第184話
プヨ歴V二十六年八月三十日。昼。
パリストーレ平原の戦いにてカロキヤ公国軍征西軍団との戦争に大勝利を収めたプヨ王国軍は、フェネルで休む事無く一日掛けて王都アンシへ帰還するべく出発準備に専念した。
プヨ歴V二十六年八月三十一日。朝。
そして出発準備を終えたプヨ王国軍は翌朝、王都アンシへ向かうべくサンジェルマン姉妹の転移門を使用して帰還を始めた。サンジェルマン姉妹だけでは到底転送出来ない人数であったが、其処は魔力供給の魔法で各騎士団の魔法使いと魔術師が支援してくれたお陰で如何にか転送に成功した。
そしてプヨ王国軍は無事に、王都アンシに到達する事が出来た。
王都アンシを囲む城壁を眼前にしたプヨ王国軍は、異口同音に一斉に安堵の息を吐く。
自身が生き残った事と、祖国であるプヨ王国を無事に守る事が出来た事実にだ。
そして城門の前まで来て、少し待つと城門が音を立てて開く。
開いた瞬間、プヨ王国軍を出迎えたのは歓声と花吹雪であった。これは、グレゴートがメルティーナに転移門を行使させて勝利報告を綴った報告書を持たせて伝令兵を王都アンシへ一足先に帰還させたので、王都アンシでは既にプヨ王国軍の勝報が王都アンシの市民達にまで知れ渡っていたのである。
更に今日プヨ王国軍が帰還すると知った市民達が護国の英雄であるプヨ王国軍を労おうと、城門前に我先にと行列をなしていたのだ。そして城門を潜るプヨ王国軍に、市民達は一斉に花吹雪を放ったのである。
王都アンシの市民達のその歓声と花吹雪の見事さに驚き、一瞬だけ言葉を失うプヨ王国軍。そんなプヨ王国軍を他所に、王都アンシの市民達は声を掛ける。
「プヨを守ってくれてありがとう~!!」
「やっぱり、プヨ軍は最強だっ!」
「プヨ王国軍、万歳!! 万歳!!」
感謝の言葉を言ったり、自国の軍を褒め称えたり、勝利を喜んだりと全員がそれぞれの喜び方をしているが、共通して言える事は祖国の危機が去った事実に喜んでいた。
そんな歓声を受ける一団の中には、傭兵部隊も含まれていた。
「へっへへ。こうやって感謝されるのも、悪い気はしないな」
「ああ、そうだな。高い犠牲を払った甲斐があるってもんだ」
ロイドとカインは歓声を聞きながら、喜んでいた。
自分達も頑張ったのだから、こうして歓声を受けていると思うと感慨深いのだろう。
プヨ王国軍はそのままプヨ王宮まで行進するが、傭兵部隊は途中で道を外れる。
今回行われたパリストーレ平原の戦いにおいては、信康と信康麾下の第四小隊のお陰で第一功とも言える多大な功績を立てたとはいえ、官位を持たない海の物とも山の物ともつかない者が多い傭兵部隊をプヨ王宮にあげるのは、反対する意見が根強かった。
なので、グレゴートは王都アンシに帰還する前に事前に、傭兵部隊にプヨ王宮へ上がる事を希望するかどうか確認していた。グレゴートが強く言えば傭兵部隊も無事にプヨ王宮に上がれると言ってはくれたが、傭兵部隊の隊員達の大半はプヨ王宮に上がる事を嫌がり反対したのだ。
何せ、プヨ王宮という堅苦しい所に行く位ならば、場末の酒場でドンチャン騒ぎをするが良いと傭兵部隊の隊員の大半が言うのだ。リカルドを筆頭に一部の隊員達それに関して不満があるみたいだったが、極少数だったので口には出さなかった。
その結果、傭兵部隊だけは先に行進の列から外れる事が出来たのである。
そして傭兵部隊が兵舎の前に着くと、ヘルムートが声をあげる。
「よぅし! 武装解除したら各自、好きに休め! 寝るも良しっ! 娼館に良くも良しっ! 酒場に突撃するのもよしっ! 好きに行動しろっ!! ただし羽目を外し過ぎて、王都の警備部隊の世話になる様な馬鹿は後でみっちり扱いてやるからそう肝に銘じておけっ!!」
「うっす!・・・総隊長、今回の傭兵部隊が立てた功績はどうなるんですか?」
「論功行賞については、後日別で執り行われる予定だ」
