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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
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第17話

 プヨ歴V二十六年五月十七日。朝。


 パリストーレ平原で、再び両軍はぶつかった。カロキヤ公国軍及び真紅騎士団(クリムゾン・ナイツ)の混成軍は、鶴翼陣を展開した。プヨ王国軍を包囲殲滅する心算だ。


 対してプヨ王国軍は方円陣を展開させて、カロキヤ公国軍の混成軍の動きを待った。


 カロキヤ公国軍の混成軍は、攻撃を開始した。雄叫びをあげながら、プヨ王国軍に向かって駆け出した。


 プヨ王国軍は動かず、ジッとしていた。


 まるで、甲羅に籠もった亀の如く、只管に守りを固めた。


 カロキヤ公国軍の混成軍の将兵は、そんなプヨ王国軍を見て自分達に怖気付いて動けないのだと、心中から嘲笑した。


 プヨ王国軍から隙を付いて脱出して来た仲間が、重大情報を持って帰って来ていたのだ。


 プヨ王国軍総大将のロゴスが指揮も出来ない状態で、プヨ王国軍は混乱中と言うものであった。


 プヨ王国軍の行動もまた、その流言の信憑性を高めていた。


 信康発案で流された流言を真に受けて士気を高くしていたカロキヤ公国軍の混成軍は、後もう少しでプヨ王国軍に襲い掛かれる所まで迫っていた。


 しかし、それでもプヨ王国軍は全く動かなかった。


 其処からカロキヤ公国軍の兵士が一歩進むと、突然地面が沈みだした。一人では無く、数百人もの兵士の足首だけが沈んだ。


「な、何だ、これは!?」


「落とし穴だ。気をつけろっ。まだ有るかも知れないぞ!」


 落とし穴に警戒して、カロキヤ公国軍の混成軍は足を止めたので進軍が止まった。しかし駆け出した人の足と言うのは、そう簡単には止まれない。


 落とし穴に足を取られた兵士は転倒し、更に後続の兵士も巻き込まれて転倒した。


 それにより前線の各所で圧死したり踏み殺されたりして、阿鼻叫喚に陥り混乱状態に陥った。


 その好機を待っていたプヨ王国軍は、大盾を構えていた歩兵を弓兵と交代させた。正確には、大盾で弓兵の存在を隠していたのだ。


 弓兵は事前に構えていた弓弦を力一杯引いたので、一瞬にして矢が雨霰の様に放たれた。


 カロキヤ公国軍は落とし穴に嵌った兵士達によって混乱状態に陥っていたので、真面にプヨ王国軍の弓の雨に対処出来なかった。


 一方の真紅騎士団は、プヨ王国軍の行動に不信感を抱いて追撃せず停止して静観していた。


 その一瞬の判断で生死を分けた。


 放たれた矢は、次々と当たり地面に多くの兵を倒れさせた。落とし穴に嵌らなかった真紅騎士団クリムゾン・ナイツの被害は軽微だったが、カロキヤ公国軍の被害は甚大だった。


 中には盾を持っている者がいて、運よく防ぐ事が出来たが、落とし穴に落ちた者はそうはいかない。


 穴に落ちて足を封じられた事で、後続から来る味方に踏み潰されるか、プヨ王国軍の放った矢を躱す事も防ぐ事も出来ずに一人残らず戦死した。


 矢の攻撃を受けて混乱している敵に、今度は魔法使いによる攻撃が続いた。


 炎は爆発して混乱が増した、それに加えて煙が立ち込めて視界が利かなくなった。


「ええいっ! 我が軍が使った策を真似るとは、小癪な真似をっ!! ・・・動じるな! こんな煙は一時的な物だ。直ぐに治まるっ。それよりも陣形を整えろ!! この煙に乗じて、敵は攻めて来るかもしれん。早く陣を立て直せ!」


