第174話
プヨ歴V二十六年八月二十九日。朝。
カロキヤ公国軍はダナン要塞から出陣して、プヨ王国軍が陣地を敷いているパリストーレ平原へと進軍。
監視していた第四騎士団の偵察部隊がカロキヤ公国軍の出陣を確認して直ぐに、プヨ王国軍の本陣に戻るとそう報告した。
第四騎士団からその報告を受けたグレゴートは、即座に各軍団に事前通達していた陣形を構築する様に厳命を下した。
パリストーレ平原は既に知っての通り、野外演習する時の軍事地区に指定している大平原である。
しかし、大平原だからと言って、全てが平原と言う訳では無い。所々に森や丘もあれば、小山も存在する。
そんなパリストーレ平原を見渡せる事が出来る丘に、第一騎士団二個大隊一千五百を置いて本陣とした。更に中央にギュンターを指揮官とした第一騎士団二個連隊六千を布陣させ、更に第五騎士団二個大隊二千もその隣に布陣させた。そして左翼を神官戦士団三個大隊三千。右翼を二騎士団二個大隊一千八百と第四騎士団二個大隊二千と傭兵部隊三個中隊七百の合計で五個大隊四千五百の混成部隊。因みに右翼の指揮官は、第四騎士団団長のフェリビアである。最後に後陣に砲兵師団一個連隊五千が布陣した。
しかし、そのプヨ王国軍が迎撃の布陣を構築している間に、傭兵部隊から三個小隊規模の兵力が姿を消失していた。
カロキヤ公国軍は常に偵察部隊を派遣してプヨ王国軍を監視していたが、あまりに小さ過ぎるその変化に気付く事は無かった。
「敵軍が攻めて来る中、私達は既にダナン要塞の真後ろに居るとは・・・やはり驚きしかありませんね」
信康率いる第四小隊に従軍しているカラネロリーは、感嘆する様に現状の事を口にした。
因みに信康の近くに控えていたマジョルコムも、カラネロリーの言葉に同意して何度も首肯していた。
信康達が隠れているのは、事前に確保していたダナン要塞攻略の為の潜伏場所だった。
サンジェルマン姉妹の転移門で、即座に移動していたのである。
「そう出来る様に、下準備は怠りませんでしたからね。戦争での勝利の基本は、開戦前の準備期間がものを言いますから」
「至言だと思います。ノブヤス中尉」
信康の言葉を聞いて、カラネロリーはただ感心した様子だった。
信康とカラネロリーが雑談をしている間に、第四小隊の小隊員達は各々の魔馬人形に騎乗した状態で整列していた。
「ノブヤス様。出陣準備完了しました」
其処へ自身の魔馬人形に騎乗して駆け寄ってきたルノワが、信康に報告の為にやって来た。
「良しっ! ではカラリー中佐殿はルノワと。マジョルコムは俺と相乗りしろ」
「「分かりました」」
信康に言われた通りに、カラネロリーとマジョルコムはそれぞれ信康とルノワの魔馬人形に騎乗した。
「では・・・総員、飛ぶぞっ。 飛行!」
『飛行!』
信康が斬影を飛行形態にして飛び上がると同時に、第四小隊の小隊員達も異口同音で同じ言葉を唱えて飛翔した。
信康麾下の第四小隊がある程度の高度まで上昇すると、信康は次の号令を掛けた。
「このまま飛ばすぞっ! 襲歩!」
信康はそう言うと同時に、斬影を全速力で飛行させた。第四小隊の小隊員達も、即座に信康の後を追跡する。
信康は駆けながら、第四小隊に檄を飛ばした。
「これより我等、第四小隊はダナン要塞の攻略に向かうっ! 囚われた村人達を救出しつつ、土足で要塞を踏み荒らしているカロキヤ軍を叩き潰して守備隊の無念を晴らすぞっ!!」
『おおおぉぉぉっっ!!!』
第四小隊の小隊員達は、利き手を握り締めた拳を上げて信康の檄に答えた。
「っ!!」
その中で唯一、マジョルコムだけが信康の檄を聞いて涙ぐんでいた。
