第172話
プヨ歴V二十六年八月二十八日。夕方。
カロキヤ公国軍が占領している、ダナン要塞周辺にある森。
信康は砦攻略の時と同様に、転移門の魔法でルノワとメルティーナを連れて偵察に出ていた。
現在の信康達が居るのは、ダナン要塞の周辺で生えている森林であった。
森の規模を考えると一個大隊一千もの兵が伏兵として隠れるには十分であり、尚且ダナン要塞から其処まで距離が離れていなかった。
「ノブヤス様、如何でしょうか?」
周辺を見渡す信康に、ルノワが感想を聞くべく、そう言って信康に尋ねた。
信康はダナン要塞攻略の為に、ルノワにメルティーナを連れて周辺の偵察と潜伏場所の選定を一任していた。
そしてこの森を見つけたので、ルノワは自信を持って信康に結果を尋ねていたのである。
「駄目だな」
ルノワが選定した潜伏場所を、信康が首を横に振って否定した。
「駄目・・・ですか?」
「ああ。正確に言うと、駄目になったと言うべきだな」
「それは、どういう意味でしょうか? ノブヤス小隊長」
信康の意図が理解出来ず、メルティーナは信康にその疑問を訪ねた。
「この場所自体は悪くない。しかし前提条件が変わってしまったんでな」
「ノブヤス様、前提条件とは何ですか?」
今度はルノワが、信康に尋ねた。メルティーナも気になっている様子で、信康を見詰めていた。
「ルノワは傭兵部隊が全隊で要塞を攻める前提で、この場所を選んだのだろう? だが今回の作戦では俺達、第四小隊のみでダナン要塞を攻略する事になった」
信康は其処まで言うと一度区切ってから、更にルノワとメルティーナに解説を続ける。
「傭兵部隊で攻め込む場合、城門をぶち抜いて攻略する心算だった。しかし第四小隊だけなら、空から直接要塞に攻め込める」
「っ!・・・成程。ノブヤス様の意図が、漸く理解出来ました」
ルノワが納得した様子でそう言うと、メルティーナも首肯してルノワに同意した。
「此処から上空に上がると、要塞の目に入る可能性が高い。其処で敵に索敵されない場所に潜伏して、其処から飛行して直接攻め込みたい。だから改めて、潜伏場所を選定するぞ」
「「はっ」」
信康の決定を聞いて、ルノワとメルティーナが了解したとばかりに返事をした。二人の返事を聞いて、ノブヤスは頷いてから斬影に乗るべく歩き出した。
「!」
するとルノワがハッと何かに気付いた様子で、急ぎその場に駆け出した。
「ルノワッ!?」
信康は何も言わずに駆け出したルノワを見て、斬影に騎乗するのを止めた。そして鬼鎧の魔剣を抜刀して、周囲を警戒する。
メルティーナも杖を構えて、何時でも魔法を詠唱出来る用意にした。
そうして信康とメルティーナが警戒していると、ガサガサッという音が茂みから聞こえて来た。その音を聞いて、二人は手に持っている得物に自然と力を入れる。
「ノブヤス様。鼠を捕らえて参りました」
茂みから現れたのは、ルノワだった。しかし、ルノワ一人では無かった。ルノワの手には、拘束された一人の男性が居た。
「いたたたっ!? ま、待って下さいっ。僕は敵ではありませんっ。プヨ軍のダナン要塞に所属している者です」
ルノワに拘束されている男性がそう言うので、信康はその男性の爪先から頭の天辺までジロジロと観察した。
しかし男性といっても比較的若く、少年と言える年齢だった。
まだ十代前半から、半ばと言える若さだった。
緑色の短髪をしており、童顔だが容貌が整っていた。
女装したら、女性にしか見えないだろうと思われた。
身体は小柄で、身長も百四十といった所であった。
しかし少年が所持している得物は、珍しいと言えた。
一つは、背中に背負っている自身より大きな長弓であった。
長弓は常人よりも力が必要なので、小柄な少年には扱い難いのではと思ったが、装備しているのならば扱えるのだろうと深くは考えなかった。
更に重なる用に背中に装備しているのは、同じく自身の身長よりも大きさがある大剣であった。抜剣し易い様に、釦で外れる用に作られた革製の鞘に納刀されている。
その者は必死で声を上げて、戦闘意思が無い事を示しているのだろう。
「信じて下さいっ。もう一度言いますけど、僕はプヨ軍のダナン要塞の守備隊の隊員です」
「ルノワ、離して良いぞ。俺はプヨ王国軍の傭兵部隊に所属する、第四小隊小隊長の信康だ。お前の名前は?」
「マジョルコム・ソプレミングです。今年で十四歳になります」
「十四っ!? それは若いを通り越して最早幼い位だぞ・・・まぁ良い。お前はダナン要塞の守備隊って言ったけど、守備隊は全滅したんじゃあなかったのか?」
