第177話
「ノブヤス小隊長。終わりました」
「御苦労、メルティーナ。これで全員か?」
メルティーナを労った信康は、周囲を見渡しながらそう言って尋ねた。
信康の視線の先には、カロキヤ公国軍の死体の山が幾つか築き上げられていた。
ユリウスを討ち取られた後のカロキヤ公国軍だったが、その後も投降する事無く死兵と化してユリウスの仇を殺ろうと信康に殺到した。
そんなカロキヤ公国軍の行動に対して、第四小隊が当然ながら許容出来る筈も無く迎撃した。
カロキヤ公国軍は幾ら降伏を促しても聞き入れなかったので、戦闘は殲滅戦に移行して一人残らずカロキヤ兵を討ち取って行った。因みにユリウスの副官は、ルノワの手で首を斬り落とされて戦死していた。
最後には城壁に配置していた見張り役の兵士も始末して、ダナン要塞奪還戦は信康率いる第四小隊の完全勝利という形で終戦を迎えたのだった。
「しかし、小隊長。良いのですか?」
「何がだ?」
メルティーナは確認する様にそう尋ねると、信康は質問の意図が理解出来ず首を傾げた。
「惚けないで下さい。この死体の山を燃やしても、大丈夫なのですか? 死体を焼却すれば、煙が狼煙となってカロキヤ軍に感付かれます。そうなると、カロキヤ軍が要塞を奪還する為に兵を派遣して来ると思いますが?」
「ははははっ。良いんだよ」
信康はメルティーナの質問に対して、面白そうに笑ってそう答えた。
「カロキヤ軍はプヨ本軍との決戦に忙しい。もし兵を要塞に差し向けられるとしたら、決戦に勝ってからじゃないと無理だろうよ。そもそも俺は、カロキヤ軍が勝てるとは思っておらんからな」
信康は顎を撫でながら、プヨ王国軍の勝利を確信した様子でそう断言した。
「わたくしもそう願ってますよ。ですが異変に気付いて、確認の為の兵くらいは送って来そうですが?」
「ふむ。一理あるな」
メルティーナの推測を聞いた信康は、少しばかり思案してから対策を考えた。
「・・・その辺に関して、俺が指示を出しておく。お前は気にせず、死体を処分しておけ。それが終わったらイセリアと一緒に、戦利品や村人達を転移門でフェネルに移送してくれ」
「分かりました」
信康の命令に従いメルティーナは姉のイセリアを呼んでから、魔法分隊と共に火魔法で死体の焼却を始めた。
そんな魔法分隊の行動は他所に、信康は斬影でダナン要塞内を走り出した。
すると其処へルノワ自身の魔馬人形に騎乗して、信康の下まで駆けて来た。
「ノブヤス様。こちらにおられましたか」
「どうした? ルノワ」
信康は斬影の足を緩めて速度を落とすと、ルノワは信康の隣へ並走しながら話し始めた。
「御報告致します。守将の寝室で、森人族と思われる親子を保護しました」
「何?・・・と言うか、思われるとはどう言う意味だ?」
信康はルノワが意図する言葉の意味が理解出来ず、何が言いたいと言わんばかりにそう尋ねた。
するとルノワは少し困った様子を見せながら、じどろもどろながらも話を始めた。
「その、何と言いますか・・・見た目は森人族なのですが・・・・・・私が知っている森人族ではありませんでした。恐らくですが、その上位種である高位森人族と思われます」
「・・・何だとっ?」
信康はルノワの報告を聞いて、思わず斬影の足を止めた。ルノワも信康に合わせて、自身の魔馬人形の足を止めた。
「確かか? その親子が高位森人族だと言うのは? 森人族の上位互換である高位森人族など、森人族以上に幻と言われている種族だと聞いているが」
「私も直接目にするのは初めてですので・・・ですが故郷に居た、高位黒森人族と良く似た気配がしました。高確率で高位森人族と見て間違いないかと」
「・・・そうか」
