第203話
ラグンが居た独居房を出た信康達は、最初に堕とすと決めた獲物の所に向かう。
部屋を出て、少し歩くとその目的の独居房の前に着いた。
「此処か」
「ええ、そうです」
信康は独居房の前に着き呟くと、シギュンはその呟きに返答した。
独白だったのだが、返答が来ると思わなかったので苦笑する信康。
「此処にあのオルデ・・・オルディア・ド・ユンシャントが居るのか」
シギュンの話を聞いて、信康は驚いた事がある。
何故ならこのエルドラズ島大監獄に手違いで投獄され、現在は料理長としてオリガに雇用されている女性の正体を知っていた。
そのオルディアこそ嘗ては同じ傭兵団に所属していた、信康の戦友の一人だったからだ。
ガリア連合王国にある一国の貴族階級で、しかも大名門の出身であった。そんな出自からかブラスタグスやカインと同様に、ガリア連合王国での王侯貴族や騎士の称号であるドがミドルネームに付いている。
しかし出身がガリア連合王国である事しか、オルディアは覚えていなかった。
ガリア連合王国に所属する肝心の祖国に関しては本人も忘れており、現在はその祖国が存続しているのか滅亡しているのかすら定かではないと言う。その経緯を考えると、興味が無い事には一切関心を抱かない性格をしている事が良く分かると言うものだ。
「じゃあ、入るとするか」
「分かりました」
シギュンが壁に手を当てて、魔力を流し込む。
すると、壁が上がって行く。
今度は信康だけ入る。シギュンは外で警戒して貰う。
万が一刑務官が来たら、シギュンが窓を叩いて信康に教えてくれる手筈となっている。その場合は、直ぐに独居房にシギュンが入室して信康と共にシキブの体内に避難して難事を避ける予定だ。
壁が上がり、道が出来ると信康は独居房の中に入った。
そして独居房の室内を見る。
この独居房も当然ながらラグンが居る独居房と同様に、空間魔法で室内を拡張しているみたいだった。
広くしているが、オルディアは直ぐに見つかった。
オルディアは独居房にある寝台に、腰掛けていた。オルディアは入って来た信康を見て、大きな目更に大きく開かれていた。
「久しぶりだな。シギュンから事前に聞いてはいるが、こんな監獄で再会するとは思ってもいなかったぞ。オルデよ」
信康はオルディアの事を愛称で呼びながら、オルディアをじっくりと見た。
ハニーブロンドの髪を右の側頭部の所で結ぶサイドテール。
二重瞼で、緑色の瞳。着ているのは囚人服だが、肉付きが乏しい体付きなので美女では無く、美少女と言う言葉が相応しい容姿をしていた。その幼い容姿だけでは、とても信康よりも年上には見えなかった。
「あれ? ノブッチ? どうして、エルドラズに居るんだし?」
「理由を聞きたいか?」
「まーた面倒事にでも巻き込まれたッスか? 経緯の説明なら、簡潔にお願いするんだし」
オルディアが語尾に「だし」と「ッス」をつけるのは変わらないなと懐かしく思いつつ、信康は簡潔に投獄された経緯を話し始めた。
「プヨに雇われていたけど、馬鹿貴族に濡れ衣着せられてエルドラズに来たんだよ」
「成程。よーく分かったッス。ノブッチの事だからてっきり、女絡みで入ったんだと思ったし」
オルディアの鋭い返答を聞いて、信康は苦笑した。
相変わらず勘が良い奴だと思いながら、信康は表情には出さなかった。
「ねぇ、ノブッチ」
「なんだ?」
「あ~しに何か用があって、あ~しに会いに来たんだし?」
「何だ? 単にお前が居るから、俺が会いに来たと思わないのか?」
「それもあるかもだけど、絶対にノブッチの本命じゃないッス。それなりに長い付き合いだから、ノブッチの性格はお見通しなのだし。だからノブッチが何か用があって、あ~しに会いに来たのは分かるんだし」
やはり語尾が変な口調だとは思うのだが、良く自分の事を良く分かっているなと思う信康。
「話が早くて助かる。実はな。エルドラズを掌握しようと思ってな」
「ふ~ん。具体的には、何をするっス?」
「お前、看守の食事も作ってるんだろう?」
「そうッスよ」
「決行前に睡眠薬を渡すから、食事に混ぜろ」
「それで脱獄する心算だし?」
「俺が本気で、そんな馬鹿な真似をすると思うか?」
「いいや、微塵も思ってもいないッス。ノブッチだったら看守が全員眠っている隙に、この大監獄を占領しそうだし・・・あー職員は女しか居ないから、もしかしなくても全員、自分のモンにする心算ッスか?」
「相変わらず勘が良いな」
「じゃあ」
「ああ。エルドラズは、俺の別荘にしようと思うんだ」
信康の目論見を聞いて、オルディアは苦笑した。
「相変わらず、ぶっ飛んだ発想なんだし。監獄を別荘にしようだなんて、ノブッチしか考えないッスよ。・・・了解したんだし。面白そうだからあ~しも、ノブッチの計画に協力するッス」
オルディアは快く、信康のエルドラズ島大監獄制圧計画に協力する事を承諾した。
「オルデなら、そう言ってくれると思ったよ。じゃあ、また後でな。お前にはそれだけ、告げに来ただけだから」
信康はオルディアに其処まで言うと、独居房を退室するべくオルディアに背中を向けた。
「何処に行くッス?」
オルディアにそう尋ねられた信康は、別に協力者であるオルディアに隠す事でもないと思い背中を向けたまま話し始めた。
「大監獄を占領する前に、味方を一人でも多く増やしておこうと思ってな。だから手始めに、このDフロアの受刑者を全員味方に付けようと思っている。俺達はお前に続けて、これから別室の受刑者に声を掛けに行くんだよ」
信康は笑みを浮かべながら、楽しそうに言う。
その笑みを見て、オルディアは理解した。
「・・・ああ、そう言う事なら・・・あ~しも付いて行って良いんだし?」
「お前も?」
「食事を作るまで、暇なんだし。良くないッスか?」
「・・・まぁ、良いか」
オルディアを連れて行けば、色々と楽しめると思い信康は連れて行く事にした。




