第195話
受刑者達はイルヴ達から何を言い出されるのか、戦々恐々としながら待っていた。
昨日、オリガによって凄惨な虐殺劇を強制的に見せられたのだから、恐れを覚えるのも仕方が無い。
信康自身も受刑者達と違って表情には出さないまでも、状況次第では強硬手段も辞さない構えであった。そうして怯えている受刑者達を見て、アルマは溜め息を吐いた。
「誤解するのも無理はない話だが・・・私達は別に所長みたいな、悪趣味は持ち合わせていない。猛毒獅子を嗾けたりする心算は無いから安心しろ」
アルマが受刑者達を安心させようとそう言うと、隣のイルヴは大きく首肯して頷いた。
イルヴ達の言動を確認して、受刑者達は漸く全員揃って安堵の息を吐いた。しかし次に受刑者達の間に、何故集められたのかと言う疑問が生まれる。受刑者達がそう思っていると、イルヴが口を開いた。
「昨日オリガ所長がしでかした事について、貴方達に聞きたいのだけど・・・赤色と青色と橙色の囚人服を着た受刑者の人数が、どれくらい居たか覚えていないかしら?」
『・・・』
信康達に男口調で初日は喋っていたイルヴが言葉遣いを柔らかくしてそう尋ねて来たが、受刑者達は答える事が出来なかった。
あれだけ凄惨な虐殺劇が行われたのだ。受刑者達は自分が標的になるかもしれないと思うと、恐怖心で犠牲になった受刑者達の人数など数える余裕などある筈もない。受刑者達の反応を見て、二人は察して同時に溜息を吐いた。
「そうか。やはり数える暇も無かったか」
「全く、あんな悪趣味な事は止めて欲しいわね。必要なのは分かるけど、無駄な仕事が増える一方よ。後始末する私達の立場も、少しは考えて欲しいものだわ。死んだ受刑者達の遺族に、遺体を返還出来ない理由を考えるのは私達なんだからっ」
アルマとイルヴの二人が、オリガの所業に思わず愚痴を零した。それだけ愚痴ると言う事は、二人もオリガの所業には眉を潜めているみたいだ。尤も、人道的な意味ではなく業務に差し支えると言う意味での愚痴と信康は解釈していた。
何故なら受刑者とて、親類縁者は存在する。死んだのならば遺体を引き取りたいと思う遺族が居ても、別段不思議な話ではない。
それを魔物に喰い殺されて、引き渡す遺体がありませんなどとは流石に言えないだろう。自業自得や因果応報かもしれないが、遺族が納得する筈も無い。オリガから嫌な仕事を押し付けられる二人に、信康は思わず同情した。
「・・・ああ、思い出したぞ。確か橙色が四人。赤色が七人。青色が十二人。合計で二十三人だ」
信康が口にした受刑者の総数を耳にして、イルヴとアルマは驚愕しながら信康を見た。
「本当か!?・・・んっ? 貴様は何処かで見覚えがある様な・・・」
「おっ。朧気でも覚えていて貰っているとは思わなかった。傭兵部隊の兵舎以来だな。アルマ特務少佐」
信康は片手を上げて、アルマに声を上げた。其処でアルマは漸く、信康が傭兵部隊の隊員だった事を思い出した。
「そういえば、カロキヤの諜報員容疑で我が監獄に収容された東洋人があると聞いたが・・・あれはお前の事だったのか」
「まぁね。御蔭で余計な難儀をしているよ。まぁ此処で容疑の是非を論議しても無駄だからしないが・・・喰い殺された受刑者の総数が、俺の覚えている限りだ。流石に名前までは分からんぞ。一昨日の時点でいなくなった受刑者を、調べれば早いんじゃないのか?」
「・・・そうね。人数が分かれば御の字よ。情報提供に感謝するわ。その人数を参考に、処刑された受刑者を調べよう」
アルマは信康に情報を教えて貰った事に、素直に感謝を述べた。
「・・・・・・なぁ。ちょっと前にこいつは必要な事だみたいな事って言ったけど、どう言う意味なんだ?」
信康とアルマの会話が終わったのを見計らって、受刑者の一人がイルヴの言葉を聞いてその言葉の意味を聞いた。
「そんなの簡単よ。この監獄の収容人数を越えない様にする為よ」
「収容人数?」
「そう。エルドラズも無限に受刑者を収容出来る訳では無いわ。刑期が明ける事もない終身懲役囚や死刑囚を基本的に収容するけど、有限懲役囚の収容もエルドラズでは引き受けているのよ。次から次へと受刑者が運ばれて来るから、空室をする為にも間引くと言う意味で処刑が必要なの」
如何にプヨ王国で最大規模を誇るエルドラズ島大監獄と言えど、建造物である以上は収容数にも限界がある。
受刑者の人数を減らすにも、有限懲役囚の刑期をのんびり待つ訳にはいかない。そうなると死刑判決を受けた死刑囚を処刑するしか無いのだが、その死刑囚の人数も其処まで多い訳ではない。
其処でオリガは自身が持つ権限を行使して、密かに死刑相当ではない受刑者も色々と理由を付けて処刑してしまっていた。
