第193話
信康がエルドラズ島大監獄に収監されて、十数日が経過した。
国を問わず監獄や刑務所では、受刑者に刑務作業を強制的に行わせているのが常識だ。プヨ王国のエルドラズ島大監獄でも、受刑者達が刑務作業を半強制的に労働させられていた。
半強制的である理由は受刑者達が刑務作業を拒否しても、一切制裁を受ける訳ではないからだ。しかし刑務作業をしなければ減刑が出来なくなる事とCフロアへの移送の可能性が高くなるというデメリットがあるので、余程の事が無い限り全員が刑務作業に参加する。
通常の刑務所や監獄ならば刑務作業の対価として僅かばかりの賃金が支給されるが、エルドラズ島大監獄では減刑が対価となっている。だからこそ受刑者達は、内心では嫌がりながらも刑務作業の対価を得るべく真面目に刑務作業に励んでいた。
しかしその刑務作業を拒否する例外が、一人だけ存在していた。最近諜報員容疑でエルドラズ島大監獄に収容された、信康であった。
信康は刑務官に自身の罪状は冤罪なので、刑務作業に勤める謂れは無いと拒否したのだ。驚いた刑務官は上記のデメリットを信康に説明したが、信康は刑務官に逆らったり争いを起こす心算は無く、刑務作業も強制なら大人しく勤務するがそうでないならしたくないと頑なに拒絶した。
「九十七、九十八、九十九・・・百っ!」
他の受刑者達が真夏の暑さに耐えながら汗水流して刑務作業に勤めているのを他所に、信康は上半身裸になってエルドラズ島大監獄の運動場で一人身体を動かしていた。運動場に設置されている鉄棒を使って、懸垂を百回を終えた所で鉄棒から飛び降りた。
(ふぅ。もうこんな所で良いだろう。そろそろ、昼飯の時間だろうしな)
信康がそう思っていると、鐘が鳴った。
これは休憩時間になった事を、エルドラズ島大監獄内に知らせる鐘だ。
鐘の音を聞いた信康は、看守の目を盗みながら虚空の指環を吐き出し、収納していた清浄の魔符を使って身体を綺麗にした。そして再び、虚空の指環を飲み込んで体内に隠した。
身体を綺麗にした信康は運動場にある日陰に凭れて、刑務官が自分の下へやって来るのを待った。
すると直ぐに信康の下へ、刑務官が一人やって来た。
「よぉっ? 待っていたぜ」
「ふん。残念だが昼食の前に、オリガ所長からのお呼び出しだ。今直ぐ屋内闘技場の方へ向かうぞ」
刑務官の言葉を聞いて、信康は首を傾げた。
「何故、屋内闘技場に向かうんだ?」
「質問を許可した覚えは無い。貴様は黙って、私に付いてくれば良いんだ」
刑務官は信康の質問には一切答えようとせず、先に屋内闘技場へ向かって歩き出した。
(何をするんだ? と言うか、屋内闘技場なんてエルドラズにあったのか)
信康はそう考えながら、刑務官の後に付いて行った。
エルドラズ島大監獄の屋内闘技場に向かうべく、刑務官の後を付いて歩く信康。
太陽光の明るさを噛み締めながら、地上を歩いている信康。尤も、刑務作業に勤めない信康は他の受刑者達と比べて遥かに地上に居る時間が多かった。
エルドラズ島大監獄内部は照明として魔石灯が幾つも設置されており、地上の明かりと大差ない程の光を発している。
しかし、それでも天然の明かりと地上の明かりは違うのか、信康は太陽光の方が心地良いと思っていた。
刑務官の後に付いて行き、信康はある建物に入る前にある暗い道を通る。その暗い道を通り抜けると、エルドラズ島大監獄の屋内闘技場に到着した。
(屋内闘技場という事は、当然闘うんだろうが・・・大方、死刑囚の受刑者同士で闘り合ったりするのか?)
