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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
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第171話

「ダナン要塞だとっ!? 正気か、貴様はっ?! 巫戯山るのもいい加減にしろっ!!」


「数が減ったとはいえ、カロキヤ軍の総数は我が軍と同数の二万二千っ! それを一千に満たぬ傭兵部隊(きさまら)だけで攻め込んでどうすると言うのだっ!!」


 信康が提案した作戦の内容を聞いて、再び大天幕内から怒号が響き渡った。


 しかし、怒号を浴びせた諸将の言い分も、決して間違ってはいない。


 諸将が言う様に七百未満の傭兵部隊だけで二万二千以上居る、ダナン要塞に攻め込むなど自殺行為にしか考えられなかったからだ。


 現に信康以外の傭兵部隊の殆どの諸将は「お前は何を言っているんだ」など、もしくは「勘弁してくれ」と言わんばかりに焦燥した表情を浮かべていた。


 唯一ティファだけは、ワクワクしながら信康の話を聞いていた。


 尤も、ヘルムート達はティファと違って戦闘狂では無い。更に言えば、無謀な突撃をして全滅する様な末路など迎えたくは無いのだ。ティファとは対照的に、ハラハラしながら信康が話の続きをするのを待っていた。


 しかし、信康は作戦を非難され怒号を浴びせられても、顔色一つ変えずに平然としていた。


「ああ、これは失礼。言葉足らずでした・・・攻め込むのは、殆ど空っぽになった(・・・・・・・・・)ダナン要塞ですので、安心して下さい」


「殆ど空っぽになった、だと?」


 信康が口にした一言を、グレゴートが気になって復唱した。信康は直ぐに、その言葉の真意の説明を始めた。


「総大将閣下。最早カロキヤ軍に残された道は、二つしか存在しません」


「ふむ。その二つの道とは何だ?」


「はい。一つは我が軍を総攻撃して勝利し、兵糧を確保してからアグレブに撤退する事。もう一つは、我が軍と戦わずにアグレブまで完全撤退する事です」


 信康が口にしたカロキヤ公国軍が取るであろう行動に、グレゴート達は興味深そうに傾聴する。


「このどちらかを選択する理由ですが・・・先ず第一にカロキヤ軍は遠征軍であり、事前に所持していた兵糧には限りがあります。略奪で確保しようにも、閣下が事前に対策を講じて近隣住民を最寄りの要塞や城塞に召集して保護したのでそれもままなりません。カロキヤ軍に出来た事と言えば精々、腹癒せに空っぽの村々を焼き討ちした事くらいです」


 信康は先ずカロキヤ公国軍に伴う現状を、グレゴート達に説明した。実際はブラスタグスの村人を使った誘引計である程度の損害を出しているのだが、其処まで言うのは無粋なので敢えて伏せて戦果のみ強調しておいた。


 グレゴートを含めた一部の諸将も信康と同様の事を内心では思ったが、同じくその事実を見なかった事にして信康の話に同意して頷いていた。


「次の理由としては、士気の問題です。カロキヤ軍は我が軍の士気を落とす目的であんな作戦を実行しましたが、失敗に終わりました。更には総大将の暴走とも言える、味方の処刑の強行。敗報に続けてその様な事が起これば士気が低下して時間の経過と共にまともに戦えなくなり、軍として体裁を保てなくなるでしょう。限られた兵糧もまた、士気を落とし続ける要因となるのは明白です」


 信康の説明を聞いて、今度は各軍団の諸将からおおっと感嘆の声が漏れた。


 理に適った説明であり、現状のカロキヤ公国軍を鑑みれば十二分にその可能性はあったからだ。


「しかし、ノブヤス。敵がダナン要塞に籠城して、補給を待つという可能性は無いのか? カロキヤ軍は拠点を確保しており、距離はあれど我が軍も補給線を閉鎖した訳でも無い。アグレブからの救援や援軍を待つ、という線はないとは言い切れんぞ?」


