第183話
高級食堂で信康が朝食を丁度食べ終わった頃にフェネルの領主から、緊急招集命令が発令されて第四小隊は城門前に集結させられた。
何故緊急招集命令を出したのかと信康がフェネルの領主に尋ねると、プヨ王国軍がフェネルに到着するという連絡を伝えて来た伝令兵がフェネルに到着したそうだ。
その報告を聞いて驚愕する第四小隊であったが、フェネルの領主は続けて何故プヨ王国軍が行軍して四日以上掛かるダナン要塞付近から帰還出来るのかと言う理由も話してくれた。
プヨ王国軍に帰還したサンジェルマン姉妹が、転移門でただプヨ王国軍を転移させただけの話である。しかし信康達が驚いたのは、これだけが理由と言う訳では無かった。
サンジェルマン姉妹から事前に第四小隊は聞いているのだが、サンジェルマン姉妹の魔力量を以て転移出来るのは二人合わせて最大で一万が限界だと聞いている。
プヨ王国軍はパリストーレ平原での決戦で二千前後の損失を受けていたが、捕虜にしたカロキヤ公国軍約一万二千を虜囚にした所為でその総数は現在約三万二千となっている。サンジェルマン姉妹が頑張って転移門を展開しても三日半または四日掛かる計算であった。
何故なら転移門を行使して魔力を消費するのは、誰かが転移門を通った瞬間だからだ。詠唱して転移門を展開するのは大した事は無いのだが、どうしても人数制限の問題が出て来てしまうのである。
しかしその魔力不足の問題を解決したのが、魔力供給の魔法であった。
魔力供給とは魔力持ちが、他人に自身の魔力を譲渡する魔法だ。魔法使いや魔術師が学ぶ、基本的な魔法の代表格に当たるのが、この魔力供給の魔法なのだ。
この魔力供給に弱点があるとすれば、魔力を持たない人間に魔力供給を詠唱しても意味がない事と自身の魔力量を超える魔力を魔力供給すると失神してしまう事である。
プヨ王国軍の各軍団に居る魔法使いと魔術師を筆頭とした魔力持ちが、サンジェルマン姉妹の為に魔力供給を使って補助してくれる事となったのだ。
それによりプヨ王国軍はパリストーレ平原からフェネル前まで、早朝から転移する事に成功したのだ。
第四小隊がフェネルの領主の話を聞いている内に、プヨ王国軍がフェネルに入市し始めた。それを見て出迎えの部隊はきちんと敬礼をして、プヨ王国軍を迎い入れる。
「出迎え、大儀である」
フェネルに最初に入市して来たのは、此度の総大将にしてプヨ王国軍第一騎士団団長のグレゴートであった。その直ぐ後ろには、実質的な副将である第一騎士団第一部隊部隊長のギュンターも控えていた。
「・・・おおっ!」
フェネルの領主と共に敬礼した第四小隊に、グレゴートとギュンターは直ぐに気付いた。二人は騎乗したまま、第四小隊に接近して行く。
「そなた達が打ち立てた此度の戦果は、大変素晴らしいものであった。プヨの長い歴史を遡っても、類を見ない程の大戦果である。大儀であった」
「はっ。有り難き幸せ」
グレゴートはそれだけ言うと、先に騎馬を進めて第四小隊から去って行った。ギュンターも第四小隊に一礼だけして、直ぐにグレゴートの後を追って行った。
『・・・っ』
信康とルノワはともかく第四小隊の小隊員の大半は、グレゴートから直接送られた賞賛の言葉に感動していた。プヨ王国で最高位に位置する武将に賞賛されたのだから、無理も無い話なのだが。
第四小隊がそうしている間に第一騎士団はフェネルに入市し、続けて第二騎士団もフェネルに入市した。
「おはようございます。ノブヤス」
『!』
すると信康に声を掛ける人物が現れた。それは此度のプヨ王国軍の副将も務めた、第四騎士団団長のフェリビアであった。
「昨日の大活躍は、報告で聞きました。見事としか言い様がありません」
「これはこれは・・・過分なお言葉、ありがたく思います」
信康は人目もあるので、フェリビアに敬語で話しつつ感謝の一礼を行った。
「貴方にどれ程の褒美が下賜されるか分かりませんが・・・ノブヤスが望むなら第四騎士団は何時でも貴方の為に門を開けてある、とだけ伝えておきます」
『!!』
フェリビアは其処まで言うと、先に天馬を進めて信康の下から去って行った。
