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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
181/397

第176話

「進め進めっ! 我が要塞に侵入して来た馬鹿共を血祭りに上げろっ!!」


 カロキヤ公国軍征西軍団副団長であるユリウスが、豪奢な甲冑を着用して騎乗した状態で槍を振り回しながらカロキヤ兵達に命令を下していた。


 ユリウスの表情は今にも青筋を破裂させる程に浮かび上がらせており、顔色も燃え盛る炎の如く真っ赤に染まっていた。


 その声色も含めてユリウスは憤怒に染まっている事は、誰の目から見ても明らかであった。


「おのれっ!? 小癪なプヨ軍め・・・高々百騎程度の小勢でこのユリウスが守護する要塞を攻略しようなどとは、随分と俺達を虚仮にしてくれるっ!!」


 ユリウスは血反吐を吐く勢いで、そう言ってまだ遠目に映るプヨ王国軍に向かって呪詛を吐いていた。


 プヨ王国軍の襲来を聞いたユリウスは、直ぐに総動員の号令を下そうしていた。


 しかし一個中隊百騎強の兵数で攻めて来たと知ったユリウスは、直ぐに総動員の命令を取り消した。


 そして自軍一千の内の三百のみを自身の片腕である副将に命じて襲来して来たプヨ王国軍の殲滅に向かわせ、ユリウス自身は残りの七百と共にダナン城塞の要塞に配置したのである。


 ユリウスがその様に決断したのは、勿論だが明確な理由がある。


 襲来したプヨ王国軍の中隊は囮であり、本命の部隊が隠れ潜んでいるとユリウスは読んだのだ。


 本当にそうだった場合は襲来して来たプヨ王国軍の中隊に唯でさえ少ない兵力を向けてしまい、それだけダナン要塞の防衛力の低下を招いてしまう。


 その先に待っているのはダナン要塞の突破であり、囮役のプヨ王国軍の中隊との挟撃を受けて殲滅されるという末路であった。


 そう熟考したからこそユリウスは襲来して来たプヨ王国軍の中隊に三百の兵力のみ差し向け、自身はダナン要塞の防衛に備えたのだ。


 このプヨ王国軍の襲来を受けてもユリウスは、本軍に伝令兵を送って援軍を求めなかった。


 その理由は二つあった。


 一つは本軍からダナン要塞との距離は其処まで離れていないので、開戦して戦況を見極めてから援軍要請するか判断すれば良いと言うユリウスの考えだ。


 これは本軍はパリストーレ平原でこれから起こるであろう決戦に備えなければならず、本命であるこの決戦で勝利する為にも兵力をダナン要塞に回す余裕は無いからだ。


 パリストーレ平原での決戦だけがカロキヤ公国軍に残された唯一の勝利への道なのだから、ユリウスとしてもそちらの戦局を優先するのはカロキヤ公国軍の将軍として間違った判断ではなかった。


 もう一つの理由はプヨ王国軍も幾ら攻略の為とは言え、局地戦に過ぎないダナン要塞攻略に多くの兵力を配置出来ないと言う読みから来るものだ。


 ブラスタグスの計略により総数が減らされ、カロキヤ公国軍と同数となったプヨ王国軍。


 当然ながらカロキヤ公国軍と同様にパリストーレ平原での決戦を重視している筈であり、ダナン要塞の攻略など二の次である筈だった。


 そう考えると回せる兵力も高が知れており、ユリウスはその兵力は二個中隊五百程度が精々と考えていた。となれば二倍の兵数を持つカロキヤ公国軍の存在はプヨ王国軍にとって想定外の筈であり、意表を付けると言う考えがあった。


 そう言った幾つもの事情や思惑を考えて、その様に結論を付けていたユリウス。ユリウスの意識は、何時攻め込んで来るか分からない二個中隊四百に集中していた。


 防衛戦であり数でも勝っている自軍ならば、独力で防ぐ事は可能だと考えた。


 しかし蓋を開けてみれば何時まで経っても本隊と思われる、プヨ王国軍の襲撃は無かった。


 そればかりか鎮圧に向かわせた別動隊は返り討ちに遭って苦戦しており、自身の片腕である副将も討ち死にしたと言う凶報がユリウスの下へ届く始末であった。


 その敗報を聞いたユリウスは漸く襲来して来たプヨ王国軍の中隊が囮役でも何でも無く、ダナン要塞を攻略する為の正真正銘の本隊であると悟ったのだ。


 ユリウスは自身の判断を誤った愚かさと、自分達より一割程度しか無い兵力でダナン城塞を攻略しようとするプヨ王国軍の嘗め切った考えに怒り狂い、後先考えずに残るダナン要塞に現存する全兵力を動員して鎮圧に向かって来たのである。