死刑囚以外で処刑している受刑者は主に終身懲役囚だが、オリガの気紛れで長期懲役囚も短期懲役囚も関係無く処刑される事が多々あった。
処刑された受刑者に遺族が居る場合、遺体の後始末に遺族への連絡などを行わないといけない。
その様な手間を発生させない為にも、処刑する受刑者は遺族が居ない天涯孤独の受刑者を選抜し反抗的な言動が目立ったまたは脱獄を図ったと色々な理由を付けて処刑したりしていた。
そうしても該当者に限界があり、親類縁者が居る受刑者も処刑しなければならなかった。その際は高確率で遺体を引き取りたいという親類が出て来るが、その度に理由を付けて引き渡しを拒否した。
「監獄の収容人数を越えない様にしているからか、ミレイ副所長も不満はあるみたいだけど・・・面と向かって反対はしていないからね」
「でもミレイ副所長の制止み聞かずに、所長は好き勝手に振舞うから困るのよね」
それを聞いて信康達は益々この二人と、この場には居ないミレイの事を哀れに思った。
「シギュンとか言うもう一人の副所長は、オリガには反対しないのか?」
信康は金髪の副所長である、シギュンと言う女性の事を訊ねた。
シギュンの名前を聞いた二人は、反射的に顔を顰める。
「シギュン副所長が、オリガ所長に反対する訳が無いわよ。何せ、あの人は根っからのヴィシュターヌ教の信者だから」
「そうね。最早、狂信と言える位だからね」
信康はヴィシュターヌ教について分からないので首を傾げていると、イルヴ達が自主的に解説を始めてくれた。
「光の法の神カプロラリスの従属神で、確か正義を司る神だったわね」
「そうよ。あそこの教義は、人の解釈によって色々と意味が変わってしまう教義なのよね」
「どんな教義なんだ?」
プヨ王国の宗教事情にあまり詳しくないので、信康は二人に訊ねた。
「「己が信じる正義を成せ」」
「・・・・・・ああ、確かに」
信康は聞いて、二人が言った意味に納得した。
己が信ずる正義を成せと説かれたら、人が信ずる正義など人それぞれだ。
例えば親の仇を取る為に関係の無い人を巻き込んでも正義だと言うヴィシュターヌ教信者も居れば、家族を守るために人を殺したりしても正義だと言うヴィシュターヌ教信者も居る。
この様に正義と一言で言っても、色々な解釈が取れるのだ。それだけ曖昧な教義である為に、ヴィシュターヌ教の信者同士で論争や内紛、内輪揉めが頻繁に起こっている。
「あの人。この職を務めるまで、異端審問官をしていたと聞いているわ」
「異端審問官?」
「教義に反した不信者を、処罰する役職って聞いている」
「要は、信者を殺す役職よ」
アルマが口にした説明を、イルヴが自分なりにの解釈を入れた説明を挟んだ。
それについては、アルマも何も言わなかった。
「何せ拷問してから火炙りにしたり、断頭台に掛けたりしていたって話を聞いた事があるわよ」
「それは、また」
典型的な狂信者だなと、呆れながら思う信康。
「だから受刑者を殺しても『生まれ変わって、良き人生を歩める手助けを』とか考えているんじゃないの?」
「有り得るな」
そう訊いて、信康達は眉を潜めた。
「まぁあの人は諜報員の拷問を本来の仕事にしているから、滅多な事ではお前達と係わる事は無い・・・・・・其処の東洋人を除けばな」
「だから、安心しなさいな・・・其処の東洋人は別だけど」
イルヴとアルマは、同情的な視線を信康に向けながらそう言って他の受刑者達を安心させた。他の受刑者達は信康に思わず憐憫の視線を向けるが、信康はただ肩を竦めるしか無かった。
その後は屋内闘技場で少し運動して、少し長めの休憩時間を貰えた。
その三日後。
信康達は再び、屋内闘技場に集められた。
今度は観客席ではなく、屋内闘技場の試合をする場内にだ。
そんな所に集められたので、信康達は直ぐに意味が分かった。
再びあの虐殺劇を行われるのだと。
そう思っていると、一等席にオリガが座りだした。
今日は一人だけで隣にはシギュンは居たが、ミレイは居なかった。
つまりそれは制止役が居ないという事だ。
オリガは椅子に座るなり、足を組んで叫ぶ。
「今日は趣向を行う。貴様等、受刑者共は私を楽しませろ」
オリガはそう言って、手を挙げる。
すると、前と同じく地下から何かがせり上がっていく。
上がって来たのは、前回と同じく猛毒獅子であった。
「前回と同じだ。貴様等がこの猛毒獅子を倒せたら、減刑してやる。存分に戦え」
地下から武器が入った箱が上がって来たので、受刑者達は全員急いで思い思いの得物を取った。
信康も両手に得物を取る。
信康が取り終わる頃を見計らうかの様に、猛毒獅子の身体を拘束する鎖が解かれた。
「GAAAAAA!!!」
猛毒獅子の咆哮を聞きながら、信康は得物を構える。




