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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第20話

 ルノワは傭兵部隊から離れて、真紅騎士団(クリムゾン・ナイツ)が居る場所から三キロ程離れた所に来ていた。


 狩猟神の指環(ハンターズ・リング)を使って、隠蔽(ハイディング)で透明になっており誰にも認知されては居ない。


 更に風魔法を使って移動速度を加速しているので、傭兵部隊から離れて数分しか経過していない。


「此処が一番良さそうね」


 その場所から、真紅騎士団の様子を窺がった。


 人間の目より遥かに優れている黒森人族(ダークエルフ)の目には、人質にされて泣きじゃくるアルネストの顔まで良く見える。


 信康とは大違いだと思いながら、アルネストを心中で嘲笑した。


自由なる乙女(シルフィード)よ。風を束ねし大精霊よ。形なき風を纏め我が弓とならん」


 人間語では無く森人族(エルフ)語でも無い、不思議な言葉を唱え出した。


 すると風が音を立てながら、ルノワの手に集まりだした。


 やがて、それは形をなし、緑色の弓へと姿を変えた。


 魔法と言うのは、この世界に現存する奇跡である。


 魔法とは本来特別な素質を持っている者が、厳しい修練を経て使い熟せる力だ。


 素質を持っている者は、十人中一~二ほど居れば良い。


 火、水、風、土、光、闇の六つの存在がある。


 使える魔法には相性がある。


 一つの属性しか使えない者も居れば、複数の属性を使える者もいる。


 だからと言って複数の属性が使えた方が良いとか、魔法はそんな単純な話では無い。


 確かに複数の属性が扱えれば、汎用性や利便性は高くなる。


 しかし、複数の弱い属性の魔法が使える魔法使いも居れば、一つの属性を極める魔法使いも居る。


 要は生まれ持った才能を、どの様に生かせるかはその魔法使い次第なのだ。


 そんな魔法だが、ルノワは風魔法が得意である。


 魔法で生み出された弓を構えた。すると矢が生まれた。


 ルノワは矢を番えて、弓弦を引いた。


 狙いを定める為、精神を集中した。


「・・・・・・・恨みは無いけど、これも我が主の為。逝きなさい」


 精神の集中を終えて詠唱を始めた。


「風よ、全てを穿て――――――疾風の矢弾(ウィンド・アロー)


 弓弦から離れて、疾風の矢弾が放たれた。


 その結果を見ずに、ルノワは直ぐにその場を離れ傭兵部隊に戻る。


「これで、あの方の思い通りに動く」


 ルノワは走りながら、確信をもって呟いた。




 ダーマッドは、プヨ王国軍の動きを注視し警戒しながらヘルムートの返事を待っていた。


「さて、もうそろそろ返事か来ても良いではないかっ?」


 ダーマッドはこの状況が始まって約十分経過したのを確認して、アルネストをどうするか考えていた。


(無能な敵は、無能な味方より有能で貴重だ。プヨにこの愚か者を帰す前に見せしめも兼ねて、こいつの耳を削いでおくか? そうすれば、こいつは傭兵共を逆恨みするに違いない。救出が遅れたから自分は耳を失ったのだとな)