 その結果、ユリウスは騎兵二個小隊百騎と歩兵三個中隊六百を率いて出陣していた。


「突撃しろっ! 数の差で敵を押し潰せっ!!」


 ユリウスの命令でカロキヤ公国軍の歩兵部隊が盾を前面に構えて、プヨ王国軍に向かって一層速度を出して駆け出した。



「えっ、援軍だぁっ!」


「ユリウス副団長が援軍を連れて来てくれたぞぉっ!!」


「助かった!」


 ユリウス率いる援軍が現れたのを見て、蹂躙されていた先遣部隊は歓声を上げた。


 一方で信康は先遣部隊が口にした名前を耳にして、身体をピクッと身体を震わせた。


(ユリウス?・・・まさかっ!? あのユリウス・パウリヌスか!?・・・てっきり戦場の方に参戦したと思ったが、この要塞の守備を任されていたのか。ふっ、俺も運が良いっ!)


 信康は標的に定めていたユリウスがダナン要塞に残留していた事実を知って、その幸運に感謝しながらガッツポーズをしていた。


(このまま斬影を飛ばして、一気にユリウスを仕留めたい。だが・・・・・・)


 更に歓喜の感情を押さえて、表情には出さずに心中にだけ留める。


「新手だぁっ! 方円陣を組み直せっ!」


 そのままユリウスを討つ為に動こうとはせず、信康は第四小隊の小隊員達に方円陣の再構築を命じた。


 信康の命令に従い第四小隊は敗残兵狩りを中止して、援軍の襲来に備えて方円陣を即座に再構築した。


(ユリウスを討てば、敵の士気は崩壊して降伏してくれるだろう・・・それでは駄目だ。多数の捕虜なんて、面倒を見る余裕などない。そもそも部下達にとっちゃ手柄を稼ぐ折角の好機なんだ。だったらちゃんと、手柄を挙げる機会を与えてやらんとな。尤も、ユリウスの首級(くび)まで譲ってやる心算は無いがな)