ルノワがそういうのであれば、間違いないだろうと思う信康。そして信康は斬影を並足で歩かせると、ルノワも信康に続いた。
「話は聞いてないので飽くまで推測ですが、恐らくブラスタグスに強制的に従事させられていた何処かの森林の王族と思われます」
「と言うと、奴隷という事か?」
「いえ、それは明確に否定してます」
信康の疑問を、ルノワは即座に否定した。
「・・・まぁ良い。直接話を聞けば分かる事か」
「そうですね。それから保護しても行く当てが無さそうですし、ノブヤス様が手籠めにされますか?」
「!?」
ルノワが真顔でそう信康に尋ねるので、信康は思わず斬影から落馬しそうになった。
「・・・会って早々に、嫌われてたまるか。お前は俺を何だと思っているんだ?」
信康がジト目にルノワを睨み付けたが、ルノワは視線を逸らすだけで信康の質問には答えなかった。
「・・・もう良い。俺はその親子に会いに行くが、その間にお前にやって貰いたい事がある」
「はっ。何なりと」
「・・・今直ぐ掲揚されているカロキヤ公国旗を焼き捨てて、プヨ王国旗を高く掲げろ。それからユリウスの首級を目立つ様に晒して、トッドの弓弩分隊を城壁に配置しろ。確認にやって来るだろうカロキヤの斥候兵を確認したら、矢を浴びせてやるんだ。それで陥落を知ったカロキヤ兵を、お前が追跡しろ。ただし口封じの為に、殺しに行く必要は無いぞ。カロキヤ軍にこのダナン要塞はプヨに奪還されたと暗に伝えて、動揺させて揺さ振りを掛けてやるんだ。そして橋を落として、要塞には簡単に戻れない様にしてやれ。一人で出来るか?」
「問題ありません。直ちにトッドに声を掛けて、御命令を遂行致します」
ルノワは一礼してから踵を返して信康の命令を忠実に実行すべく、魔馬人形を走らせて信康の下から立ち去った。
「・・・では俺は、例の親子に会いに行くか。確か、守将の寝室とルノワは言っていたな」
信康はルノワが言っていた内容を思い出しながら、目的地を目指して斬影を走らせた。
「此処だな」
信康は目的地である守将の寝室の前まで行くと、扉をノックした。すると室内から返事が来たので、扉を開ける信康。
すると室内にある三人掛けソファーに。座る三人の女性をが居た。
三人とも赤い髪をして翠色の瞳をしていた。
雪の如く白い肌。長い耳。
これだけで、森人族だと言えた。
そして、驚くのはそれだけではなかった。
真ん中に座っている女性の乳房が大きかった。その大きさは信康がこれまで会って来た、無数の女性の中でも十指に入る大きさであった。
ここ最近で出会った女性でその大きさに匹敵する女性は、プヨ王国軍総合病院に勤務している女医のヴィーダギイアくらいと言えた。
その女性の左右に座る女性二人も母親の血を引いているお蔭か、かなり大きい方だ。
「初めまして。俺はプヨ王国軍の傭兵部隊に所属する信康と言います。この小隊の指揮官をしている男です」
「あら。ご丁寧にどうも」
信康がヴェルーガ達に一礼すると、ヴェルーガが代表して答えた。しかし他の二人は信康に何も言わず、警戒する様な視線を向けていた。
「あたし達も自己紹介をさせて貰うわね。あたしはヴェルーガ。それであたしの右隣に座っているのが、長女のエスルト。左隣に座っているのが、次女のネッサンよ。それとあたし達に気を遣って敬語なんて使わなくても良いわよ」
「そうか。では御言葉に甘えるとしよう・・・早速聞きたいのだが、あんた方はどうしてこの城塞に居る?」
カロキヤ公国軍が占領していたのだから、その関係者なのだろう。取り敢えずヴェルーガ達を捕虜にするか民間人として保護するか決める為に、先ずは事情聴取をしなければ話にもならない。