 ダーマッドがそう考えながら、ニヤッと笑みを浮かべた瞬間だった。


 空から矢が降ってきて、捕まえているアルネストに当たった。


 頭に当たり、悲鳴をあげる事が出来ずにアルネストは息絶えた。


 逆に真紅騎士団の団員には、矢は掠りもしなかった。


 団員の一人が、アルネストの身体を揺すって生死を確かめた。


「ダッ、ダーマッド隊長っ! 駄目です。こいつ、死んでいますっ!?」


「な、何だとぉっ!? 何処から矢が放たれたっ!?」


 ダーマッドがそう叫ぶとアルネストの死体に刺さっている矢が、音を立てながら跡形も無く消滅した。


「これは魔法!? 敵に魔法を使える者が居たのかっ!?」


 ダーマッドは驚きを隠せなかった。


 対峙している傭兵部隊に、魔法を使える者は居ないとまでは考えていなかった。


 しかし、傭兵部隊に所属する魔法使い(ウィザード)など、その練度はたかが知れていると言う油断はあった。


 なので、此処まで精度の高い魔法を行使出来る魔法使いの存在が居るとは、一考もしていなかったのだ。


 アルネストと言う人質が死んだので、次に傭兵部隊がする動きは簡単に予想出来た。


「マズいッ!? 総員、隊列を整えろ!! 敵が来るぞ、急げっ!!?」


 ダーマッドの号令に従って、部隊は隊列を整えようとしていた。


 いきなり捕虜が死んだので、真紅騎士団も衝撃を隠せないらしく足並みが乱れている。


「これは一体っ!?」


 一方でヘルムートも、何が何だか分からなかった。リカルドに至っては口を開けたまま、唖然としていた。


 敵が捕虜にしている者が、突然攻撃を受けて死んだので訳が分からなかった。


 信康だけはルノワの貢献を察して、この結果に笑みを浮かべた。


 その笑みを直ぐに消して、ヘルムートに声を掛ける。


「総隊長、敵の足並みが乱れています。今こそ、総攻撃をする時です」


「ノブヤス。お前は捕虜になった者が死んで、何も思わないのか?」


「どうでも良いですな。戦場に出ている以上、死ぬか生き残るかの二つしかないのだから仕方がありません。そんな下らない事は良いから、早く総隊長も号令を掛けて下さい。まさか真紅騎士団の態勢が整うのを、待ってやる訳ありませんよね?」


「・・・・・・まぁ、その通りだな。リカルドッ! 何時までも呆けていないで、早く剣を構えろっ! 攻めるぞ」


「は、はい、分かりました」


 リカルドも衝撃が抜けないのか、ギクシャクしながら剣を構え出した。そんなリカルドを見て、信康は呆れた様子で溜息を吐いた。


「全隊、攻撃せよ!! 敵は卑劣にも捕虜にしていた者を虐殺した者共だっ! 殲滅しろっ!!」


 傭兵部隊は喊声をあげながら、真紅騎士団に向けて突撃した。


 傭兵部隊が突撃をしている中、信康はまだ動かなかった。


 その信康の背に、突然ルノワが現れた。


 地面に片膝をついて報告しだした。


「御期待に添えましたか?」


「ああ、素晴らしい働きだった」


 これで味方の士気があがり、敵よりも先手を取れた。


 更に人質に拘る必要も無くなり、最後には人材的にも害悪な無能者も排除出来たのだ。


 まさに一石四鳥と言える、多大な貢献に違いない。唯一口惜しい事と言えば、この功績を表沙汰に出来ない事だ。尤も、ルノワはそんな些末な事など気にしないだろうが。


「はっ、恐悦の至りです」


「さて、俺達も行くかっ」


「お供します」


 信康は得物を構えて、先に行ったヘルムート達の後を追い駆けた。ルノワも立ち上がり、信康の背中を守りながら駆けた。


 信康達が着いた時には、敵と味方が入り乱れた乱戦であった。


 真紅騎士団は隊列を組み直しが終わらず、その傭兵部隊の突撃をまともに受けたので混乱したが、ダーマッドの指揮で真紅騎士団は次第に落ち着きを取り戻し、騎馬隊の機動力を生かして傭兵部隊を翻弄した。


