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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
192/397

第187話

 信康達が出て行った傭兵部隊の兵舎は、騒然としていた。


「総隊長、これはっ!」


 リカルドがヘルムートへの朝の挨拶も忘れて事情を聞こうとしたら、ヘルムートが手で制した。


「話は食堂で話す。聞きたい奴は、食堂に来い」


 そう言って、ヘルムートは食堂に行く。その後をリカルドを筆頭とした傭兵部隊の諸将。そしてルノワとコニゼリアによって連れて来られた第四小隊。そして最後に兵舎に残っている隊員全員が後に続いた。この場に居ないのは、昨日から外泊している隊員だけだった。


 そして食堂に入ると、自分の姿が良く見える所に立つヘルムート。


「先ずはノブヤスが何で特殊警務部隊の連中に連行された理由だが・・・正直に言うと、俺にも分からん!」


 食堂に入ってヘルムートの開口一番が、それであった。


 それを聞いて全員が思わず、ずっこけそうになった。


「朝、いきなり俺の自宅(いえ)にロペール少将の部下が来て『ノブヤスに諜報員(スパイ)容疑が掛かっていて、特警が動いている』と言われて、直ぐに取るものも取り敢えず兵舎(此処)に向かった程だからな。俺もどうしてノブヤスが連れて行かれたのか、全く理由(わけ)が分からない」


「総隊長。そのノブヤスを連れて行った特殊警務部隊ってのは、何ですか?」


「特殊警務部隊ってのは、傭兵部隊(おれたち)と同じ近衛師団傘下の部隊の一つだ。憲兵でもあり諜報員(スパイ)の事でもある。憲兵としての仕事にはプヨ軍内部の規律や、秩序維持がある。監察官も、特殊警務部隊の所属だ。それから敵国の諜報員(スパイ)を摘発しての防諜に、逆に敵国に潜入しての情報収集や工作活動も担当する。これが特殊警務部隊。略して特警だ」


 ヘルムートの言葉を聞いて漸く傭兵部隊の隊員全員が、特殊警務部隊とはどんな部隊なのか分かった。


 憲兵とはヘルムートが言う様に、軍隊内の規律と秩序維持を任務とする兵種だ。


 そして諜報員とは、他国に潜入して情報収集や工作活動をして自国に優位を齎す工作員である。


 憲兵の業務として、先ずは軍の監察。監察官の業務でもある信賞必罰の査定に、戦場からの逃亡兵の捕縛又は処刑。戦場での不法行為に関する懲罰。


 諜報活動ならば、プヨ国内に潜伏する敵国の諜報員の摘発。他国に潜入しての情報収集。有力者に接触しての寝返り及び暗殺工作など、その仕事は多岐に渡る。


 プヨ王国軍において特殊警務部隊とは唯一、暗闘等による自国防衛を担う近衛師団第三の剣である。


「その特警とやらが、どうしてノブヤスを捕まえたんだ?」


 カインがそう言うと全員、それを同意とばかりに頷く。そして自然と隊員達の視線が、ルノワに集中した。


 信康が逮捕された罪状が諜報員容疑と言うが、信康は殆ど傭兵部隊の兵舎に居るので諜報員に連絡する手段が無い。外に出たとしても大抵の場合、誰かと一緒に行動している。


 そもそも信康は、ルノワが常に張り付いている事で有名だ。ならばルノワも同様の諜報員容疑で、信康と共に逮捕されなければ話が通じない。そんな信康に諜報員容疑を掛けるのは、無理というものだと思えた。


 第一パリストーレ平原の会戦にパリストーレ平原の戦いと立て続けにカロキヤ公国軍に大損害を与えている信康が、常識的に考えればカロキヤ公国の諜報員である訳が無いとも断言出来るのだから。逆に信康が本当にカロキヤ公国の諜報員であった場合、プヨ王国から信頼を得る為にカロキヤ公国軍五大軍団の約半数に相当する二個軍団もの生贄は、あまりに犠牲が大き過ぎると言えるだろう。