 信康がそう思っている間にも、カロキヤ公国軍は盾を全面に出して自分達の下へ真っ直ぐ駆け出している。


「撃てぇっ!!」


 其処へトッドがカロキヤ公国軍に向かって、連弩を放つ様に命じた。


 カロキヤ公国軍に向かって、一万本を超える矢が雨の如く降り注ぐ。


 これで先刻と同様に、大量の矢を受けてカロキヤ公国軍の足並みが乱れると思われた。


「矢が飛んで来たぞっ! 散れっ! 脇道に避けろっ!!」


『おうっ!』


 ユリウスは矢の雨が飛んで来るのを見て、カロキヤ公国軍に散会して矢の雨に当たらない様に本道の傍にあった脇道へ避難する様に命じた。


 カロキヤ公国軍はユリウスの命令通り、素早く脇道に逸れて避難したので一本も矢がに当たる事は無かった。


「集結しろっ! 再突撃だっ!!」


『おおおっ!!』


 ユリウスの命令で脇道に避難していたカロキヤ公国軍が集結して再度、盾を構えて第四小隊に向かって突撃して来た。


「野郎っ!!」


「落ち着け、トッド・・・総員、構えろっ! 先刻(さっき)の奴等より出来るぞ」


 信康の号令により第四小隊の小隊員達全員が身を構えて、歩兵部隊の突撃に備えた。


 駆け足の速度が増して行く歩兵部隊は、今度こそ第四小隊と激突するかと思われた。


「「風刃(エア・カッター)」」


 しかし其処へ歩兵部隊に向かって、強烈な突風が吹き荒れた。


 強烈な突風が吹き荒れたと同時に最前列に居た、二十数人ものカロキヤ兵達が斬り裂かれバラバラになった。


「な、何だとぉっ!?」


 最後尾に居たユリウスは最前列で起こった惨劇を目の当たりにして、両眼を見開いて驚愕していた。


 完全武装していた上に盾諸共バラバラに斬り裂かれたとあっては、ユリウスが驚くのも無理は無いのだが。


 そしてユリウス以上に驚いていたのは、更に近くに居たカロキヤ兵達だ。


 カロキヤ兵達はバラバラ死体にされた同僚達の肉片や血の雨が降り注ぎ、直接それを被った事実も相まって動きが止まってしまう程の衝撃を受けて呆然としていた。


 そんな無防備なカロキヤ兵達の前に、三人の影が飛び込んで来た。


「なんっ、ぐあぁっ!?」


 最前列に居たカロキヤ兵の一人が、その謎の影の正体を確かめようとした。


 しかし次の瞬間には、身体を縦に一刀両断されて即死した。


 他のカロキヤ兵達も同様で横一文字に一刀両断されていたり、身体を大きく凹ませながら宙に弾き飛ばされたカロキヤ兵も居た。


「何事だぁっ!?」


 ユリウスはカロキヤ公国軍の最前列で起こっている異変の原因を突き止めようと、両眼を凝らして前方を見た。


 すると最前線ではプヨ王国軍の兵士三名が、それぞれの得物を振るってカロキヤ公国軍に猛威を振るっていた。


「ふんっ!!!」

 一人は人間の男性と思われたが、大柄な巨躯をしていた。全身を青い板金鎧を着用しており、両手には総金属製で出来た三・五メートル以上ある両刃の長柄大戦斧であった。


 切れ味に若干の難がある得物であるが、両刃の長柄大戦斧は相手を力業で叩き切る事が主目的なので何も問題は無い。


 そもそもその両刃の長柄大戦斧の威力は、絶大なものだった。カロキヤ兵達が持つ盾を砕き、抉る様な傷口を残して真っ二つにして行ったのだから。


「そ~~れ~~っ!!」


 二人目は乳牛種(ホルスタウロス)と思われる、小柄な牛型獣人の美少女だった。


 その小柄な短躯に見合わぬ、大きな戦棍(メイス)型の星球式鎚矛(モーニングスター)を振り回していた。


 牛型獣人の美少女が星球式鎚矛(モーニングスター)を一度振るえば、頭を原型を無くす程に叩き潰されるか身体を大きく凹ませて空中に投げ出されるかのどちらかであった。


 甲冑を着込んだ兵士が空中を飛ぶ様は、まさに異様の一言であった。


「うおおおぉぉぉっっ!!!」


 最後の三人目は、人族の小柄な少年であった。だからこそ手に持っている、その得物の異様さが目に留まった。


 少年が持っていた得物は自身の身長を超える、刃幅も十分にある大剣(クレイモア)であった。


 とても小柄な少年が持って振り回せる得物ではないと言うのに、少年は軽々と振り回してカロキヤ公国軍の兵士達を盾ごと斬り裂いていた。


 カロキヤ公国軍の最前列は、この三人のプヨ兵達によって良い様に蹂躙されていた。


「ええいっ! 何をしているかっ!?」


 部隊長の一人が、良い様に蹂躙されているカロキヤ公国軍に対して怒号を飛ばした。部隊長の怒号を聞いて、カロキヤ兵達はビクッと身体を震わせた。


「取り囲んで槍で突きまくれっ! プヨ王国軍(やつら)が着ている鎧も、無敵と言う訳では無いっ! 怯まずに戦えっ!!」


 部隊長の号令を聞いて、カロキヤ兵達が動き始めた。前線で猛威を振るっている三人のプヨ兵達を、包囲するべく行動に移ったのだ。


 しかしこのカロキヤ兵達の行動が、完全に愚行となって裏目に出る。


「へへっ! 俺達も忘れるなよっ!!!」


「ケンプファ副隊長達に続けぇっ!!」


『ぐあああぁぁぁっ!!』


 其処へ後から殺到して来た第四小隊の小隊員達が、得物を突き立てて蹂躙を始めた。更に再び大量の矢が雨の如く降り注ぎ、カロキヤ公国軍を蹂躙して行く。瞬く間に包囲網は崩壊し、カロキヤ公国軍は数で勝っているにも関わらず押されて行った。


「うぐぐぐっ!」


 まだ数でも総合的な練度でも、まだカロキヤ公国軍の方が優勢であった。しかし攻撃が通じない事実を目の当たりにして明らかに動揺しており、それが士気の低下を招いていた。一方のプヨ王国軍は一部の突出した戦力によって、突撃に勢いがあり士気も高かった。


「ええぃっ! やはり奴等はプヨの精鋭部隊かっ!?」


 苦境に立たされつつあるユリウスが苛立ちながらそう叫ぶ中、一人の士官がやって来た。ユリウスが征南軍団の部隊長時代から支える、信頼出来るユリウスの副官を務める男性だった。


