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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第18話

 カロキヤ公国軍が全力で駆ける事、三時間後。


 カロキヤ公国軍は遂に、プヨ王国軍を目に捉える距離まで近付いた。


 その距離、二十キロ程であった。


 漸く獲物であるプヨ王国軍の姿が見えて来たので、ステファルは獲物を前にして涎を垂らす肉食獣の様な獰猛な笑みを浮かべていた。


「つまらん愚策で我等の足を止めて生き残ろうとしたが、残念であったな。ロゴスめ。二年前はその首を逃したが、今度こそ私の手で息の根を止めてくれるわっ」


「閣下、陣形はどうしますか?」


「ふむ、そうだな」


 ステファルは回りの地形を見ながら、どの陣形が一番適しているか考えていた。


 敵を見つけた場所は起伏の無い草原で、辺りには緑色の草が土にぼうぼうと生えていて、その隙間に色とりどりの花が咲いて彩っていた。


 この草原の来るまで、無人の陣が十個ほどあったが、カロキヤ公国軍は無視して進軍した。


 草原には、プヨ王国軍の鋼鉄槍兵団が居座っていた。


 此処で迎え撃つと言わんばかりに、陣形が整っていた。


「敵は守りに入ったか」


「守りが堅そうですな。将軍閣下、どうしますか?」


 その陣を見て考えるステファル。


 鋼鉄槍兵団が布いている陣形は、テルシオと言う陣形だ。


 テルシオとは、真四角の形に布陣した方陣だ。


 これは、密集陣形の中では進軍や攻撃には向かないが、防御や攻城に向いた陣形だ


 前後左右を盾で守られて動きづらく、その為攻撃には向かない。攻撃よりも守りを得意とする鋼鉄槍兵団が力を発揮できる陣形だ。


 うかつに攻撃をして損害がどれだけ出るか分からない、ステファルは考えていた。


「・・・・・・・ここは軍を三つに分ける」


「三つと言いますと?」


「まず、第一陣がアヴァ―ル族部隊五千。第二陣に飛行兵部隊を含めた混成部隊五千。第三陣に本軍五千。これらを三列の陣形にして、敵に攻撃を仕掛ける。第一陣が正面を攻撃しつつ、第二陣は二手に分かれて敵を半包囲。それから第一陣を援護する様に、第二陣も攻撃に参加。それでも敵が耐えうるならば、第三陣である本軍が止めを刺す。これで如何だ?」


「ステファル将軍閣下っ! 実に素晴らしい策ですっ! これで敵を完膚なきまでに、叩く事が出来るでしょうっ!」


「貴様もそう思うか。良し、今の作戦で敵を叩く。全軍に伝令を回せ」


「「はっ、かしこまりました」」


「さて、帰って真紅騎士団(クリムゾン・ナイツ)の悔しがる顔でも見る為に、頑張るとしようか」


 まだ勝っていないばかりか戦ってもいないのに、もう勝った気でいるステファルであった。


 慢心しているステファルの背後から、死神が得物の大鎌を構えながら着実に接近している事を、ステファル本人はまだ理解していなかった。


 隊列を組み直したカロキヤ公国軍に、ステファルは突撃の号令を下した。


 それに従い、第一陣を担うアヴァール族一個連隊五千が突撃を始めた。


 それは鋼鉄槍兵団とカロキヤ公国軍の、第一戦の開始を意味していた。


 パリストーレ平原は瞬く間に、怒号と叫喚の渦となった。


 鋼鉄槍兵団の一部も隙が無い密集した陣形で構えた槍は、もはや壁と言っても相違ない。


 勇猛で鳴るアヴァ―ル族を持ってしても、その壁を打ち崩す事が出来ないみたいだった。


 それどころか返り討ちに遭って、幾つもの死体の山を作る始末だ。


 このままでは、第一陣が壊滅してしまう。そうなれば士気の低下は免れないとそう判断したステファルは、直ぐに後方に居る第二陣を二手に分かれて包囲せよと命令を下した。


 第三陣は右翼に飛兵部隊を配置し、左翼に騎兵部隊を配置して攻撃した。


 流石の鋼鉄槍兵団も、飛兵部隊の攻撃には手を焼いているみたいだ。


 飛行部隊が騎乗している魔物の魔法と騎手が投げる投槍で、鋼鉄槍兵団の陣形に穴を開けようと猛攻を仕掛けていた。その攻撃を浴びて、悲鳴を上げる鋼鉄槍兵団の悲鳴が右翼に集中していた。