「やぁノブヤス。フェリに其処まで言わせるなんて、凄いじゃないか」
そのフェリビアが去った直後に、第四騎士団が誇る十二天騎士のサフィルロット達が第四小隊の前に現れた。ケイとルヴィアは信康に一礼だけするとフェリビアの後を追って去って行ったが、サフィルロット達はその場に留まっていた。
「短い間だったけど、君と一緒に戦えて私も楽しかったよ」
「団長の真似という訳では無いけれど・・・貴方が第四騎士団に来たら、歓迎させて貰うわ」
サフィルロットとアクアマリンは信康にそう言うと、信康の下から去って行った。
「やはり貴方は只者じゃないわね。傭兵なんて勿体無いから、このまま第四騎士団に来る?」
イゾルデは第四騎士団へ露骨に信康を勧誘すると、信康は苦笑するしか無かった。
「ありがたいお誘いだが、即決出来る話でも無いだろう? 第一俺は、騎士位なんて持っていないしな」
「それもそうね。でも今回の功績で、必ず貰える筈よ。じゃあ、良い返事を待ってるわ」
其処まで言うとイゾルデは軽く手をひらひらと動かしながら、信康の下から去って行った。
「「・・・・・・」」
次に信康の前に現れたのは、シェリルズとゲルグスの二人だった。
「よぉ・・・どうした?」
信康はシェリルズとゲルグスに声を掛けたが、二人の様子に疑問を抱いていた。何故ならシェリルズとゲルグスは二人揃って、機嫌が良く無さそうに見えたからだ。
「ふんっ・・・次は俺が勝つからなっ!」
「はぁっ?」
シェリルズは何故かそう言うと信康の返事も待たずに、自身の天馬を蹴って急ぎ早に去って行った。
「・・・ノブヤス。先の戦いでの活躍、お見事でしたわ・・・今回は後れを取りましたけれども、次また共に戦う時はわたくし、あなたに負ける心算はありませんので!」
「ゲルグス、お前まで何を言っているんだ?」
信康は訳が分からないと言わんばかりに困惑した表情を見せたが、ゲルグスは答えず一礼してからシェリルズの後を追って去って行った。
「ノブヤスさん。シェリルズさんとゲルグスさんがすみません」
「二人共、第四小隊の活躍に嫉妬しているんです。パリストーレ平原で行われた決戦では、あまり戦果を上げられませんでしたから」
困惑する信康の下へ最後にトパズとアルテミスが、申し訳無さそうに頭を下げてシェリルズとゲルグスが不機嫌な理由を説明してから信康の下を去って行った。
「やっほー! ノブヤスッ!!」
困惑したままの信康の下へ、第二騎士団が入市してそのまま通り過ぎた。次に第五騎士団のオストルがやって来た。オストルの直ぐ後ろには、プラデマンテが監視する様に背後に控えていた。
「おおっ・・・オストルか」
オストルの声を聞いた信康は、少しげんなりとした気分になりながらも表情には出さずに向き合った。
「聞いたよ聞いたよっ! すんごい大活躍じゃないかっ! 僕の想像以上だよっ!」
「オストルに同意するのは癪だが、同意見だ。こいつが執拗にお前を勧誘したがる理由が良く分かる」
興奮しながら我が事の様に、信康の活躍をオストルは喜んでいた。プラデマンテはそんなオストルに呆れた様子を見せながらも、同意して首肯していた。
「お言葉どうも・・・だがそう言った話は、もっとゆっくり考えさせて貰う。騎士位も無いからなぁ」
こう言った勧誘ははっきりと断った方が良いと信康も分かっているのだが、オストルの場合は駄々を捏ねて余計に面倒な事態に発展する事を懸念して脈がある様に匂わせる玉虫色な回答に留めた。
「そう? じゃあ楽しみに待っているねっ!」
「お前達と共に戦えたのは、光栄だった。失礼させて貰おう」
オストルとプラデマンテは、自身の馬を蹴って先に足を進めて行った。
「二つもの騎士団から勧誘を受けるとは、漸く周囲の者達もノブヤス様のお力に気付いた御様子で」
「まぁ腕を買ってくれてるのは、ありがたいかな」
ルノワが信康を褒めると、信康は少し照れた様子を見せた。
「ふん。随分とチヤホヤされているみたいじゃない」
『!』
信康とルノワが話をしていると、次に神官戦士団がフェネルに入市して来た。その先頭に居たのが、炎龍戦士団の第一部隊部隊長であるアンヌエットだった。
「よぉ。大活躍だったみたいだな」
