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信康放浪記  作者: 雪国竜
第二章

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第206話

 エルドラズ島大監獄 地下三階Dフロア。


 其処にあると独居房の一つにて三つ星(トゥリー・スヴェズダ)の一人であり、シイと共にオリガの命令で裏稼業の仕事をしていたアナテイが部屋にある寝台で横になっていた。


 天井を向いても崩れない、巨大なのに柔らかそうな胸。しなやかなのに、くびれた腰と尻。


 ツリ目で綺麗な顔立ち。白銀色の髪を腰まで伸ばしている。


「此処最近仕事が無いから、シイ達がどうなっているか知らないけど・・・二人共、無事かしら?」


 アテナイは天井を見ながら呟く。


 エルドラズ島大監獄に投獄されてからは、偶にしか寄こされる仕事をする時しか三つ星(トゥリー・スヴェズダ)として一緒に居る事が出来なくなった。


 これもこのエルドラズ島大監獄に投獄される原因となった、プヨ王国軍の銃士達が悪いと思っている。


 三つ星(トゥリー・スヴェズダ)は本来三人の故郷であるロマノフ帝国で仕事をしていたが、ある仕事の際に依頼人に裏切られて国外逃亡する羽目となった。


 逃亡の際にその裏切った依頼人は殺害出来たので、少しは溜飲が下がったのが不幸中の幸いであった。


 その後は欧州を転々としながら、沢山の依頼を受けた。


 暗殺から護衛の仕事まで、多数あった。


 あまり知られていないがアテナイ達三つ星(トゥリー・スヴェズダ)の三人は別に暗殺専門の殺し屋という訳ではなく、護衛の仕事も出来る武術の達人なのだ。


 三つ星(トゥリー・スヴェズダ)は流れ流れて、このプヨ王国にまで流れて来た。


 プヨ王国でも仕事を何度も熟す事で、三人の腕は評価されて遂には大仕事を任された。


 そして、その大仕事で捕まった。


 正確に言えば、仕事自体は成功したのだ。


 その仕事は暗殺であった。三人が標的を殺せた事で、気を抜いて油断してしまったのが原因だ。


 何処で手に入れたか知らないが四銃士はアテナイ達の逃亡経路を、何故か事前に掴んでおり其処で待ち伏せをしていた。


 今思えば成功報酬の支払いを渋った依頼人が、第三者を装って銃士部隊に通報したとしか思えなかった。それだけこの大仕事は、秘密裏に進行していたのだから知っている関係者は限られていた。


 三つ星(トゥリー・スヴェズダ)は事前に銃士部隊が仕掛けた罠に嵌められて、本来の実力も発揮する暇も無く抵抗する事が出来ずにあっけなく捕まり、エルドラズ島大監獄に投獄される事となった。


 それからはオリガの命令で、仕事の経験を活かした汚れ仕事をさせられている。


 アテナイにとって暗殺稼業など、飽くまで生きて行く為の仕事としか思っていなかった。


 そして無報酬で汚れ仕事をさせられて、鬱憤が溜まっていた。


 しかしその鬱憤を解消する方法は、何一つ持っていないアテナイ。


 これで三つ星(トゥリー・スヴェズダ)の他の二人と一緒に過ごして雑談でも出来れば、それだけで気が紛れるのだが独居房で隔離されている事からそれは叶わない。


 それによりアテナイの苛立ちは、蓄積する一方であった。


 アテナイがそう苛立っている所で、ゴゴゴゴっという音を立てて壁が上がって行く。


「・・・・・・また、仕事かしら?」


 アテナイは呟く。


 壁が上がっていくのは、仕事を申し付けられる時以外は食事を運ぶ時だ。


 しかし先程、食事を取ったばかりだ。であれば、仕事であろう。


 アテナイはせめてこの鬱憤を仕事で晴らそうと思い、仕事を伝える刑務官を待った。


 しかしどれだけ待っても、刑務官が独居房へ入って来る気配が無い。


「うん?」


 流石におかしいと思い寝台から立ち上がり、部屋からそっと顔を出すアテナイ。


 そしてアテナイは驚いた。


「誰も、居ない?」


 壁が開いたのに刑務官が居ない、と言う異常な事態にアテナイは考える。


(これは、この壁の機能が故障したのかしら?)