「それは・・・僕はカロキヤ軍に要塞が攻撃される前にダナン要塞の守将閣下に逃げる様に言われてたんです。でもそれを固辞したら、無理やり要塞の外に放り出されて結果的に僕一人が要塞から逃がされました」
「・・・そうか」
これは信康の推測に過ぎないがマジョルコムはまだ年若いという事で、ダナン要塞の守将は如何にかマジョルコムだけでも生き残らせようと考えたのだろうと思えた。
若しくは、マジョルコムの実力は不明だが前途有望な若者の未来を、守りたかったのかもしれない。
そしてマジョルコムがダナン要塞から離脱した瞬間、カロキヤ公国軍征西軍団が襲来しダナン要塞が陥落。
そしてダナン要塞の嘗ての仲間達の死体が串刺しにされて、ヨウシ川の葦原に放置されているのも確認しているのだろう。
「よく見つからなかったな」
「脱出するのをごたついた所為か、自分はプヨ軍に所属している証拠を持っていませんでした。先刻みたいに敵と誤認されると思ったので、プヨ軍には合流出来なかったんです」
信康はその話を聞いて、マジョルコムの身体を見る。確かにボロボロになった軍服らしい服装だが、階級を示す階級章が身体に付いていなかった。
しかしそれ以上に信康には、ある部分が目立って目に付いた。それはマジョルコムの目に、怒りという炎を宿っているのがはっきりと見て取れたからだ。
「・・・復讐したかったか?」
信康がそう尋ねると、マジョルコムは身体をビクッと震わせた。
「・・・・・・悪かったな。お前の復讐を邪魔をして」
信康が謝るのを見て、ルノワとメルティーナは意味が分からず首を傾げる。
「えっ、いや、その・・・僕一人じゃ皆の死体を回収する事も出来ませんでしたから、気にしないで頂けると助かります」
「そうか」
信康とマジョルコムとの会話を聞いて、ルノワとメルティーナは漸く理解した様みたいだ。
マジョルコムはせめてダナン要塞の守備隊の死体を回収しようと試みたのだが、カロキヤ公国軍の伏兵部隊が居た所為で回収する事も出来ないでいた。
マジョルコムが忸怩たる思いをしていた所で、信康達が伏兵部隊を一蹴して死体を回収したのだ。
本来ならマジョルコムがする筈だった仕事を、奪った事に信康が謝っているのだと理解した。
「あの、貴方達は此処に何の用で来たのですか?」
マジョルコムがそう尋ねて来たので、信康とルノワとメルティーナの二人にダナン要塞攻略の話をしても問題ないかと視線で尋ねる。すると二人は賛同する様に首肯したので、信康はマジョルコムにダナン要塞攻略の話を隠さずに話す事にした。
「俺達はこれから要塞を攻め落としに行くんだが、その下調べをだな・・・・・ああ、そうだ」
「何か?」
「マジョルコム。要塞の守備隊に居たと言う事は、要塞の内部構造は知っているのだろう?」
「はい。要塞内部もこの周辺の地理も、隅の隅まで知り尽くしていますっ」
「よしっ、渡りに船だ!」
信康は掌に拳で叩いた。
「お前、第四小隊を手伝え」
「はいっ!?」
「これから要塞を陥落させる為に、内部構造に通じた奴が必要だ。という訳で、手を貸せ」
「え、えっと、良いのですか? その・・・僕が敵の兵士とか思わないのですか?」
「そうですね。先ずは本当にダナン要塞の守備隊の一員かどうか、確認してからでも良いのでは?」
「確認する術が無い。それに確認などしなくても、別に大丈夫だろう。真偽なんてどうでも良いから、マジョルコム。第四小隊はパリストーレ平原の反対側からある程度、要塞から離れていて且つ百五十騎の兵が潜伏出来る場所を探している。心当たりはあるか?」
「えっと、ありますけど・・・そんな場所から、何をするんですか?」
「後で説明してやるから、黙って付いて来い。俺の斬影に乗れ」
困惑するマジョルコムを連れながら、信康は斬影にマジョルコムを乗せた。マジョルコムは初めて見る魔馬人形に驚いていたが、直ぐに興味深そうにベタベタと斬影を触っていた。その際にマジョルコムの得物は邪魔だったので、ルノワに回収させた。
それから信康達はマジョルコムの案内で、最適と思われる潜伏場所を見つけてから転移門でプヨ王国軍の本陣に帰還した。
これが後に信康の超重臣たる、信康六人衆の一人で『万能』の異名を持つマジョルコム・ソプレミングとの最初の邂逅であった。
後にマジョルコムは『あの時に偶然ノブヤス様とお会い出来なければ、自分は此処には居なかった』と常々そう言って、その出会いに深く感謝していた。