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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第22話

 傭兵部隊が歓声をあげている中、ルノワは一人で信康を探していた。


「何処に居られるのですか!? ノブヤス様っ!・・・ノブヤス様っっ!!」


 はぐれてから探しているが、一向に見つからない。


 その時、ルノワの目に後ろ姿が信康そっくりな者を見つけた。


「ノブヤス様っ、ご無事でし・・・ああぁっ!?」


 信康が立っている姿を見て安心して近付くと、ルノワはぎょっとした。


 其処に居たのは実際に信康だったが、今の姿を見て驚いた様だ。


 信康は全身を、血で赤黒く染めていたからだ。まるで血の池にでも飛び込んだのかと、そう思う程に赤黒く無い箇所が一つも無かった。


 ルノワは慌てて、信康の手を取り生きているか確認した。


「ノブヤス様っ! ノブヤス様ぁっ!!」


「・・・何だ? ルノワか」


 信康は握って来たルノワの手を握り返した。


「心配するな、俺は生きている・・・真紅騎士団(クリムゾン・ナイツ)の奴らが四方八方から殺到して来やがった所為で、最後の最後にヘマをしたがな・・・」


「ヘマ?・・・っっ!!?・・・ノブヤス様、その槍は抜かないで下さい。なるべく早く、手当てに向かいましょう」


 ルノワは信康の傷を見て、再びギョッとした表情を浮かべた。


 信康の右脇腹に、折れた槍が突き刺さっていたからだ。背中にまで貫通していなかったのが、不幸中の幸いであった。


 この傷は真紅騎士団の団員達が殺到していたのを返り討ちにした際、最後の団員が命と引き換えに付けたものだ。信康はその団員の首を撥ねたが、団員の首は笑みを浮かべながら戦場に転がっていた。


「・・・これで、今回の戦争は終わりか」


「そうですね。他の軍団を導入しなければどちらにも、継戦する力は残っていないかと」


 ルノワの推測に、信康は首肯して肯定した。


「今回の戦争では、プヨは勝負に勝って試合に負けたな」


「勝負に勝って?・・・ノブヤス様、それはどう言う意味でしょうか?」


 ルノワは信康の言っている内容が理解出来ず、言葉の意味を信康に訊ねた。信康はルノワの為に、解説を始めた。


「プヨ軍はカロキヤ軍に戦場で勝利こそしたが、損害が大きく将軍も一人失った。アグレブを奪還する余力も残せなかった。一方のカロキヤ軍も確かに損害が大きく将軍も一人失ったし、真紅騎士団クリムゾン・ナイツも十三騎将を一人失っている。しかしアグレブは、手中に収めたままだ。だから勝負に勝って、試合に負けたと言ったんだよ。痛み分けと言うに、少し苦しい結果だ」


「成程・・・言い得て妙ですね。プヨは領土奪還に失敗しました。そしてカロキヤは、プヨへの侵略する為の橋頭保を確保したままです。この戦争は、プヨの敗北で終わってしまいましたね」


 信康が言っている内容に感心しながら、ルノワは肩を貸して信康と共に歩き続けていた。


「大丈夫か!? ノブヤスッ!」


「ああ、何とかな」


 声を掛けて来たジーンに、信康は手をあげて応えた。


「お互い、生き残れたな」


「ああ、これもお前がダーマッドを討ち取ったからだな。ありがとよ」


「礼をされる程では無い。気にしないでくれ」


「しっかしお前、よく十三騎将の一人を討ち取れたな」


「先にグスタフが相手をしてくれたから、俺は勝てたのさ。そうじゃなかったら、俺は死んでいた」


「嘘吐け。皆が口を揃えて言ってたぞ、あのダーマッド相手に、ノブヤスが一方的だったってな」


「最後の最後で、雑兵相手にヘマをしたがな。だがグスタフが最初にダーマッドの相手をしてくれた御蔭で、戦い易くなったのは事実だ。ダーマッドは消耗していたのは、間違いなかったからな」