 そう思えば、決して変では無かった。


 しかし一つの想定外が起きたからと言ってこれを機に脱獄しようと考える程、アテナイの思慮は浅くない。


「脱獄しようにも、この手錠があったらどっちにしても捕まるのだから出来ないわね」


 であればこのまま逃げずに、刑務官が来るまで大人しく待つ事にした。


 こんな異常事態となったのだ。対して時間が経たない内に、刑務官が来るだろう。


 其処で隙を見つけて取り押さえ、この手錠を解除して貰って他の二人を解放して脱獄すれば良い。


 そう考えたアテナイは、静かに刑務官を待つ事とした。



 待つ事、数分。



 そうして待っていると、シギュンがやって来た。


「故障した事で逃げ出すと思っていましたが、居るとは思いませんでした」


「はん。逃げようにも、これがあったら逃げる事も出来ないわ」


 アテナイは魔法道具である、手錠を見せながら言う。


「結構」


 シギュンはアテナイの独居房に入り込み、壁を観察する。


「あんた以外の看守は?」


三つ星(トゥリー・スヴェズダ)の実力を、見縊る心算はありません。その様な実力者でしたら無駄に人数を連れて行くよりも、副所長の私が単独で行くべきだと判断しました」


「ふ~ん。そうなの」


 アテナイはシギュンと話しながら、少しづつ距離を詰める。


 そして後十歩という所で、アテナイはシギュンに飛び掛かる。


「きゃっ!?」


 襲われて悲鳴をあげるシギュン。


「騒がないでっ!」


 アテナイはシギュンの首を絞める。


 それほど力は込めていないみたいだが、何時でも絞め殺せる事は出来ると理解は出来る。


「わ、私をどうするんですか?」


「取り敢えず、この手錠を外してくれる?」


 シギュンは言われた通りに手錠を外した。


 手錠は床に落ちると、アテナイは手首を軽く動かす。


「よし、じゃあ、次は別室に居る仲間を解放して貰うわよ。逆らうなら」


 アテナイは力を込める。


「わ、分かりました。では、一番近くのクリスナーアが居る独房(へや)まで案内します」


「そう」


 アテナイはシギュンの首を絞めたまま歩き出す。



 アテナイが居た独居房を出て少し歩き、クリスナーアの独居房の前に着いた。


「じゃあ、お願いね」


 アテナイはシギュンにそう言うと、シギュンは壁に手を置き魔力を流し込む。


 すると、壁が上がって行く。


 アテナイはシギュンの首を絞めながらなので、少し歩きずらそうにしながら独居房の前まで歩く。


「クリス、居るの?」


「その声、アテナか?」


 アテナイの声を聞いて、クリスナーアは寝台から立ち上がる。


 蛇の様な裂け目。綺麗な顔立ち。薄い赤い色の瞳。薄緑混じりの銀髪。


 スレンダー寄りな体型で胸も小さく見えるが、それはアテナイもシイも大きな胸を持って居るので小さく見える印象を覚えがちなだけに過ぎない。


「お前、どうやって此処に?」


独房(へや)の壁が故障したから、修理に来た看守を捕まえたわ。ほら、手錠も外させたわよ」


 アテナイは手錠をはめられた手を見せる。


「・・・・・・そうか。じゃあ、私の手錠も外してもらおうか」


 クリスナーアは手錠をつけられた手を、シギュンに見せる。


 シギュンは大人しく、手錠を外した。


「ふん、これで自由になったな」


「じゃあ、次はシイの下に・・・」


「待て」


 アテナイはシイの独居房に行こうと言ったら、クリスナーアが止めた。


「どうかしたの?」


「久しぶりに身体を動かせるからな、能力(・・)がちゃんと使えるか試したい」


「あのね。また悪趣味な事をするの?」


「良いだろう。さて、では早速」


 クリスナーアはゆっくりと、手をシギュンの胸へと伸ばす。


 あと少しで胸に触れると言う所で、突然体勢を崩す。


「な、なんだ!?」


 クリスナーアは足元を見ると、黒い液体の様な物体が自分を沈めていた。


「これはっ!?」


「クリスっ、なっ!?」


 アテナイはシギュンを突き飛ばして手を伸ばしたが、自分の足元にもその液体がある事に気付いた。


 そして二人はそのまま、液体の中に沈んでいった。


 突き飛ばされたシギュンは立ち上がる。


 するとその黒い液体が、ある程度の大きさになった。


 よく見ると、その液体はシキブであった。


「ふぅ、あの方の言う通りになりましたね。これで二人を無事に確保出来ました。ありがとう、シキブ」


 シギュンはシキブにお礼を言う。


 シキブは「どういたしまして」と言っているかの様に、身体を上下に動かす。そんな愛嬌のあるシキブの動きを見て、自然とシギュンは笑みを零した。


「じゃあ、戻りましょうか」


 シギュンがそう言って、シイの独居房へと向かった。シキブもその後に続いた。

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