第24話
プヨ歴V二十六年五月二十二日。
プヨ王国軍アンシ総合病院にある病室で、信康は横になっていた。
昨日、セーラに言われた事を思い返している。
(・・・・・・寂しそうにしているか)
信康は昨日言われた事が、頭から離れなかった。
どうにもその事が気になり、今日も見舞いに来たルノワに訊ねる。
「なぁ、ルノワ」
「はい、何でしょう?」
「俺は・・・・・・・」
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
別に寂しい目をしていると言われるのが、嫌だったわけではない。
ただそんな目をしていると言われて、信康は昨日みたいにそんな目をする原因になった事を思い出すのが嫌だったのだ。
「ノブヤス様?」
「いや、それより、頼んだ物は手に入れたか?」
「はい、此処に」
ルノワは昨日信康が使った魔符を、何十枚も持って来てくれた。
昨日使った静寂も隠蔽も十分な量だ。
今回はそれだけではなく、映したもの全て記憶可能な記憶結晶と汚した物を綺麗にする清浄と言う魔符まで用意された。
信康は使い方を聞いて、それらを見てニヤリと笑みを浮かべる。
「何時も悪いな」
「この位でしたら、何時でも調達出来ますから気にしないで下さい」
この魔符は大量生産品で高額と言う程では無いのだが、それでも決して安物と言う訳では無い。
しかし、ルノワはそんな事を気にしていなかった。
全ては、信康が喜ぶ為にしているのだから。
コンコン。
扉がノックされた。
「ノブヤスさん、検温にきました」
セーラは検温をすると言うので、ルノワは邪魔にならない様に部屋を一旦出た。
セーラはカルテに書くと何も話さず病室を後にすると、ルノワは部屋に戻ってきた。
その後、ルノワは他愛の無い話をしながら面会終了時間まで居た。
病院に出た美味しくない夕食を食べ終えて消灯時間になる前に、信康は部屋の灯りを消して寝ている偽装工作をして部屋を出た。部屋を出る前に、一応周りに誰かいないか見てから誰も居ないのを確認した。
「よし、行くか」
信康は出る際に静寂の魔符を発動させ、足音が立たない様にして部屋を出た。
歩きながら、今日は何処を歩き回るか考えた。
「昨日は自分の病室の周りと上の階を見たから、今日は下の階に行くか」
信康は階段を下りていく。
ここの病院は五階建ての建物で、二階から上は病室で、一階は受付と手術室になっている。
地下は手術に使う用品、ベッド、枕等の寝具を置いている物置だそうだ。
各階には看護師が二名程、常駐している駐在所がある。
二階は病室しかなかったので、特に見る物はなかった。
なので、一階に行った。
受付には看護師が居て、何か話している。
何の話だなのか気になり、受付に近付く。
「でさ、今日も先生に怒られたの」
「あちゃ、それは災難だったわね」
「ヴィーダギイア先生も、あんな小さい事であそこまで怒る事も無いのにさ~」
「仕方がないよ。ヴィーダギイア先生は見た目に反して、優しいけど厳しい人だもん。駄目な事は駄目って言ってくれるだけ、ありがたいでしょう」
「そうだよねえ。最初、ヴィーダギイア先生を見た時は、何かヤバい実験をしている人だと思ったわ」
「あたしは性格きつそうだなと思ったな」
「だよねぇ」
看護師の二人はその後も他愛のない話を続けていた。
その話を聞きながら、信康は聞き覚えのある単語が聞こえたので、思い返していた。
(ヴィーダギイア? 昨日、セーラと話していた先生も確かヴィーダギイアとか言っていたな)
暗がりだったので、信康は胸が大きい事と赤い髪を腰まで伸ばしていた事と、綺麗な顔をしていた事しか覚えていない。
話を聞く限りでは、結構人望がある医師みたいだ。
信康は看護士達に見つからない様にしながら、地下へと向かう。
地下へと行く扉には鍵が掛かっていた。
軽く押してみたが、開く気配はない。
(強引に体当たりすれば開くかもしれないが派手な音がして看護師にバレるだろうし、錠前を開ける技術は無いから、鍵は開けるのは無理か)
これで暇潰しの散策も終わりかと思うと、あっという間に終わったなと思う信康。
