第228話
フィリアと少し話をしてから、それなりの時間が経った後。
信康はディアサハの二人は、予定通り昼過ぎの鍛練を行っていた。
数時間に及ぶ打ち合いが、延々と行っていた。
終る頃には、朝と同じく鬼鎧の魔剣を杖にして立っている信康の姿があった。
反対にこれまた朝と同じく、ディアサハは涼しい顔で立っていた。
「くそっ、今日は一本入れられると思ったんだがな」
「ふっふふ、まだまだだな」
楽しそうに笑いながら、ディアサハはその場を離れる。それは今日の鍛練は、これで終わりという事だ。
信康は息を深く吸い、吐き出した。
そして、フィリアの下に行く。
「どうだ? 師匠と俺との立会いを見て」
「そうだな」
フィリアは一度目を瞑り、自分の頭の中にあるものを言葉にしようとしていた。
信康が何故フィリアにディアサハとの鍛練を見せていたのかというと、明確な理由がある。因みにフィリアは身体を持って来ているので、通常の状態に戻っている。
何時まで経ってもディアサハに一本取れない事に業を煮やした信康は、自分の戦い方に問題があるのかと思ってフィリアに見て貰ったのだ。
首無し騎士になる前から、プヨ王国において有数の名将にして高名な騎士であったフィリア。そのフィリアからならば、的確な助言を貰えると信康は思ったのである。
そもそも信康がフィリアに助言を求めたのも、ディアサハが助言をくれなくなったからだ。それに自身の悪い所と言うものは、自分自身では気付かないものである。だからこそ信康は、フィリアに頼んだのだ。
「先ず貴方の剣だが・・・誰かに教わり、そして戦場を経験した剣みたいだな?」
「その通りだ」
信康の剣は自分の母親の従兄弟に当たる、吉良氏元に基本的な剣の型を教わった。
そして戦場に出て、信康の剣術は鍛えられた。
その所為か教わった型通りの剣術ではなく、ほぼ我流といえた。
「構えなどは問題ないが、足運びが下手だな。その所為で、間合いの取り方がイマイチだ」
「そうか」
言われるまで、自分の足運びが下手だと思わなかった信康。
今度は足の運び方を意識を向ける様にした。
「まぁ・・・足運びと言うものは、一朝一夕で修正出来るではないからな。こればかりは経験を積むしかない」
「そうだな。まぁ、そうするしかないな」
「それにしても貴方は剣を扱う者にとって、必要な四つを持っているみたいだな」
「何だ。それは?」
「鍛練、経験、血の味、悦楽。この四つだ」
「最初の鍛練と経験分かるけど、血の味と悦楽なのは理解出来ん。意味は分かるのだが・・・俺は快楽殺人鬼では無いぞ?」
剣を振るう以上、鍛練は必要不可欠だ。そして経験もまた、鍛練と同等に必要不可欠なものとなる。
しかし血の味と悦楽と言われては、信康は心外だと否定したくなった。
「長い間鍛練を行っても、人を斬った経験も無い者が戦場で役に立つと思うか?」
「成程。それで血の味か。で、悦楽は?」
「剣を振るい、肉を斬る感触。流れ出る血の匂い。それらを悦び楽しむ事が出来れば、自ずと剣は上達する。逆にそれらの感触を嫌う者は、自然と剣に手を出す事を拒む様になるのだから」
「言っている事は理解出来るんだが・・・やはり快楽殺人鬼みたいな事を言うんだな」
「誰も其処までは言ってはいないわ。しかし多かれ少なかれ、戦場に出る者はその悦びを楽しむ者よ。貴方は敵を仕留めたら、達成感や喜びと言うものを感じたりはしないの?」
「・・・・・・まぁそう言われたら、あるとしか言えないな」
フィリアに言われて信康も、剣を振るうのを楽しんでいるし敵を討ち取った時に達成感も歓喜も感じていると肯定するしかなかった。
「で、鍛練は終わったのだろう。クラウディアの独房に行くのか?」
「ああ、その心算だ」
「時折あの娘の独房から、轟音や叫声が壁越しに聞こえる事がある。気を付ける事だ」
「忠告、ありがとよ」
忠告してくれるフィリアに感謝する様に手を振って、信康はクラウディアの独居房に向かった。
少し歩くと、そのクラウディアが居る独居房の前に着いた。
信康は入る前に、扉をノックした。
しかし、何の反応も無かったので、再び扉をノックした。
すると次は反応があった。
ドシャアアアアアアアッ!!
独居房の中から、凄まじい轟音が聞こえて来た。
信康は思わず何時でも鬼鎧の魔剣を抜刀出来る様に左手に持つと、右手でドアノブを回して独居房の中に入室した。
クラウディアの独居房に入ると天井、床、壁などといった独居房の至る所に傷が付いていた。
寧ろクラウディアの独居房は傷が無い箇所を探すのが、困難と言える程に酷い状況となっていた。
「これは、一体・・・」
「Aaaaaaaaaaaaaaa!!」
そしてクラウディアと思われる美女が狂った様に獣の如く叫びながら、暴走した様子で赤黒く変貌した両腕を振り回して暴れていた。
黒鳶色の髪を足まで届きそうな程に、長く伸ばしていた。三白眼で緋色の瞳。
女性にしては、高い身長を持っている。
所々に切れ目ができて、裾をボロボロにした囚人服からでも分かる豊満な胸。
折れそうな位に、細い腰。
キョッとしまった小尻。
見事なプロポーションを持っているのだが、口から出る言葉は人間が出しているとは思えない奇声だ。
なので一瞬、このクラウディアと思われる美女は獣人ではないのかと思った信康。
しかし、クラウディアと思われる美女は、獣人の特有の耳も尻尾も無かった。
「まさかこの女が、クラウディア・ドゥ・ベルべティーンなのか?」
信康がそう呟くとその呟きが聞こえたのか、クラウディアと思われる美女が信康に目を向ける。
まるで獣の様な目で、クラウディアと思われる美女は信康を見ている。
「GUUUUUUUU!!」
唸り声を上げる、クラウディアと思われる美女。
信康は逃げ出さない様に、扉を急いで閉めて鬼鎧の魔剣を構える。
「何がなんだが分からないが、取り敢えず気絶して貰うぞっ」
信康はそう言うと、クラウディアと思われる美女目掛けて駆け出した。