隊員の一人がそう尋ねるとヘルムートがそう答えたので、全員が笑顔を浮かべて自分の部屋に向かう。
信康も自分の部屋に向かおうとしたが、ふと一緒に付いて来た者達を見る。
「お前等は、これからどうする?」
信康がそう声を掛けるのはヴェルーガ達、高位森人族親子であった。
王都アンシに入る前にカラネロリ―が手を回したお蔭で、ヴェルーガ達はプヨ王国の戸籍を手に入れる事が出来た。
無事に戸籍を入手出来て次にすべき事は、住居の確保である。宿に宿泊しては、金が掛かるばかりだからだ。
其処でヴェルーガ達の要望を出来るだけ叶えようと、信康は尋ねてみたのである。
信康がその気になれば、ヴェルーガ達を養う為の十分過ぎるだけの私財がある。
「もし仕事が欲しいんだったら、傭兵部隊の兵舎にある食堂に雇われてみたらどうだ?」
信康がそう言うのは、ヴェルーガの料理の腕を見込んでた。
実際にフェネルに設置されていた高級食堂でヴェルーガが料理を振る舞った際は、あまりに美味しくてその料理を食べた将校全員がその味に喜んでいた。
中にはその美貌に口説く将校も居たが、ヴェルーガはザボニーの時と同様に軽くあしらっていた。
信康もそれを考えたが兵舎には管理人の部屋はあるが、食堂で働く者用の部屋は無い。
食堂で働く職員は全員通勤者なので、部屋が無いのだ。
なのでヴェルーガ達の為に、部屋を用意しなければならない。
其処でどうじたものかと、考え始める信康。
(部屋、部屋、部屋・・・・・・あっ)
一箇所だけ、信康に思い至る所があった。
ついでに、報告したい事があった事も思い出した。
「少し此処で待っていろ。部屋に一度戻ったら、親子三人で暮らせる所を案内する」
「そんな所、あるのですか?」
エスルトは疑い深い顔をしている。
信康の事を、其処まで信頼していない様だ。
「こぉら、紹介してくれる人をそんなに疑わないの」
ヴェルーガはエスルトの頭を小突く。
頭を小突かれたエスルトは、むくれる。
「ねぇねぇ、どんな所?」
ネッサンは信康に訊ねる。
「人並みに快適に暮らせる部屋、とだけは断言出来るな」
「そうなんだ」
ネッサンはそれ以上何も訊かず黙る。
「直ぐに戻るから、此処で待っていろ」
そう言って信康は、兵舎にある自分の部屋へと向かった。そして自室に入った後に戦争に行く前と変化が起きていないだけ調べてから、虚空の指環に魔鎧などを収納した後に自室から退室した。
それから直ぐに玄関先で待っている、ヴェルーガ達と合流した。
「待たせたな」
「ううん。そんなに待ってないから、大丈夫だよ」
「そうか。なら良かった。じゃあ案内するから、付いて来い」
信康が先頭に立ち、ヴェルーガ達を案内する。
傭兵部隊の兵舎を出てから、三十分程歩いた。
今日はプヨ王国軍が凱旋した事を祝してお祭り状態の道を歩いた所為か、目的地に着くのに普段よりもかなり時間が掛かった。
そして漸く、目的地に着いた信康達。
其処はカルレアのアパートメントだった。
「此処だ」
「此処って。アパートメント?」
「そうだ。知り合いが経営している所だから、もし何か仕事をしたいなら俺よりも此処の大家が身元保証人になれる筈だ」
「ええ、大丈夫なの?」
「問題は無い。大家の人格は保証する・・・問題があるとすれば、今日居るか如何かだな」
そう呟きながら、信康はカルレアの部屋に行く。
部屋の前に着くと、ドアをノックした。
『どなたですか?』
「俺だ。信康だ」
そう言うと、急いで扉が開かれた。
「お帰りなさい、何処も怪我は無さそうね」
「まぁな。それと今日は、相談事がある」
「相談事?」
信康は身体をずらして、自分の後ろにいるヴェルーガ達を見せる。
「この人達は?」
「まぁ詳しく話したら面倒な事になるんで、掻い摘んで説明する。国外から最近プヨに流れてきた森人族だ。名前をヴェルーガと言って、他の二人は娘のエスルトとネッサンだ」
「どうも~初めまして」
「どうも」
「こんにちわっ」
