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信康放浪記  作者: 雪国竜
第二章

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第202話

真紅騎士団(クリムゾン・ナイツ)の幹部を討ち取った噂の傭兵とは、貴方の事でしたか。しかし三流貴族に嵌められて監獄送りになるとは、災難でしたね」


 ラグンは信康の話を聞いて、感心しながらも同情していた。


 ラグンは信康の事が興味深いのか、頭の天辺から足の爪先まで視線を上下させていた。


「ありがとうさん」


 信康はその言葉を軽く流しながら、気になった事を尋ねた。


「それで、お前はどうして此処に居るんだ? 犯罪者として収監された訳でも無いのだろう?」


 どうしてエルドラズ島大監獄に、信康はラグンが居るという疑問を聞く。


 何せラグンは囚人服では無く、通常の平服であった。


 受刑者ではない者が、エルドラズ島大監獄に此処に居るのか不思議であった。


「ああ、それはですね」


 ラグンは少し言い辛そうにしていたが、話す事にした。


「恥ずかしい話なのですが、妻と少々揉めまして」


「「はぁ?」」


 信康とシギュンは、意味が分からないという顔をした。


 揉めたからと言って、どうしてエルドラズ島大監獄に居るんだと思っていると、ラグンが事情を自分から話し始めた。


「その、何と言いますか。他の女性と少し親しくしていたたけなのに、妻が浮気だと勘違いして大いに騒ぎまして」


「はい?」


「熱りが冷めるまで身を隠す所探していたら、オリガに条件付きでこのエルドラズに入れてくれたのです」


「「はぁ」」


 話を聞いていた信康は納得しつつも、少しばかり呆れていた。一方のシギュンは何を勝手な事をしているんだとオリガの方に呆れていた。


 ラグンの話を聞いて思ったのは浮気をして喧嘩をしたので、妻の怒りが冷めるまでエルドラズ島大監獄に隠れる事にしたと言っているのだ。こんな話を聞かされれば、呆れるのが普通だと思った。


「話は分かったが、どんな伝手を使ったんだ?」


「オリガの父君は、私の直属の上司でしてね。父の代から付き合いがあって、その縁で入れさせて貰いました」


「成程。それで、その条件と言うのは?」


「これですよ」


 ラグンは一枚の紙を見せた。


「これは?」


「こいつは魔符・・・だよな? もしかして、ラグンは符術士なのか?」


 符術士とは、魔法を魔符に付与して製作する専門家の魔法使い(ウィザード)の事を言う。


 魔符に魔法を付与する事は制作方法を知っていれば、魔法を扱える者ならば誰でも制作が可能だ。しかし符術士の魔符は、一介の魔法使い(ウィザード)と比較するのも烏滸がましい程の性能差があるのだ。


 そんな話をしていたルノワの事を思い出して、懐かしむ信康。今日まで出会った真面な符術士ともなると、占い師のシエラザード以来であった。


「東洋圏だと一般的だったが、西洋圏だと驚くほど少ない事に驚いていた。プヨに来てから符術士に会ったのは、お前で二人目だ・・・因みにこれが一人目の符術士が作ってくれた魔符なんだが、良かったら目利きして見るか? もう一つは俺の副官が作った符だ」


「ほう? 異次元倉庫(アイテムボックス)とはまた、随分と珍しいですね。どれ、拝見させて頂きます・・・副官殿の魔符は、普通の魔法使いよりは良質ですね。しかしこの影分身(ドッペルゲンガー)の魔符の完成度は、見事の一言です・・・されどやはり、魔符の域を出ませんね。副官殿の魔符は効力が短く、この影分身(ドッペルゲンガー)の魔符は使用後に疲労感があるのではありませんか?」


 ラグンは虚空の指環(ヴォイド・リング)から取り出された二種類の魔符を鑑定して、一瞬にして両方の特性を見抜いた。信康はラグンの洞察力を目の当たりにして、両眼を見開いて驚愕した。


