第249話
信康がラグンとマリーアを連れて、三人でエルドラズ島大監獄の指令室へ向かっている頃。
クラウディア、フィリア、スルド、クリスナーア、アテナイ、シイ、オルディア、カガミの八人は、四人一組となって各房にいる看守を捕縛する為に動いた。
セミラーミデクリスは『我はこれから、我にしか出来ぬ仕事をするとしよう。看守共は貴様等で戦っておれ』と言って何処かに行った。
自分勝手に動くセミラーミデクリスに、フィリアを除く七人は憤慨しつつも諦めた。フィリアはセミラーミデクリスの気紛れを知っていたので、ただ苦笑するだけであった。
クラウディア、スルド、シイ、オルディア。
フィリア、クリスナーア、アテナイ、カガミ。
この二組の組み合わせになり、それぞれクラウディア班とフィリア班の二班となった。
そしてこの二班は、各房に向かった。
十一房。
こちらではフィリア率いる、フィリア班が到着した。
フィリア班がこの十一房に到着した頃には、戦闘が既に終了していた。
この十一房に出現した魔物は幾ら高位等級のS級と言っても合成魔獣が一頭しか居なかったので、既に刑務官達の手によって倒されていた。
事実として合成魔獣は首筋には斬られたと思われる大きな傷口が二つあり、蛇になっている尻尾は根本から切断されていた。合成魔獣は苦悶の表情を浮かべてているが、生きていた。
「ったく・・・どうして、こんな所に合成魔獣が居るのよ」
「イルヴ補佐官が調教中だったのが、逃げ出したのかしら?」
「さぁね。それよりも、他の房に居る皆の所に行きましょ。・・・・・うん?」
刑務官達は話をしていると、刑務官の一人がクリスナーア達の存在に気が付いたみたいだ。その刑務官は驚きながら、クリスナーア達に向かって声を掛ける。
「あんた達って確か、Dフロアにいた女受刑者のクリスナーアとアテナイ・・・? どうして独房を出て、此処に居るっ!?」
「決まっているだろうがっ。あの独房を抜け出したから、こんな所に居るんだよっ!」
クリスナーアはそう叫ぶと、刑務官に飛び掛かった。
「ふんっ、馬鹿ねっ! 空中に飛んだら、撃ち落とせと言っているも同然じゃないっ!」
刑務官がそう言って空中を跳んでいるクリスナーアに向けて、掌を向けて魔力を溜める。
そして魔法を放とうと、刑務官は魔法名を唱えようとした。
クリスナーアは口元に笑みを浮かべ、そして姿を消えて行った。
「消えたっ!?」
「落ち着きなさいっ! 唯の隠蔽の魔法よっ! こんな子供騙し、種さえ分かればっ・・・」
刑務官達は消えたクリスナーアに驚きはしたが、直ぐに気を取り直して魔法の効果を打ち消す対抗魔法に唱えようとする。
しかし、その隙だらけな刑務官達を見逃す程、フィリア達は甘く無かった。
「隙ありっ」
アテナイは駈け出した。
「警戒していないと思って? 甘いのよっ! ―――火炎の矢!」
刑務官が火炎の矢の魔法を、アテナイに向けて放った。
刑務官によって放たれた火炎の矢の魔法は、アテナイに当たると思われた。
「はあっ!」
アテナイは銀色に輝く手で、火炎の矢の魔法を打ち消した。
「えっ!?」
それを見て、火炎の矢の魔法を放った刑務官は驚いた。
その隙に、アテナイは近付く。
「隙ありっ!」
「げはっ!?」
腹を殴られた刑務官は口から唾を吐きながら、身体をくの字に曲げる。
そしてアテナイから少し後ずさり、腹を抑えて胃液と消化中だった夕食の一部と胃液が混ざった液体を吐き出した。