そのアンヌエットの隣に居たのが、炎龍戦士団団長兼聖女であるフラムヴェルであった。信康は直ぐに、フラムヴェルとアンヌエットに声を掛ける。
「そうとは思わんが・・・まぁ運良く手柄を稼げただけさ。やっぱり戦功って奴は、稼げる時に稼がないとな」
「それで目先の利益に眩んで死んでしまったら、元も子も無いでしょうが。今回の件で味を占めて、精々調子に乗らない事ね」
不機嫌そうなアンヌエットの忠告に、信康は困った様に右手を後頭部に回して頭を撫でていた。
「こいつはこう言っているけどな。本当はお前の事が心配だったんだぜ? 監察官の報告を聞くまで、ずっとソワソワしてたからな」
「だ、団長っ!?」
フラムヴェルに隠していた秘密を暴露されたアンヌエットは、見て分かる程に動揺した様子を見せた。そんなアンヌエットを、信康は見逃さなかった。
「そうか。俺のことを心配してくれてて、ありがとうな。アンちゃん」
「アンちゃん言うなっ!? 黒焦げにするわよっ!!?」
信康が茶化す様にアンヌエットに礼を述べると、アンヌエットは右手に火を生み出しながら怒り出した。
「こら。止めとけ」
「・・・」
と言っても流石にフラムヴェルに制止されたので、アンヌエットがその生み出した火を信康にぶつける様な真似はしなかった。
それからフラムヴェルとアンヌエットはもう少しだけ信康と話をしてから、その場を立ち去って行った。先に進む炎龍戦士団に、陽光戦士団と青海僧兵団も続けてフェネルに入市した。その際にマルファは信康にお辞儀をして一礼しただけで、立ち止まって会話をする事は無かった。
そして砲兵師団が入城した後に、最後尾に回されていた傭兵部隊が漸くフェネルに入市して来た。
「っ!・・・お疲れ様です。ヘルムート総隊長」
「おう、ノブヤスか。お前も御苦労だったな」
信康の下へ傭兵部隊総隊長のヘルムートを筆頭に、リカルド達傭兵部隊の諸将が自然と集結した。
お互いに五体満足の状態で無事だと信康達は事前に知っていたが、やはり直接あって自身の目で確認する以上に信頼出来る情報は無い。
信康はヘルムート達と共に、お互いに無事に生還出来た事実を喜んだ。
「ノブヤス。ダナン要塞の奇襲が成功して良かったよ。それから聞いたけど、要塞には千人も兵が居たんだってね。十倍の兵数差を相手に、本当に良く勝てたよね?」
リカルドが感嘆しながらそう賞賛するとと、ヘルムート達もうんうんと首肯しながらリカルドの言葉に同意していた。
「ありがとうよ、リカルド。まぁこれも単に日々の鍛錬と、『魔学狂姉妹』が開発してくれた魔鎧のお陰だな」
リカルドの賞賛を聞いた信康は、少し照れながらダナン城塞での勝因を語った。
「報告を聞いているけど・・・ダナン要塞では残留していた副団長を討ち取って、無事に捕虜になっていた村人達を救出。更に逃走経路を推測して、総大将の団長と軍団の主力まで討ち取ったそうじゃないか。本当に凄いね」
「まぁな。運が良かったんだよ」
信康はそう言った直後に、ヘルムート達は複雑な表情を浮かべたのを信康は見逃さなかった。
(まぁ単純に見れば、俺が手柄の総取りしている状態だからな。だからと言って、忖度してやる心算は無いが。ただ総隊長には少しだけ、悪い気がしなくも無いかな。親友の敵討ちがしたかっただろうし)
信康は心中でそう独白すると、話題を変えようとヘルムート達の背後を見た。
「それにしても・・・随分と数が減ったな」
『!』
信康がヘルムート達の背後を見渡しながら、静かにそう呟く様に口にした。
ヘルムート達の背後で行進している傭兵部隊だったが、開戦前までは一個大隊一千以上居たと言うのに、現在では二個小隊百前後の人数しか居ない。
これでは信康麾下の第四小隊を含めても四個小隊二百強しかおらず、傭兵部隊創設時に居た二個中隊三百にすら届かない計算になる。
「決戦の方だが、余程派手だった様に見えるな」
「否定はしない。カロキヤ軍の殿軍を指揮していたもう一人の副団長が、中々のやり手だったからな」
パリストーレ平原の戦いを思い出しながら、ロイドが信康にそう答えた。
「けどよ。それだけの犠牲を払ったからこそ、リカルドがその副団長を討ち取れたんだぜ」