信康はそう思いながら屋内闘技場内を進むと、先に刑務作業に勤めていた受刑者達が座っていた。受刑者達が思い思いに座っているので、信康も適当な所に座る。
座っていると、日が当たらない一等席に複数の人物が姿を現した。
その人物とは、三人の女性だった。
真ん中に座ったのは、黒髪の女性だった。
垂れ目で紫水晶の様な瞳。綺麗な顔立ちの美女だった。
黒い制服に同じ色の官帽を被り、タイトなスカートに足を黒いストッキングで足を包んでいた。
信康は黒髪の美女を見て、目を惹かれるものがあった。
その黒髪の美女は、非常に大きな乳房をしていたのである。
(・・・でかいな。ヴェルーガや病院のヴィーダギイアと良い勝負だ)
信康はオリガの胸の大きさに、そう感嘆しながら凝視していた。その大きな胸を支える為か、身体も比例して大きかった。
キュッと締まったウエスト。胸に比べたら小さいがそれでも十分に大きいと言える尻。
正に、ダイナマイトボディであった。
「所長のオリガだ」
「ああ、久しぶりに見るな」
受刑者達は一等席に座る黒髪の美女を見て、全員が口々に言う。
(あれがエルドラズを統括している、所長のオリガ・サンドラパラドヴァか・・・確かに良い身体しているな)
信康はオリガの身体を見て、改めてそう思った。
そのまま信康はオリガを見ていると、オリガの左右に他の二人の女性達が座る。
一人は金髪。
セミロングの金髪でアーモンドの形を目をしていて、薄緑色の瞳。綺麗な顔立ちをしていた。更に目元に泣き黒子があった。
それだけなら綺麗な女性で片付けられるが、その女性は修道女が着る服を改造した服を着ていた。
頭にかぶるのは青いウィンブルを被り、青を基調としている。しかし胸元を大きく開けており、白いミニスカートを履いている。
スカートに合わせてか、白いガーターベルトを白いニーソックスも穿いていた。
署長のオリガの隣に座るという事は、副署長のシギュンという女性だとあたりをつける信康。
オリガに比べると胸も肉付きも貧相に見えるが、それはオリガが立派過ぎるだけの話だ。シギュンも十分過ぎる程に、女性としては立派な体型であった。
胸もふくよかで、引き締まった腰。程よく肉付いた尻。
男性であれば、見惚れそうな肢体であった。
もう一人は青髪。
切れ長の眼差しで薄い赤い瞳のクールな顔立ちの女だった。髪は腰まで伸ばした長髪。
上着に白いシャツ。その下には上半身は藍色で足の部分は白いレオタードを着ていた。
こちらもシギュンと同じ位に、男受けする肢体であった。
豊満な胸。締まった腰。肉付いた尻。
こちらが矯正長の一人である、ミレイだと予想する信康。
新入りの受刑者達は三人の美女を見て、鼻を伸ばしていた。
「三つ首の魔犬だ」
「あの三人が居るって事は」
「ああ、始まるぞ。何時もの悪趣味が」
信康達より前に居る受刑者達が、各々でそう言っていた。
「何時もの悪趣味?・・・なぁ、ちょっと聞いても良いか?」
「ん? 何だ?」
「色々聞く聞きたい事はあるが、先ずその三つ首の魔犬ってどう言う意味なんだ? それって魔物の名前だろう?」
「ああん? それを知らないって事は、お前新入りか?」
「ああ、この前入ったばかりなんだ」
「そうかい。じゃあ、知っておけ。エルドラズじゃあ所長と副所長の三人を合わせて、三つ首の魔犬って言う異名を持っているんだよ。異名の由来は当然、魔物の三つ首の魔犬からだ」
「ふぅん。それで三つ首の魔犬か」
三つ首の魔犬とは高位等級に分類されるS級の魔物の事だ。三つの頭を持った犬型の魔物で、冥府の入り口を守るという逸話で知られている有名な魔物だ。
エルドラズ島大監獄を守っている事と、三人と言う事でつけられた異名なのだろう。
信康が受刑者と話していると、オリガが立ち上がった。
「我が大監獄に収監された、受刑者の諸君。普段は退屈な日々を過ごしている諸君に、今日は面白い見世物がある。これは最近収容された新人諸君の歓迎会も兼ねている。存分に楽しんでくれ」
オリガがそう言って、左隣にすわるシギュンに顔を向けて「始めろ」とだけ言う。
シギュンは頷いて、手で合図を送った。
すると屋内闘技場の中心に魔法陣が浮かび上がり、強い光を発して発光した。
少しするとその魔法陣から、何かが出現してから発光が収まった。
そしてその場所には、受刑者達が数十人が立っていた。
囚人服は橙色、赤色、青色と様々な色だった。
「赤と青の囚人服は何だ? 俺達と着ている囚人服と比べて、色が違っているが」
「赤は終身懲役囚で、青は死刑囚だ」
「そうか」
信康はどうしてあそこに居るんだと思っていると、直ぐに理由が分かった。
今度もまた屋内闘技場の中心に、魔法陣が出現した。厳密には受刑者達の隣にである。