信康がそう訊ねると、ヴェルーガはあっけらかんと言った。
「その件なんだけどねぇ・・・今から十年前くらい前に、ガリア連合王国で起こった話よ。今回のカロキヤ軍の総大将のブラスタグスっていう奴に、あたしが治めていた森林を攻め滅ぼされちゃったの。仲間達を逃がしている間に捕まってそのまま無理矢理、あいつの愛人にされちゃったんだ」
「は、はぁ、左様で」
事前に備えていたとはいえ、よくこんな重い話を他人事の如くあっけらかんと言えるなと思いつつも、表情には出さずに続きを促す信康。
「それであたし達が捕まったその日の夜に、あたしに襲い掛かってきたんだけど・・・制約の呪文を掛けたの。まぁそれでブラスタグスもノーフォク王国を滅ぼされたから、それ以来こうして一緒に居る事になったけどね」
「制約だと?」
信康はその呪文の名前を聞いてこれまで魔法に精通している、知己の魔法使いや魔女から聞いた事がある話を思い出していた。
「その魔法は確か、互いを魔法で縛る等価交換の契約魔法だよな?」
「そうよ。あたしはブラスタグスに捕まった時に、嘘吐いてこの魔法を掛けたんだ」
「良く馬鹿正直に信じたものだな」
信康はブラスタグスの迂闊さを聞いて、鼻で嗤って嘲笑した。そんな信康を他所に、ヴェルーガは話を続ける。
「この魔法を掛けないと、呪いが掛かるとか掟だからとか適当な嘘を言って信じさせたんだ。それでブラスタグスは、真に受けて魔法にあっさり掛かったわ」
「因みに聞くが、どんな制約をしたんだ」
信康は少し怖そうな表情を浮かべながら、ヴェルーガに制約の内容を尋ねた。
「簡単よ。あたしはブラスタグスが死ぬまで他の誰にも貞操を捧げない代わりに、あたし達が望まぬ限り、身体に手を出す事を禁ずるという制約を結んだの」
「・・・・・・つまりブラスタグスが自分にしか貞操を捧げない一途な美女達が眼前に居るというのに、ヴェルーガ達が手を出しても良いと思わない限り、ブラスタグスは何も出来ないという感じか?」
「そう言う事よ」
ヴェルーガが面白そうに、そう笑った。
(ブラスタグスが一千も兵を配置した理由が分かった。こいつらをどうしても守りたかったんだな)
信康は一個大隊一千ものカロキヤ公国軍の兵士が、ボロボロのダナン城塞に配置された理由を知って納得していた。しかし信康は次にまた、別の疑問が思い浮かんだ。
「この条件だったらお前等はブラスタグスの下を去っても、大丈夫だったんじゃないのか? 奴の魔の手が届かない遠方で、死ぬのを待てば良かったと思うんだが?」
「そうする事も出来たけど、あたしがもし他の異性に襲われたら、それだけで制約を破った制裁を喰らっちゃうでしょ? だったら逆に傍に居た方が、安全だったりするのよ」
「・・・・・・言われてみれば、そうかもな」
ヴェルーガの言い分を聞いて、信康は納得していた。
森人族と言う種族は、亜人類の中でも希少価値が高い人気の種族だ。例えブラスタグスの下を去ったとしても、ブラスタグスの追っ手に掛かる可能性が高い。更に逃亡先でも、良からぬ企みを抱く悪人に狙われる懸念もあったからだ。
信康の今日までの経験でも悪徳貴族や悪徳商人、犯罪者に身柄を狙われた森人族を匿ったり助けたりした事が何度もある。ヴェルーガの懸念は、何も間違ってはいなかった。
(納得出来る言い分ではあるが、逆に傍に居ようとするその大胆さに感嘆するな)
信康は心中で心底ヴェルーガに感心しながら、同時に蛇の生殺し状態を常時経験しているブラスタグスに些か同情していた。
「・・・・・・・油断していて自業自得とは言え、ブラスタグスもえげつない契約をしたものだ」
そう言いながら、信康は過去の自身の出来事に関して回想していた。