「はい、こんにちわ。私は此処の大家をしている。カルレア・グランヒェルです」
「こちらこそ、よろしく」
ヴェルーガは手を出して握手を求めた。カルレアも手を出して握手した。
「それで、此処に連れて来たという事は・・・部屋を紹介して欲しいという事ね」
「ああ、そうだ。俺かルノワが使っていた部屋は、まだ空いているか?」
「ええ。貴方達が使っていた部屋はまだ入居者が居なくて、空いているままになっているわ。その部屋を借りる?」
「そうしたい。俺とルノワが以前使っていた二部屋あるが、どうだ?」
部屋を借りる前に、信康はヴェルーガに訊ねた。
「あたしは言いけど、エスルトとネッサンはどう?」
「私もそれで良いです」
「私も~」
「そうか。じゃあ、二部屋で」
「分かったわ。じゃあ、部屋に案内しますね」
そう言ってカルレアは部屋を出て自動階段の所に行き、一段目に足を掛けると自動階段が青白く輝き音を立てて動き出した。
それを見て、ヴェルーガ達は驚いた。
「へぇ、魔法で動く様にしているんだ。凄いね」
「此処はそういう風に作ったが、他はそういう訳では無いからな。其処の所は勘違いするなよ」
「分かっているって」
そう言ってヴェルーガは自動階段に足を掛けて、上へと上がって行く。
エスルト達も初めて見て驚いていたが、直ぐに慣れたのか難なく足を自動階段に乗せて上へと上がって行く。
そして二階に上がると、カルレアはそのまま部屋へと案内した。
「此処です。家具などはノブヤスさんとルノワさんが購入した物がそのまま置いて行ってあるので、それを是非使って下さい」
「そうなんだ。良かった。ありがとうね、ノブヤス」
買い揃える必要が無くて、喜ぶヴェルーガ。
カルレアから部屋の鍵を渡されると、三人は部屋へと入る。
「へぇ、思っていたよりも広いねっ」
「そうね。それにお風呂場も付いているわね」
「うん。此処だったら、問題なく料理が出来るね」
三人は部屋に入ると、問題は無さそうに言っていた。
そんな三人を放って、信康はカルレアに話しかける。
「悪いな、事前に話も無しに連れて来て」
「気にしないで良いわ。丁度、空いていたから」
「そうか。ああ、それとな」
「何かしら?」
「旦那の仇だが、取って来たぞ」
「っ!?」
それを聞いて、カルレアは目を見開き口を手で覆う。
更に目から涙が零れ出した。
「・・・・・・そう、そうなの。・・・・・・ありがとう」
嗚咽を漏らしながらカルレアは感謝した。
「今度、主人の墓で報告させて貰うわ。・・・・・・本当にありがとう」
「ああ、そうだな。暇が出来たら、俺も挨拶に向かうか」
信康はカルレアを慰める様に抱き締める。
それからは部屋を気に入ったヴェルーガ達に当座の金として、金貨が百枚入った革袋を渡した。ヴェルーガ達は驚いて信康に返そうとしたが、信康は無償でやる金で返金の必要は無いと押し付けた。
部屋代についても信康が二部屋分を一年分先払いにしたので、ヴェルーガ達は信康に感謝していた。後の事はカルレアに任せて、信康はカレルアのアパートメントを後にした。
そして傭兵部隊の兵舎にある自室に戻り、信康は席について紙に何かを書き始めた。何度か書き直した後に、清書したその紙をポケットに仕舞った。
「これで良し。後は・・・こうだな。杞憂で済めば良いんだが・・・用心しておくとしようか」
信康はそう言うと、立て掛けていた鬼鎧の魔剣を手に取り虚空の指輪に収納した。そしてそのまま、虚空の指輪を指に嵌めた。
「誰だ?」
信康は虚空の指輪を指に嵌めた後、警戒する様に扉の方に視線を移した。何故なら扉から、ノック音が聞こえたからだ。
「私です。コニゼリアです」
何の用でコニゼリアが来たのか分からないが、取り敢えず安堵して扉を開ける信康。
「何か用か? コニー」
「え、えっと・・・お話したいので、部屋に入っても良いですか?」
「ああ、構わないぞ」
信康はコニゼリアを招き入れた。