第196話
先ず猛毒獅子は、以前と同様に近場に居る受刑者に襲い掛かった。
猛毒獅子は挨拶だと言わんばかりに、そのまま受刑者に向かって爪を振り下ろした。
「ぎゃあああああっ!?」
振り下ろされた猛毒獅子の鋭い爪が、受刑者を手に持っている得物ごと斬り裂いた。
得物で辛うじて猛毒獅子の攻撃を防いだのが功を奏したのか、受刑者は辛うじて生き残っていた。
しかし、この受刑者の無意識な行動が、不幸中の幸いには繋がらなかった。徒に延命してしまったが為に、苦しみが長引いてしまった。
そんな哀れな最初の犠牲者となった受刑者の事を、信康達他の受刑者達は目に移す余裕も無い。
眼前の猛毒獅子を無視して受刑者に視線を向ければ、最初の犠牲者になった受刑者と同じ末路を辿る羽目になるからだ。
しかし、激痛に耐える受刑者からしたら、助かりたい一心で夢中で助けを求めていた。
「いてえ、いてええよ! だれか、たすけてくれ~~~!!」
倒れた受刑者は傷口を抑えながら、激痛に悶えてジタバタと身体を動かしていた。
そんな受刑者の事を、最初から居なかったとばかりに無視する信康達。
悶えている受刑者を見て、猛毒獅子は噛み付こうと口を開く。
「GAAAAAA!!」
咆哮をあげながら、猛毒獅子は最初に攻撃した受刑者に口を開けて接近する。
「ひ、ひいいいいっ!?」
受刑者は恐怖心から、悲鳴を上げる。その際に股間が濡れ、失禁していた。猛毒獅子は尿から出るアンモニア臭に一瞬顔を顰めるも、そのまま受刑者の頭をかみ砕いてじっくりと味わっていた。
「隙ありだっ。うらああああああっ!!」
猛毒獅子が受刑者の頭部を味わっている瞬間を見て、信康は瞬く間に行動に出た。獲物を喰らう事で生まれる隙を、信康は待っていたのだ。
持っていた槍を逆手に構えて、投槍の体勢を取って勢い良く猛毒獅子に投げ付けた。信康が投げた槍は、猛毒獅子目掛けて勢い良く飛んで行く。
信康の狙いは猛毒獅子の頭だったが、若干狙いが逸れて右の前足を支える肩に当たる。
「GYAAAAAA!?」
肩を貫かれて、痛みで吼える猛毒獅子。
猛毒獅子は身体を揺らして、槍を抜こうと藻掻いた。
しかし、信康の投槍は身体に深く刺さったのか、猛毒獅子がどんなに身体を揺らしても槍が身体から抜ける様子は無い。
「ちっ! 外れたか!? この一撃で決める心算だったんだがなっ・・・なら、もう一発だっ!」
信康は箱の中から槍を取って、再び猛毒獅子に投槍する。
それを見た猛毒獅子は、翼を使って上空に飛翔し信康の投槍を避ける。
「GUUUUU!」
信康の投槍を避けた事で、信康達を嘲笑する猛毒獅子。
自分は空を飛べる事で、信康達の攻撃は容易に届かない事を分かっている様だ。
「野郎っ、嘗めるなっ!」
得物が入っている箱の中には槍、剣、斧、変わった所で円盾などがあった。
残念ながら、弓矢などは無かった。
信康は弓矢が箱に入っていない事に思わず舌打ちした後、箱の中に入っている槍をまた投げようかと考えた。
「GUAAAAAAA!!」
そんな信康を、猛毒獅子は勿論待ってやったりはしない。猛毒獅子は吠えながら、尻尾を信康達に向けた。
「っ!?・・・お前等っ! 針が飛んで来るぞっ! 構えろっ!!」
それを見た信康はある事を思い出し猛毒獅子の次の行動を察して、他の受刑者達にも伝えてから急いで箱の中に入っている円盾を取り構えた。
信康が円盾を構えて少し遅れて、猛毒獅子の尻尾から針が射出された。