 鋼鉄槍兵団団長のアルディラも、それを黙って見ていた訳では無かった。


 飛兵部隊が全て自軍の右翼に居る事が分かると即座に中央に固めていた魔法兵部隊と弓兵部隊を送り込み、敵左翼に攻撃を集中する事を命じた。


 一見弱点が無いみたいに見える飛兵部隊だが、実は機動力を活かす為に着ている鎧を軽量にしているので防御力が低いと言う弱点がある。


 飛兵部隊は少しでも長く飛ぶ為に、鎧を薄く軽量にしている。


 その為、防御の面で言えば脆いと言えるのであった。


 その事実を熟知しているアルディラは、遠距離から攻撃可能な魔法使いと弓兵を右翼に配置して攻撃集中させた。


 魔法と矢が放たれて、右翼を攻撃していた飛兵部隊は被害が出て一度戦場から離れる事にした。


 それを見た敵右翼の騎兵部隊も攻撃を止めて、後退を始めた。


 自軍の左翼が戦場から離れたので、各個撃破されると判断した部隊長が後退を命じたのだ。


 その様子を見ていたステファルは、感心していた。


「敵もやりおるわ。此処までこちらの攻撃を凌ぐとはな。混乱して士気が低下していると言うのは、敵側の流言であったか」


 戦いが始まってから、もう二時間になる。


 こうしている間にも攻撃をしているが、鋼鉄槍兵団の陣形に隙が見つからない。


 ステファルとしては大きい声では口には出さないが、敵ながら天晴れだとアルディラの軍配を称賛していた。


 このままでは埒が明かないので、本隊である第三陣も攻撃に加わる様に指示した。


 本陣を守る兵を一個大隊一千程にして、殆どの兵力の全てを攻撃に回した。


 一旦戦場を離れ、態勢を整えた飛行兵部隊と騎馬隊もそれらに合流して、左右両翼に攻撃を出来る様に隊列を整えた。


 第一陣も後退して、第三陣の兵と合流した。そして各軍の足並みが揃ったのを確認して、ステファルは全カロキヤ公国軍に突撃の命令を下した。


 その号令に従い、喚声を上げながら突撃を始めた。


 プヨ王国軍とカロキヤ公国軍の将兵は、土と血に塗れて死体になっていった。


 このまま攻撃が続けば、如何に鋼鉄槍兵団でも総崩れになるのは時間の問題であろうと思わせる勢いがあった。


 其処に鬨声が上がった。


 カロキヤ公国軍はその声を聞いて何事か? と攻撃を止めて回りを見た。


 すると、本陣の後ろから、金蛙旗が掲げられた部隊が急襲して来たのだ。


 居ないと思っていた所に現れたプヨ王国軍の姿を見て、カロキヤ公国軍は浮足立った。


 ステファルは驚きを通り越して、顔面蒼白であった。


「なっ!? あれは敵が我等から撤退する時間を稼ぐ為に作った、空の陣地では無かったのか!?」


「将軍閣下、本陣は背後を取られました、急ぎ脱出を!」


「ええい、動じるな。空の陣地に伏兵を忍ばせていたとしても、隠せた数には限りが有る筈だっ! 敵兵の数など、高が知れているっ! 焦らず前線に伝令を送って、送り込んだ部隊を呼び戻せっ! 本陣に居る兵には味方が来るまで防げと、激を飛ばして鼓舞するのだっ!」