アテナイは無防備になった刑務官に近付き、首に手刀を叩き込んだ。
アテナイの手刀を受けた刑務官は、そのまま失神して倒れた。
刑務官が失神したのを確認したアテナイは他の刑務官達を見たが、その時には既に刑務官全員が戦闘不能になっていた。
フィリアは盾鎧の魔剣の刀身を布で巻き、更に振り回した遠心力で外れない様に紐で縛って鈍器として活用し刑務官を気絶させていた。
刑務官は仰向けになった状態で、フィリアの前で倒れていた。
カガミは眠りの魔法でも、使ったのだろうと思われた。
何故なら刑務官立はこの非常事態にも関わらず、熟睡してしまっているからだ。
刑務官達をなるべく傷付けない様に戦った所為か、刑務官達は全員酷い状態で気を失ってはいなかった。
しかし運が悪いのか刑務官で一人だけが気絶もしてない状態だが、その所為で却って悲惨な目に遭っていた。
「くっくく。どうだ? 生きたまま自分の心臓を掴まれた気分は?」
「あ、あぐうつ、ひい、や、やめて、おねがい、おねがいだから・・・・・」
「さて、どうしたものかな?」
懇願する刑務官を見て、ただ嗤うクリスナーア。
クリスナーアは固有能力の透明化で身体を透明にした後、刑務官達に驚かせて気を引く囮役となった。その隙にアテナイ達が刑務官達を無力化している間に、刑務官の一人に近付き透明化ダイブの能力で透明にさせている手を刑務官の身体の侵入させて心臓を掴んでいた。
刑務官の心臓を掴むと、手以外の透明化は解除したクリスナーア。
「殺した方が楽だからな。このまま殺すか」
クリスナーアはそう言うと、刑務官の心臓を掴む手に力を入れる。
「はぐうっ、ぐうううううっ」
クリスナーアに心臓を掴まれ、苦しむ刑務官。
死への恐怖により、心臓が激しく脈動する。
「良いぞ。久しく見ていなかった、その恐怖に満ちた表情・・・見ているだけで、堪らなくなるなっ」
刑務官の様子を見て、恍惚な表情を浮かべるクリスナーア。
クリスナーアをこのままにさせていたら、本当に刑務官を殺すかも知れないと思われた。
「クリス。もうそれ位にしておきなさいよ」
「アテナ。私は楽しんでいるんだから、水を指さないでくれ」
「今は時間が惜しいの。それと貴女、ノブヤスにしつこく言われた事をもう忘れたの?」
「ふん。ちゃんと覚えているとも。しかし看守の抵抗が激しくて、捕縛出来なかった・・・とでも言えば良いのさ」
「私以外にも居るのに?」
「別に大した問題でも・・・ん?」
アテナイと話していると、クリスナーアの首筋に剣が突き付けられた。その剣とは不殺の為に巻かれていた布が外された、抜き身の盾鎧の魔剣だった。クリスナーアに突き付けていたのは当然、所有者であるフィリアだ。
「いい加減にして貰おうか。無益な暴虐も殺生も、私は好かぬ。それとも私の手で、その首を斬り落とされたいか?」
「・・・ふん。良いだろう。もう十分楽しんだからな」
フィリアに脅迫されたクリスナーアは自分に状況が不利だと悟って、大人しく透明化していた手を刑務官の身体から引き抜いた。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・・・・・」
クリスナーアの手が自分の心臓から離れた感触を感じて、刑務官は荒い息を吐きながらその場に膝を付いた。
刑務官は生命の危機を脱して自分の生存に安堵した瞬間、ある事態が発生した。
ジョオオオォォッ!