「ユリウス副団長閣下っ! 我が軍は敵の精鋭部隊に圧倒されておりますっ。此処はこの要塞を放棄して本軍と合流し、ブラスタグス団長閣下から兵をお借りしてから再度この要塞を攻撃するべきですっ!」


 ユリウスの副官が進言した内容は、実に的を得た最善策だった。


 カロキヤ公国軍にとってプヨ王国軍がダナン要塞を占領、またはダナン要塞付近に陣地を敷かれては困るのは間違いない。


 何故ならカロキヤ公国軍の本軍は現在、ヨウシ川を越えてプヨ王国軍が陣地を敷いているパリストーレ平原に向かって進軍している真っ最中なのだ。


 これでプヨ王国軍がダナン要塞またはダナン要塞付近に陣地を敷こうものなら、カロキヤ公国軍は退路を断たれた袋の鼠になってしまう。


 しかし現在のダナン要塞の防御力は、カロキヤ公国軍の飛行兵部隊の猛攻によってかなり低下してしまっている。これによりダナン要塞は籠城するには適さないハリボテ同然の防衛拠点と化してしまったが、逆に言えば攻城戦で陥落させるのは容易いと言う事実も意味していた。


 以上の観点から結論を付けるとユリウスの副官が進言する様に、ダナン要塞を一旦放棄して本軍と合流し、部隊を纏めてから再びダナン要塞を奪還すれば良いのが実に正しい判断と言えた。


「・・・お前の言う通りだ」


 信頼する自身の副官が提案した判断に、ユリウスは首肯して頷いていた。


 そもそもユリウスはダナン要塞に愛着があって、失うのが惜しいなどとは微塵も思ってもいない。逆にユリウスはこのダナン要塞は最早、解体して新しく築城した方が良いとすら思っているのだ。このダナン要塞を放棄する事に、何一つ躊躇する余裕は無かった。


「俺は団長閣下の御荷物(・・・)を確保してから、要塞から出る。お前は此処に残って、殿軍(しんがり)の指揮を執って時間を稼げ」


 しかし、単純にユリウスはダナン要塞を放棄して、撤退すると言う選択は出来なかった。


 何故ならダナン要塞にはユリウスがその手で、全身全霊を懸けて守らなければならない存在が居るからだ。


 それはブラスタグスの愛人であるヴェルーガ達、高位森人族(ハイエルフ)親子が居る。


 自身がダナン要塞を放棄して撤退する前に、ヴェルーガ達は確保しなければならなかった。


 あの勝気なヴェルーガ達が素直に自分の命令に従って一緒にダナン要塞から脱出してくれる、などと言う甘い考えなど一切抱いてはいなかったが置いて行く訳にもいかなかった。


 何もかも見捨てて自分だけ本軍が居るパリストーレ平原に遁走しようものならば、どの様な目に遭うか火を見るよりも明らかであった。


 弁明の言葉も聞かずに職務怠慢や敵前逃亡の罪で、その場でブラスタグスの手によって処刑されるだろうと予想するのは簡単だった。


「はっ! お任せ下さいっ!! 歩兵部隊は此処で敵を食い止めるぞっ!!・・・ユリウス閣下。くれぐれも団長閣下の御荷物(・・・)を忘れずにっ!!」


「分かっているっ!・・・すまぬな」


 自身の副官の言葉を聞いて鼻を鳴らした後、少し気落ちした様子を見せながら小声で謝罪の言葉を口にしていた。


 この戦場に置いて行くという事は、死地に置き去りにすると言っても過言では無かったからだ。


 長年を共に過ごして来た戦友とも言える存在であった自身の副官に犠牲を強いるのは苦しかったのか、罪悪感から思わず謝罪の言葉を口にしていた。


「お気になさらずっ! さぁっ! お急ぎをっ!!」


 ユリウスの副官は笑顔を浮かべながら、ユリウスへの武運を祈った。その表情は、覚悟を決まった様子であった。


「行くぞっ! 騎兵部隊は俺に続けっ! 我等は撤退して、本軍と合流するっ!!」


『おおおぉぉっ!!』


 ユリウスが槍を掲げて号令を掛けると、カロキヤ公国軍は大声で呼応した。そして騎乗しているユリウスが先頭を走って、戦場から撤退を始めた。


 一秒でも早く戦場から離れようと、一歩でも多く駆けるユリウス達。しかしその駆け足を、直ぐに妨げる存在がユリウス達の前に登場した。


「おいおい。流石に離れるのが早過ぎないか?」


『!』


 戦場を離脱しようとしたユリウス達の前に現れたのは、本道を回り込んで脇道を通って先回りしていた信康率いる騎馬分隊三十騎であった。信康の両脇にはルノワとトモエが、控える様に並んでいた。