(部屋に戻って、寝るか)
信康は来た時と同様に看護師に見つからない様に歩き、自分の病室に向かう。
自分の病室がある階に着くと、パタパタと音がする。
どうやら静寂の魔符の効果が切れたみたいだ。
(まぁ、看護師達が居る所で切れなくて良かったぜ。もう少しで着くから、音がしても問題ない)
部屋に着いて扉を静かに開けると、寝台の傍にセーラがいた。
「「あっ」」
二人は同じタイミングで声を出した。
信康は急いで、扉を閉める。
「此処で何をしているんだ?」
「寝ているかのどうかの確認に来ました」
セーラが単純明快に来た理由を話すと、信康は頭を掻いた。
「あの、ノブヤスさんはどちらに行っていたのですか?」
そう訊かれて、少し目を泳がせた。。
何も言わないので、セーラは不審そうに見る。
「まさか・・・院内を歩き回っていた訳では無い、ですよね?」
「それは・・・・・・違う」
正解なのだが、言えば説教されそうで言えなかった。
此処は無難な事を言って、信康は誤魔化す事にした。
「と、トイレに行っていただけだ」
「わざわざ、寝ている様に偽装してですか?」
「どうも傭兵としての習慣でな。過去に寝ている所を襲撃されたり、同業の傭兵に裏切られた事もあって、ついやってしまう」
「そ、そうですか・・・・・・・」
信康は過去に経験した事実を話した。これによりセーラを誤魔化せたかと一瞬思ったが違った。
セーラは、信康の顔を真っ直ぐ見ながら語りだす。
「ノブヤスさん、聞いても良いですか?」
「な、何をだ?」
「貴方はどうして傭兵になったのですか?」
そう言われて、信康は直ぐに言葉が出なかった。
唇を震わせながら述べた。
「故郷を飛び出して、他に生きる道が無かったからだ」
「なんで、故郷を飛び出したのですか?」
「それは・・・お前に話さなければならない事か?」
信康はセーラに踏む込まれたくない事に土足で踏み込まれて、内心でイライラしていた。
だから、突き放す様な事を言う。
「・・・・・・・そんなに話せない事なのですか?」
「そう言う訳ではないが・・・」
「なら、話しても良いでしょう」
「俺の身の上話を聞いて何の得はないだろう。だから聞く必要はない」
信康は怒りを抑えながら、冷静に突き放す。
だが、セーラはそんな事など気にも留めなかった。
「いいえ、貴方の心の内に抱えているモノを知りたいのです」
「そんな事を知る必要は無い。下がれ」
「・・・・・・・私は貴方の他にも傭兵の方を担当しています。皆さん、色々な事情で傭兵をしていました。出稼ぎで、武芸の腕を上げる為、故郷に居られなくなったなど色々な理由があります」
「まぁ、傭兵は皆そういうものだ」
「皆さんは何処か寂しい目をしていました。仕方がないという気持ちを持っていました。でも、貴方は違います。貴方は」
(やめろ、言うな。それ以上何も言うなっ)
信康は心の中で叫ぶ。
だが、その叫びはセーラには届かない。
「貴方は、戻りたい場所があるのに、戻る事が出来ない事に悔やんでいるのではないのですか?」
それを聞いた信康は、頭の中にある何かが切れた音がした。
「止めろと言っているだろうがっ!?」
信康は叫びながら、セーラを押し倒す。
セーラの後ろには寝台があったので、セーラは身体をそれほど強く打ちつける事はなかった。
信康はセーラの口を手で塞ぎながら、顔を近づけそのまま唇を奪った。
「ん、んんんっ」
突然口付けをされたので、驚き暴れる手が一瞬止まる。
少しすると、ベッドが軋む音が部屋に響かせた。
数時間後。
ベッドに、生まれたままの姿になった信康とセーラが居た。
セーラは目から涙を浮かべながら、宙を見ていた。
そんなセーラを見て、信康は口を開いた。
「・・・・・・お前、俺が何で傭兵になったのか訊いたな」
「・・・・・・」
セーラは無言であったが、聞き倒そうな顔をしていた。
「そんなに聞きたいなら、教えてやるよ。俺は故郷ではな、もう死んだ事になっているからさ」
「へっ!?」
セーラは間抜けの声をあげた。
