第23話
プヨ歴V二十六年五月二十一日。
相変わらずルノワが面会時間を全て使ってから、漸く病室を出て行った。
それから配食された栄養重視の、あまり美味しくない病院食を食べ終える。
嫌な後味の余韻を水で流し込んでから、本を読み始める信康。このプヨ王国に来てまだ日が浅いので、プヨ王国について勉強していた。
ガリスパニア地方について勉強もしたいのだが、いきなり勉強範囲が広過ぎると何処か手を付ければ良いか判断が出来なくなり、結果も中途半端になる。
何より勉強意欲が削がれてしまうので、雇い主であるプヨ王国について集中して勉強する事にしている。言語は大陸共通語なのでそれは良いとして風習、文化、魔法の発展具合、プヨ王国の貴族の影響力等々と知らないといけない事が山程ある。
どれも知っていても、信康に損は無い。見聞を広めるにはもってこいだ。傭兵は勉学を嫌う者が大勢居るが真面目な傭兵程、勉学を大切にするものだ。
信康が勉強すると聞いて、ルノワもその勉強に参加している。
と言うよりルノワが信康の為に予習して来るので、色々と教わっている始末だ。尤も、信康も一人で勉強するよりルノワと一緒の方が勉強が捗るので、歓迎すべき案件だったが。
信康が現在読んでいるのは、プヨ王国の著名な作家が書いた書物だ。題名は古今東西笑話集と言う書物である。
「・・・・・・・くっくくく、くだらねぇ」
本は四コマ漫画風に描かれているが、古今東西の笑い話を集めた書物で信康が楽しく読める様にとルノワが王都アンシの古本屋で購入してくれた書物である。
古今東西笑話集を読んでいたら、病室の扉が叩かれ開いた。入って来たのは担当のセーラだ。
「ノブヤスさん、消灯時間になりました。お勉強に熱心なのは感心しますけど、続きは明日にしてもう灯りを消して下さい」
「おっ、もうそんな時間か。分かったよ」
勉強していた訳では無いがと思いつつも、信康は言われるがまま灯りを消す。
プヨ王国は元より世界中にある殆どの国の灯りは魔石という、魔力が込められた鉱物を使った魔石灯が主流となっている。
灯りを消して、布団をかぶり横になった。
それから三度程病室を見に来たが、信康が動かないので寝たと判断したセーラは扉を閉める。
静かな院内に、セーラの靴音が響く。
その音が段々離れて行き、完全に聞こえなくなると信康は被っていた布団を退かした。
「よし、行ったな」
狸寝入りをしていた信康は、枕を布団に被せて自分が寝ているように偽装をしてから、病室を出る。
病室を出る際、辺りに誰も居ない事を確認した。
「誰も居ないな」
信康は院内を歩き出した。
折角身体が動ける様になったのだ。なのに動かさないでいるのは勿体ないと思ったので、見つかり辛い夜に動く事を考えた。
見つからない様に偽装とルノワに頼んで色々と仕入れて来たので、信康は大丈夫だと思った。
歩いていると、屋内を歩き回る用のスリッパが歩く度に、パタパタ音が立てる。
その音を聞きつけ、誰かに見つかるかも知れない中、懐を漁る。
出て来たのは、一枚の紙だった。
長方形の形をした紙に、何かの文字が書かれている。
「確か・・・静寂」
信康がそう言うと、突然紙が燃え上がり青白い光となった。その光が信康の身体を包みこむ。信康は歩いてみたら、スリッパの音がしなくなった。何度歩いても、音がしないのを確認した信康は笑みを浮かべる。
その光が信康の身体を包みこむ。
歩いてみると、スリッパの音がしなくなった。
何度歩いても、音がしないのを確認できたので、笑みを浮かべる。
(便利だな。この魔符は)
信康が持つ魔符には魔石を砕いて顔料にした塗料で書かれた、魔法文字と言う不思議な文字が書かれていた。
本来ならば魔法使いや魔術師が唱えねば意味が無い発動言語を魔符を持って唱えると、魔法が出来ない者でも魔法が使えるので結構便利な道具だ。
欠点は効果時間が、それほど長くない事だ。
ルノワに頼んで静寂と隠蔽と幻想の魔符を、出来るだけ持って来て貰った。後、その場の事を記憶する記録水晶もある。
(音がしなくなったから、これで気兼ねなく歩き回れる)
信康は院内を歩き回った。プヨ王国軍アンシ総合病院は軍属の第一病院なので、歩き回るのも大変だ。
有事が有った際は負傷した軍人が優先して治療されるが、平時は通常の病院として王都アンシの市民にもその門戸を開放している。その敷地内面積は、傭兵部隊の兵舎とは比べるのも烏滸がましい程だ。
(夜だから静かなのは分かるが、特に見るものが無いから退屈だな。番号が振られているとは言え、これだけ似た様な作りで各入院患者の病室が分かるから凄い)
そう思いながら、歩いていると不意に声が聞こえて来た。
少し遠いのでよく聞き取れないが、信康の耳には微かに聞こえる。
(何だ? 気になるな)
信康は声が聞こえて来た方に、足を向ける。
その方向に歩くと、声がはっきりと聴こえてきた。
よく聞くと、話し声みたいだ。
(誰だ? こんな時間に?)
