第190話
プヨ歴V二十六年九月四日。
信康は留置所から馬車に乗せられて、二日掛けてドルファンに到着した。
そしてプヨ王国全土から集められた他の受刑者達と共に休息を与えられる事無く、水竜兵団が用意した護送艦に乗艦させられて夜間にドルファンを出港した。
信康達を乗せた護送艦はこれから半日掛けて、プヨ王国本土から南西にあるエルドラズ島大監獄へと進んで行く。
全員が手足に金属製の枷を付けられた状態で、立ったまま寿司詰め状態で護衛艦に乗艦させられていた。信康達は夜の内に乗艦させられたので、立ったままの姿勢且つ男臭い環境の中で一夜を過ごす羽目となった。
受刑者の大半は寝られない一夜を過ごしたが、信康だけは器用に起立したまま熟睡した。そして起床すると、艦内に明かりが指している事で他の受刑者達が凶悪な人相が明らかとなった。
受刑者達は立ったままの姿勢で一夜を過ごす為となったので、溜まりに溜まった鬱憤で今にも爆発しそうであった。
このままだと喧嘩ばかりか暴動が起こると思われた時に、護衛艦が停船した。
(一度大きな揺れが起こった後で静かになったから、どうやらエルドラズに着いたみたいだな)
護衛艦が停船した事から、信康は目的地であるエルドラズ島大監獄に到着した事を察した。
そして護衛艦が停船して直ぐに、水竜兵団の団員が船室に入って来た。
「到着したっ。貴様等っ! 今直ぐ出ろっ!!」
水竜兵団の団員にそう威圧的に怒鳴られて、受刑者達は一人ずつ船室を出て行く。
信康も受刑者達と同様に、その後に続く。
護衛艦の船室を出て階段を上がり外に出ると、眩しい太陽光が信康に降り注ぐ。
その眩しさに、一瞬目をやられ目を瞑った。
「ほら、早く行け」
水竜兵団の団員に背をせっつかれたので、信康は歩き出す。
護衛艦を降りると信康を含めた囚人総勢三百五十八人が、遂にエルドラズ島大監獄に到着した。
船着き場に居ると、エルドラズ島大監獄に勤務している刑務官と思われる刑務官達が現れた。
『おおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!』
看守を見た受刑者達は、驚嘆の声を上げた。その声色は、困惑と歓喜の二色が見て取れた。
何故ならエルドラズ島大監獄から登場した刑務官が全員、女性であったからだ。それもスタイルが良く、容貌も美女ばかりであった。
それだけでなく、刑務官全員の服装が刺激的であった。
上半身が裸でサスペンダーを吊り下げた、赤ショートパンツだけ穿いた刑務官。
白革のボンテージ衣装に、同じ材質のロングブーツを履いている刑務官。
赤い生地のビキニ水着の様な衣装に、同色のショトースカートを穿いている刑務官。
この三例は飽くまで一例に過ぎず他にも刑務官が各々で様々な衣装を着ていたが、全て共通して全員が刺激的な格好をしていた。
(はい? 此処って風俗じゃなくて監獄の筈だよな? 何故看守が揃いも揃って、そんな煽情的な格好をしているんだ?)