それは信康も過去に関係を結んだ何人かの女性魔法使いや魔女に、独占欲から制約を結ばせようと迫られていた事実があった。
最終的には信康が説得したり言い包めたりして回避したのだが、結んでいたらと思うと思わずゾッとしてしまう信康であった。
「過去に一度だけ制約を破って襲い掛かってきたけど・・・その際、制約の制裁で玉袋の片方を失って、呪いの効果で老いたんだ。三十年ぐらい」
ブラスタグスは今年で、六十歳だと聞いている。それを考えて十年前に呪いの効果で三十を足されるという事だから、それで計算するとその時はまだ二十代だったという事になる。
一度手を出しただけで、一気に其処まで老化するとはあまりに哀れ過ぎた。
「まぁそれであたしが色々とする事になったけどね」
小声で言ったので、聞き取れたのは娘のエスルトとネッサンの二人だけだった。
「何か言ったか?」
「ううん、何でもない」
信康が尋ねると、ヴェルーガは首を横に振って否定した。信康はヴェルーガの反応が気になったが、聞くのは野暮だと思い追及しない事にした。
「まぁ良い。それで? これからどうしたいと思っている?」
「うーん。このまま保護して貰いたいけど・・・ブラスタグスが生きている限り、あたし達に平穏が訪れないのよねぇ」
ヴェルーガが困った様子でそう呟くと、娘のエルストとネッサンも悔しそうな表情を浮かべていた。
そんなヴェルーガ達を見て、何とか力になれないか思案をしていた。
「・・・そうだっ!!」
「「「?」」」
信康はある名案が思い浮かんだのか、嬉しそうに笑みを浮かべながら手を叩いた。
唐突な信康の態度を見て、ヴェルーガ達は意図が理解出来ずに首を傾げていた。
「ちょっと良いかっ? 確か制約の魔法は、魔法を扱える者だけが契約者の位置を魔力で特定出来た筈だっ。ブラスタグスの位置、分かるか?」
「!」
信康の指摘を聞いて、ヴェルーガ達はハッとした表情を浮かべた。そしてヴェルーガは直ぐに、ブラスタグスの位置の特定を始めた。
「・・・っ!・・・居たわっ!・・・・・・でも今居る場所から、少しずつ遠ざかっているみたい・・・」
「何だとっ!?」
ヴェルーガが呟いた内容を聞いて、驚愕する信康。信康は直ぐにブラスタグスの位置が、現在地から遠ざかっている理由を思案し始めた。
ブラスタグスは本来ならば、アルミ平原でプヨ王国軍と決戦を挑んでいる筈であった。それが少しずつ距離を離している事実をヴェルーガから聞いて、信康は急いでその理由を思案し始める。
(敗れて、撤退を始めたのか?・・・・・・まさかっ!?)
信康はある考えに辿り着き、急いで行動に移るべく踵を返して退室しようとした。
しかしある事を思い出して、急いでヴェルーガに勢い良く振り向く。
「ヴェルーガッ! ブラスタグスが自分だけ戦場を脱出している可能性が出て来たっ! これから追撃に向かうんだが、俺に同行してくれないかっ!?」
ヴェルーガが居なければ、ブラスタグスの位置が特定出来ない。信康は勢い良く頭を下げて、ヴェルーガが懇願した。
「・・・あたしが役に立つなら、喜んで。寧ろ、あたしの方からお願いしたい位よ」
「ありがたい。よろしく頼むっ」
ヴェルーガが快く承諾した事実に、信康は笑みを浮かべて安堵した。それから信康は、ヴェルーガを連れて退室しようとする。
「「母様っ!!」」
すると今まで沈黙していたエルストとネッサンの二人が、退室しようとするヴェルーガに声を掛けた。二人の声を聞いて、信康とヴェルーガは足を止めて振り返った。
「二人共、此処で待っててくれる? お願いだから・・・」
「まぁ待て、ヴェルーガ・・・単刀直入に聞こう。お前等はどうしたい?」
