第254話
娯楽施設の出入口で待ち構えていたミレイ達の相手を、クリスナーア達に任せた信康達。
煙幕で目眩ましをしている間にシキブの体内に潜む事で、信康達は無事にミレイ達を出し抜いて娯楽施設への侵入に成功した。
シキブが娯楽施設の内部に侵入すると、ミレイ達が入室出来ない様に出入口の扉を自分の身体で閉鎖した。
それからシキブは更に身体を広げて、信康達を自身の体内から外に開放する。
「無事に侵入成功・・・と」
信康はそう言うと、娯楽施設内を一度見渡した。
信康の背後には、フィリアとマリーアも居た。
「オルデの奴、向こうに残ったのか?・・・まぁ別に良いか」
傭兵団時代を共に過ごしたオルディアの実力を、信康は良く知っている心算である。
如何にエルドラズ島大監獄の刑務官達が精鋭の魔法使いと言えど、オルディアが遅れを取るとは信康には到底思えない。
「オルデさんが居ないけど、それで良かったの?」
「オルデあいつがそうしたなら、クリス達共々任せるさ」
マリーアの質問にそう応えるとオルディアの事は何も心配する様子など見せる事も無く、信康は娯楽施設の出入口から視線を外した。
娯楽施設のの出入口から視線を外した信康は、フィリアとマリーアの二人に視線を移して尋ねる。
「クリス達の事ばかり気にしてる暇など、俺達には無いぞ。これよりオリガを捕まえるが、準備の方は大丈夫か?」
「当然だ」
「問題無いわ」
フィリアはそう言うと、盾鎧の魔剣を手に取って構えた。
「所でノブヤスさん。あたしは具体的に、何をすれば良いのかしら?」
「マリーは此処ぞと言う時に、その魔眼を使ってオリガを拘束する切り札になって貰う予定だ」
「簡単に言うけど、あたしの魔眼は直接見せないと効果は期待出来ないわよ。遠いと防がれてしまうもの」
「それは俺も良く分かっているよ。だからだな・・・・・・あん?」
信康がマリーアと話していると、足元に何かが当たる感触がした。
目線を下に向けてみれば、其処にはシキブが居た。
「おお。何だ、シキブか・・・どうした? 何かあったのか?」
信康がそう尋ねると、シキブは文字を身体に浮かばせた。
「何だ?・・・そうか。ラキアハはもう直ぐ、屋内闘技場に着きそうか」
「ラキアハか・・・」
フィリアはラキアハの名前を呟くと、些か怪訝な表情を浮かべた。
確かにラキアハの存在は、実に異質な存在ではあった。
それはEフロアばかりかDフロアに居た曲者揃いの受刑者達と合わせても、やはり際立って見えるのがラキアハであった。
「まぁラキアハなら、大丈夫だろう」
信康はフィリアの心情を察してか、苦笑しながらそう言った。
決してラキアハの身を案じている訳でも無いだろうが、取り敢えずそう声を掛ける事にした。
「で、実際はどう思っているの?」
「まぁ確かにシキブの分身も連れているとは言っても、やはりラキアハを一人だけで屋内闘技場に行かせたのは早計だったかなと少しばかり思っている」
マリーアの指摘に、信康は正直に答えた。
当初の予定では戦力を半々に分けて、屋内闘技場と娯楽施設を制圧してオリガ達を捕縛すると考えていた。
それをラキアハは一人で屋内闘技場を担当すると言ったので、今頃どうなっているか分からず少し不安になる信康。
「ラキアハの身が心配と言うよりも、ラキアハが何かとんでもない事をしでかしそうで其処が怖いんだよなぁ」
「私もだ。死人は出さないと言ってはいたが、些か信用ならないな」
信康の呟きを耳にして、フィリアは深く同意して首肯していた。
「ラキアハあの女は魔人だからな。人間の倫理観とズレが生じていて、それに囚われない考えを持ってもおかしくない」
「魔人か。ラキアハは魔族と人間との間で出来る、混血児だったんだな」
「そうだ。だが私から言わせてみれば、やはりラキアハがノブヤスに従順で素直に従っている時点で一番の驚きなのだがな」
「何? そうなのか?」
「ああ、そうとも。何せラキアハは、あのディアサハでさえ扱いに困って手を焼かせている存在なのだからな」
「ほぅ。それは良い事を聞いた」
あのディアサハでもラキアハの扱いは手を焼く存在なのだと分かり、これは自分に有利な手札になると思った信康。
「おっと。長話が過ぎたな。先ずはオリガを捕縛と捕まえないと、話にもならないぞ。と言う訳で、シキブ」
信康は足元に居る、シキブに声を掛ける。
「お前の体内なかに、マリーを隠してくれ。そして俺が合図したら、マリーを出すんだ」