エルドラズ島大監獄の刑務官達の服装を見て、思わずその類の嗜好が特徴の風俗に連れて来られたのかと勘違いしそうになる信康。
そう困惑していると、その刑務官達の中から一際目立つ女性が出て来た。
黄白色のウェーブが掛かった長髪。アーモンドの形をした目。青い瞳。整った顔立ち。信康と同等か少し高い身長。
胸元を大きく開けた白い制服に、ショーツが見せそうな位に短い同色のスカートを穿いていた。
こうして前に出てくるので、看守達の中でも地位が高い人物なのだろうと思えた。
「良く来たな、受刑者共っ! 私はこのエルドラズ島大監獄で所長付き補佐官をしている、イルヴ・フォル・コノトワード特務中佐だっ!」
女性らしい高い声で、信康達に聞こえる様に話し掛ける。
しかし信康を除いた受刑者達はイルヴの話よりも、イルヴを筆頭とした刑務官達の格好に目を奪われていた。逮捕されてから異性とは無縁な状況に放り込まれたのだから、この状況は受刑者達にとってあまりに刺激的過ぎた。
受刑者達が自分の話に傾聴していないのを確認したイルヴは、腰に下げている鞭を手に取って身近な受刑者を打つ。
「痛ぁっ!?」
「人の話を聞けん奴は、こうするのが我が監獄のやり方だ。ちゃんと聞くが良い」
鞭に打たれた受刑者は痛みで悲鳴を上げたのを聞いて、漸く他の受刑者達も静かになった。
それを見てイルヴは話を再開した。
「この監獄に入る以上は、貴様等はこの中で一生を過ごすと思って生活しろ。刑期が決まっている者も、当然例外ではないっ! まぁ運が良ければこの監獄から早期出所する事が出来るかも知れんが、其処は貴様等の今後の言動次第だ」
言い終えると、イルヴは鞭で地面を叩いてから引っ張る。
そして綺麗な笑顔を浮かべた。
「ようこそ、我等がエルドラズ島大監獄へ。我々は貴様等を盛大に歓迎してやろう」
そう言い終えるとイルヴは、後ろに控えている刑務官に顎で指示した。
それを見て、刑務官はイルヴに頷いた。
「さぁ、受刑者共。案内するからついて来い」
受刑者達はニヤニヤしながら、看守の言われた通りにした。
前を歩く刑務官の尻や衣装を見ながら邪な視線を送っているのに、何故かイルヴを含めた刑務官達は平然としているどころか、嘲笑すらしていた。そんなイルヴ達の余裕な様子と動作を見て、信康だけはその理由に気付いていた。
(受刑者共は見掛けに惑わされて、ちっとも気付いていないみたいだが・・・イルヴ達の隙の無さは、鍛えられた精兵に匹敵するぞ。流石はプヨ随一の監獄の看守をしているだけの事はあるな)
下心丸出しでイルヴ達に視線を送っている受刑者達とは対照的に、信康はイルヴ達の洗練された動作に関心を抱きながらそう思った。
そうして歩いていると、エルドラズ島大監獄の正門の前に着いた。
その大きな門の門扉には、大陸共通語の言葉でこう書かれていた。
―――この門を潜る者、一切の希望を捨てるな―――
その言葉を見て、信康を含めた受刑者達は首を傾げた。
これはガリア連合王国の南東にあるアパトカト連合王国の一つであるグオスタ市国の詩人の言葉を模したものだ。しかし受刑者達は知る由も無く、幾つもの国々を行き来していた信康も残念ながら知らなかった。
「なぁ。あれって、どう言う意味だ?」
「知るか。看守にでも聞いたらどうだ」
受刑者達が話していると、刑務官がやって来た。
「其処。私語は慎めっ」
「なぁ、姉ちゃん。あの言葉は、どういう意味なんだ?」
「あれか。あれは我が国から東にあるアパトカト連合王国の一つである、グオスタ市国の詩人の叙事詩の有名な銘文を少し変えた言葉だ」
「そうなのかい。で、あの言葉の意味は?」
「エルドラズで生活をしていれば、嫌でも分かる様になる」
そう言うと、刑務官は微笑むだけであった。何故刑務官が微笑むのか分からず、受刑者達は肩を竦めた。
(あの笑みは、絶対碌なもんじゃないと言っている様なものだな)
信康は心中で、刑務官の言葉に呆れていた。そして信康達がエルドラズ島大監獄の正門を潜ると、出迎えたのはまた別の女性の刑務官達であった。
「何でさっきから、女の看守しか居ねえんだ?」
「さぁ」
「何だよ、知らねぇのか。此処の監獄はな、看守を含めて職員は全員女しか居ないそうだぜ」
「本当かよっ!?」
「ああ、作られた当初は女専用の監獄だったらしいが、何時からか男専用の普通の監獄になったらしいぜ。だけど看守だけは女しかエルドラズに配属されるって慣習が変わってねぇらしい。何処まで本当かは知らねぇが、まぁ理由なんざどうだって良いじゃねぇか。そんなもん、俺達にとって重要な話か?」
「おっほ、そりゃどうでも良いわな。それはしたって、何て言えば良いんだ? プヨ万歳、かな?」
「言えてるぜ。げへへっへ」
受刑者達は下心丸出しの、下卑た笑顔を浮かべながら進む。
そして看守に案内されて服を橙色の囚人服に着替えさせられ、終わると両腕に手枷を嵌められた。しかし不思議な事に、この手枷には動きを拘束する鎖が付けられていなかった。