刑務官の股間から、黄色い液体が流れ出した。
それにより周辺に、アンモニア臭が漂い出した。
「くっ、くははっははっ。助かった御蔭で、安心仕切って失禁したぞ。この女。はははっは」
失禁してしまった刑務官を見て、大笑いするクリスナーア。
そんなクリスナーアの態度を見て、フィリアは不愉快そうにクリスナーアを睨み付けていた。一方でアテナイとカガミは流石に可哀そうだと思い、何も言おうとはしなかった。
「く、くうううっ」
クリスナーアに笑い者にされて、目に涙を流しながら顔を歪ませる刑務官。
「くくく、さて・・・そろそろ寝てろ」
クリスナーアは失禁してしまった刑務官の首筋に、手刀を叩き込み気絶させた。
「さて、これで次の房に行くべきだが・・・」
「こいつ等は、どうしたら良いのだったかしら?」
「縛ルニシテモ、縛ル物ガ無イ」
「やはり、殺すか?」
指をポキポキ鳴らすクリスナーアを宥めるアテナイの足元に、シキブがやって来た。
「あら、シキブじゃない。どうかしたの?」
アテナイはしゃがみ込み、シキブを見る。
するとシキブは、身体を板状に変える。
「ええっと、何々・・・『御主人様の命令で看守達は私が全員預かっておくので、貴女方は気にせず次の房に向かう様に』だってさ」
「ふん。ノブヤスめ。つくづく私の楽しみを取り上げてくれるな」
「自業自得だ。貴様の悪趣味が、理解される方が性質が悪いわ。それよりシキブ。看守共の身柄を頼む」
フィリアがシキブに刑務官の回収を依頼すると、シキブは承諾して動き始めた。
シキブは次々と、刑務官達を回収して行く。ついで嘔吐物や失禁の跡も、その痕跡一つ残さない様に掃除も行った。
「気になるけど、シキブに収納限界とかあるのかしら?」
「さぁな。とてもある様には見えぬが」
「確かに気になるが、それよりこのBフロアの制圧と、看守共の捕縛が先だ。このまま行くぞ。・・・・・・うん?」
フィリアが歩き出そうとしたら、カガミが倒れている合成魔獣の頭を撫でていた。
合成魔獣は重傷ではあるが、治療を受ければ助かりそうであった。それでもカガミは、合成魔獣を優しく撫でていた。
「カガミ・・・行こう。後はシキブに任せよう」
「・・・・・・分カッタ」
この合成魔獣はカガミが産んだ魔物だと知っているフィリアは、それ以上何も言わなかった。
厳密に言えば言えなかった、と言うのが正しいだろう。
信康が立てたエルドラズ島乗っ取り計画の為に産んだとは言え、自分の腹を痛めて産んだ事には変わりない。
自分の子供が無事な事を喜ばない母親は居る筈が無い。
此処に居てはこれからの作戦に支障が出るので、フィリアは動く様に促した。
そしてフィリアに促されたカガミは、合成魔獣の頭を撫でるのを止めて歩き出した。
歩きながら、カガミは一度だけ振り返る。
(・・・・・・ユックリ休ンデネ)
心中でそう呟いて、カガミは歩き出した。余談だがこの合成魔獣は、シキブによって回収され、治療を受けて翌日には完全に治っていた。
同時刻の十三房。
こちらはクラウディア率いる、クラウディア班が到着した。
この十三房では十一房と違って、まだ魔物達は生き残っていた。
厳密には生き残っていたと言うよりも、魔物達は刑務官達を圧倒していた。
「う、うううう・・・・・・」
「つ、つよすぎる・・・・・・」
刑務官達は床に倒れながら、呻いていた。
「「「Gaaaaaaaaaaa」」」
刑務官達を相手に勝利した魔物である、不死身の獅子と双頭の魔犬は勝利の咆哮をあげていた。
クラウディア班はその光景を見て、各々で感嘆の声を上げていた。
「おお、強そうだな」
「どっちもA級の魔物なんだから、強いに決まっているでしょ。戦えば普通に勝てるでしょうけど、流石に疲れると思うから面倒ね」
「そうッスね。戦ってる時間が惜しいんだし」
「初めて聞いた時から思ってたんだけど、変と言うか珍妙な喋り方よね。何処の方言よ?」
「あ~しの故郷ッス」
「だから、何処なのよ。その故郷って場所は」