信康の警告を聞いた受刑者達は急いで信康と同様に円盾を箱の中から装備しようとしたが、それよりも先に猛毒獅子の針が受刑者達に降り注いだ。
『ぎゃあああああああっ!!?』
防御が間に合わず受刑者達に、次々と猛毒獅子が針が付き刺さって行った。針が刺さった位置が悪かった受刑者は、そのまま即死して事切れた。
即死しなかった受刑者達の総数は比較的多かったが、無事と言う訳では無かった。
「がぁっ、なんだこれ・・・」
「ぶへぇっ!?・・・・・・かふぅっ・・・」
猛毒獅子が放った針は、毒針であった様だ。次々と毒針で負傷した受刑者達が、身体を痙攣させ吐血しながら息絶えて逝った。
「・・・・・・」
信康は受刑者達の阿鼻叫喚を横目に、カン、カンという音を立てて毒針が円盾にぶつかる衝撃を静かに耐えていた。やがて猛毒獅子の毒針攻撃が止むと、信康は円盾を下ろした。
信康の視界に入ったのは刺さった毒針によって重量が増した自身の円盾と、身体の至る所に毒針が突き刺さった受刑者達と地面であった。
猛毒獅子の毒針を受けて、呻き声をあげながら倒れている受刑者達。
しかし不幸中の幸いか、信康が事前に警告したお陰で最初に居た人数の半数は生存していた。
しかし先刻の毒針攻撃で受刑者達は猛毒獅子に怯えて、全員が戦う気力が無さそうであった。
(相手は圧倒的な力を持つ魔物だからな。戦意喪失するのも無理も無いが・・・さて、どうしたものか)
信康は空を飛んでいる、猛毒獅子を見る。
信康達を嘲笑しながら、猛毒獅子は余裕の姿勢で見下ろしていた。
このままではジリ貧だと分かっているのだが、打つ手がない信康。仕方なく信康は円盾に刺さっている毒針を、持っている槍で叩いて掃って軽量化させた。そうしつつ生存している受刑者達に、急いで円盾を装備する様に促した。
そんな信康達を見て、猛毒獅子は再び毒針を発射した。
信康は再び、猛毒獅子の毒針攻撃を円盾で防いだ。
信康に促された受刑者達も、信康と同様に猛毒獅子の毒針攻撃を円盾で防いだ。
信康が受刑者達の指揮を執っているお陰で、今度は猛毒獅子の攻撃で倒れる受刑者は居なかった。
猛毒獅子の毒針攻撃が止むと、信康達は円盾を退けた。円盾には、大量の毒針が突き刺さっていた。
このままでは全滅は時間の問題だと分かっているので、信康は急いで受刑者の一人の傍に近寄る。その受刑者は、奇しくも信康と同室の元リーダー格の受刑者だった。
「おい。このままだと。あの猛毒獅子に順番ずつ殺られて終わりだぞ」
「んな事ぁ分かってるっての。ノブヤスには何か考えがあるのか?」
「あるからこうして来たんだよ」
「ああん。どんな?」
「全員集まれっ! そして耳を貸せっ!!」
信康は叫んで受刑者達を一か所に集めると、急いで猛毒獅子を倒す為の作戦を伝えた。
「っていう作戦だっ」
「成程な。よし、お前等聞いてたなっ!」
元リーダー格の受刑者の言葉に、周囲にいる受刑者達も頷いた。
「急いで得物を取れっ! 行くぞ!!」
『おう!!』
信康の掛け声に、受刑者達は一斉に異口同音で返事をした。
そして受刑者達は手頃な得物を両手に取ると、一斉に行動を開始した。
「殺れっ!」
『でりゃあああああっ!』
受刑者達は持っている得物を、手当たり次第に猛毒獅子目掛けて投げ付ける。
狙いは適当だが数が多いので、猛毒獅子が動かなければ何本かは当たりそうであった。
だが生物なのだから、自分の危機に動かない者はいない。
猛毒獅子は飛んで来る得物を、大きく動いて躱していく。
(ふんっ。さぁ何処まで躱せられるかな?)