 信康はそう言って、グスタフの健闘を称えた。嫌な奴だったし嫌いだったが、死者にあれこれ言って侮辱したくなかった。


「まぁそういう事にしとくか。ノブヤスがダーマッドより強かったのは、間違いないけどな」


「ジーン。ノブヤス様をお褒め下さるのは嬉しいですが、それよりも早く鋼鉄槍兵団と合流して傷の手当てをしましょう」


「そうだな。ノブヤス、俺も手を貸すぜ」


「いや、大丈夫だ。これ位なら・・・」


「遠慮すんなよ、良いから肩貸せってっ」


 ジーンは強引に信康に肩を貸して、一緒に歩き始めた。信康はジーンに何か言おうとしたが、ある意味両手に花かと思って好きにさせた。


 歩いている途中、傭兵部隊の隊員達が信康を見て労った。


 信康がダーマッドを討ち取った御蔭で助かったのだから、礼を述べられても不思議では無い。


 鋼鉄槍兵団と合流した傭兵部隊は、戦死した味方の死体を回収して王都アンシに退却した。


 こうしてプヨ王国とカロキヤ公国の間で起こった、パリストーレ平原の会戦は終戦した。


 両軍ともに死傷者を多く出したが、この戦争は信康が言う様にプヨ王国軍の敗北に終わった。


 そんな戦場で自身の名前を轟かせた、二人の男性がプヨ王国側には居た。


 東洋人の若い傭兵である信康と、プヨ人の若い傭兵であるリカルド・シーザリオンだ。


 片や真紅騎士団が誇る十三騎将の一人、『双剣』のダーマッド・マックラールを討ち取った信康。


 片や次期カロキヤ公国大将軍と目されていたカロキヤ公国軍征南軍団軍団長にして、カロキヤ公国軍の総大将であったステファル・ドードリアートを討ち取ったリカルド。


 パリストーレ平原の会戦では敗北こそしたプヨ王国であったが、確実にカロキヤ公国軍の力を削いだ事は事実であった。




 *******




 プヨ歴V二十六年五月二十日。


 プヨ王国王都アンシのヒョント地区にある、プヨ王国軍アンシ総合病院。其処で寝台で横になっている、一人の男性の身体がピクピクと動き出した。


「・・・・・・んっ?・・・・・・此処は?」


 横になっているのは、信康だ。


 戦闘後、信康はアルディラからダーマッドを討ち取った戦績を称賛され、治療の為に王都アンシへ一足早く帰還出来る様に馬車を手配して貰うと言う、異例の厚遇を受けた。


 ルノワも馬車に同乗し、風魔法で加速する事で本来の行軍速度なら十日掛かる道程を三日まで短縮する事に成功した。


 ルノワの実力で万全な状態ならば、たったの一日に短縮すると言う荒業も可能ではあった。


 しかし、ルノワも戦争で疲弊していた事もあり、更にあまりやり過ぎると信康も馬車も負担が大きいので加減する必要があった。


 幸い槍の傷が致命傷と言える傷ではなかったのが、信康にとって不幸中の幸いであった。


 刺さった槍を抜いて簡単な応急処置を手早く済ませると、ルノワはアルディラが手配した補助役の団員達からの手厚い補助を受けつつ風魔法で王都アンシまで急がせた。


 王都アンシに帰還すると、直ぐにプヨ王国軍アンシ総合病院に運ばれ治療が行われた。


 ルノワも最後の最後で自身の限界まで魔力を使い切った結果、プヨ王国軍アンシ総合病院に到着した瞬間、失神して倒れてしまった。


 は魔力切れによる失神であったので、半日も安静にしたら大丈夫だと医師から診断された。一方の信康は治療後の検査の結果、一ヶ月は入院して安静になるべきだと医師に診断された。


「・・・・・・・そうだ。戦争が終わってこの王都アンシへ帰還して、病院に運ばれて、そのまま入院して、此処で寝ているんだ」


 信康はボーっとする頭であった事を思い出しながら、自分の状況を整理した。


 コンコン。


 考え事をしていたら、部屋の扉が叩かれた。


「失礼します」


 そう言って桃色の看護服を着た、看護師が一人入って来た。


 まだ二十代前半の妙齢な女性だ。


 ウエーブが掛かった茶色の髪を腰まで伸ばして、頭の上には看護帽を被っている。


 看護服の上からでも分かる、グラマラスな体型だ。ボンキュッボンと言えるだろう。


 垂れ目がちな目で信康を見る。


 彼女の名前はセーラ・アシェンド。


 信康の担当看護師だ。


(うーむ。胸は大きいな。意外と、着痩せするタイプと見た)


