第236話
ディアサハから一本取った翌日。
師匠であるディアサハを倒した事で、何か変わっただろうと思われたが。
ガギンッ!?
何時も信康が鍛練している所から、金属がぶつかった様な甲高い音が鳴り響いた。すると信康の手元から愛刀の鬼鎧の魔剣が離れて、クルクルと回りながらEフロアの床に落ちた。
信康も鬼鎧の魔剣を飛ばされた衝撃で、尻餅を着いて座り込んでいた。
「ぶはぁっ!?」
至る所から汗を流しながら、信康は荒く息を吐いた。
息を吐きながら、信康は目の前にいる人物に目を向ける。その人物とは、ディアサハであった。
「馬鹿者がっ。間合いを詰めたからと言って、儂からそう簡単に一本取れると思ったのか? 相手の得物の間合いの外に出ても、それは勝利への可能性に繋がる過程に過ぎぬ。決して勝利への道筋そのものでは無いぞ」
ディアサハは槍の穂先を、信康に突きつけながら言う。
負けたと言うのに、ディアサハはピンピンしていた。
因みにラキアハとクラウディアは、まだ眠っている。
そんなディアサハの平然とした様子を見ては、信康も驚かざるを得ない。
こうして鍛練をしていても、昨日と遜色の無い動きをディアサハがしている事が半ば信じられていない。
「・・・流石は師匠だな。亜精霊とか言うのも、名前負けしていないわ」
「誰からそれを・・・・・・ああ、あのラキアハか」
ディアサハは自分の事を知っている信康に驚きはしたが、誰が信康に教えたのか直ぐに分かった。
「なぁ、師匠」
「何だ?」
「クラウの事を闇の聖女とか言っていたのは、クラウが信仰している神が闇の神であるエレボニアンだからなのか?」
「そうだ。聞いてないのか?」
「聞いては居たけど、説得する方を先にしていたんで」
「ふん。実に貴様らしいな」
「クラウを闇の聖女って呼ぶのは、流石に俺でも理由が分かる。けど何でラキアハは、狂性女とあんたは呼んでいるんだ?」
「・・・・・・幾らあいつでも、事実を赤裸々にお前へ話す訳は無いか」
「何か含んだ言い方だなぁ。師匠は知っているんだろう? 良かったら休憩がてら、話してくれよ」
「まぁ良かろう、真実を知った所で、お前も態度を変えはすまい。ラキアハが捕まった時の惨状を、今から話してやろう。ただ儂も人伝に聞いた故、何処までが真実かどうかは知らん。其処を踏まえて聞け」
信康は頷いた。
「ラキアハはある教団の教祖をしていたのは、覚えているか?」
「それ位なら覚えているさ。確か自由と性愛の女神エダキローステンとか言う、女神を信仰している教団だったよな。六大神に次ぐ規模を誇っているとか何とか」
「そうじゃ。六大神に次ぐとは言うものの、実際は肩を並べんとする勢いで当時は勢力を広げていたそうなのだ。増加の一歩を辿る信者の数と献金の額に目を曇らせ増長したその教団がいよいよ反乱を起こそうかと言う時に、プヨの下へ幹部の一人が内部告発を行ったのよ」
「へぇ。その幹部は、内部告発で何を白状したんだよ?」
「その幹部は教団内では穏健派の一人で、ラキアハから数々の証拠を持たされておったのだ。上は国家反逆罪から下は婦女子男子強姦罪までと幾つもの犯罪の証拠を突き付けられたプヨは、事態を重く受け止め警備部隊から大部隊を派遣したと言う」
「ふぅん。って、今普通に聞き流そしそうになったが、婦女子男子強姦罪って」
「別に可笑しい事では無いぞ。犯罪史を遡れば、その様な事例など幾らでもある」
「・・・・・・・」
ディアサハの言葉を聞いて、信康は言葉を失った。
「その様な瑣末な事などどうでも良い。続けるが実は警備部隊は前々から、教団を監視していたらしい。何故なら教団の教えには『汝、人を愛しなさい』と全うなものもあるが、何より『己の色欲を抑制してはならない』と言う一歩間違えれば性犯罪者になりかねぬ教えも広めておったからだ。性犯罪の温床を前々から疑っていたので、今回の告発と証拠の数々を手に入れたので捕まえる事にしたそうだ」
「はぁ、それでか」
「それであのラキアハが居る所に、警備部隊の者共が踏み込み、摘発したそうじゃ」
「ほぅ、すんなりと捕まったのか」
「うむ。其処も驚くべき事なのだが、それ以上に凄惨だったのは、その摘発が行われていた場所の隅には無数の男女の死体が山となって積まれていたそうだ。それも一つではなく、幾つもあったと聞く」
「おいおい。死体の隣で、何をしていたんだ?」
「儂も人伝で聞いた話なので、詳しくは知らん。ただ何らかの儀式をしていたと聞いている」