「そうか。私とノブヤスで囮役になってオリガの注意を引き、隙を見つけたらマリーアの魔眼で縛ると言う算段か」
「ああ、その通りだ。流石は元騎士団長だな。直ぐに分かったか」
「茶化すな。その程度の作戦など、誰にでも分かるわ」
「そうかな?」
信康は素直にフィリアを称賛した心算だったが、フィリアはそうは受け取らなかったので肩を竦めた。
「まぁ良いさ。では、マリー。シキブの体内で待機しててくれ」
「ええ、了解したわ」
マリーアが了承すると、シキブがマリーアの足元に来て身体を広げる。
するとマリーアの身体が、徐々にシキブに飲み込まれて姿を消した。
「何時見てもこれではやはり、襲われて捕食されている様にしか見えないな」
「まぁ事情を知らない奴が見れば、十中八九そう勘違いするよな」
シキブの体内に潜伏するマリーアを見て、フィリアは思った事を口にする。信康も擁護出来ないので、フィリアに全面的に同意する事しか出来なかった。
信康とフィリアが雑談をしている間に、マリーアを飲み込んだシキブが信康の前まで来た。
「良し。シキブは続けてオリガがこの娯楽施設の、何処に居るのか捜索して来てくれ」
シキブは信康に言われた通りに、オリガの捜索を始めて娯楽施設内を移動し始めた。
「ノブヤス。私達も捜索しなくて良いのか?」
「俺達まで捜索に出たら、一人になるぞ。其処をオリガに突かれて、不意打ちとか受けたくない。だから此処はシキブに任せて、俺達は体力を温存すれば良いのさ。尤も、不死者アンデットのお前には関係無い話かもしれないがな」
信康がそう言うとフィリアは尤もだと言って同意し、オリガの捜索をシキブに任せて信康共々大人しく待機する事にした。
娯楽施設でシキブがオリガの捜索を始めて、大凡十分後。
信康とフィリアが椅子に座って娯楽施設内で待機していると、其処へシキブが戻って来た。
そして信康とフィリアに、オリガの居場所を発見したとシキブが報告する。
信康とフィリアはシキブの報告を見て、互いに顔を見合わせた後に椅子から立ち上がった。
二人が椅子から立ち上がると同時に、シキブが移動を開始した。
シキブの後を追跡して歩き続けると、何処からか音楽が聞こえて来た。
「ノブヤス」
「ああ、聞こえているよ・・・どうやら、あの部屋から聞こえているみたいだぞ」
案内を終えたシキブは身体を変化させると『HERE』の文字を作った。
「この部屋に、オリガの奴が居るのか」
「この状況下で音楽鑑賞とは、実に優雅な事だ・・・まさか、この事態に気付いていないと言う訳ではあるまいな?」
フィリアは不機嫌な様子でそう言うと、既に抜剣している盾鎧の魔剣の柄を更に強く握り締めた。
「落ち着け、フィリア。それだったら逆にありがたいが、そう楽観的にはなれないと思うぞ」
信康はそう言ってフィリアを宥めると、シキブに視線を移した。
「シキブ。御苦労だったな。出番が来るまで、何時も通り俺の影に隠れていろ」
信康はシキブの貢献を労うと、シキブは信康の影に飛び込んで姿を消失させた。
それから信康は部屋の扉のドアノブを見た後に、フィリアに視線を移した。フィリアは何も言わずに、ただ頷いた。
信康はフィリアの反応を見て、ドアノブに手を回して扉を開けてから、用心してフィリアと左右に壁際に隠れた。しかし部屋の中から、魔法は放たれる事は無かった。
「どうした? 開けたのだから、入って来たらどうだ?」
部屋にいる者が、信康達にそう声を掛けて来た。
信康達は警戒して、顔を少しだけ出して室内の様子を伺う。
部屋の中ではオリガが、優雅に椅子に腰掛けていた。そしてグラスの中に入っている、赤い葡萄酒を飲んでいる。傍にあるテーブルにはつまみなのか、皿に盛られたチーズの他に赤い魔石が輝いていた。
音楽の発生源は、その赤い魔石が要因となっている模様だ。
「その赤い魔石だが、音を録音する機能でもあるのか?」
「そうだ。これはプヨ本国で現在、流行中の歌らしいぞ」
「好きで聞いているのか?」
「いや、違う。この曲は東洋人。貴様を地獄に行く時に思い出す葬送曲の代わりだ」
オリガはそう言うとグラスの中に入っていた、赤い葡萄酒を全て飲み干した。そして空いたグラスを、収納の魔法で収納した。
「さて・・・此処まで来れた事を、素直に褒めてやる。代わりにこの私自らが、丁重に相手をしてやろう!」
「へっ。上等」
信康は腰に差している鬼鎧の魔剣を抜刀し、フィリアも盾鎧の魔剣を構えた。




