが口にした言葉を、信康は全力で同意していた。
「あたしはどうでも良いと思っているけど、食事管理とかどうしているの?」
「ラキアハ曰く「一日二日断食させても、人間は死んだりしません」と言ってな。俺が知る限り受刑者達は、今日は何も口にしていない筈だ」
「えっ?・・・そうなの?」
受刑者に食事を与えていないと知って、クラウディアは再び引き攣った表情を浮かべる。
「流石に明日からは、ちゃんと食事は食わせるよ。シキブとかに監視はさせるが、あの様子だったら自分の足で食堂に来させても良いと思うしな」
「それはちょっと危険な賭けみたいな気もするけど・・・それが叶うなら、手間が省けるのは確かよね。だったらラキアハに、全部押し付けてしまいなさいよ」
クラウディアの提案を聞いて、信康は黙って首肯した。
「元からその予定だ・・・さて。流石に腹も減って来たし、俺達は食堂に行くとしようか?」
信康がそう言って歩き出したので、クラウディアとビヨンナはそれぞれの腕に抱き着いてから腕を組み直した。それから信康達は、Bフロアを後にしてAフロアの大食堂を目指して移動するのだった。
信康達がBフロアにいた頃。
「食材をさっと焼いて塩胡椒で味付けて、お皿に盛る。料理に慣れていない初心者は、こんな簡単な料理を作って慣れていってから、徐々に工程が増えて行く難しい料理を作ったら良いッス」
「はい。先生」
オルディアが大食堂の厨房で実際に料理を作りながら、シギュンに料理指導をしていた。
カガミはオルディアが料理を作る際に必要な物を用意したり、オルディアの調理手順を見て料理を学んでいた。
シキブもカガミと同様の手伝いをしていたが、更にシギュンの料理する際に出る失敗作を消化する役をしていた。
何故なら不定形の魔性粘液ショゴスであるシキブは病毒に強い耐性を持っており、更に空腹と言う概念が存在しない。
なのでシギュンが幾ら失敗作を作っても、何も問題など無いのだ。尤も失敗作を生み出すなど食材を無駄にする所業に過ぎないので、オルディアは許す心算など無いのだが。
「じゃあもう一度、最初からやるッスよ」
「はい。先生っ」
シギュンはオルディアに教えて貰った料理を、教えて貰った手順通りに作り始める。
覚束ない手付きながらも、手順通りに作っている。
シキブはシギュンの料理を作るのを見ていると、信康達がきた。
「おぅい。御苦労様。早速で悪いが、腹が減ったから何か食べれるか?」
信康の声が、聞こえて来た。
その声を聞いたシキブは、真っ先に信康の下に行く。
そして身体の一部を板状にして、その板状にした身体に文字を浮かばせる。
「『ただいま、シギュンが調理中。もう少ししたら、料理が出て来る』・・・か。じゃあ、待たせて貰うか」
信康達はそう言うと、近くにある椅子に座った。
「ところで、どうだ? シキブ。看守達の様子は?」
暇だったのか信康は、シキブの体内にいる刑務官達の様子を尋ねた。
シキブは先程と同様に、身体の一部を板状にして文字を浮かばせた。
「ふむ『全員、大人しくしている』・・・か。そうか、それは良かった」
信康は笑みを浮かべる。
「まぁ魔法を使えない状態じゃあ、大人しくするでしょう」
「脱出も不可能とくればそうでしょうね」
クラウディアとビヨンナは、さもありなんと頷く。
現在、シキブの体内で、何が行われてるのか知らずに。
「大人しくしているのなら、問題ないが、シキブは指令室での前科があるからなぁ。後で俺をお前の体内に入れろ。俺が直接確認するぞ。良いな?」
信康がそう言うと、シキブはビクッと身体を震わせてから了承とばかりに身体を上下に動かす。
その後は、シギュンが作った料理を食べる三人。味の評価については、可もなく不可もなしという感じであった。
そしてシギュンの料理の後にカガミの料理が出て来たのだが、何とカガミの料理の方が遥かに美味であった。カガミは意外な才能を発揮した中で、シギュンは落ち込んだと言うのは言うまでも無かった。




