第178話
左翼のカロキヤ公国軍の騎兵部隊の約半数が消えたのは、神官戦士団の作戦によるものだ。
神官戦士団は戦いが始まる前に、布陣した近くの草原に落とし穴を大量に作っていた。
急いで作ったので、不自然なくらいに地面が盛り上がっていたり、土が露出していたりしていた。
歩兵ならば気づいただろうが、馬に乗る騎兵では気付くのは無理と言えた。
その穴に嵌り馬ごと穴に落ちる者も居れば、穴を見て無理に飛び越えようとしたが着地に失敗して落馬する者も居れば、穴を避けようとして手綱を操り止まろうとしたが、後ろから来た者と衝突して投げ飛ばされたりと様々であった。
馬から落馬したカロキヤ兵達はその衝撃で死ぬ者も多数居たが、何とか生きているカロキヤ兵も居た。
穴に落ちたカロキヤ兵達の何割かも何とか生きていたが、穴が深く出れなかったり馬が足を挫いたりしていた。
何とか穴に落ちていない同僚の手を借りて、這い出たカロキヤ兵達。
それを見て、フラムヴェルは麾下の炎龍戦士団に号令を下す。
「敵に炎の雨を降らせろ!!」
「はっ」
フラムヴェルの号令で、炎龍戦士団の団員達は詠唱を開始した。
「炎よ、我が敵を滅せよ。――――――聖なる火弾!」
詠唱を終えた団員から、魔法は放たれた。
放たれた魔法は、正に炎の雨の如く騎兵部隊に降り注いだ。
その魔法が騎兵部隊に当たると、激しい爆発が連発して発生した。
『ぎぃやあああああああっ!!??』
『ヒヒイイイイィィィンンン!!??』
騎兵の身体は全身炎に包まれ、苦しみだした。軍馬も火の熱さと、それによって生じる痛みで苦しむ。
騎兵は軍馬から落ちて転げ回るが、火は一向に弱まる気配はなかった。
周りのカロキヤ兵達は、その転げ回るカロキヤ兵から離れる。
うっかり近づいて、火が燃え移るのを避ける為だ。
しかし神官戦士団から放たれる魔法は次々に、カロキヤ兵達に当たり爆音を響かせる。
その様子を見てフラムヴェルは愛用している魔宝武具、爆炎連弾を構える。
その傍には、アンヌエットも居た。
「最大火力を食らわせてやる。合わせろ」
「ええ、分かりました」
フラムヴェルは爆炎連弾の銃口をカロキヤ公国軍に向けて、魔力を込める。
すると、銃口に火の玉が生まれる。
そして段々とその火の玉が大きくなっていき、巨大な火球となった。
フラムヴェルの準備が終わるのを見て、アンヌエットは腰に差している剣を抜いた。
「我が身に宿る炎よ」
そう詠唱すると、剣を切っ先をカロキヤ軍に向ける。
すると、切っ先に黒い炎が生まれ火球となった。
「燃やし尽くせ――――――豪炎よ、全てを灰燼となせ」
その黒い火の玉から、黒炎が放たれた。
「果てな。紅炎弾丸」
フラムヴェルは引き金を引くと、その巨大な火球は放たれた。
黒い炎は波の様に、巨大な火球は燃える彗星の如くカロキヤ公国軍の騎兵部隊に襲い掛かる。
ドドーンという派手な爆発音を立てて、騎兵部隊のカロキヤ兵達を馬諸共黒焦げにしていく。
やがて炎が消えると、其処には目を背けてしまうほどの惨状となっていた。
草原であった場所には、草木は燃え尽きて焦げた地面を露出させる。
その地面の上には、黒焦げになった人馬の死体が横たえていた。
穴に落ちた人馬も、同様に黒焦げとなっていた。
辛うじて生き残っていた兵士も、何処か焦げていて無傷では無かった。
フラムヴェル達の攻撃により、左翼に突撃して来た騎兵部隊は半数にまで減らされた。
「よし、作戦通りだな」
「上手くいきましたね。これで敵の士気も下がるでしょう」
「だな。後はこのまま敵を近付かせない様に、魔法で牽制を続けて行くぞ」
「分かりました。皆、聞いたわよね? 団長の指示通りに、攻撃を続けなさいっ」
「はっ」
炎龍戦士団の団員達は、その指示に従い魔法を放つ。
狙いは適当なので、当たらない方が多い。
別に牽制で放っているので、当たろうが当たらなかろうが関係なかった。
神官戦士団はどちらかと言えば、後方支援を得意とする者達で作られた部隊だ。
なので白兵戦よりも支援や、魔法による撃ち合いを得意としている。
無論、全員がそうではないが、傾向としてはそういう者が多いという事だけの事だ。
フラムヴェル達の攻撃で、カロキヤ公国軍は今にも潰走しそうであった。しかし神官戦士団が突撃しないで近付かせない為の牽制の魔法を放っているので、後退して部隊を再編する。
右翼と左翼は両翼共にカロキヤ公国軍が負けているという報を聞いて、ブラスタグスは歯ぎしりをした。
しかし、良くない事というのは続いて起こるものだ。
「急報、急報です!」
「何だ。何があった?」
「ダナン要塞から黒煙が!」
「な、何だとぉっ!?」
ブラスタグスは陣幕を出て、ダナン城塞の方向を見る。
見ると、ダナン城塞から黒い煙が幾つも上がっていた。
「な、何が、起こったのだっ!?」