 各軍の諸将にそう言われて、軽い負傷を負った兵は自力で後方に下がり、重い者は他の兵の手を借りて後方に下がって手当てをした。


 そうして漸く、陣形が整った。


「何とか立て直したか、直ちに敵の攻撃に備えろ!」


 そして煙が完全に収まり、視界があけた時にはプヨ王国軍は後退していた。


 これにはカロキヤ公国軍は驚愕した。


 先程まで戦っていたプヨ王国軍が撤退をしていたので、兵士達も言葉が出ないみたいだった。


 それは今回のカロキヤ公国軍の総大将であり、カロキヤ公国軍征南軍団軍団長のステファル・ドードリアートも、どう指示をしたら良いか分からなかった。


 ステファルは今年で、御歳三十歳であった。屈強な肉体を持つ男性だ。


 カロキヤ公国への愛国心も忠誠心も高く、知勇兼備な名将であった。


 次期カロキヤ公国大将軍と目されている傑物をもってしても、敵が交戦すると思っていたのに後退をしだしたので、言葉がでなかった。


 煙で視界を遮っていたのが、敵が突撃する為の時間稼ぎだろうと考えていたみたいだ。


 それがまさかプヨ王国軍が撤退するとは、ステファルも思わなかった。


「これはどうした事だっ!? 敵が撤退を始めたぞ!」


「ステファル軍団長閣下、如何致します?」


 側近が訊ねてきたので、ステファルは少し考えてから命令をだした。


「付近の偵察をしろ! 敵が偽装撤退したやもしれん。追撃をしたら何処からか伏兵が現れるやもしれぬぞ。十分に警戒させて行かせろ」


「はっ、ただちに」


 それを聞いた側近は、その場を離れて兵に伝達に向かった。


 偵察に出る斥候が、三方に分かれて出発した。


 それが終わると、落とし穴がまだ有るか調べさせてから無い事を、確認して兵を休ませた。


 休ませたと言っても歩兵は地面に座りこんでいるだけであり、騎兵は馬上で水を飲んでいるだけだ。


 偵察に出して一時間程して、偵察に出ていた斥候達が戻って来た。


 斥候達はステファルの元まで駆けると、報告を始めた。


「付近を捜索しましたが、伏兵はありません。敵は後退を進めていましたが・・・我等の追撃が無い事が分かると、更に速度を上げて撤退しております」


 それを聞いたステファルは、諸将を招集して軍議を開いた。


 ステファルは集まった諸将に、意見を求めた。


「敵は撤退を始めた。我等はこれからどうする?」


「如何するとは如何なる意味ですか?」


「戦果としては十分だが・・・此処は追撃して敵を徹底的に叩くべきか、それとも慎重に帰して此処でアグレブに引き返すかだ。皆の意見を聴こう」


「追撃すべきです。敵は撤退したのですから此処は敵の背後を襲って、徹底的に叩きましょう。今の内に、次の芽は摘んでおくべきです」


「否っ! これは敵の偽装撤退で、のこのこ出向けば敵から手痛い反撃を受ける可能性がありますっ! 折角得られた勝利と戦果に、傷を付けられる危険性リスクは避けるべきですっ。此処は誘いに乗らずアグレブに撤退し、胸を張って凱旋致しましょう。それだけでプヨには多大な影響を与えられますっ!」


 追撃派と撤退派で別れて議論が行われたが、カロキヤ公国軍の諸将の意見は、撤退の意見が多かった。


「皆の意見は、良く分かった・・・真紅騎士団はどうだ?」


 ステファルは真紅騎士団団長のヴィランに訊いてみた。


 それを聞いたヴィランは、首を横に振った。


「戦果は十分であれば、此処は大人しくアグレブに退いて次の戦に備えるべきでは無いか? 無理をしてまで、敵地の奥まで進む事はあるまい」


 顔をフルフェイスの兜で隠しているが、歴戦の貫録を出していた。


「これは意外な。勇猛で名高い傭兵騎士団の団長とも在ろう者が臆病風に吹かれたか?」


 ヴィランの意見を聞いて、一人の男が前に出た。


 革鎧を着て、腰には三日月刀(シミター)を差していた。


 頭に鉢金を巻き、浅黒い肌をした男性だ。


 二の腕に青い布を巻いている。これはアヴァ―ル族の部族民が、成人した証に付ける伝統の装飾品だ。


 この男性とは遊牧部族である、アヴァ―ル族の戦士長のユ・ガーだ。


 ユ・ガーは鼻で馬鹿にしたが、ヴィランはそれを気にせず言い募った。


「これ以上戦果を求めると、味方の被害が増すばかりと判断して言っている。貴様はそんな簡単な事すら、分かる頭を持っておらんのか?」


「何だとっ!? 貴様がこの私を侮辱するとは、その口が二度と喋れない様にしてくれる!」


 ユ・ガーは三日月刀を抜こうとしたが、周りが止めた。


「戦士長。ここで味方を殺めても士気が下がるし、相手は真紅騎士団の団長です。団長を殺したら、真紅騎士団に報復されます。御怒りをお鎮め下さい!」


 それを聞いてユ・ガーは舌打ちをして、顔を反らした。


 この場に居る者の意見を聞いて、ステファルは決断した。


「分かった。行きたくない者を無理に行かせても、全軍に影響が出る。貴様等真紅騎士団は撤退派の諸将を連れて、先にアグレブに帰還してくれて構わん。我が軍の追撃派とアヴァール族の兵だけで、プヨ軍を追撃する。第一陣はアヴァ―ル族で第二陣が本軍、後方に飛行兵部隊で行くぞ」