「・・・一目見ただけで、其処まで分かるとは流石だな。話を戻すが、ラグンはオリガに製作した魔符を渡す事で、大監獄に居させて貰っているという事か」


「その通り。三食の食事も出るし、望めば何時でも風呂にも入れる。生活する上で、何も不自由をしていない。死ぬまで生活する訳でもありませんからね。それと誤解されては困るので説明させて頂きますが、同じ符術士でも私が作るのは唯の魔符では無く、魔法の巻物(スクロール)と呼ばれる魔符の上位互換と言える代物です」


魔法の巻物(スクロール)? それに魔符の上位互換、だと?」


 信康はラグンの言う言葉に、興味深そうに両眼を細めた。そんな信康の反応を見て、ラグンは自身で口にした魔法の巻物について解説を始めた。


 魔法の巻物とは符術の最高位の技術で制作出来る魔法道具であり、その最大の特徴は効力に制限が無く更に副作用も存在しないと言う代物なのだそうだ。それだけの性能があるので、同じ魔法が付与された一般の魔符と比較して最低でも二十倍もの価値の差が付くのだと言う。そして希少な魔法の巻物ともなれば、実に百倍以上もの価値が付き国宝として保管される事も珍しく無いらしい。


「・・・魔法の巻物(スクロール)なんて代物が、あるとは初めて知った。教えてくれて感謝する。取り敢えずだが、ラグン。お前が現状に満足しているなら、俺達が口を挟んで干渉したりはしないと約束する。しかし暫くの間だけ、この独房(へや)を使っても良いか? 別に隠匿しろとか、味方になれと言う心算は無い。ただ、中立でいてくれるだけで良い」


「それなら良いでしょう。私が呼ばない限り、配食以外でオリガが来る事も無い。しかしそのオリガ本人が、魔法の巻物(スクロール)を回収に来たりする。見つかった場合は、助ける事は出来ませんが」


「それ位は、俺が自分で如何にかするから問題ない。それよりもだ」


 信康はシギュンとラグンを見る。


「Dフロアには、どれだけの受刑者が居るんだ? 其処の所を教えてくれ」


「良いでしょう。私が知っている限りの情報を教えます」


「おう、頼む。じゃあ早速だが、Dフロアには受刑者は何人居るんだ?」


「私を含めて、全部で七人です」


「随分と少ないな」


 信康は数の少なさに、強い違和感を感じていた。


 Bフロアの受刑者達は少なく見ても、千を超えて万単位の受刑者が居た様に思った。


 Cフロアはシギュンの話から前まで居た受刑者達は、信康を除いて全員始末してしまって誰も居ない事は知っている。しかしDフロアの受刑者が一桁程度しかいない事に、不思議に思えた。


「Dフロアは女性の受刑者しかいませんからね。男性の死刑囚は、青色の囚人服を着せられてBフロアで過ごすんですよ。Bフロアで見ませんでしたか?」


「何だと?・・・すまん。受刑者連中とは食堂や運動場、屋内闘技場(コロシアム)以外でまともに交流していないんだ。その時も、橙色(オレンジ)の受刑者しか見なかった。俺の視界に入らない、外側の方に居たのかもしれんな」


「これは何処の刑務所でも監獄でも言えますけど男性は男性、女性は女性だけで男女混合にしている所なんてエルドラズくらいです。だからと言って男女で一緒にするのは問題があるので、表向きは死刑囚専用となっているDフロアは実質的に女性専用となっています」


「私もオリガ所長から、そう聞いています」


「・・・・・・」


 ラグンの話に、シギュンも同意して頷いた。


 しかし信康はラグンの話を聞いても、違和感を感じていた。


「どうかしたのですか?」


「なぁ、不思議に思ったんだが」


「はい」


「女性受刑者はこのDフロアだけで、しかも七人しか居ないんだよな?」


「そうですよ」


「だったら何故男性受刑者共は、此処に女性受刑者が居る事を知らないんだ?」


「えっ?・・・あっ!?」


 信康はラグンの話を聞いて、其処が不思議だった。


 幾ら居る階層が違うからと言っても、女性受刑者が居る事くらいは知っている男性受刑者が居てもおかしくない。


 しかし信康が居たBフロアにいた受刑者達は、女性受刑者が居る事を知っている様子は無かった。


 階層が違うと言っても噂になってもおかしくはないのだが、男性受刑者の間では噂にもなっていない。異性に飢えている男性受刑者が、女性受刑者に関して噂話一つしない事が不思議であった。