 信康達の登場を見て、撤退する事を看破されたのかと思ったユリウス。しかしこの事態は、信康にとっても少々想定外であった。信康はただ単にユリウス達の背後に回って、挟撃しようと企んでいただけである。


 なので、撤退しようとするユリウス達とは、偶発的な遭遇戦に過ぎないのだが今回は幸運の女神が信康に微笑んだ結果となった。


「くっ!・・・相手にするなっ! 脇道に逸れてっ・・・」


「あら。悪くない判断だけど、遅過ぎだわね」


「!」


 ユリウスは信康達がした様に脇道を通ろうとしたのだが、其処へ新たに十騎もの騎兵が現れた。


 それはサンジェルマン姉妹が率いる、魔法分隊であった。


「残念な話だけれど、全ての脇道は妾達の魔法で閉鎖させて貰ったわよ」


「最早、貴方がたに退路はありません。大人しく投降されて下さい」


 そう言って前に出たのは、サンジェルマン姉妹であった。因みに突撃して来たカロキヤ公国軍に風刃(エア・カッター)を放って出鼻を挫いたのも、サンジェルマン姉妹の魔法であった。


「お、おのれっ!!・・・」


 ユリウスは歯を砕いて血を噴出さんばかりに、強く歯軋りしていた。


 そんなユリウスを見て、信康は鼻で嗤う。


メルティーナ(そいつ)が言う様に、武器を捨てて投降するなら命は助けてやるぞ? どうする?」

「・・・知れた事だっ! 者共っ! 各騎突撃しろっ!! 数はこちらが多いんだっ! 力付くで突破するぞっ!!」


『おおおおおぉぉぉぉっ!!』


 ユリウスの号令を受けて、カロキヤ公国軍は信康達に向かって突撃を始めた。


「ノブヤス様っ」


「小隊長、一旦お下がりを・・・各騎、こちらも突撃しなさいっ!」


 全速力で突撃して来るカロキヤ公国軍に対して、トモエの号令で騎兵分隊が突撃を始めた。ルノワもトモエと共に先頭に立って、カロキヤ公国軍に突撃して行く。


 第四小隊の騎兵分隊の三倍以上の人数差を誇っていたカロキヤ公国軍であったが、開戦と同時にサンジェルマン姉妹が開発した魔鎧に攻撃が阻害される所為で苦戦を強いられていた。


 其処へ二人の女傑が、カロキヤ公国軍に更なる猛威を振るう。


「はぁぁっ!!」


 トモエは先陣を切って、大柄な薙刀を振るっていた。大薙刀は凄まじい切れ味を誇っていて振り払われる度に、カロキヤ兵達は次々と真っ二つにされて行く。


 その大柄な薙刀は先から先まで総金属製で出来ており、とても常人には持ち上げる事すら叶わないと思えた。更に柄の方は遠目から見ても見事な銀細工が施されており、芸術品としても一級の逸品と言えた。


「はぁっ!」


 そしてルノワは片手剣(ショートソード)を振るいながら、空いた左手で魔法を放って撃ち落としてた。幾ら通常の軍馬より安定性がある魔馬人形(ゴーレムホース)とはいえ、手綱を握らずに騎乗する乗馬技術は大したものだと言えた。


「くっ!!・・・っっ!!」


 ユリウスは開戦前から、カロキヤ公国軍が苦戦する事は想定していた。


 次々と第四小隊の小隊員達に殺されて行くカロキヤ兵達を不甲斐ないと心中で罵倒しながらも、ある好機を逃すまいと目を皿にしてその瞬間を待ち焦がれていた。


 そしてその好機は、漸くユリウスの下へ訪れた。


(今だっ!!)