 それだけ言い、ステファルは出陣命令を下した。撤退を進言した諸将はステファルに同行を希望したが、ステファルは許さなかった。


 どうやら、ステファルは追撃したかったらしく、撤退を進言した諸将に手柄を分けたくないが為に追い出したみたいだ。


 知勇兼備と称賛される名将に似合わぬ、狭量な一面がステファルにはあった。


 ステファルから無碍な扱いを受ける撤退派の諸将を他所に、ステファルの側近達は兵に伝達する為に離れて追撃派の諸将も追撃に参加すべく自分の麾下部隊に戻って行った。


 ヴィランはステファルに言われた通り、撤退派の諸将に声を掛けてから真紅騎士団に戻ろうとしたら、ユ・ガーがヴィランを見てニヤリと笑った。


 その笑みは真紅騎士団より戦果を挙げて見せるから、楽しみに待っていろと言っているみたいだった。


 このアヴァ―ル族は、リョモン帝国のとある地方で生活している部族だ。


 その土地は、作物があまり取れない不毛の大地なので、アヴァール族の部族民は傭兵をしながら、日々の食い扶持を稼いでいた。


 今回の戦争も、カロキヤ公国に雇われて参戦した。手柄を立てる事が出来たので、既に問題は無い。


 予想外と言えば、商売敵である真紅騎士団が自分達よりもデカい手柄を立てた事だ。敵将を討ち取る程の大手柄は、まだアヴァール族は挙げてはいなかった。


 ヴィランはユ・ガーのそんな態度を見ても、何も言わず黙って真紅騎士団に戻って行った。その様子は侮辱している訳でもなく、寧ろ眼中に無いと言わんばかりの態度であった。


(見ていろ。手柄を立てて鼻を明かしてやる!)


 ヴィランのそんな態度が、ユ・ガーには実に憤慨ものであった。ユ・ガーは心中で思いながら、自分の部族が居る所に向かった。


 アヴァール族の先頭に立ち、三日月刀を掲げた。


「行くぞ! 恐れず敵を蹴散らせ!」


『おおおおおおおお~~~っ!!!』


 雄叫びを辺り一帯に轟かせた。アヴァ―ル族は騎兵を先頭に、後方に歩兵の編成で進軍を始めた。


 その後をカロキヤ公国軍が続いた。ヴィランはそれを見送った後に、全軍の半数に当たる撤退派のカロキヤ公国軍を連れてアグレブに撤退した。


 進軍を開始してから一時間が過ぎた。


 ステファルはまた偵察をさせて、情報を得ようとしていた。


 其処へ先頭に居るアヴァ―ル族から、伝令がやって来た。其処で全軍の足を止めた。


「申し上げます。ここより三十分ほど歩いた所で陣を発見しました」


「その陣に人は居るか?」


「いえ、人は一人も居ませんでした。戦士長がどうしたら良いか、訊いて参れと言われました。総大将閣下、ご命令を」


 アヴァール族の伝令は頭を下げて、ステファルの命令を待っていた。ステファルは考えていた。


(陣があったという事は敵に援軍でも来たのか? いや、そんな報告は受けていない。ならば、何かの策か? 分からんな。情報が少な過ぎて判断が出来ないが、此処はもう少し追撃をして様子を見るとするか。いざとなれば、アヴァール族蛮族共を囮にして撤退すれば良いのだからな)


「そのまま、追撃を続けろとだけ伝えろ」


「はっ、承知致しました」


 アヴァール族の伝令が命令を伝える為、ステファルの前を去った。


「此処に陣があるというの意味が分からんが、追撃をして敵を捕らえれば分かる事だろう。全軍、進軍を開始せよ!」


 ステファルの号令に従い、カロキヤ公国軍は進軍を開始した。


 それから進んで行くと、陣が幾つも見つかった。


 一応プヨ王国軍の伏兵が潜んでいないか、念入りに調べさせたが影も形も無かった。


 その所為で足を止めるのでプヨ王国軍と離れて行くが、万が一兵が潜んでいたら損害を受けるのは自分達だから慎重に慎重を重ねるのは、仕方がない事だろう。


 ステファルは陣地を調べさせて、人が居ないと聞く度にその怒りを側近にぶつけていた。


「ええ~いっ、これで空の陣を調べるのは何度目だ!? これ以上離されると、手柄が逃げてしまう!! これでは追撃をした意味が無いわっ!!」


「ですが総大将閣下。もし敵が潜んでいたら、我が軍の損害は馬鹿に出来ません。此処は敵国の奥地なのですから、慎重に慎重を重ねても進軍するべきですっ」


「分かっておるわっ! だが先刻さっきから陣を調べても、敵が居ないではないか! これでは無駄足ではなっ・・・・待てよ、そうかっ! 敵は策が分かったぞ!」


「何と!? それは誠ですか? 閣下っ」


「奴等は我が軍を翻弄させる為に、こうして陣を作ったのだ」


「それでは、敵はどういった魂胆で空の陣地を作っているのですか?」


「考えてもみろ。我等がこうして陣を調べるため足を止めているがその間だけ、敵は撤退して距離があけるであろう」


「成程、確かに・・・では敵は我等の足を少しでも止める為、こうして空の陣を作っているという事ですか?」


「そうだっ。私とした事が敵の策に乗せられるとは・・・だが、敵の考えは分かったのだ。伝令!」


「はっ、此処に」


「今直ぐに、先鋒のアヴァ―ル族に伝えよ。『これから先は敵陣地を見つけても、全て無視して進軍を続けろ』とな」


「了解しましたっ!」


 伝令の背中を見やりながら、笑みを浮かべていた。


「さて、これで遅れた分の距離を縮めるとするか。全軍、駆け足」


 今まで離された距離を稼ぐ様に、カロキヤ公国軍は駈け出した。進んだ先で、信康が仕掛けた地獄が待っているとも知らずに。

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