猛毒獅子が受刑者達の江面のを躱す為に、大きく旋回していた。
「・・・其処だああぁぁ!!」
信康は逆手に構えた槍が、猛毒獅子に投げられた。
今度はちゃんと狙った様で、猛毒獅子の翼の根元付近に当たる。
「GUUUUU!!?」
槍で貫かれた翼は根元付近は、皮一枚で繋がった状態となった。
そんな状態では空を飛ぶ事が出来ず、猛毒獅子は地上へと墜落する。
派手な音と砂埃を立てて、地面に落ちる猛毒獅子。
「おっしゃあっ!!」
受刑者の一人が、墜落した猛毒獅子を見て喜ぶ。それは他の受刑者達も、同様であった。
信康が受刑者達に伝えた作戦は、実に簡単なものであった。
飛行中の猛毒獅子に向かって、受刑者達が得物を猛毒獅子に投げる。
猛毒獅子は生存本能により、その投げられた得物を躱すだろう。
そして避けるのが不可能な旋回をしたら、信康が翼を狙うという簡潔な作戦であった。
「油断はするなよっ! 自分が持つ得物以外は、猛毒獅子に投げ続けて弱らせるんだっ! 近付くのはそれからで良いっ!!」
『おおおおっ!!』
信康の命令を受けた受刑者達は、命令通りに落ちている得物を拾って次々と猛毒獅子に投げ付けて行った。
地上に墜とされた猛毒獅子は、次々と受刑者達の投げ付けられた得物が身体に刺さって行く。
「うおおおおおっ!・・・・・ごふっ!?」
しかし猛毒獅子もこのまま黙って、受刑者達の投擲攻撃を受け続ける心算は無い。
軽快な動きで次々と投げ付けられる得物を躱しながら受刑者の一人に接近し尻尾を突き立てた。猛毒獅子に刺された受刑者は、口と腹から血を流しながら倒れて死亡した。
仲間の受刑者が死んでも、他の受刑者達は攻撃を止めなかった。
『おおおおおっ!』
猛毒獅子に投げ付ける得物が無くなった受刑者達は、自身が持つ得物を構えながら猛毒獅子に突撃し始めた。猛毒獅子を倒す算段が見えて来たのだから、受刑者達に躊躇は無かった。
「GYRRRRRRR!」
猛毒獅子の受刑者達の得物が身体に突き刺さり、更に赤い血が流れる。しかし猛毒獅子も受刑者達に抵抗して、爪牙と尻尾を駆使して受刑者達を次々と葬って行く。
そのまま受刑者と猛毒獅子の攻防が続いた。
オリガが開催した虐殺劇が始まって暫く時間が経過した。
「GAAAAA」
猛毒獅子が、自身の爪を思い切り振り下ろした。
「げぶあっ!?」
受刑者が一人、猛毒獅子に倒れた。
猛毒獅子の周りには、色々な死に方をした受刑者達の死体が沢山あった。
その中には、信康と同室の受刑者達も居た。
受刑者達は全滅したみたいだが、その代わりに猛毒獅子も身体が傷だらけであった。
猛毒獅子は身体中に様々な得物が突き刺さっており、更に片目、片羽、尻尾などを失って立っているのがやっとの瀕死の状態であった。
しかしそんな瀕死の状態でも猛毒獅子は、残った片目だけで前を見据え唸り声を上げる。その点は高位等級に分類される、A級の魔物にふさわしい風格であった。
猛毒獅子の視線の先には唯一人だけ生存している受刑者が居た。
無論、それは信康であった。
信康は受刑者達が猛毒獅子に襲い掛かっていた時、信康だけは頑なにその中に加わらなかった。
実は嘗て野生の猛毒獅子と戦った事がある信康は、その強さを十分に理解していた。愛刀の鬼鎧の魔剣があればさっさと一人で始末するのだが、オリガ達が見ている前で出せる筈も無い。