ヴェルーガは愛娘の二人にダナン城塞に残る様に言ったのだが、信康はヴェルーガを制止して二人に尋ねた。エルストとネッサンは互いに顔を見合わせると、直ぐに信康の質問に答える。
「ブラスタグスが死ぬのを見届けないと安心出来ない。それに母様と一緒に居たい・・・」
「私達も一緒に連れて行って下さい」
エルストとネッサンは信康に、そうはっきりと答えた。信康は二人の返事を聞いて、しっかりと頷いた。
「良いぞ、なら付いて来い。焦ることもない、ヴェルーガが一緒に居てくれるから、其処まで急ぐ必要は無くなった」
信康はそういうと、ヴェルーガ達を連れて歩き出した。それから信康は第四小隊にダナン要塞に残っていた備蓄を、全て回収する様に指示を出した。そしてダナン要塞をカロキヤ公国軍や後に盗賊に再利用されない様に、徹底的に焼き払った。
信康は第四小隊を率いてブラスタグスを討ち取るべく、大量の黒煙を上げて燃え盛るダナン要塞を後にして出陣した。
信康達がダナン要塞を攻略中にまで、時間は遡る。
ブラスタグス率いるカロキヤ公国軍征西軍団は、プヨ王国軍が布陣するパリストーレ平原に進軍。
パリストーレ平原にて、両軍は睨み合いながら布陣を完了させた。
カロキヤ公国軍は、鋒矢陣の態勢を取った。
先陣を騎兵二個連隊六千五百騎。中陣を歩兵二個連隊九千。後陣を弓兵二個大隊二千。遊撃として飛行兵二個連隊五千五百騎という布陣だ。
対するプヨ王国軍は、横陣を敷いていた。
中央に先陣として第一騎士団二個連隊六千と第五騎士団二個大隊二千。右翼を第二騎士団二個大隊一千八百と第四騎士団二個大隊二千と傭兵部隊三個中隊七百の合計で五個大隊四千五百の混成部隊。左翼を神官戦士団三個大隊三千。後陣に砲兵師団一個連隊五千。平原を見渡せる丘にプヨ王国軍本陣として第一騎士団二個大隊一千五百という布陣だ。
今にも開戦する空気が出ていた。
後はグレゴートかブラスタグスのどちらかが、先に号令を下すだけであった。
そうしていると、先にブラスタグスが手を振り上げた。
「攻撃、開始!!」
ブラスタグスの号令により、先陣の騎兵部隊が駆け出した。
中陣の歩兵達の半分も、騎兵部隊の後に続いた。
ゆっくりとだが、進軍するカロキヤ公国軍。
進軍してくるカロキヤ公国軍を見ても、先陣の第五騎士団は動かなかった。
徐々に、距離が縮まり、後少しで交戦するという所で。
「放てっ!!」
後陣に居るギブソンが叫ぶ。
すると、ガルバリン砲が文字通り火を吹いた。
ヒュ~という音がした少し後に、地面が爆発した。
爆発の衝撃でカロキヤ兵達も倒れたり、身体の何処かを吹き飛ばして、悶え苦しんでいたりしていた。更に騎兵の軍馬も爆発の音で驚き、騎手を振り落としたり暴れたりして被害が大きくさせた。
砲兵師団は横三列に並んで、大砲を放っていた。
一列目が放った後に、続いて二列目が放つ。直ぐに三列目が放つという攻撃を繰り返した。
間断なく砲弾を放たれた事で、断層が出来た。カロキヤ公国軍は、その足を止めざるを得なかった。
「宝珠を発動させて、砲弾を打ち落とせ!!」
ブラスタグスの指示により、カロキヤ公国軍の兵士達は身に着けている首飾りを手に取り、もう片方の手を突き出した。
すると首飾りの宝玉の部分が輝きだして、突き出した掌に白金色の魔力の塊が出来て飛ばした。
この宝珠と言うのは、魔石を発掘する際に出て来る純度の低い魔石を加工して作られた魔法道具だ。
此度の決戦において、ブラスタグスが勝利を得るべく全カロキヤ公国軍の将兵に支給した魔法道具である。切り札と言える魔法道具だったので、決戦までは支給せずに秘匿にしていた。
純度の低い魔石は加工しても、あまり強力な魔法を付与できる事は出来ない上に、直ぐに壊れるので需要が無い。