「俺の親父・・・実家は大和の大大名だった。プヨ人のあんたに分かり易く説明するなら、プヨの公爵家みたいな所だったんだ。俺は其処で、嫡男として生を受けた」
一度話したからか、信康は自分の家の事を話しだした。
「ど、どうして? そんな凄い所で生まれたのに、どうして傭兵なんて・・・」
「何故傭兵をしているかだと?・・・それはな、親父が俺を殺そうとしたからだよ」
「えっ?」
信康はセーラの目を見ながら告げる。
「親父は敵と同盟を組んでいた奴の奸計に嵌っちまって・・・自分の保身の為だけに、俺に謀反・・・反逆罪の濡れ衣を被せて処刑する事にしたんだ。俺のお袋も、自害させられて無念の内に死んだ」
「そんなっ⁉」
「俺も自害しなければならない所を、親父の家臣の手で逃がされて命拾いをした。大和に残って生きている事が発覚すれば、逃がしてくれた家臣にも迷惑が掛かる。故郷で暮らす事が出来なくなった俺は、外国に行かざるを得なかった。だが故郷では死んでいる事になっている俺は身分を証明出来る物が無いから、俺は傭兵にならざるを得なかったっ」
「そ、そんな、ことが・・・・・・・」
「・・・それで? 他人の事情に土足で踏み込んで、その過去を暴いて傷口を広げた感想はどうだ? 詮索屋は早死にすると相場が決まっているが、お前は処女だけで許してやるよ。これに懲りたら、他人の過去をとやかく探ろうとするのは止めるんだな」
信康は鼻を鳴らした後、この後どうするか考えた。
すると、セーラが口を動かした。
「・・・・・・・・なさい・・・・・・・」
セーラの口から、言葉が出て来た。
はっきりと聞き取れないので、信康は耳を近づける。
そこで聞いたのは衝撃の言葉だった。
「ごめんなさい。・・・・・・・貴方の心の傷を開く様な真似をして、本当にごめんさい」
虚ろな目で涙を流しながら、口から出る言葉は謝罪だった。
セーラの口から、そんな言葉が出て、呆然とする信康。
「・・・・・・な、何を・・・お前、無理矢理犯されたのに、何でそんな事が言えるんだ?」
「・・・・・・私の無遠慮な言葉が、貴方の心を傷付け、その痛みを紛らわす為に、貴方は私を抱いたのでしょう」
「違う。俺は」
「だって、そうじゃなかったら、どうして、そんな悲しい顔をしながら涙を流すのですか?」
「えっ!?」
言われて信康は、自分の頬に手をやる。
それで自分が泣いている事が分かった。
「俺は・・・・・・・・・」
「ごめんなさい。ごめんなさい・・・・・・・・・・」
セーラに謝られ、信康は壁にもたれる。
「・・・・・・・どんだけお人好しだよ。お前は・・・・・・・」
信康は目をつぶり、自分の行動を悔やんでいたら、突然、顔が歪み脇腹を抑えた。
それを見たセーラは信康の元に寄ろうとしたが、股間から痛みが生じて、うまく体が動かせない。
「っち、傷が開いたか」
脇腹から手をどけると、服の上から赤い血が滲みだし、手にも血が付いた。
漸く身体を起こしたセーラは、信康の元に来れた。
股間から流れる白い白濁液を足に垂れ流しながら。
「大丈夫ですかっ!?」
「あ、ああ、まだ開いた傷口は其処まで大きく無いみたいだ」
「今、ヴィーダギイア先生を呼んで来ますっ!」
「おいおい、良いのか? 放っておけば、死ぬかもしれないのに」
「私は看護師です。どんな人でも、患者は助けます。そうしなかったら、看護師失格ですから」
「・・・・・・・お人好しだな。あんた」
「私を知っている人は皆、そう言います」
「そうかい。だったら先生を呼ぶ前に、これを使えよ」
信康は懐から清浄の魔符を、セーラに手渡した。
「これは?」
「その姿のまま、先生を呼びに行くのか?」
「あっ、そ、そうでした」
信康は使い方を教えると、セーラは発動言語を言って身を綺麗にした。
身嗜みを整える。する際にボタンが何個か弾け飛んだので、少し胸が開いた格好になっている。
「じゃあ、先生を呼びに行ってきます。そのまま患部を抑えて、出血を抑えてて下さい」
「分かった」
セーラが出て行くのを、見送る信康。
信康は溜め息を吐く。
「・・・・・・・・大人げない真似をした・・・」
信康は自身が犯した愚行を、溜息を吐いて後悔した。