「其処なんだよな。俺もどうして、そうなったか」


「それについては、私が話そう」


 ヘルムートがそう呟きながら首を傾げていると、何時の間にか食堂の入り口のロペールが居た。


「少将。どうして此処に?」


「カルナップ。今はそんな堅苦しい言葉で話さ無くて良いだろう? 普段通りに話せば良いさ」


「・・・・・・そうか。では、ロペール。どうして此処に来た?」


「ああ・・・お前が気にしている件について、少し調べて来た。そして調べたら、面倒臭い奴が係わっているのが分かった」


「面倒臭い奴?」


「ザボニー・フォル・ヒルハイムが絡んでいたんだ。奴が今回の件の告発者だ」


ザボニー(あいつ)がっ!?」


 ヘルムートはその名前を聞いて、嫌そうな顔をした。


「総隊長、誰なんですか? そのザボニーなんちゃらって奴は」


「肩書はしがない監察官なんだがな・・・職務態度も能力も、この職ではなく何処かの下っ端の小役人がお似合いな奴なんだ。しかし実家が名家なもんで、その権力(コネ)を利用して今の職に就いた奴でな。ザボニー(そいつ)は実家の権力(コネ)と自分の職業を使って、悪どい事をしている小悪党だ」


「悪どい事?」


「不正や公金横領、更には賄賂も貰っているっていう噂がある」


「それって、確実に捕まる案件ですよね?」


「普通はな。所がザボニー(あいつ)は其処だけ、悪知恵が働かせる事に長けていてな。普段与えられた仕事は最低限ちゃんとしつつ、自分と実家で作った権力(コネ)を駆使して上手く捕まらない様に色々と手を回していやがるんだ。特警も内心で本当はノブヤスじゃなくてザボニーを捕まえたい筈なんだが、それが出来ていないのが現状だ」


「へぇ、要はあれですかい? 無能だけど、自分の好きな事だけ知恵が回るって奴か」


「ロイド、上官にその言い方は」


 リカルドがロイドを窘める。


「いや、特に気にせんよ、それに、ロイドの言う通りだからな」


「そいつが、何で係わっているんだ? 前の戦で、あいつも傭兵部隊の監察官として付いて来ていた奴で、あいつは俺の小隊の監察官だったぞ」


「其処なんだよ。俺も調べたら、あいつとお前の部下との接点がないからな。それでどうしてこんな事をしたのか、全く分からなくてな」


 ロペールはお手あげとばかりに、手をあげる。


「・・・・・・あ、あの」


「うん?」


 食堂のカウンターから、声が聞こえた。


 誰だと思って全員が顔を向けると、其処にはヴェルーガが居た。


「あんたは確か・・・ヴェルーガさんだったよな? 最近評判の」


「最近評判かどうかは知りませんけど、あたしがそのヴェルーガです。ノブヤスの紹介で、此処で働かせて貰っています」


「話には聞いていたが、そうか、あんたがね・・・・・・」


 カラネロリー経由で信康がブラスタグスの元愛人を拾い、その元愛人を傭兵部隊の兵舎の食堂の調理人として斡旋したという話は既にヘルムートの耳には入っており、その話は承諾はしていた。


