第21話
ダーマッドは強かった。
流石は真紅騎士団十三騎将に、その名前を連ねるだけの実力者だった。
バラバラのタイミングに襲い来る、双剣の技量。
美麗とすら言える卓越した剣技は、流石だとしか言えなかった。
信康がこれまで相手にして来た強者の中でも、上から数えた方が早いだろう。
しかし、それだけであった。
信康は、このダーマッドよりも強い相手とこれまで何度も戦い、勝利して来た。
純粋な実力でも自分が上だと思ったし、そもそもダーマッドの体調は完調では無い。
グスタフとの一戦で、身体に与えられた負担はダーマッドにとって大きかったのだ。
時と共に衰えて行く太刀筋。鈍って行く身体の動きを、信康はその事実を見抜いて、終始有利になって行くこの一騎打ちに笑みを浮かべていた。
そしてこの圧倒的に不利な現況を、ダーマッド本人が一番良く分かっていた。
(おのれっ。この東洋人の小僧、強いっ・・・長引けば不利だ。ならば先手を取るっ)
ダーマッドは距離を置くと、右手に持っている長剣の大いなる激情モラルタに魔力を込めた。
「これで終わりだ!!――――輝く一閃」
ダーマッドは大いなる激情を信康に向かって、横一文字に薙ぎ払った。
グスタフの取り巻き達を殲滅し、グスタフにも致命傷を与えた必殺技だ。『輝く一閃』が信康に向かって放たれた。
「・・・・・・ふっ」
信康はダーマッドが放った必殺技を見ても、余裕の笑みを崩さない。そのまま自身の得物を、両手で構える。
そんな信康を見て、ダーマッドは勝利を確信して笑みを浮かべる。
このまま、自身が放った『輝く一閃』が信康の得物諸共、信康の上半身と下半身が泣き別れになる未来が見えたからだ。
「馬鹿めっ!・・・・・・なぁっ!!?」
しかしその未来は、ダーマッドが都合良く妄想した蜃気楼の如き幻想に過ぎなかった。
信康に『輝く一閃』は真っ直ぐに放たれたが、その斬撃を愛刀で一振りした。
それだけで『輝く一閃』は、霧散して消滅した。
「残念だったな。自分の思い通りに行かないってのは、腹が立つものだろう?」
信康はそう言って、ダーマッドを嘲笑した。
「貴様・・・一体何者だっ?」
ダーマッドは警戒心を最大限にして、信康に訊ねた。
手負いとは言え、真紅騎士団十三騎将である自分を相手にして上回る実力。そんな一兵卒に過ぎない事実が、ダーマッドには不気味に見えたからだ。
「・・・ただの信康だよ。ただのな。現在いまはそれ以上でも、それ以下でも無い」
ダーマッドに訊ねられた信康は自嘲気味に、そして少し寂しげにそう答えた。
「・・・・・・ノブヤスと言ったな? この私から一つ、お前に提案がある・・・このままプヨなど捨てて、我々真紅騎士団の下へ来い」
「・・・何だとっ?」
信康はダーマッドの提案に、驚きの表情を浮かべている。
それ以上に驚いたのは、一騎打ちを見守っていた両陣営の兵士達だ。
信康の圧倒的な技量もそうだが、ダーマッドの提案にも驚いていた。特にダーマッド隊の隊員達の表情は、これでもかと言わんばかりに両眼を見開いている。
「お前程の男が一介の兵士に過ぎぬなど、無駄の極みだ。選ばれた者は、相応の待遇を得る権利がある。ノブヤスよ・・・お前も真紅騎士団に入団し、栄光をその手で掴むが良い」
ダーマッドはそう言って、信康をは真紅騎士団へ勧誘した。
勧誘された信康は、両眼を閉じて思案した。
それから、目を開けてダーマッドの方を見る。両陣営の兵士達は、固唾を呑んで見守った。
「答えは決まったか?」
「ああ、俺の返事はこれだ」
信康はそう言うと愛刀を鞘に収め、納刀したまま鞘を抜いて空中に円を描いた。
ダーマッドは何の心算だと言おうとした瞬間、信康が描いた円が黒く輝く。
「光栄に思え。こいつを使うのは、プヨに来てから、お前が初めてだ・・・・・・『幾千、幾万の白刃の海を越え、ただ、ただ、目に入る敵を斬り倒して幾星霜』」
これは何かを呼ぶ詠唱の様だ。
ダーマッドは何が起こっても、対応出来る様に身構える。
そうしている間も、信康の口から詠唱の言葉が紡ぐ。
「『魔に逢うては魔を斬る、神に逢うては神を斬る。斬魔斬神の理をもて、いざゆかん、修羅の道』」
円の中から、一式の甲冑が降りてきた。
その甲冑は、西洋世界で使われている物とは形が違った。
これは東洋世界でも、大和皇国と隣国の渤海でしか使用されていなかった。
「『この身は既に人喰らう鬼なり。餓えた腹を満たすが為に、血肉を求めて夜天に吠える』」
甲冑が信康の頭上の上で停まる。
周りに居る兵達も何が起こっているのか分からず、呆然としている。
「纏身。黒炎鬼之鎧」
甲冑がバラバラになって、信康の身体に装着された。
その甲冑は、大和皇国の甲冑であった。
赤い毛がついた兜、毛の先は白い。