 信康にそう意見したのは、第五騎士団副団長補佐のプラダマンテだった。


 信康が口にしなかった第三の可能性を懸念して進言したが、信康はただ横に首を振って否定した。


「ダナン要塞が健在(・・)ならば、その可能性も考えましたよ。しかしダナン要塞の現状と我が軍にカロキヤ軍の籠城を許さない軍団が居る事実を考えた結果、その可能性は無いと判断しました」


 信康が意味深な単語を口にしながら、プラダマンテが口にした第三の可能性を否定した。


「・・・ああ、分かったぜ。そう言う事か」


 信康が口にした意味深な言葉の意味を理解したのか、炎龍戦士団団長にしてアレウォールス教の現聖女であるフラムヴェルが納得した様子でそう呟いた。


「どういう意味ですか? 団長」


「別に難しい話でも何でも無い。アンヌ。ダナン要塞はよ、どうやってカロキヤ軍の奴等に奪われた?」


「どうやってって、それはカロキヤ軍が無理攻めを・・・成程、そう言う事ですか」


 フラムヴェルに質問したアンヌエットだったが、逆に尋ねられた質問の内容を答えた事で、アンヌエットは答えに辿り着いた。


 アンヌエットだけでなく、二人の話を聞いていた何人かの諸将も理解していた。


「諸将の皆様はお気付きになられたみたいなので、改めて理由を申し上げます。カロキヤ軍はダナン要塞を自慢の飛行兵部隊を使っての無理攻めを行った所為で、城壁も防衛設備もボロボロ。真っ当な武将なら、そんな要塞を盾に籠城戦などしません」


 信康の説明によりプラダマンテが口にした、第三の可能性をカロキヤ公国軍が選ぶのは皆無と判断出来た。


「ならば私達はカロキヤ軍がどちらを選んでも対応出来る様に、備えておけば良いと言えますね・・・と言ってもノブヤスは、カロキヤ軍が総攻撃を仕掛けて来ると思っているみたいですが?」


 フェリビアはそう言いながら、興味深そうに信康の方に話を振った。尤も、武骨な鉄仮面の所為でその表情は見えなかったが。


「フェリビア団長。何故自分がそう思っていると?」


「そうでなければ手薄になったと確信しているダナン要塞を攻め込むだなどと、貴方は進言していないでしょう」


「・・・流石の御明察です。ブラスタグスの自尊心の高い性格を考えれば、黙って背中に攻撃を受ける完全撤退は許容出来ない筈です。兵力が同数な今の内なら、勝機を見出していると思います。それにカロキヤ軍に囚われた村人達もダナン要塞に拘束されているでしょうから、一刻も早く救出してあげないといけませんからね」


 信康は肩を竦めながらそう言うと、グレゴート達はあっと異口同音に声を漏らした。


 カロキヤ公国軍との戦いに集中するあまり、囚われてしまった村人達の存在を忘れていたからだ。そんなグレゴート達を他所に、信康はグレゴートに向かって進言する。


「閣下。以上の事から、ダナン要塞に攻め込む事をお許し下さい。両軍が共に同数である以上、カロキヤ軍も守備に置く兵力に余裕はありません。村人達を人質にする懸念も考えましたが、そんな真似をすれば必然的に行軍速度が鈍化します。そう考えると村人達は要塞に残したままにされる可能性も高く、更に配置出来る守備兵の数は少なく見積もって三百、多くても一千です。まぁ間を取って、五百か六百程度になるでしょう」


 信康は其処まで言うと、ハッとある事に気付いて更に話を続ける。


 その内容は、グレゴート達にとって驚愕すべき事であった。


「それと最初は傭兵部隊でと言いましたが、一部撤回します。傭兵部隊ではなく、自分の小隊だけでダナン城塞を攻略させて下さい」


 信康が麾下の第四小隊だけで攻略すると聞いて、各軍団の諸将は騒然となった。特に驚愕しているのは、傭兵部隊の諸将である。


「ノブヤス、本気で言っているのかい? 君の予想だと、最大で一千も守備兵が居るんだろう? 村人達の救出にも、支障が出るんじゃないか?」


 信康の提案を聞いて、リカルドが心配そうにそう尋ねた。しかし信康は、余裕の笑みを浮かべていた。


「カロキヤ軍も総攻撃に兵力を割かないといけないから、其処までは居ない・・・と言うか、配置出来ないだろうさ。まぁ仮に居たとしても、俺の小隊なら大丈夫だろう。装備と練度の質には、自信があるんでな」


