第213話
(さて・・・この人は、どうするのかしらね?)
マリーアは自分が言い出した要望に応えようと思案する、信康を静かに見詰めていた。
自分が出した問いにどう答えるのか、楽しんでいるみたいに見える。
顔だけ見たらそうであろうが、それは演技だった。そもそもマリーアの心中では、信康が出す結論は決まっていた。内心ではどうせ信康も今日まで同様の試しを行った男性達と、同様の結論を出すだろうと思っていたのだ。
一室で男性が二人きりの美女を満足させる、となるとある事を連想しがちになる。
それは性交だ。
事実としてこの試しに答えた男性達は全員、マリーアの身体を求めた。
その度にマリーアは落胆して、自身が持つ魔眼で魅了した。そして自分には一切逆らえない様にして、利用出来るだけ利用してから口封じに始末していた。
最初こそ自分が予想する答えとは異なる答えを出してくれる事を、マリーアは男性に期待していた。しかし誰もそうとはならず、マリーアは何時からか落胆すらしなくなった。
(このノブヤスという人が何時もの答えを出したら、何時もの手で操れば良いわ)
マリーアは脳内で、そう結論づけた。
「・・・・・・よし」
信康は頷いた。
それを見て、マリーアは自分の問いに答えが出来たと見る。
「どう? 答えは出た?」
「ああ、出たぞ」
信康はそう言うので、マリーアは寝台に腰掛ける。
これはマリーアからの何時でも性交が出来るぞ、という意思表示だ。尤も、ただの見せ掛けに過ぎないのだが。
今日まで試して来た男性達と同様に、信康が襲い掛かって着たらマリーアは得意の魔法で言う事を聞かせる心算だ。
「隣に座らせて貰うぞ?」
信康はそう尋ねると、マリーアは頷いた。
許可を得た信康はマリーアの隣に座り、マリーアの目を見る。
「お前って、魔女族ウィッチなんだよな?」
「ええ、そうよ」
「俺の知り合いにも魔女族ウィッチは居るが、やはり不老長寿なんだな。フランクス王国の謀略に関与しているなら、見た目通りの年齢では無いだろう?」
「そうよ。十七歳から先は数えてないわ」
「やはり長生きだな。他に知り合いの魔女族ウィッチは居るか?」
「居ると言えば、まぁ居るわね」
「そうか。因みにマリーは、どう言う系統の魔女族なんだ?」
「あたしは神殿娼婦の血筋だから、特に系統と言えるものは無いわね。魔法そのものは、全般得意よ」
「神殿娼婦? またあまり聞かない単語を、久しぶりに聞いたな」
信康は神殿娼婦の単語を聞いて、懐かしそうな顔をした。
「クスクス。物知りなのね。大昔の神殿には、売春をすること自体が神聖な儀式と考えられた時代があったわ。子作りの面だけ見れば、確かに神聖かもね。簡単に言えば、神殿でセックスを行う為の娼婦よ。尤もその娼婦は、魔法を使う事が出来る者だけにしかなれないのだけどね」
「話だけ聞いていると、やはり歩き巫女と似た様な者だよな」
「何よ? そのアルキミコって?」
「神殿娼婦みたいに身体を売って、託宣やら祈祷したりする巫女・・・って言われたら分かり辛いか。簡単に言えば、精霊術師だ」
「へぇ。ノブヤスさんの故郷には、そんな人達が居るのね」
「まぁな」
厳密に言えば違うが、似た様な同業者だと思う事にした信康。
「系統らしい系統は無いと言っているが、お前の魔法は瞳術系統なのか?」
「そうね。最初に言った様に魔法は殆ど全般を教わっているけど、一番得意なのは瞳術よ」
「どんな術なんだ?」
「そうね。あまり教えたくないのだけど、特別に教えてあげるわ。あたしが一番使っているのは魅了よ」
「魅了? その魔法って、別に瞳術で使う魔法じゃないよな?」
「ええ、その認識で間違っていないわ。ただ普通の魅了よりも、かなり強力なのよ。単純に普通の魅了の、上位互換と考えてくれたら良いわ。余程の魔法抵抗力が無かったら、直ぐに掛かって相手をあたしの操り人形に変えられて便利なのよ」
「成程な。それは凄いな」
異名が知れ渡るだけの功績を上げられた絡繰は、マリーアの魔眼かと思う信康。
魔眼を見せただけで、生物であれば何でも魅了出来る洗脳魔法。
信康は素直に、凄いとしか言えない。
「だとしたら、今は俺に使っているのか? と言うか、言って良かったのか?」
「別に良いわよ。それはそうと、どう思う?」
マリーアは答えず、はぐらかすように言う。
「ふむ。だから、これが主張しているのか?」
信康は自身の股間を見た。
其処には、自分の逸物が天を突かんばかりに立っていた。
「さ、さぁ、どうかしら・・・・・・」
マリーアは苦笑する。
魅了を使っていないのに、逸物を立たせているのには驚きであった。
因みにマリーアが瞳術を使うと、目の色が変わる。
今は薄水色の瞳だが瞳術を使うと、琥珀色の瞳になる。
「冗談だ。俺の愚息は、良い女を見ると大きくなるんだ」
信康は苦笑した。
マリーアも釣られて笑う。
「他には、どんな術があるんだ?」
「う~ん。他にも色々とあるけど・・・機密事項よ♥」
「其処を何とか」
信康は拝み倒した。
「う~ん。でもね」
マリーアは困った顔をした。
自分の商売道具なので、あまり知られては困る。だから信康に話すのを、マリーアは躊躇う。
「ふっ。冗談だ。言いたくない事を、無理して聞く事はしない。商売道具だものな。言いたくないのは当然だ」
「ふっふふ。分かってくれてありがとう。それと、ごめんなさいね」
「まぁ、良いさ。じゃあ、そろそろ答えないとな」
信康は右手を、マリーアにゆっくりと伸ばした。
(・・・やっぱりこの男も、あたしの予想通りの行動を取るのね)
マリーアは内心でそう思い、魅了チャームを発動させようとした。
しかしそれは叶わず信康の右手がマリーアの頭に乗ると、優しく横に倒されて信康の膝の上にマリーアの頭が乗った。
所謂、膝枕というものだ。
普通は女性の膝に男性の頭が乗るものであるが、今回は逆であった。
「え、えっと・・・・・・何、これ?」
「膝枕と言う奴だ」
「それは知っているわ。でも、普通は女性の膝に男性の頭を乗せるのものでしょう?」
「普通はそうかもな。だが、今回は違う。でも別に良いんじゃないのか?」
「そ、そうかしら?」
「良いんだよ。難しく考えるな」
信康はマリーアの頭を撫でる。
エルドラズ島大監獄で生活しているとは思えない程、痛みも無くパサつきも無い美髪であった。オリガから整髪料など、きちんと取り寄せて整えているのだろうなと信康は思った。
信康はその髪を撫でると言うよりも、髪を梳く様な動きでマリーアの美髪の感触を楽しむ。
「あら、意外に良いわね」
意外にも気持ち良いので、驚くマリーア。
「俺の気分もあるが、手櫛で勘弁してくれ」
「別に良いわ。別に・・・・・・」
マリーアは髪を梳かれて気持ち良いのか、そのままウトウトとし始めた。
「このまま少し、眠ったらどうだ?」
「でも」
「良いから、良いから。眠っている間に、悪戯はしない。安心して眠れ」
「・・・そう。じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、マリーアは眠りに就いた。
信康は眠るマリーアを。ただ只管優しく頭を撫で続けた。