マジョルコムは信康の背中に抱き着いて、ボソッと呟いた。
「ありがとうございます、ノブヤスさん。其処まで言って頂いて・・・っっ」
「・・・舌を噛むから、下手に喋るな。それと礼は、勝つまで取っておけ」
信康はそう言いいつつも、嬉しそうに笑みを零した。
「・・・ふぁああぁぁぁっ」
パリストーレ平原の決戦に参戦出来ずにプヨ王国から強奪したダナン要塞で、見張り役のカロキヤ兵は欠伸をして眠たそうにしていた。
「馬鹿野郎っ! 当番中なんだから、しっかりやれっ!」
其処へ同じく見張り役をしていた別のカロキヤ兵が、周囲を慌てた様子で確認しながら欠伸をした同僚を一喝した。
「そうは言うけどよ。互いに全力で決戦に力を入れてるって状況で、誰がこんなオンボロ要塞攻めて来るんだか・・・俺も参加したかったなぁ~」
欠伸をしていたカロキヤ兵は、心底残念そうにパリストーレ平原の決戦に参加出来なかった事を口にしていた。
一喝していたカロキヤ兵は、そんな同僚の愚痴の気持ちを理解しつつも、何とか宥めようとする。
「気持ちは分かるけどな。形だけでもしっかりしとかねぇと、後で面倒だぞ。もしユリウス副団長閣下にでも見つかって見ろ。拳骨どころか、槍が飛んで来るかもしんねぇぞ?」
同僚の注意を聞いて欠伸をしていたカロキヤ兵は、ヒッと小さく悲鳴を上げて背筋をピンと伸ばした。
それを見て苦笑しながら一喝していた、カロキヤ兵は背中を伸ばして顔を真上に向けた。
「まぁ味方が勝って凱旋してくれる事を祈ろうや。だから俺達は安全なこの要塞でのんびりと・・・ん?」
「どうした?」
一喝していたカロキヤ兵が何かを見つけた様で両眼を細めていると、欠伸をしていたカロキヤ兵が気になって尋ねた。
「ありゃ・・・何だ?」
「は?・・・鳥の群れじゃねぇのか?」
カロキヤ兵達は自身の遥か真上を通る飛行物体の群れを見ながら、その飛行物体の正体に関して話し合っていた。
「「・・・・・・はぁっ!?」」
暫く飛行物体の群れを見ていたカロキヤ兵達だったが、突然素っ頓狂な奇声を上げた。
何故ならその飛行物体の群れが、いきなり急降下してダナン要塞に降下して来たからだ。
「あ、あれってもしかして・・・天馬!? ってぇ事は、まさかっ!!?」
「馬鹿野郎っ!! まさかもひそかもあるか!? 天馬の一団となると、正体は一つしかねぇっ!?」
カロキヤ兵は慌てながら、駆け足で駆け出した。
「敵襲っ!! 敵襲だああぁぁぁっ!! プヨ軍が攻めて来たぞぉぉっ!!」
「急げ急げっ!! 目的の建物まで飛ばすぞっ!!」
先頭を飛ぶ信康は既に片手に鬼鎧の魔剣を抜刀して、何時でも戦闘態勢に移れた。
信康以外の他の第四小隊の小隊員達も、全速力で駆けながら各々の得物を抜いていた。
しかしそうしているのは、第四小隊の半数の小隊員位である。
得物を抜いていない残り半数の隊員は、飛翔するのに懸命過ぎて自身の得物を抜いていない。
尤も、戦闘時ならいざ知らずただ移動している最中で得物を抜いて落としたりすれば本末転倒なので、別段何も問題は無いのだが。
「ノブヤスさんっ! あの屋根が青い大きな建物ですっ!! あれが屋内訓練場ですっ!!」
其処へ信康の愛騎である斬影と相乗りしているマジョルコムが、信康の背後から目的地である屋内訓練場となっている大きな建造物を指差しして信康に知らせた。
「そうかっ! 良しっ!!・・・総員っ! このままあの青い屋根の建物に突撃するぞぉっ!!」
マジョルコムの知らせを聞いて信康は第四小隊に改めて、屋内訓練場に向かって突撃命令を下した。