「ほぅ、其処に気付きますか。素晴らしい慧眼をお持ちみたいですね」


「と言う事は、何かあるのか?」


「はい。ですがこれを聞いたら、そちらの身はどうなるか知りませんよ?」


「そんなに重大な事なのか?」


「ええ。国家機密とは言いませんが・・・そうですね。オリガの実家の裏の顔を知る事となりますよ」


「裏の顔か。・・・・・・成程な」


 ラグンの言葉を聞いて、信康は察した。


「おや、それだけで察したのですか? 頭の回転も良いみたいですね。とても傭兵をしていたとは思えない」


 含み笑いをするラグン。


 二人の話に付いていけず、交互に二人を見るシギュン。


「あの、どう言う意味ですか?」


「知りたいのか?」


「え、えっと。聞いたら駄目でしょうか?」


「聞いてから後悔しても、手遅れになりますよ。それでも良ければ話くらいしますが、大丈夫ですか?」


「聞いたら、こうなるかも知れないぞ」


 信康は首を切るジェスチャーをした。


 それは下手すると消されるぞ、という意味だ。


「なっ!? 今の会話に何処に、そんな意味があったんですかっ!?」


 シギュンは信康のジェスチャーを見て、驚きを隠せなかった。


「それでも聞くか? 何なら俺がラグンの話を聞いている間、シキブの体内(なか)に隠れるのも手だが」


「・・・・・・と言うか此処まで聞いたら、もう聞いているみたいなものだと思うのですよ・・・私はオリガ所長や皆を裏切って、ノブヤスさんに協力すると決めました。こうなれば私の正義に従い、進む先が地獄であろうと貴方のお供をするまでです」


「そうか。なら、俺もお前も全力で守ると約束しよう」


「実にお熱い事で。では、話しても良いですよね」


 ラグンは信康とシギュンの関係を少し茶化した後で、Dフロアの秘密について話し始めた。


「実はDフロアに居る受刑者は、オリガの下で暗部の仕事をしているのです」


「えっ!? それはつまり・・・」


「汚れ仕事をさせているのか。受刑者だったら、確かに死んでも問題無いからな」


 死んでも受刑者なので、別に問題は無い。


 信康は予想通りという顔をしていた。


「そうですね。何せその仕事をしている者達・・・つまりはDフロアの受刑者ですが皆、それぞれ裏の仕事をになっていた者達でした。元は暗殺者(アサシン)、殺人鬼、諜報員(スパイ)死霊呪術師(ネクロマンサー)、そして料理長です」


「料理長?・・・まさか、厨房で仕事しているって女の事か?」


「その女の事ですよ。手違いでエルドラズに移送されて、現在はオリガに雇用されています。厨房以外では、Dフロアの一室で過ごしているのですよ」


「シギュンから話は聞いているが、そんなに美味いのか? 確かに食堂の食事(めし)は美味かったが・・・」


「ええ、とても美味しいです」


「料理が美味しくなって、皆もとてもありがたがってるとオリガが言ってましたね。それまでは看守が交代で請け負っていたと聞いてますが、何時食べても普通でしたよ。良い意味でも悪い意味でも」


 信康は言われてみて、エルドラズ島大監獄の食事は結構美味しい事を思い出した。


「じゃあその料理長は、オリガの命令で汚れ仕事をしているのか」


「そうですね。暗殺者(アサシン)と殺人鬼なのですから殺人は得意でしょうし、情報収集も諜報員(スパイ)にさせれば良い。事故として処理したい場合は、死霊呪術師(ネクロマンサー)にさせるそうです」


「ところで、その死霊呪術師(ネクロマンサー)って何をするんだ?」


「エルドラズで監視役を担っている死霊(ゴースト)が居ますよね? あれ等を操っているそうです」


「ほぅ。てっきり魔物調教師(モンスターテイマー)が居ると思ったのだが、死霊(ゴースト)を操っている絡繰はそれか。確かに死霊呪術師(ネクロマンサー)なら、不死者(アンデッド)の一つである死霊(ゴースト)が操れても不思議でも無いな。魔性粘液(スライム)を使役している理由がまだ分からないが、謎が一つ解けたのを良しとしよう」