「うおおおお、どけええぇぇぇぇっっ!!」


 ユリウスは混戦状態になる事で稀に生まれるか細い退路を、その目で見極める事に成功したのだ。


 縫い目に沿うが如くそのか細い退路を、駆けて行くユリウス。


 しかし騎馬分隊の隊員達が、そんなユリウスの存在を許さなかった。


「敵将首だっ!」


「逃がすなっ!!」


「おらあぁっ!?」


 戦場から一早く抜け出そうとするユリウスに、第四小隊の小隊員達は各々の得物をユリウスに向かって振るい突き刺して行く。


「ふんっ! そんな攻撃か効くものかっ!!」


 第四小隊の小隊員達の得物は見えない壁に遮られて、ガキンガキンと大音を立てた。どの得物もユリウスには届かなかった。


 ユリウスの豪奢な鎧の正体は、魔石が内蔵されている魔鎧だった。魔鎧が自動発動する魔法障壁(バリア)によって、ユリウスは第四小隊の得物から守られていたのである。


 第四小隊の小隊員達の猛攻を凌いで、遂にユリウスは包囲網から脱出した。


「ふん。やはりその鎧は、唯の鎧では無かったみたいだな」


 しかしユリウスが突破した先には、信康と魔法分隊が待ち構えていた。だからと言って引き返しても、第四小隊の小隊員達の集団に包囲される未来しか待っていない。ユリウスには強引にでも突破するしか、自身が助かる道は用意されていなかった。


「うおおおぉぉっっ!!」


 ユリウスは自分自身を鼓舞する様に、雄叫びを上げて突進を続ける。そんなユリウスに、魔法分隊は杖を掲げて魔法を放つ準備をしていた。


「要らん。俺が直接ユリウス(あいつ)を殺るから、魔法分隊(おまえ等)は下がってて良いぞ」


 信康は左手を上げて魔法分隊の行動を制止すると、鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを構えて斬影を走らせた。


「小賢しい小僧めっ! そう易々と俺を殺れると思うなっ!! 喰らうが良いっ!!」


 ユリウスは憤怒した表情を浮かべながら、槍を構えて信康に向かって突き刺した。その槍の速さは成程、信康がレギンスから聞いた通りに素早く鋭い一撃だった。これならばカロキヤ公国で十指に入る槍術師と言われても、納得出来ると言うものだ。


 しかし次の瞬間ユリウスは信康から、強く弾かれて体勢を大きく崩してしまう。落馬せずには済んだが、ユリウスは無防備な状態を信康に晒してしまう。


「今度は俺の番だな? はああぁっ!!」


 信康は右手を挙げて鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを高く掲げると、そのままユリウスを袈裟斬りにする為に素早く振り下ろした。


 するとユリウスの魔鎧に当たった瞬間に先刻と同様にガキンと魔法障壁(バリア)に当たって高い音を立てたのだが、直ぐにパリンと砕けるとそのまま鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードの刀身がユリウスの身体を右斜めに袈裟斬りに斬り裂いた。


 信康の一太刀に耐え切れなかったユリウスの魔鎧は、魔石に罅が入って普通の甲冑と化してしまい鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードに斬り裂かれてしまったのである。


「・・・そんな、馬鹿な・・・」


 ユリウスは呆然とした様子で、譫言の如くそう呟いた。すると次の瞬間、ユリウスの右腕が付いた上半身はそのまま斜めに崩れて地面に落下した。


 そして左腕と左半身を残したユリウスの下半身は、そのまま騎乗をした状態で数歩掛けた後に遅れて地面に落下した。


「おっと、どうどう・・・・・・ルノワ!」


「はっ!」


 信康は主人を失ったユリウスの愛馬を捕まえて止めると、ルノワの名前を大声で呼んだ。


 するとルノワがカロキヤ兵を一人斬り捨ててから、信康の下へ戻った。


 そして信康の手で討ち取られたユリウスの死体を見つけた後、ルノワは信康が自身を呼び付けた理由を察して直ぐに行動に移り始めた。


「お見事です、ノブヤス様。おめでとうございます。少々お待ちを・・・」


 ルノワは信康がユリウスを討ち取った事に賞賛の言葉を送った後に、騎乗したままユリウスの遺体に接近した。


 そして風魔法でユリウスの首を上半身から切り離すと、ルノワは次に風魔法で持ち上げてから自身の片手剣(ショートソード)に突き刺してユリウスの首級を誰の目にも留まり易い様に天高く掲げる。


「ノブヤス様がカロキヤ軍征西軍団副団長、ユリウス・パウリヌスを討ち取ったぞおおぉぉぉっ!!!」


 ルノワは風魔法で声を拡声させてそう宣言すると、第四小隊の小隊員達は大声で勝鬨を上げた。

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