その魔法陣が発光した後に何かが出現したが、その正体は魔物であった。
蠍の尾。顔と胴体が獅子。背中に蝙蝠の羽を持っている魔物だ。
名前は猛毒獅子という魔物だ。
性格は凶暴で、同族以外を見かけたら誰でも襲い掛かる高位等級のA級に分類される魔物だ。人語を離せる人面種と通常の獅子の頭を持つ獣面種の二種類に大きく分類されており、更に翼の有無などでより細かく分類される。
猛毒獅子は受刑者達を見て、舌舐めずりした。
「ひいいいいいっ」
受刑者達は遥かに強い猛毒獅子の前にして、兎の如く身体を震わせて怯える。
猛毒獅子は肉食獣なので、自分達が喰われる事が分かっているのだ。
そして、また地面から何かが上がってきた。
それは箱だった。中には剣、槍、斧、盾など幾つもの種類の武器や防具が置いてあった。
「猛毒獅子を討ち取れば、貴様等の罪を減じてやる。見事、討ってみろっ」
オリガがそう言うと、シギュンは両手を組んで祈りだす。
「神よ。この罪深い者達に、どうか貴神の慈悲を」
その祈りが終ると、猛毒獅子の身体を拘束していた鎖が解かれた。
「GAAAAAA!!」
猛毒獅子は咆哮した。
その咆哮を聞いて、受刑者達は身を竦ませた。
猛毒獅子は受刑者達に向かって、勢い良く突撃して来た。
受刑者達は武器を慌てて武器を取るが、少し遅かった。
猛毒獅子の爪が、受刑者の一人に振り下ろされた。
「ぎゃああぁっ!!?」
猛毒獅子の爪で斬り裂かれ、受刑者は真っ赤な血を噴き出す。
その受刑者は数回、回転してから地面に倒れた。そしてピクリとも動かなくなった。
「ひいいいっ!」
事切れた受刑者の隣に居た受刑者が、目から涙を流して全身を震えた。
そして猛毒獅子が、今度は自分の前まで来た。
「あ、あああ・・・・・・・・」
受刑者は全身を振るわせながら、ただただ怯えていた。
そんな受刑者を見て、ニヤリと嗤う猛毒獅子。
口を大きく開けた。
「や、やめ」
受刑者は言っている最中で、上半身の殆どの噛み殺された。
残った受刑者の下半身から、少し遅れて血が流れ出してドサリと倒れた。
猛毒獅子はクチャクチャと動きを動かして、周囲に咀嚼音を響かせる。
その音を聞いて、受刑者達は腰を引いていた。
それから再び、猛毒獅子の虐殺が始まった。
猛毒獅子は受刑者達を、好き勝手に蹂躙した。
ある者は胴体を噛まれてジワジワと力を込めて、獲物が泣き叫ぶのを聞きながら殺された。
ある者は爪で身体を切り裂かれ、零れ出た内臓を拾い上げている所を爪で首を斬り裂かれて殺された。
ある者は蠍の尾で貫かれた。その尾の先にある針の毒で、苦しみ悶えてながら殺された。
何名かは必死の抵抗で武器を振るが、その攻撃を猛毒獅子は空を飛んで躱す。
武器を投げたりしたが容易に躱された上に、武器を投げた事で何も持たない状態となった受刑者達に猛毒獅子は襲い掛かる。
そして数十分後。屋内闘技場に出ていた受刑者達が全員死亡した。
すると猛毒獅子は、のんびりと食事を始めた。
猛毒獅子の為の献立は、人肉数十人分。骨やら肉を噛み砕く音を、闘技場に響かせる。
観戦していた受刑者達は、顔を青褪めさせた。中には吐瀉物を吐き出す受刑者も居た。
猛毒獅子が食べ終わると、屋内闘技場に魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣から鎖が出てきて、猛毒獅子を拘束する。
そして猛毒獅子の足元に魔法陣が浮かび上がると、猛毒獅子は何処かに行った。
「・・・ああも転移を自由に扱えるとは」
信康はそれを見て、驚いた。転移の魔法は魔法の中でも習得が難しいと言われているので、その魔法を使える実力者が、このエルドラズ島大監獄に居る事に驚いていた。
信康がプヨ王国に来てから転移魔法が扱える魔法使いは、現時点でサンジェルマン姉妹しか出会っていない。
それ程の希少な魔法を使う魔法使いが、エルドラズ島大監獄に居る事実に驚かざるを得なかった。
「私が用意した催しは、楽しんで貰えたかな? 此処では、私が法だ。貴様等も自分の身が可愛いのであれば、大人しくしておく事だ」
オリガが信康達に警告する様にそう言うと、席から立ち上がってそのまま退席した。
受刑者達は猛毒獅子が食い散らかした犠牲者である受刑者達の遺体の一部と血だけが残った屋内闘技場を見て、自分達がどんな立場か思い知らされたのであった。その中で唯一人、信康を除いて。
(あんな圧倒的な立場に居ると思って高慢ちきになっている女達を押し倒して屈服させられたら、最高だろうな)
恐怖で震える受刑者達と違って信康は内心では、先刻の猛毒獅子の如くオリガ達に狙いを定めて舌なめずりをしていた。