「だろうな。じゃなかったら、死ぬ奴は居ないからな」
「そして、そんな中で一人だけのその輪の中に入らず、不気味な笑みを浮かべながら見ている女が居た。それが・・・」
「ラキアハなのか?」
ディアサハは頷いた。
摘発されている中で一人だけその輪に入らず、ただ笑いながら見ている。
どう好意的に見ても、狂っているとしか思えなかった。
「ラキアハの奴、よく襲われなかったな」
ディアサハの話を聞く限りエダキローステン教団の狂信者達は、薬物か魔法で正気を失っていて正常な思考を持っているとは思えなかった。
「何でもラキアハの周りには、干からびた男女の死体が大量に転がっていたそうだ」
「干からびた? それって」
信康は前に、ラキアハが言っていた言葉を思い出す。
ラキアハが得意としている、生気吸収の魔法を。
「成程。その干からびた死体は、ラキアハの魔法で死んだ奴等だな」
「だろうな。思わぬ惨状を目の当たりにした警備部隊であったが、何とか摘発に成功した。しかし飲んだ薬物の副作用なのか、ラキアハ達を捕まえて護送している間に、幹部及び信者共は一人残らず衰弱死したらしいぞ」
「まぁあのラキアハが、そんな奴等を生かしておくなんてヘマはしないよな」
「そうじゃな。因みに残されたエダキローステン教団であるが、反乱を企てた過激派が一掃された事で穏健派の信者共が教団を運営しているらしい。事件は公にされておらぬので、未だにその勢力を保っていると聞く。と言っても警備部隊に目を付けられているので、目立たぬ様に且つ穏便に活動していると聞くがな」
「そうか・・・・・・うーん。ラキアハは、どんな理由で反乱を止めたんだろうな? 愛国心なんて、ラキアハにある様には見えないんだが」
「それは」
「それは簡単です。わたくしは別に反乱を起こす意志など一切無かったのに、あの者達が勝手わたくしを旗頭にして反乱を起こす心算だったのですよ。あんな勢い任せな稚拙な反乱が成功する筈が無かったので、道連れにされるのもごめんでしたからわたくしの手で始末させて頂きました」
信康の背後から声が聞こえたので、信康は振り返る。
其処には、ラキアハとクラウディアが居た。
「おお、おはよう。お前等、もう起きたのか」
「ええ、ぐっすり眠れましたよ」
「あたしもよ。それにしても」
クラウディアはラキアハを、何か恐ろしい物を見るかの様な目で見た。
「あんた、捕まった時にとんでもない事をしていたのね」
「わたくしもあそこまで、上手く行くとは思いませんでした。余談ですけど、わたくしは反乱を未然に防いだ功績でこうして投獄される必要など無かったのですが、プヨ上層部があからさまに警戒していたので熱りを冷ます為にも、司法取引で教団を処罰しない代わりにわたくしがエルドラズに行く事にしたのです」
「成程な。ところで、師匠の説明は何処まで本当なんだ?」
「大体合っていますよ」
「そうか」
「ねぇ。まさかだと思うけど、あんた。もしかしなくても、この女の言葉を信じるの?」
「うん? 信じてるが、何故だ?」
「あんたね・・・摘発されている中で、一人だけ笑みを浮かべている時点で、もう異常でしょうが。死んだ者達については、自衛のために使ったとか言うのでしょうけど・・・そんな中で笑っている時点で、狂っているじゃないっ!?」
「個性的で良いと思うが?」
「そんな個性要らないわよ」
「面白いと思うのだがな」
「あんたね」
「まぁまぁ、そう言ってやるな。昔は昔、今は今だ。事実なのはラキアハが反乱を未然に防いだ事と、良い女だって事だけだよ」
「・・・・・・今の話を聞いて、そう割り切れるあんたが凄いわ」
呆れる様に呟くクラウディア。
「はっはは、褒めても何も出ないぞ」
「褒めてないわよっ!?」
クラウディアは吠えても、信康は何処吹く風であった。
「師匠、教えてくれてありがとう。それはそうとして、朝の鍛練は終わりか?」
「うん。まぁ、興が冷めたからな。特別に終わりにしてやる」
「どうも~」
信康は手をヒラヒラさせて、何処かに行く。
「ちょっと、何処に行くのよ?」
「うん? 何だ。構って欲しいのか?」
「違うわよっ」
「ちょっと用事だ」
信康はそれ以上、何も言わず何処かに向かう。
ディアサハはその背を見送ると、何処かに向かった。
残ったのはラキアハ達であった。
二人はと言うかクラウディアは何とも言えない顔でラキアハを見ているが、ラキアハは信康の背中をずっと見詰めていた。その視線は、熱を帯びた艶めかしさを含んでいた。