肩当、篭手、手甲、胸板、脛当まで黒く塗装されていた。
所々、燃える炎を連想させる装飾が施されている。
頬当の口の所から、白い息が漏れる。
「これが俺の本気だ」
「・・・・・・やはりその得物は、魔宝武具だったのだな」
「その通り。魔甲剣の一種で、銘は鬼鎧の魔剣・・・こっち風に言えば鬼鎧の魔剣だ。等級は知らないが、多分、宝具級以上だと思っている。俺がこの姿を表した以上、お前の敗北は決定したも同然だ」
「ほざけ! 返り討ちにしてくれるわっ!! あの世で私の誘いを足蹴りにした事を、後悔するが良いっ!!!」
激昂したダーマッドが信康に斬り掛かり、二人は一騎打ちを再開した。
しかし、鬼鎧の魔剣の能力を開放した信康に、ダーマッドは終始押されていた。幾らダーマッドが鋭い剣撃を繰り出しても、これまで以上に簡単に剣撃を避けて反撃して来る。
お蔭で、ダーマッドの傷は増える一方だ。
(このままでは不味い、ならば)
ダーマッドはグスタフを葬った『輝く一閃』を再び放とうとした。
「させるかっっっ!!」
「何ぃ、ぎゃっああああああ!?」
一瞬の内に、ダーマッドの懐に飛び込む信康。
ダーマッドは右手を振り上げようとしていたので、防御が間に合わない。
信康は、その右腕を斬り落とした。
剣を持った右腕は、そのまま地面に落ちた。
信康は好機と見て猛攻をしかけた。
ダーマッドは短剣で防ごうとしたが、すべては防げなかった。
剣で防げなかった攻撃は鎧で受け止め、致命傷に至らせないのは流石だと言えた。
「ぐっ、おのれっっっ!」
「これで、最期だ!!」
信康は鬼鎧の魔剣を突き出して刺突をみまった。
短剣で、その一撃を受け止めようとしたが、刀身の長さが足りなかった。
ダーマッドの甲冑を貫ぬき、胸を貫いた。
「がはっ!・・・・無念・・・・・このわたしが・・・・・・こんなところで・・・・・」
「戦場でそんな事を言っていたら、切りが無いぜ。大人しく往生しろ」
止めを刺すべく、鬼鎧の魔剣を捻って傷口を広げる。
その瞬間にダーマッドは、再び血を吐いて何か言葉にならない何かを漏らした。
言葉になっていないので、誰も聞き留めた者は居なかった。
こうして、真紅騎士団十三騎将の一人、ダーマッド・マクラールこと『双剣』のダーマッドはその人生の幕を下ろした。
「『双剣』のダーマッドはこの信康が討ち取ったぞっっ!!」
その言葉と共に、傭兵部隊の面々は、勝鬨をあげた。
指揮官を失った真紅騎士団は士気が下がったが、其処へある人物が登場した。
「これは、どうした事だ。ダーマッド総隊長は如何した?」
ダーマッド隊の副隊長である、オズバーン・バンガードが近くに居る部隊員に聞く。
この者は御年四十代後半になるベテランの傭兵だ。
十三騎将とはいえまだ若いダーマッドに補佐役にと付けられた。
ダーマッドは戦術と剣術には文句は無いが、その性格から部下からあまり慕われていなかった。
代わりに人望がある副隊長のオズバーンが部隊を纏めていたのであった。この混戦状態でダーマッドとは離れ離れになり、離れた場所で指揮を執っていたのである。
「副長っ! そ、総隊長がっ! ダーマッド総隊長が戦死しました!!」
「総隊長が戦死されたのかっ・・・総員、全力でダーマッド総隊長のご遺体と大いなる激情を回収せよ!! 特に大いなる激情だけは、決して敵の手に渡してはならぬっ!!」
オズバーンの命令で、真紅騎士団は忠実に実行する。
ダーマッドの亡骸と大いなる激情を回収しようと、真紅騎士団の団員達が殺到する。
「あいつがダーマッド総隊長を討った男だっ。奴を生かして返せば、真紅騎士団の面目は丸潰れになるっ!! 討ち取って仇を取るぞ!」
『おうっ!!』
四方八方からダーマッド隊の隊員が、信康目掛けて向かってきた。
「はっ、もう戦は終わったというのにまだ向かって来るかっ。良いぜ、相手になってやるっっ!!」
信康は駆け出した。
ダーマッドと戦った後なので、疲労から動きに機敏さが減っていたが、それでも近づいて来た敵を斬り伏せた。
そんな作業を何度繰り返したか、分らなくなるくらい時が経った。
一度退いた鋼鉄槍兵団も、漸く陣列を整えて傭兵部隊の救援に来てくれた。
それを見た真紅騎士団は、自軍の死体や負傷者を出来るだけ回収して撤退した。
信康達に激しく抵抗されたが、ダーマッドの亡骸と大いなる激情の回収にも成功している。
ヘルムートは全身を血に染めながら遠ざかる、真紅騎士団を見送った。
姿が見えなくなると、自分の回りに生き残っている隊員達に告げた。
「俺達の勝利だっ!!」
『おおおおおおおおおおっっ?!』
傭兵部隊は一斉に勝鬨を上げた。信康も遅れて、右手を高く上げて勝鬨に加わった。