 まだ包囲された訳ではないので、防御命令を下そうとしたら、両側面から砂ぼこり舞い上がっていた。何者かが本陣に向かって来た。


 この状況でカロキヤ公国軍の本陣に向かって来れるのは、この戦場でプヨ王国軍だけだ。


「何いぃっ!? 馬鹿な!? もう突破して来たと言うのかっ!!?」


 混乱しているステファルの居る本陣に、プヨ王国軍が殺到し始めた。


 本陣を攻撃しているプヨ王国軍は小勢なのだが、本陣を守備軍も半包囲されている状況では数程の働きが出来ない。更に不意の急襲を受けて、守備軍は混乱していた。


 そうこうしている間にリカルドが率いる傭兵部隊第二小隊が、ステファルの本陣に殺到する。


「其処に居るはカロキヤ軍総大将、ステファル・ドードリアート殿とお見受けするっ! このリカルド・シーザリオンが相手だっ!!」


「そうだっ! されど貴様如き雑兵に、討たれる私では無い! 返り討ちにしてくれるっ!!」


 こうしてリカルドとステファルの一騎打ちが始まった。


 側近達もステファルに加勢しようと剣を抜いて立ち向かおうとしたが、他の者に邪魔されて自分の身を守る事に精一杯であった。


 そうしている内に、リカルドとステファルの打ち合いは続いていた。


 ステファルも武勇に自信があり、何度も剣を抜いて戦い対峙して来た敵を今日まで討ち倒して来た。しかし純粋な技量は、リカルドの方が上だった。


 それでもステファルがリカルドと互角に渡り合えたのは、自身が着用している甲冑にその理由があった。


 ステファルの甲冑は魔石が内蔵された魔鎧と呼ばれる特殊な甲冑であり、この魔鎧が何度もリカルドの凶刃からステファルを守っていたのである。


 互いの剣が唸りをあげて、火花を散らせた。何十合も打ち合い続けて、それが何と五十合に達した時に、それは起こった。


 リカルドの首を目掛けて振るわれたステファルの一撃を、紙一重で避けたリカルド。リカルドの右頬に、一筋の裂傷が生まれる。


 避けられた事で、態勢を崩したステファル。その隙を見たリカルドは、剣を横に薙ぎ払う。


 薙ぎ払われた剣は、ステファルの首に当たる。


 そしてステファルの首が、地面に落ちた。ステファルも魔鎧は既に酷く損傷しており、魔石が砕かれた事でただの甲冑に成り下がっていた。その為か、ステファルの首にリカルドの刃が届いたのである。


 身体が大地に倒れ、切られた所から赤い花を咲かす。


 その首が地面に落ちる頃には、本陣は制圧されてステファルの側近は全員、討ち取られていた。


「やったな、リカルド。さぁ勝鬨を上げてくれっ!!」


「グラン・・・ああ、分かった」


 戦場に居る全ての兵に聴こえる様に、リカルドは息を思いっきり吸った。


「敵将ステファル・ドードリアート、このリカルド・シーザリオンが討ち取ったぞ!」


 その声を聞いて味方は歓声をあげた、逆に敵は戦意を失っていった。


 カロキヤ公国軍の様子を見たアルディラの決断は早かった。


「今が好機! 全軍攻撃をせよ!!」


 その声に従って、鋼鉄槍兵団は突撃した。


 戦意の無い兵は瞬くまに、次々と討ち取られて行った。


 この突撃で第一陣は壊滅した。


 アヴァ―ル族は殆ど討ち取られアヴァール族を率いていたユ・ガーは撤退している所を、偶然遭遇したバーンに横から大斧を騎乗していた愛馬に叩き付けられて転倒。軍馬を失ったユ・ガーは怒り狂ってバーンに斬り掛かり、そのまま一騎打ちに発展。十合前後打ち合った後に最終的には、バーンの大斧で三日月刀(シミター)諸共縦に真っ二つに斬られて身体が泣き別れとなり戦死した。