 それを聞いた信康は、笑みを浮かべた。


「そいつも女性だよな?」


「ええ。最初に言ったみたいに、Dフロアは私以外の全員が女性ですよ。一度オリガの案内で顔を見せて貰いましたけど、全員美人でしたね」


「そうか。ふっふふ、そうか・・・・・・」


 ラグンの話を聞いた信康は、含み笑いし出した。


 信康の様子を見てラグンは首を傾げるが、シギュンはその笑みを意味を直ぐに悟った。


「ま、まさか」


「どうかしました? シギュン殿?」


 ラグンの問い掛けには答えず、シギュンは信康に訊ねた。


「もしかしてノブヤスさんは・・・Dフロアの受刑者を全て・・・自分の部下にする心算なのですか?」


「ああ、成程。そう言う事ですか・・・・・・ふむ、悪い手ではありませんが」


 ラグンは顎に手を当ててながら、信康を見る。その目は、こいつは正気なのかという目をしていた。


「一応警告しておきますけど、Dフロアに居るのはBフロアに居る様なチンピラやゴロツキとは訳が違うのですよ。隙を見せたら殺される、正真正銘の闇の住人達です。止めておいた方が、良いと思いますがね」


「ふっふふ、ラグンは分かっていないな。そう言う女を落として、自分のものにするのが最高に楽しいんだろう」


「はぁ、そうですか・・・私としてはそんな危険な女性よりも、安全で逆らわない大人しくて従順な女性の方が良いと思いますけどね」


 ラグンはそう言うのを聞いて、シギュンは指摘した。


「やはり浮気をしたから、エルドラズに逃げて来たんですね?」


「んぐっ!?・・・い、いや、それは、その」


 指摘されたラグンは、あからさまに動揺してしどろもどろになった。


 可哀そうなので、信康は助け船を出した。


「それは良いとして、どうしてお前がそんな事を知っているんだ? 幾らオリガと知己とはいえ、流石に知り過ぎだろう」


「ああ、それはですね。私の妻は、オリガの従姉妹に当たるんですよ。その妻も結婚するまでは、このエルドラズの先代所長でした。だからエルドラズの内部事情に関しては、結構知っているんですよ」


「ああ、成程な」


 それでラグンはエルドラズ島大監獄について、詳しく知っているんだと信康も理解して納得した。


 同時にラグンの妻とは一体、どんな女傑なのだろうと思った。エルドラズ島大監獄を支配していたと言うのだから、魔法も使えてそれなりに強いのだろうと推測するのは簡単だった。


(オリガの従姉妹って言ってたけど、ラグンの話を聞いた限りだと絶対鬼嫁だよな?)


 ラグンが尻尾を巻いて逃げ出すのだから、そうかも知れないなと思う信康。


「早速聞きたいんだが、Dフロアの受刑者達の名前は分かるか?」


「流石に其処までは知りませんね。オリガに聞けば知れたかもしれませんが、興味がありませんでしたから・・・シギュン殿ならば御存じなのでは?」


「ええ。私は全員の名前は勿論、顔、出身地、性格を知っています」


「そうか。じゃあ、教えてくれるか」


「良いですけど・・・」


 シギュンは信康を見る。


 その目は何かを訴えている様な感じであった。


 信康はその目を見て察したのか、手を伸ばして後頭部を抱き自分の胸元に引き寄せた。


「っ!? な、何をするのですかっ」


 いきなり抱き寄せられて、シギュンは顔を上げた。


「おやおや」


 ラグンは二人を見て、仲が良いのだなという目で見ている。

 

「心配しなくても、お前の事は蔑ろになどしないよ」


「そ、そう言う事では無く、私はっ」


「はいはい。後でちゃんと話も聞いてやるし、相手もしてやるから。今はDフロアの受刑者達を教えてくれ」


「・・・・・・分かりました」


 そう言ってシギュンは不満気ながらも、Dフロアに居る受刑者達の情報を信康に話した。


 話を聞き終えた信康は、最初に誰を自分側に取り込むか決めた。

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