 兵数は真紅騎士団が多いので、次第に圧倒された。それでも傭兵部隊が瓦解しないのは、傭兵部隊総隊長であるヘルムートの人望と力のおかげだろう。


 そんな中に信康達は目に、入る敵兵を片っ端から斬っていた。


「これは拙いな。このままだと、兵数で劣るこちらが先に全滅する」


 敵兵を斬りながら、ルノワに話し掛ける。


「そうですね。これでは全滅も時間の問題でしょう」


 信康の背を守りながら答えた。


「こんな時は、敵将を倒すのが最善策だ。しかしその肝心のダーマッドが見つからないな。何処に行った?」


「このような乱戦では、見つけるのも難しいです」


 ふと、信康の目にジーンの姿を認めた。彼女は敵兵五人を相手にしていた。


 敵の得物が槍で五人相手では、篭手を得物にしているジーンでは分が悪い。


「あれは、ジーンだっ! 助けるぞ!!」


「はいっ!」


 信康達はジーンが戦っているほうに駈け出した。


「ジーン!」


 囲んでいる敵を蹴散らしながら、ジーンの側にたどりついた。


「おお、ノブヤスか。それにルノワも無事だったんだな」


「何とか、お前も無事で良かった」


 互いの背中を守りながら、敵を討ち倒した。


「戦況はこっちが押されているな。数はこっちが少ないから」


「早い所、敵将を討ち取りたいところですね」


「ジーン、ダーマッドは見なかったか?」


「見ていたら、俺が戦っているよっ! 俺じゃ何処に居るのか分からないぞ!」


 それを聞いて唇を噛み締めていると、向こうから歓声が聞こえてきた。


「あっちが騒がしいな」


「戦場で歓声なんて限られている。あっちに行くぞ!」


 信康は歓声が上がった方に向かった。


「ノブヤス様、お待ち下さい!? くっ!? 退きなさい、貴様等っ!!?」


「おい、待て。ノブヤス!」


 ルノワ達は信康の後を追おうとしたが、敵兵に阻まれて付いて行くことが出来なかった。


 当の本人は駆けている。


 その先に何があるか知っているかの様に。




 信康達が戦場に来る少し前の事だ。


『鬼熊』ことグスタフ・ジャーメインは自分の取り巻きに背中を守らせながら、得物である大剣クレイモアを血に染めていた。


「おらっっ!」


「ぎゃっあああ!?」


 悲鳴をあげながら、敵は事切れた。


「如何した!? 真紅騎士団は雑兵の集まりか? こんなじゃあ話にならないぜっ!!」


 気勢をあげながら、グスタフは敵を睨みつけた。


 それを受けて、敵は及び腰であった。


「流石はグスタフの兄貴だ! 兄貴の前じゃあ敵も形無しだ」


 取り巻きが、グスタフの武勇に世辞を言っている。


「ふん。貴様等がそんな及び腰では、何の役に立たん。邪魔だ、失せろ」


 兵達の後ろから、声をかけた者が居た。馬から降りたダーマッドだ。


「ああん!? お前は確か、敵将のダーマッドだったな!」


「気安く私の名前を呼ぶな。泥臭い犬風情がっ!」


「犬だと!? じゃあてめえは何だ? 蛇か?」


「私は犬でも蛇でもない。貴様らとは全て違うのだから」


 言いながら、髪を手で払っている。


 グスタフにはその様が、嫌味たらしく見えた。


「此処でてめえを討てば、褒美がたんまりと貰えるっ。ついでにあのノブヤス(クソガキ)の鼻も明かせらぁっ!! 覚悟しやがれっ!!」


 大剣(クレイモア)を構えたグスタフ。


「ふっ、私を討ち取る心算か? 貴様では無理だ。止めておけ」


 鼻で笑いながら、目で相手にならないと言っていた。


「その態度が何処まで持つか、見せて貰うぜ!!」


 グスタフは言葉と同時に、大剣を振るってダーマッドに襲い掛かった。


 その攻撃を寸前の所で見切ったダーマッドは、鞘に納めていた長剣と短剣を抜きグスタフの胴に鋭い一撃を加えた。


 金属的な破壊音がした。


 グスタフの鎧から火花が飛び散った、グスタフは小さく呻き声をあげた。


 ダーマッドの一撃は、グスタフの胴を掠った。


 だが身体まで届いたかは、分からなかった。


「やるなっ! だが、まだ始まったばかりだっ」


 グスタフは渾身の一撃を振るう。ダーマッドはその攻撃を避けた。


 両者の武器が刃鳴りを響かせ、火花を散らせて激突を繰り返した。


 それを見ている両軍の兵。誰も目を反らさなかった。


 百合近く打ち合ったが、主にグスタフの攻勢が続いた。


 ダーマッドは長剣で防いでいた時折、隙を見つけては短剣で斬撃を浴びせる。グスタフの体中に赤い筋が幾つかあった。


 ダーマッドは守勢であったが、グスタフに打たせるだけ打たせて疲れた所を反撃に出ようと図っている。だが、グスタフは疲れる様子が無かった。


「どうしたどうした! 守ってばかりじゃあ俺には勝てないぜっ!?」


 グスタフは更に凄まじい連打にうって出た。


「ちいっ、何て奴だっ。それだけ傷付きながら、こんなに攻撃が出来るとはっ」


「あの世への土産に俺の二つ名を教えてやる。『鬼熊』とは何を隠そう俺の事だ!」


「貴様がそうかっ! 熊の様に獰猛でしぶとい奴だと聞いていたが、本当であったな」


「はっははは、真紅騎士団にも俺の名前が轟いているとは。嬉しいねっ」


 二人は刃を交えながら話していた。


「ふん。ならば話が違って来る。つまり私がお前を討てば、私の名もまた一層広まるという訳だ」


「そんな事を言えるとは、大したタマを持っているみたいだな。だがそう言う事は、俺を倒してから言いな!」


 とグスタフは言ったものの、今まで猛打を加えて来たが一向にダーマッドの守りが崩れない事に驚いていた。


(何て野郎だ、このままじゃあジリ貧だぜ)