 承諾していたのだが、その当の本人にはまだ会った事が無かったヘルムート。


 改めて見ると森人族(エルフ)という事を差し引いても、絶世の美女と言える女性で思わずジロジロと見てしまう。


 それは一度見ている他の隊員達も同じであった。


 しかし女性隊員達の冷たい視線に気付き、全員が慌てて咳払いをして誤魔化す。


「ああ、ヴェルーガさん」


「はい」


「何か話がある様だが、今関係ある事なのかな?」


 ロベールは思わず見てしまう、女性の象徴をチラチラ見ながら話し掛けて来た。


 ヴェルーガは慣れているのか、そんな視線を受けても気にしないで話し始める。


「実は・・・あたしがノブヤスの預かりでフェネルに居た時に、そのザボニーという人が良い話があると話し掛けて来たのです」


「ほう? その良い話と言うのを、出来れば詳しく聞かせて貰えるかね?」


「はい。実は」


 ヴェルーガはフェネルでザボニーが持ち掛けて来た話を話した上に、その後で信康が自分をザボニーから守ってくれた事を話した。


「成程な。それでか」


「あの豚野郎、巫山戯てやがる。それでノブヤスを逆恨みして、こんな事したのか」


「多分、そうだろうな」


 ロペールがそう言うので、ヘルムートは手の平を拳で叩いた。


 そしてその話を聞いて、いきり立つ隊員達は他にも居た。


「ふっふふ・・・ふふふ・・・そうですか」


 コニゼリアがそう言って、椅子を立つ。


「うん? ちょっと待て、コニゼリア。何処に行くんだ?」


「決まっています」


 そう言って、コニゼリアは笑顔を浮かべる。


「ちょっと、所用(首狩り)に行って来ます」


「おい待てっ!? 今、何をしに行くと言ったっ!?」


「首狩り・・・じゃなかった、所用を片付けに」


「殺るな!?」


 ヘルムートは声を荒げながら、コニゼリアを止める。


「そうですよ、コニー。そんな直接的な手段をしたら、傭兵部隊の責任問題になります。貴女も犯罪者になるし、傭兵部隊も取り潰しになりかねないわ」


「それはそうですけど。お姉様」


 ルノワはコニゼリアを宥める。


 それと何故コニゼリアがルノワの事を「お姉様」と言うのは、自分よりも先に信康の愛人になったので、それに敬意を表して読んでいる。


 因みにテイファの事も同様の呼び方をしていたが、そう呼ばれたティファは全身に鳥肌が立てて嫌がった。そしてそう呼ぶのは止めろ懇願したので「ティファ姉さん」という呼び方となった。


「おお、流石はルノワだ。冷静だな」


 ヘルムートは冷静な奴が居て良かったと思ったが、直ぐにその考えを撤回する事となる。


「そんな直ぐに分かる方法よりも我が一族に伝わる呪法で、密かに殺す要にした方が証拠が出なくて、犯人も特定出来ません。それで殺りましょう」


「どっちにしろっ、駄目(アウト)じゃ!? いい加減にしろっ!!?」


 信康はこんな物騒な思考を持つ女性達を、良く愛人にしたなと思うヘルムート。


「此処は私の方で出来るだけ早く、ノブヤスが釈放出来る様に取り計らうとしよう。諜報員(スパイ)容疑と言っても、ザボニーの証言だけで物的証拠など一切無い。手続きをすれば、ノブヤスは直ぐに釈放される筈だ」


「頼む」


「ああ、任せておけ」


 そう言って、ロペールは傭兵部隊の兵舎の食堂から出て行った。


「総隊長と少将は、どういう仲なんですか?」


 ロペールとヘルムートは互いの階級が大きく違うのに、随分と親しい関係を見て隊員の一人が訊ねた。


「ああ、俺が傭兵上がりだったのは知っているよな?」


 ヘルムートの問いに、全員が頷いた。


「俺がまだ傭兵だった時に第二騎士団に来ないかと、勧誘(スカウト)しに来たのがロペールだったんだ。それ以来親しくしていてな・・・因みに俺の妻を紹介して仲人をしてくれたのも、ロペールなんだよ」


「そうでしたか・・・総隊長、話が変わるのですが・・・ノブヤス様から連行される間際で、私は一枚の手紙を預かっているのです」


「何だとっ!?」


 ルノワが口にした報告内容を聞いて、食堂は騒然となる。ロペールとヘルムートと関係など当に忘れて、ルノワは信康から預かった紙を広げて読み始めた。ヘルムート達は、ルノワが持っている紙の内容に注目していた。


「・・・『この手紙が読まれているという事は、俺が憲兵か何かに逮捕された後だと思う。恐らくだが、ザボニーという奴が絡んでいる筈だ・・・』」


 ヘルムート達は予言とも言える信康の手紙の冒頭部分を聞いて驚きながらも、何も言わずに傾聴していた。それは読み上げているルノワも同様であった。


 それから信康の手紙の内容は、要約するとこう書かれていた。


 信康が不在の間の第四小隊は、ケンプファを小隊長代理に推薦。


 信康の解放を条件に身柄を要求して来ようとザボニーがヴェルーガと接触を図ろうとすると思うが、絶対に承諾するな。どうせ条件など、ザボニーは守らないだろうから。


 ザボニーは叩けば出て来る埃など、山程あるだろう。徹底的に調査し尽くして、不正の証拠を洗い出して失脚に追い詰めろ。但し、水面下で動け。露骨に動くと、ザボニーが証拠隠滅に走る懸念がある。

 信康の解放やザボニーの不正調査の為に、心強い協力者が三人居る。


「・・・その協力者がドローレス商会のハンバード会頭に、マリーザって言うルベリロイド子爵家の御令嬢に、アイリスフィール第四王女殿下だって!?」


 信康が残した手紙に書かれている名前をリカルドが呟いて、再び傭兵部隊の兵舎の食堂は騒然とした。


「ドローレス商会と言えば、プヨでも五本の指に入る大商会だよ? ルベリロイド子爵家も大富豪で知られる貴族だし・・・それにアイリスフィール王女殿下って・・・」


「・・・手紙によると、アリーナと言う御令嬢と仲良くなったのが切っ掛けで父君のハンバード氏と警備部隊総隊長で祖父御のビュコック氏と懇意になり、マリーザ嬢とは運送のアルバイトが切っ掛けで親しくなり、アイリスフィール殿下はお忍びの際にノブヤス様が護衛をしていたのが理由だそうです」