なので信康は受刑者達を先に突撃させて、猛毒獅子を可能な限り負傷させ疲弊させる消耗戦を実行に移したのだ。仮に他の受刑者が猛毒獅子が倒したとしても、信康は何とも思わなかったので自分しか居なくなるまで受刑者達を戦わせた。
(そのお陰で俺が体内に隠している、虚空の指環の秘密を知る連中も口封じ出来た。言うほど悪い連中では無かったが、生きていても困る奴等だったから俺としては実に都合の良い展開になったな)
信康は最高の展開を迎えられた現況に、思わず笑みを浮かべた。
信康はゆっくりと剣を構えながら、猛毒獅子に近付く。
瀕死の状態だからと言って、油断はしない信康。
手負いの獣や魔物は、余計に凶暴になるというのが身で知っているからだ。
猛毒獅子は動こうにも受刑者達との死闘で消耗し切って、信康に反撃する力も最早残されていなかった。
信康は剣を振り上げる。
「悪く思うなよ・・・ふんっ」
振り降ろされた剣は、狙い違わず猛毒獅子の首を一撃で断ち切る。
猛毒獅子の首が地面に落ちると、胴体は血が噴き出しながら倒れた。
「ふぅ~」
大きく息を吐く信康。
勝利を喜ぼうにも信康以外の受刑者達は、全員が倒れているので出来なかった。
代わりに、信康はオリガの方を見る。
「約束通り猛毒獅子を倒した訳だが・・・これで減刑は約束して貰えるんだろうな?」
「・・・・・・」
しかし、オリガは何も言わない。
オリガは立ち上がると、手を広げる。
「闇よ。我が怨敵を縛れ―――――闇の呪縛」
オリガが詠唱すると信康の足元に魔法陣が浮かび上がり、魔法陣から黒い鎖が出て来て信康を拘束した。
自身を拘束する黒い鎖を見て、信康は思わず溜息を吐いた。
「はぁ~~やっぱりこうなるのか」
「ふん。誰が貴様等罪人共との約束など守るか。私の楽しみを奪ったんだ。それ相応の報いを受けて貰うぞ」
「俺は言われた事しか、していないんだがなぁ。それから俺は冤罪だから、罪人では無い。最後に忠告しておくが、調子に乗っていると足元を掬われるぞ?」
「はっ。ほざいていろっ。貴様が噂になっている東洋人だな。それだけ憎まれ口を叩ける元気があるなら、地下二階のCフロアに放り込んでやる」
信康は休む間もなく、地下二階へと送られた。
エルドラズ島大監獄のとある場所。
何処からか、信康達と猛毒獅子との死闘を見ている者が居た。
「・・・・・・随分と意地汚い戦い方をする奴だな」
その者は信康の戦い方を見て、そう評した。
「否、それも全て策と言えるものだな。即席で最善を思い付く知力に、罪人共を指揮して纏め上げる統率力。そしてあの武力と言い、見所のある男だな」
その者は瞬時に猛毒獅子を倒す為の作戦を思い付く頭の回転の速さ、受刑者達を指揮して猛毒獅子を弱体化させ、最後に猛毒獅子の首を一刀両断した信康の腕と頭脳を見て、一流の実力者だと理解したみたいだ。
「このまま死なせるには惜しい・・・そうだな。こうするとしよう」
その者はそう呟くと、掌からドロドロな物を生み出す。
生み出された物は、その者の掌から地面に落ちる。
そしてそのドロドロはやがて、意思を持つかの様に動き出した。
「行け。あやつを助けてやれ」
そう命じられてドロドロした物体は、ゆっくりと動き出して何処かへ姿を消した。