 真面目な顔をしながら、内心この看護師のスリーサイズを見極めていた。


「お加減は如何ですか?」


 信康の考えている事など露と知らず、身体の調子を尋ねてきた。


「大分良くなった。もう、動き回れそうな位だ」


「昨日、この病院に入院したばかりなのですから、まだ動くのは無理です。そんな無茶な真似は許しません」


「それは残念だ。で、何か御用で?」


「体温と脈拍を計りに来ました」


 そう言って、セーラはテキパキと体温と脈拍を計る。


 治療記録書に経過を書きながら、信康に話し掛ける。


「・・・体温と脈拍に異常はありませんね。安静にしていれば、それだけ回復するのは早くなりますから。退屈でしょうけど今暫くの間だけは、大人しくしていて下さいね?」


「それはありがたい。了解した」


「じゃあ、私はこれで」


 セーラはそう言って病室から出て行った。


 信康が使っている部屋は個室なので、話し掛ける相手が居なくて暇だった。


(誰か来ないものかな? 来てくれれば、退屈凌ぎにはなるのだが・・・・・・)


 その願いが通じたのか、扉が叩かれて直ぐに扉が開いた。


「ノブヤス様、お見舞いに来ました」


「ルノワ、大丈夫なのか? 俺の為に、無茶をさせてしまって悪かったな」


「お心遣い、大変嬉しく思います。ですが私はもう退院しても良いと先生に言われたので、大丈夫です。それにノブヤス様のお世話をするのが、私の仕事ですから。それからヘルムート総隊長にノブヤス様のお世話をする様にとお手紙を頂いているので、心配御無用です」


「はいはい、ありがとよ」


 ルノワの甲斐甲斐しさに感謝しながら、同時にヘルムートの気遣いにも感謝した。


 因みにルノワ本人としては看病したかった様だが、此処の病院は完全看護なので必要無いと言われたそうで、断腸の思いで引き下がっている事を、信康はまだ知らない。


「ノブヤス様。戦争の所為でお渡し損ねていました物があるのですが、今お渡ししてもよろしいでしょうか?」


「物?・・・ああ、例の物だな。折角だから、今貰おうか」


 ルノワは三枚の紙を信康に渡す。


 その紙を見て、ニヤリと笑う信康。


「ご苦労。作るの大変だったか?」


「いえ、それほどではありません。それよりも、ノブヤス様」


「何だ?」


「どうしてこの様な物が必要なのですか?」


「いざと言う時に、役に立ちそうだと思ったからだ。早速、役に立ちそうだぞ」


「・・・・・・・分かりました。ノブヤス様が退院されるまで毎日来ますから、追加が御所望の時は何時でも仰って下さい」


「ふむ」


 信康は物分かりが良過ぎるルノワの反応に、頭を掻く。


 予想では怒るか悲しむと思っていたので、こんな平然とされると却って対応に困ってしまう。


 どうしたら良いのか分からず、仕方が無く話を変える。


「それで、傭兵部隊の方はどうだ?」


「傭兵部隊はまだ、この王都アンシに帰還出来ていませんよ。私達が一足早く、帰還出来ましたからね。ですが鋼鉄槍兵団のアルディラ兵団長の御厚意で、傭兵部隊にも馬車を手配して貰って早く帰還が叶いそうです」


「そうか。アルディラ団長様々だな・・・話が変わるが、今回の戦争で上層部はもっと傭兵部隊を気に掛けて貰いたいもんだ。まともな部隊として機能させたいなら、最低でも一千は必要になる。千さえあれば、戦局に影響を齎せるだけの勢力になるからな」


「はい。ノブヤス様の仰る通りかと思います。傭兵部隊は今回の戦争で、一定数を失いました。そもそも傭兵部隊は、全体数が少な過ぎます。ですので傭兵部隊は戻り次第、隊員数を増員しつつ次の戦争まで訓練と座学に時間を費やすと思います」


 まぁそうなるよなと思いながら、信康は早く退院したいなと思った。


 訓練に付いていけなくなるかも知れないからだ。尤も、それは杞憂であるのだが。


 その後は、他愛の無い話を面会終了時間までした。


 時間になったので、ルノワは退室しようと立ち上がる。


 だがルノワは一向に、信康の病室を出て行く気配が無い。


 信康は如何したと聞こうとしたら、ルノワが信康の耳元に顔を近づけ囁く。


「退院したら、可愛がって下さいね」


 そう言って信康の頬に口付けを落とした後、更に病室を退室する前にウィンクをして出て行った。


(・・・愛らしい奴だな)


 ルノワが聞けば狂喜しそうな事を思いながら、信康は寝台で横になった。

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