信康は歩きながら、誰が話しているのか気になりだした。
声がハッキリ聞こえる所まで来た信康は、バレない様に隠蔽の魔符をその場で発動させて近づく。
近づいた場所は、看護師達が常駐している駐在所だった。
「セーラ、この前運び込まれた患者の容体はどうだ?」
「三〇一号室のノブヤスさんですね。経過は良好で、数日したら退院できます」
「もうそんなに回復したのか・・・若いとは言え、信じられないな」
そう言ってもう一人の人物が、信康の治療記録書を見る。
「・・・・・・・確かに、経過は良好だな。あれだけの傷を負ったのに」
「はい。右脇腹に風穴を開けられてかなりの量の血が出血されてました。最初の健診では全治一ヶ月でしたが、僅か数日ででこんなに早く回復するとは、誰も思いませんよね」
「応急手当はされていたが、この前入院したばかりだぞ。もう此処まで回復するとは・・・・・・」
セーラも治療記録書を見ている人物も、信康の回復力に驚いている。
(うん、俺も正直驚いている)
二人の話を聞きながら、信康も頷く。実の所、信康が一番驚いていた。
自分の事ながら、自分の身体の回復力に驚いている。
(まぁそんな事は良い。今はそれよりもさっきから、セーラと話しているのは誰だ?)
それが気になって、信康は物陰から顔出す。
隠蔽で見えていないので、バレる心配はない。
信康が覗いた先に居たのは、白衣を着た女性だった。
ツリ目がちな瞳、足まで伸ばした赤い髪、整った顔立ち。
白衣の下に来ている露出が凄い、黒い服を着ている。
それに服の上からでも分かる、その豊満な乳房。
信康が今まであった女性の中でも、上位に入る位の大きさだ。
その余りの大きさで、その女性が呼吸するだけで、胸が揺れる。
(呼吸しているだけで揺れるだとっ!?)
中々お目に掛かれない宝物を見ている様な、そんな感覚に陥る信康。
そのまま視線は、女性の乳房に向けながら話を聞く。
「ヴィーダギイア先生、この患者さんはこのまま個室で良いですよね」
「ああ、そうだな。この患者は傭兵なのだろう? しかもカロキヤに居た敵将を討ち取る程の、剛の者だとか。そんな豪傑を大部屋に動かしたら、その部屋に居る患者達が委縮してしまいそうだからな」
「分かりました」
セーラは嬉しそうに返事する。
「何だ。随分と嬉しそうだな?」
「ええ。あのノブヤスさんって患者さんを見ていたら、お世話をしたくなります」
セーラは苦笑しながら言う。
「ほう、どうしてだ?」
「あの目がですね。何処か寂しそうにしている様に見えまして・・・・・・」
「多かれ少なかれ、傭兵という職業についている者は、そんな目をする者は結構いるぞ」
「先生は詳しいのですか?」
「職業柄、それなりに見てきた。この患者は会った事はないが、多分傭兵の性みたいなものだろう」
「そうなんでしょうか?」
「まぁ・・・私もまだ直接会った事が無いから、分からんがな」
ヴィーダギイアは肩を竦める。
その後も、二人は他愛の無い話を続ける。
話の途中から、信康はその場を離れた。
離れて、自分の病室に戻りながら思った。
(寂しい目をしているか・・・・・・・俺と関係を持っている多くの女達も皆、俺の目を見てそう言っていたな)
それを聞いて、女って意外に男を見ていないように見えて見ているのだなと思った。
ついでに、故郷を出奔しないといけない事を思い出した。
「・・・・・・っ」
信康は自分の二の腕を掴む。
憎い敵をくびり殺す様に、力を込める。
「・・・・・・・嫌な事を思い出したな・・・・・・」
信康が故郷である大和皇国を出奔してから、三年もの年月が経っている。しかし逆に言えばだった三年の年月では、信康の心を癒すには足りていなかった。