「そう言えばあたしの傭兵時代に、ガリア連合王国の何とか王国って場所で、お前みたいな喋り方をした奴を見た気がするなぁ」
スルドはオルディアの喋り方を聞いて、何か思い出したようだ。
「ねぇ。今はそんな事よりも、不死身の獅子と双頭の魔犬の方をどうにかした方が良いんじゃないの?」
シイがそう声を掛けるとクラウディア達は、不死身の獅子と双頭の魔犬を見た。
「そうね」
「取り敢えず、ブチのめすとするか」
スルドは指を鳴らす。
「おっと! ちょっと待つんだし。あ~しはノブッチから『魔物に会ったらこいつを見せて、匂いを嗅がせろ』と言われてて、これ・・を持たされてるッス」
オルディアは慌ててクラウディアとスルドを止めると、収納の魔法を唱えてある物を取り出した。
それは両手程度の大きさを持つ、一つの革袋だった。オルディアがこの革袋を持って不死身の獅子と双頭の魔犬に近付くと、二頭は順番にその革袋に鼻を近付けて匂いを嗅いだ。
「・・・おい。何か分からねえが、魔物共が大人しくなったぞ?」
「それは何?」
「カガミの匂いが付いた、匂い袋だとノブッチが言っていたッス」
オルディアがそう説明した後、カガミの匂いが付いた革袋をクラウディア達に順番に回した。
「あ~そう言う事か。こいつ等は母ちゃんの匂いがするから、あたし達を敵と見なくなったって絡繰か」
「そうとしか考えられないわね・・・こうして大人しくなったんだから、この子達の背に乗れるかしら?」
「乗ってみるか?」
クラウディアが興味本位で言うと、スルドもそれに乗っかった。
二人は揃って、二頭の背中に乗ろうと接近した。
スルドは不死身の獅子に、クラウディアは双頭の魔犬に接近して行く。
不死身の獅子と双頭の魔犬は母親である、カガミの匂いがする二人に対して抵抗する事無く騎乗を許した。
「おお、すっげえ。モフモフしてるぜっ」
「本当ね」
クラウディアとスルドは、不死身の獅子と双頭の魔犬のモフモフ具合を御機嫌な様子で堪能していた。
「ああ、ずるいッス。あ~しも堪能したいんだしっ!」
オルディアはそう言うと、不死身の獅子に近付き、その鬣に触れた。
「おお、本当にモフモフしているッス」
オルディアも加わってクラウディア達は、不死身の獅子と双頭の魔犬とのモフモフ具合を楽しんでいた。
「・・・・・はぁ、そんなの後にしなさいよ」
シイだけはその中に加わらず、倒れている刑務官達に近寄る。
刑務官達は全員怪我こそしているが、どれも軽傷で命に係わる大怪我は負ってはいなかった。
「この様子だったら、暫く動けそうに無いわね。でも取り敢えずは何処か、適当な場所に放り込んでおいて・・・・・・うん?」
何処かの空いた雑居房に刑務官達を入れておこうかと考えていると、シイの足元にシキブが現れた。
「どうかしたの? シキブ」
シイがそう尋ねると、シキブは身体を板状に変えた。
「えっと・・・『御主人様の命令で看守達は私が全員預かっておくので、貴女方は気にせず次の房に向かう様に』か。了解。だったらよろしく頼むわ」
シイはシキブに任せると、シキブは刑務官達を纏めて体内に収納した。
それが終わるとクラウディア達がモフモフを堪能し終わるまで、シイは大人しく待つ事にした。
しかしシイは何もせずに、ただ待っているだけでは無かった。
「~~~~♥ モフモフした動物や魔物も悪く無いけど、やっぱりあたしはこっちの方が好みだわ〜♥」
シイは足元にいるシキブを捕まえて、胸に抱き寄せながら頬ずりしていた。
実はシイはモフモフよりも、プニプニしている魔性粘液の方が好みなのであった。
自分が居た独居房でも、偶に独居房の掃除に来る魔性粘液を捕まえては頬ずりしたり、指で突っついたりして遊んでいた。
因みにこの趣味は同じ三つ星トゥリー・スヴェズダの、クリスナーアとアテナイも知っている。シイ本人は隠している心算なのだが、二人は御情けで知らない振りをされているだけである。
その後クラウディア班は満足げな顔して、二人ずつ不死身の獅子と双頭の魔犬に騎乗してから、次の目的地に向かって進み始めた。