 そう思っていたら、ダーマッドは長剣を横に振ろうとしていた。


「光栄に思えっ、私の魔宝武具(マギ・ウェポン)の力を見る事が出来る幸運をっ!!」


「はっ! そんな幸運は、こっちから願い下げだ!」


 その一撃を防ごうと、大剣で受け止めようとした。


 するとパキンという音を立てながら、大剣が真っ二つになった。


 グスタフも腹が横一文字に切り裂かれた。


「がはっ!?」


 斬られる瞬間後ろに飛んで、被害を最小限にした。


「ふん、とっさに後ろに飛んで攻撃を避けようとしたか。だが、その傷は致命傷だな」


 横に切り裂かれた腹から血が大量に出ていた。


 傷口を手で押さえても血は止まらなかった。


「これが我が宝具級魔宝武具パオグクラスマギ・ウェポン大いなる激情(モラルタ)の力だ」


「防いだと思ったのに、剣ごと斬られるなんて有りえないだろう!?」


「間抜けめが。通常ただの武具が魔宝武具と打ち合って、勝てる筈が無いであろう! 何より我が大いなる激情は、魔力を込める事であらゆる物質を斬り裂く能力を持っている。貴様如きが持っている大剣(ナマクラ)なぞ、叩き斬るのは造作も無いわっ!!」


 ダーマッドは大いなる激情を自慢しながら、グスタフに能力を教えた。


「さて、その傷では長くは無いだろう。せめてもの情けだ、さっさと死ね」


 大いなる激情を振り被り、ダーマッドはグスタフを斬ろうとした。


「兄貴、今助けるぜっ!」


 取り巻き達が自分の兄貴分を助けようと、ダーマッドに襲い掛かった。


「雑魚共がっ、私の邪魔をするなぁっ!?」


 ダーマッドは妨害されそうになって、怒りから大いなる激情を横に薙ぎ払った。


「斬り裂け―――輝く一閃(フィオナ・スラシュ)


『ぎゃあああああっ!!!?』


 取り巻き達は全員悲鳴をあげながら、同時に真っ二つになって絶命した。


「お前等っ!? ちくしょうっ、てめえ、よくも俺の弟分達を!」


「弱いから死んだのだ。それに心配するな。貴様も後を追わせてやる」


 ダ―マットは冷たい笑みを浮かべつつ、剣を振りかぶった瞬間。


「舐めるな! このグスタフ様を誰だと思っていやがるっ!?」


 左手で傷口を抑えながら、右手で折れた大剣の剣柄を投げた。


 意表を突かれた様で、ダーマッドは防ぐことが出来ずに身体を逸らして躱した。


 その隙を狙って、グスタフは落ちていた大剣の刀身で刺そうとしていた。


 大剣の刃で掴んでいる右手の掌が傷付き流血するが、グスタフは痛みを気にせずその大剣の刃でダーマッドを刺そうとした。


 大剣の刃を突き出そうとした時、槍がグスタフの身体を貫通していた。


 グスタフは口から血を吐きだしながら振り返ると、敵兵の槍で背中を貫いていた。


 其処で漸く自分は、槍に突かれたのだと分かった。


「総隊長、ご無事ですか!?」


「ああ、大事ない」


 グスタフはダーマッドの顔を、睨み殺しそうな目で見た。


「ち、ちくしょうっ!」


「あの世で、私の活躍を見ているが良い。死んだ子分共と仲良くな」


 ダーマッドは大いなる激情を、グスタフに振り下ろした。


 右肩から袈裟に斬られ、グスタフの身体は前のめりに倒れた。


「ふ・・・中々の腕であったが、私の相手では無いな」


 血糊に濡れた大いなる激情を一振りして、血を落とした。


 少し遅れて、味方が歓声をあげた。


 逆に傭兵部隊の士気が下がった。


「さあ、次の相手は誰だ! 受けて立とうぞ!!」


 このままでは傭兵部隊の壊滅も、時間の問題と思われた。


 そんな時に信康は現れた。


「漸く見つけたぞ。あんたがダーマッドだな?」


「その通りだ。ほう、東洋人の傭兵とは珍しいな」


「俺の名は信康。十三騎将、『双剣』のダーマッド・マックラール。勝負だっ!」


「面白い、受けて立とうではないかっ!」


「行くぞっっ!!」


 信康はダーマッドに斬り掛かった。

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