この宝珠は大量生産は出来るが、強度はそれほどない。長時間使うと壊れる事がある。
しかし魔法使いや魔術師を雇うよりも安上がりと言う事と、魔法の素養がない兵士でも使えるという汎用性が非常に高い魔法道具であった。
ブラスタグスも少ない魔法使いの数を水増しするべく、この宝珠の使用を決意していた。
その宝珠に込められた魔弾の魔法が放たれ、ガルバリン砲の砲弾に当たり爆発した。
そして魔弾と砲弾が、戦場を飛び交う様になった。
狙いは適当だが確実に地面に当たり、間断なく放たれる砲弾に対して、魔弾の魔法は数は多いが狙いが適当で、砲弾に当たらず、明後日の方向に飛んで行った。打ち落とす数よりも、地面に着弾する数の方が多かった。
飛んでくる砲弾を打ち落とすというのも、意外に難しいものなのだ。
まして、魔法を使っているのは歩兵と騎兵だ。弓兵に比べると目が良いとは言えない者が多いから、仕方がないと言えた。
魔法を使っても、こちらの方は変わりないと分かりブラスタグスは唇を噛んだ。
「ええい、思うよりも成果が無いっ! 急ぎ前線の部隊を後退させろ。代わりに弓兵を前進させぃっ! 歩兵は後陣で待機。騎兵は部隊を整えたら左翼に、飛行兵部隊も右翼に進軍させろ」
「はっ」
ブラスタグスの指示で前線の部隊は後退して、弓兵部隊と交代した。
とはいえ、弓では大砲の射程外から矢を放つ事は出来ない。
では何故前進させたのかと言うと、一応の備えであった。
もしプヨ王国軍が砲撃を止めて、先陣を進撃させた時の防衛で前線に進ませたのだ。
弓兵のすぐ後ろに歩兵がいるのは、もし弓兵の隊列が乱れ突破されても防御できるように置いたのだ。
騎兵が部隊を整え終えて左翼に、飛行兵部隊が右翼に向かう。
砲撃は広く放たれているので、両部隊は大きく迂回しなければならなかった。
そして砲撃の雨を迂回した両軍は、両翼に突撃した。
「迎撃せよっ」
グレゴートがそう指示すると、何故か右翼だけ応じた。
左翼の神官戦士団はその場を動こうとはしなかった。
右翼は第四騎士団が正面からぶつかった。
激しい音を立ててぶつかる両軍。
そして、直ぐに騎乗している魔物や兵士による、魔法や投槍の撃ち合いが開始された。唯でさえ強力で数も多い飛行兵部隊は脅威と言えたが、第四騎士団団長のフェリビアは巧みに指揮をして第四騎士団だけで飛行兵部隊と勝負を互角に持ち込んでいた。
膠着状態に陥っていた右翼だが、第四騎士団が少しずつ後退して更に地上に降りて行った。戦況が優勢に傾いたと思ったカロキヤ公国軍の飛行兵部隊は、地上に降下して更に第四騎士団を追撃しようとした。飛行している状態の方が騎乗している魔物の体力を消耗してしまう為、体力を温存するという意味でも地上に降りるのは理に適った行動である。
しかしこの飛行部隊の行動が、完全に裏目に出てしまう。何故なら飛行兵部隊が地上に降りた瞬間、側面から第二騎士団と傭兵部隊の攻撃を受けた。
側面を攻撃されて、狼狽える飛行部隊。
別に第二騎士団と傭兵部隊は、隠れていた訳ではなかった。第四騎士団が応戦した事で、飛行兵部隊の目が第四騎士団に向いてしまった。更に第四騎士団を追撃して飛行兵部隊が降下した為に、第二騎士団と傭兵部隊の攻撃範囲内に飛行兵部隊は入ってしまったのである。
それにより第二騎士団と傭兵部隊は妨害を受ける事無くカロキヤ公国軍の飛行兵部隊の側面を攻撃出来た。飛行兵部隊は慌てて離陸しようとしたが、二方面から猛攻を受けてそれもままならなかった。
右翼はこれにより、プヨ王国軍に戦況が傾きつつあった。
反対の左翼はと言うと、突撃して来たカロキヤ公国軍の約半数が消えた。