「ほう? そうだったのか。おめでとう、リカルド」
「い、いやぁ・・・これも皆のお陰だよ」
信康が祝福の言葉を贈ると、リカルドは困った様子で微笑を浮かべた。
パリストーレ平原での決戦だが、プヨ王国軍は勝利と引き換えに二個大隊二千もの死傷者を出していた。
その内の四分の一に当たる二個中隊五百強が、傭兵部隊から出た損失である。
殿軍に残した飛行兵部隊が手強かった事もあり、プヨ王国軍は撃破するのに時間が掛かったのである。
特に傭兵部隊に被害が大きかった理由は、プヨ王国軍で一番装備と練度が貧相で脆弱だったからだ。と言うより信康麾下の第四小隊だけが、規格外と言えるだけだったのだが。
その結果、傭兵部隊は各小隊で生存者が多い小隊であろうとその人数は二個分隊二十未満。生存者が少ない小隊だと、その人数は一個分隊十人未満で一桁しか居なくなってしまった小隊も居た。
信康の第四小隊だけが、一人も戦死者を出して欠けたりする事は無かったのであった。
しかしその強力な飛行兵部隊を相手に一歩も引かずに傭兵部隊が勇敢に戦ったお陰で、リカルドが僅かに出来た針の穴を通すが如き隙を突破して、殿軍を指揮していた副団長の首級を討ち取る事に成功したのである。
「だから何度も言うけど、あれは皆のお陰で運が良かったとしか言えないんだよ。大袈裟に褒めるのは止めてくれ」
「おいおい、何を言っているんだよ。リカルド」
非常に控えた感想を述べるリカルドに、バーンが突っ込みを入れて来た。
「全くお前は何を謙遜しているんだか。俺は敵将を討ち取ったって、堂々と胸を張って言えば良いじゃねえかっ」
「そうよ。気にする必要なんて無いわよ」
バーンの言葉に、ヒルダレイアが同意した。
「それでも・・・偶然出来た隙を突破して、我武者羅に戦ったら敵将を偶然討てたって感じなんだけどなぁ」
「それでも凄いだろう」
「はっはは、そうだろうそうだろう」
信康の評価を聞いたバーンは気持ち良く笑いながら、リカルドの背中を叩く。
結構な力を込めて叩いているのか、リカルドは痛そうな顔をするが何とか我慢している。これで鎧を着用していたらそういう思いはしなかったと思うが、損傷が酷かったのか鎧は着用していなかったのだ。
流石にリカルドが可哀そうだと思い、ヒルダレイアはそろそろバーンに叩くのを止めさせようとした。
「おいおい。リカルドが痛そうだから、そろそろ止めてやれよ」
リカルドの痛そうな姿を見かねた信康が、バーンに止める様に言った。
「おお、そうだな。悪い悪い」
信康にそう言われて、バーンは漸くリカルドを叩くのを止める。背中がヒリヒリするも、痛みが和らいだ事実に安堵するリカルド。
「おっと。そろそろ行かねばならんな。ノブヤス。また後でな」
「分かりました。総隊長・・・最後に一つだけ良いですか?」
「何だ?」
「自分達はこの城塞で、どれだけの休憩期間を設ける心算で?」
信康達の下を立ち去ろうとするヘルムートに、信康は一つだけ質問をした。
その質問内容が信康同様に気になるのか、リカルド達も自然とヘルムートに注目した。
「あぁっ。今日中に帰還準備を整えて、明日には王都へ凱旋するぞ」
「はい? そんな直ぐに帰るんですか?」
ヘルムートから今後の性急とも言える行軍予定を聞いて、信康は驚いていた。
「普通ならそうはならんがな。幸いにもお前の所の『魔学狂姉妹』が転移門の魔法が使えるってんで、それで王都前まで帰還するらしいぞ。どうせ休むんだったら、フェネルより王都の方が喜ぶだろうって総大将閣下が仰るもんでな」
「そうですか」
信康は酷使されるサンジェルマン姉妹に、心底同情の念を抱いた。
「まぁ、今はそんな事よりもだっ」
バーンは話を遮る様に、強く手を叩いた。
その音を聞いて、信康達はバーンに目を向ける。
「お互い無事に生き残った事を祝って、飲みに行こうぜっ」
『はぁ?』
バーンの提案を聞いて、思わず呆れた声を出す信康達。しかしバーンは、そんな信康達の反応を、バーンは気にした素振りは見せなかった。
「食堂に行けば、飲めるから行こうや」
バーンに背中を押されて、信康達は一般食堂へと強制的に行く事になった。