「かー凄い交友関係だな。そしてものの見事に全部、女が逐一絡んでやがる。実にノブヤス(あいつ)らしいと言えるが・・・と言うか殿下との関係くらいは、俺に一言だけでも報告しとけよなぁっ!」


 信康がアイリスフィールとの関係を言わなかった事に、ヘルムートは悪態を吐いていた。それからヘルムートは、傭兵部隊の兵舎の食堂に居る全員を見渡しながら話を始めた。


「取り敢えずノブヤスが書き残した事は、尤もと言える。先ずヴェルーガさん。あんたの下へ近々、ザボニーが接触して来る可能性が高い。その時は何と言われようと、絶対に頷いて承諾とかしないでくれ。そんな事をしたらザボニーの思う壺だし、ノブヤスの足も引っ張る事になる。それから娘さん達にも接触するかもしれんから、あんたの口から注意喚起しておいて貰いたい」


 ヘルムートにそう言われたヴェルーガは、力強く首肯して承諾した。ヘルムートは続けて、ルノワとコニゼリアを見た。


「ルノワとコニゼリアはドローレス商会とルベリロイド子爵家に、ノブヤスが不当逮捕された事を知らせて来い。アイリスフィール殿下は・・・取り敢えずロペールに頼んで、御連絡出来る様に手配してみる。ついでに第一、二、四、五騎士団と警備部隊と神官戦士団にもノブヤスの不当逮捕された事を伝えてみる。第二騎士団は古巣で俺が言えば手伝ってくれるだろうし、他の騎士団と神官戦士団・・・特に炎龍戦士団はノブヤスを高く評価してくれていたからな。一緒に不当逮捕を抗議してくれれば、釈放は早まる筈だ。グランの末路を覚えているなら知っているだろうが、諜報員(スパイ)は問答無用で死罪になる。ノブヤスがどっかの監獄へ送られた挙句処刑されるのだけは、絶対に阻止しないと・・・・・・他の奴等は無駄に騒ぐ事無く通常通り、調練に入れっ! 以上だっ! 掛かれっ!」


『了解!』


 ヘルムートの命令と号令を受けて、傭兵部隊は各々の職務や任務を全うすべく解散して傭兵部隊の兵舎の食堂から退室した。


 しかし一部の隊員だけは、食堂にそのまま残っていた。その隊員達は、まだ朝食を済ませていなかった隊員達だ。その隊員の中には、リカルドとバーンも居た。


「なぁ、リカルド」


「何だい。バーン」


「さっきのザボニー・フォルなんちゃらとかって、言う奴が居たよな?」


「ザボニー・フォル・ヒルハイムだよ。バーン」


「そいつだけどさ、そいつも貴族なんだよな?」


「ああ。ヒルハイム侯爵家は何処だったか忘れたけど、プヨの五大貴族の分家だからな」


「貴族なのにどうして、フォンじゃねえんだ?」


「それはね。フォンというのは貴族と騎士、もしくは一代貴族が名乗る称号なんだ。そしてフォルというのは、その家の当主か当主候補が名乗る事が出来る称号なんだ」


「へぇ。そのフォルとかいうのは、何時まで名乗れるんだ?」


「家を継ぐ後継者に当主の座を譲るまで、フォルを名乗れるんだ」


「そうなのか。それにしても、ノブヤスは厄介な事になったな」


「そうだね。今頃どうしているんだろう? 面会の方だけど、それって可能なのかな?」


 リカルドは天井を見上げた。


 その頃の信康はと言うと。


「・・・・・・・・・・・・・」


 鉄格子が嵌められた換気用の窓しかない、数十人が入っている牢屋の如き部屋の中に居た。


 此処は留置所みたいだった。此処から次に何処に行くかは、犯した罪の重さで決まるのである。尤も、信康は犯罪行為など犯していないが。


 信康は黙って、ジッとしていた。


 暴れたり騒いだりする理由が無いからだ。面倒を起こして本当の罪人になっては、信康としても非常に困るのだから。


(人生万事塞翁が馬だ。切れる手札は全て切っておいたが・・・さて、次はどうなる事かな?)


 取り敢えず流石に処刑になりそうだったら逃げるかと思いながら、静かに自分がどうなるかの結果をただ待っていた。

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