「わ、我等にも、分かりません」
ブラスタグスは傍にいる側近の襟首を掴み詰問したが、側近は困惑するばかりで右往左往していた。
そんな側近の頼りない態度が、ブラスタグスの憤怒の炎に油を注ぐ。
「直ぐに偵察の為の斥候を送り込めっ! 要塞の状況を確認させて来いっ! 何か分かるまで、戻って来させるなっ!!」
ブラスタグスが激昂しながら、側近に命令を下した。側近はブラスタグスの命令通りに偵察分隊を編成し、ダナン要塞に派遣して情報収集を行った。
暫くして、偵察に行った斥候兵が本陣に帰還して来たが、全員が無事に帰って来た訳では無かった。負傷した斥候兵の一人が流血しながら、ブラスタグスの前に出て報告を始める。
「ほっ、報告しますっ・・・プヨ軍の別動隊と思われる部隊の手によって、ダナン要塞は陥落しておりましたっ」
「何だとっ!? 数は!? ユリウスはどうしたのだっ!?」
「ユリウス副団長閣下は・・・討ち死にです。城壁の上にユリウス副団長の首が晒されていたのを、確認しております・・・」
「・・・・・・・・・・」
斥候兵の言葉を聞いて、その場に座り込むブラスタグス。
副団長であるユリウスが死んだのは大きいが、それ以上にショックな事がブラスタグスにはあった。
あのダナン要塞には自分の愛人である、ヴェルーガと愛娘であるエルストとネッサンの二人が居た。
そしてダナン要塞が陥落したという事は、ヴェルーガ達がプヨ王国軍の手に落ちたという事だ。
日頃の扱いが粗雑とはいえ、ブラスタグスにとっては自分の宝物と言える存在だ。
それが奪われたと思うと、怒りよりも喪失感が自分の身を襲った。
呆けている所に、また急報が入った。
「伝令! 敵軍の砲撃が止んだ模様ですっ!」
「何っ!?」
その報を聞いて、直ぐに正気に戻るブラスタグス。
砲撃が止んだという事は、敵軍は突撃して来るという事だ。
弓兵を置いているからといっても、安全とは言えなかった。
況してや先陣を務めているのは、プヨ王国軍の騎士団の中でも一番の破壊力と突破力を持つ第五騎士団とプヨ王国軍最高と名高い第一騎士団。
弓兵と歩兵だけでは、心もとないと言えた。
「直ぐに、飛行兵部隊と騎兵部隊を呼び戻せっ!」
「はっ」
ブラスタグスは指示を出して、伝令が駆けだそうとした瞬間。
地面が揺れ出した。更に前方から煙が幾つもあがった。
「あれは、馬が駆ける時にあがる砂塵では?」
「しまった。遅れたかっ!?」
ブラスタグスが悪態を吐いている間に第一騎士団と第五騎士団が肩を並べて、カロキヤ公国軍中央へと突撃をしていた。
「第五騎士団っ! 突っ撃~~~~!!」
「第一騎士団も突撃だっ! 敵を蹂躙せよっ! 情けも遠慮も一切無用っ!!」
オストルとギュンターの号令で、第五騎士団と第一騎士団はほぼ同時にカロキヤ公国軍へと襲い掛かった。
勿論カロキヤ公国軍とて案山子ではなく、先ず弓兵部隊が迎撃の為に矢を放った。
第一騎士団の団員達の不運な者は、放たれた矢に当たって何人か倒れた。
その一方で第五騎士団だけは放たれた矢が、団員の鎧や馬具に当たっても傷一つ付かなかった。
プヨ王国軍で魔鎧を常備しているのは、第四騎士団と第五騎士団だけだ。第四騎士団は天馬に騎乗する為にと言う事情があるが、第五騎士団の場合は第五騎士団団長に理由がある。
『鎧は軽くて、頑丈にしてくれ。軽ければ動くのも容易いだろうし、頑丈だったら恐れるものは何も無い』と言って第五騎士団専用の魔鎧を作らせたのだ。しかも国庫の予算を無断で且つ、無遠慮に使ってである。
そのお蔭で矢に当たっても、何とも思わず進む第五騎士団。この魔鎧のお陰で戦死者を出さなくなる様にすらなったのだが、第五騎士団の魔鎧購入には代償は付いた。
現在の第五騎士団は増員をプヨ王国から許可されておらず、更に魔鎧費用を賄う為に全団員が給料から四割以上を天引きされているからだ。そして第五騎士団団長から団長補佐までに至っては、実に給料の七割以上が天引きされてしまっているのである。
ついには第五騎士団の馬上槍の穂先が、第一騎士団よりも先にカロキヤ公国軍に到達する所まで来た。槍の穂先は、カロキヤ兵に当たり軽々と鎧を貫く。そしてそのまま駆けて行き、槍で敵を貫きながら敵を踏み潰して行く。
一方で第五騎士団に出遅れる形となった第一騎士団だったが、プヨ王国軍最高と言う自負に廃らせまいと遅れながらもカロキヤ公国軍に到達した。
そして第五騎士団よりも深く、カロキヤ公国軍の陣地に深く攻め込んで蹂躙して行った。
第一騎士団と第五騎士団は、まるで柔らかい地面に杭を挿すが如くすんなりと進んで行く。
第一騎士団と第五騎士団はそのまま進み、弓兵部隊の後ろに居た歩兵部隊へと襲い掛かる。
歩兵部隊は槍を構えた事で、第一騎士団と第五騎士団の突撃が漸く止まった。
前線は膠着状態へと陥った。