 飛兵部隊と騎兵隊は持ち前の機動力で撤退したが、歩兵部隊の方はそうは行かなかった。


 ある者は背を向けて逃げる所を貫かれ、ある者は自棄になって鋼鉄槍兵団に立ち向かっていったが、たちまちの内に囲まれて滅多刺しになった。


 そんな中でもしぶとく生き残った者達は、脇目もふらず逃げ出した。


 アルディラはそのまま、追撃の命令を出した。


 傭兵部隊もそれに従い、追撃に参加した。


「しっかし此処まで上手く良くとは、流石に思いもしなかったぜ。ノブヤス、見事な策だ」


「まぁ、これも総隊長が俺の策を進言してくれたからですよ」


「はっはは、意外に謙虚だな。お前」


「総隊長、無駄話をしていると手柄が逃げますが?」


「おおっと、そうだった。往くぞ、お前等っっ! 存分に手柄を稼ぐぞ! 進めっ!!」


 傭兵部隊は手にしている得物を、片手に持って駆けた。


 信康は駆けながら、自分の考えた策が上手くいって嬉しそうにしていた。


 その策は、策を提示したその日の夜から始まっていた。


 最初に行ったのは、負傷兵を夜の内に撤退させた事だ。こうする事で、残った戦力で気兼ねなく戦える事が出来る。


 次にしたのは戦いの場所になる所に、落とし穴を掘らせる事だ。


 落とし穴を作る際、目印はつけなかった。それは目印をつける事で、敵に見つかる可能性を少しでも減らす為だ。


 また最初の攻撃の時に攻めなかったのは、落とし穴にはまらない為だ。


 次に傭兵部隊と鋼鉄槍兵団から人を出して、付近に空陣を作る事だ。


 空陣を作る理由は、敵を誤解させる為だ。


 空陣でも、最初は敵も警戒して中を調べる筈だ。


 その内これは足を止める為の策だと思うだろう、実はそう思わせるが策なのであった。


 鋼鉄槍兵団が布陣した草原の近くの陣地に傭兵部隊が隠れていた。


 後は鋼鉄槍兵団に攻撃が集中した頃を見計らって旗をあげて敵の動揺を誘い、敵本陣を急襲するのが今回の作戦だ。


 もし前もって空陣を作らなければ、草原近くにあった陣地を、敵はプヨ王国軍が潜んでいると思い壊す。


 だから、空陣を作ったのだ。


 戦場はカロキヤ公国軍の追撃戦から、プヨ王国軍の追撃戦に変わった。


 プヨ王国軍は目に付いた敵に切り掛かって行き、カロキヤの国旗である獣神旗が鮮血と泥に塗れて兵馬の下敷きになった。


 昨日の意趣返しをという意味もあり、プヨ王国軍は勢いに乗って追撃を行った。


 しかし、追撃している兵達の中で遠目が利く者が急を告げた。


「前方に何か来るぞ!」


 それを聞いた者達は、前方を見た。その方向には、高い土煙があがっていた。


 プヨ王国軍の援軍が来ない状況で、向かって来る者と言えば敵しか居ない。自分の手柄にせんと向かって来る敵に、数十人の傭兵部隊の隊員達が襲いかかった。


 しかし、一番先頭に居た男性が剣を振ると、隊員達は真二つに斬られていた。


 他の兵達はその攻撃を見て、更に向かって来る敵の掲げる旗を見て腰を引いた。


 向かって来る敵の旗は、赤地に二つの剣が交差した下に翼の生えた黒い蛇が描かれていた。


 今回の戦争でこの旗を掲げる部隊は、一つしかない。


「く、真紅騎士団だぁっっっ!」


「アグレブに撤退したんじゃねえのかよっ!」


「ともかく、後退しろっ! 後退しないと死んじまうぞ!」


 欧州で名を轟かせる、傭兵騎士団が現れた。


 追撃していた将兵は真紅騎士団の襲撃を受けて、混乱状態に陥り足を止めざるを得なかった。これ幸いと潰走したカロキヤ公国軍の将兵達は、全力で逃げ出した。


 真紅騎士団は混乱しているプヨ王国軍の前衛軍に対して、扇状に広がって騎馬の突破力で蹂躙した。


 騎馬による突撃を喰らい、陣形が乱れたのを見たアルディラは追撃を止めて態勢を整える為に退いた。


傭兵部隊も無理に攻撃せず後退して、隊列を整えた。


「総隊長、傭兵部隊の組み直しが終わりました」


「そうか、リカルド、敵の動きは如何だ?」


「扇状に横広がりしていましたが、今は一箇所に集結。現在、動きが無いそうです」


 リカルドの言う通り真紅騎士団は集結後に、その場から動かないでいる。


「鋼鉄槍兵団はさっきまで敵の攻撃を受けていたのだから、疲労が限界に達しているだろう。だから、隊列を整えるのに時間が掛かる筈だ」


「では、我が隊が真紅騎士団を攻撃すると?」


「そうだ。幸い我が隊はさほど疲労していない。リカルド、進撃するぞ」


「はっ、了解しました」


 傭兵部隊は真紅騎士団に攻撃する為に、単隊で進軍を開始した。

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