そして第四小隊はそのまま飛翔しながら降下を続け、屋内訓練場の正面に位置する南側に着陸した。
地面に着陸した信康に続けて、ルノワが信康の下へ近付いて行った。
「・・・ノブヤス様。建物の中から声が聞こえて来ます。それも大勢の声です」
「そうか。どうやら当たりみたいだな」
ルノワから屋内訓練場に多数の人間が居ると報告を聞いて、信康は嬉しそうにほくそ笑んだ。
パリストーレ平原に進軍したカロキヤ公国軍は、最低限の兵力しかダナン要塞には配置していない。
ダナン要塞はその様な現況で多数の兵士を、城壁の内側にある建造物に配置するなどという無駄な真似は出来ないのだ。
となると必然的に、屋内訓練場に居る人々の正体とは、一体誰なのかが自ずと推測出来る。
それはカロキヤ公国軍が乱取りで誘拐した、プヨ王国の村人達しかありえなかった。
「ルノワ。作戦通りだっ。救出分隊十名を連れて、村人達を救出して来い。先陣はコニーと鈴猫とジーンに突撃させろ。救出が終わったら、こっちに戻って来い」
「はっ! 直ぐに終わらせます。皆、出陣するわっ!」
『おおっ!』
ルノワと救出分隊の小隊員達は信康の命令通り、魔馬人形をから下馬して直ぐに屋内訓練場に向かって突撃した。
ルノワ達が突撃した間も無く、屋内訓練場から悲鳴と怒号が聞こえて来た。
その間にも次々と第四小隊の小隊員達が、屋内訓練場の正面に着陸して行った。
其処へ二騎の魔馬人形に乗った小隊員が、左右から信康の下へやって来た。
「報告します。西側の出入り口ですが、閉鎖しました」
「同じく、東側の出入り口も閉鎖したわよ」
信康の下へやって来たのは、サンジェルマン姉妹だった。サンジェルマン姉妹の報告を聞いた信康は、ある事をサンジェルマン姉妹に尋ねた。
「そうか、御苦労。聞くまでも無いが、大丈夫だな?」
「大丈夫よ。土魔法で土壁を作ってから、錬金の魔法で鋼鉄にしたもの。魔法使いでも無ければ、破られる心配なんて無いわ」
信康の質問に、イセリアが自信を持ってそう言った。メルティーナもまた、イセリアに同意する様に首肯した。
「土を鉄に錬成するとは、簡単な事では無い筈だがな・・・まぁ良い。これで予定通り、第四小隊が守るのはこの正面だけで済んだ。助かったぞ」
信康はサンジェルマン姉妹の魔法の精度に感嘆しながら、サンジェルマン姉妹の働きに感謝した。
ダナン要塞を攻略する前に、信康はマジョルコムから屋内訓練場に関して詳細に情報を聞いていた。
ダナン要塞の屋内訓練場には三ヶ所の出入り口があるとマジョルコムから聞かされた信康は、兵力の分散を防ぐべく作戦を考えていた。
その作戦とは、側面である東西の出入り口を錬金魔法で閉鎖して正面の南側だけ守るというものであった。
信康の作戦は見事に成功し、第四小隊は一か所にのみその少ない兵力を集中して配置する事が可能となった。
「イセリア。メルティーナ。お前等は皆の魔馬人形を、収納で一旦回収しておいてくれ。戦いの邪魔になる」
「分かりました」
「良いわよ。因みに騎馬分隊の分も、回収して良いのかしら?」
「騎馬分隊は騎乗したまま待機させるから、しなくても大丈夫だ」
「了解」
サンジェルマン姉妹は信康の命令を受けて、騎馬分隊を除く第四小隊の魔馬人形を収納で回収して行った。それを見て信康は、第四小隊に号令を掛ける。
「第四小隊! 方円陣を敷けっ! これからやって来るカロキヤ軍の守備隊を返り討ちにするぞっ!!」
『おおおぉぉぉぉっ!!』
信康の号令を受けて第四小隊の小隊員達は、瞬く間に迎撃の態勢を整えてカロキヤ公国軍の襲撃を待ち構えるのだった。