 信康は自信満々と言わんばかり、はっきりとそう断言した。


「そもそもカロキヤ軍の総攻撃に備えて、兵力を確保しないといけないのはプヨ軍も同じだ。兵力は同数なんだからな。だから傭兵部隊も、なるべく本軍に残留するべきだと思っている」


 信康は冷静に最もらしい理由を述べて、プヨ王国軍が兵力を温存する必要性を唱えた。


 信康の意見を聞いて、グレゴートが何も言わずに思案する。それから信康の方を見詰めて、ある事を尋ねた。


「・・・・・・戦争とは生き物だ。それ故に思い通りに事が運ばない事も、多々有り得る。そなたはカロキヤ軍が討って出て来ると確信しているが、完全撤退した時の対応も考えているのだろうな?」


 グレゴートは信康がカロキア公国軍が総攻撃など仕掛けず、完全撤退した場合の対処法を持ち合わせているかを尋ねた。


 それにより、信康の対応力を改めて図ろうという意図があるのだろう。


 これが凡人ならば慌てふためく場面であろうが、信康は当然そうはならなかった。


「その場合は勿論、考えてありますよ。カロキヤ軍が撤退すると同時に我が小隊は嫌がらせと足止めも兼ねて、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)戦法でカロキヤ軍の足並みを乱しておきます。それで追撃に間に合った本軍と合流して、追撃戦に大人しく従軍させて頂きます」


 信康はグレゴートの質問に間すら置く事無く、そう言ってカロキヤ公国軍が完全撤退した時の対応を瞬時に答えた。


 そんな信康を見て、グレゴートの決意は固まった。


「良かろう。傭兵部隊副隊長、ノブヤスよ。そなたにダナン要塞の攻略及び、囚われた村人達の救出を命ずる! 各騎士団及び軍団は何れ来るであろう決戦に備えて、各々準備すべしっ!!」


『ははっ!』


 グレゴートの号令を受けて、プヨ王国軍はカロキヤ公国軍との決戦に備える事となった。


 更にグレゴートはプヨ王国軍の将兵の士気高揚の為に普段よりも配給される食事の量を増やし、当直の見張り兵を除いて一杯のみだが飲酒も許したのだった。



 プヨ王国軍が軍議を開催していた頃。ダナン要塞を占領していた、カロキヤ公国軍も同じく軍議を開催していた。


 その軍議はプヨ王国軍と違って、会議室で大いに紛糾していた。


「やはり、撤退すべきだ。この要塞は占領したといっても、此処は敵地で我等は孤軍な事に変わりない。即時アグレブまで撤退して、再戦の機会を待つべきだ」


「本気で言っているのかっ!? 我等が撤退したら当然、敵は我等を追撃して来る。みすみす背後から追撃を受ける位ならば、逆にこちらから総攻撃を仕掛けて敵を殲滅して兵糧を奪うべきだ!」


「正気かっ!? 我が軍は兵糧も士気も欠いている状態なのだぞっ! 総攻撃などしてもし失敗でもしたら、その瞬間に我が軍は崩壊して敗戦が決定的になる。此処は多少の損害は目を瞑ってでも、大人しく撤退した方が良い!」


「否っ! 我が軍の総攻撃を以てすれば、プヨ軍を撃滅するのも決して不可能ではないっ! 此処は一致団結してプヨ軍に総攻撃を行うべきである!!」


 カロキヤ公国軍征西軍団の諸将の意見は、信康が事前に予想した通り総攻撃か完全撤退かで分かれていた。


 此度のカロキヤ公国軍の総大将であり征西軍団軍団長であるブラスタグスは、腕を組みながら何も言わなかった。


 因みに征西軍団副団長のユリウスは、総攻撃の意見を支持していた。


 いい加減にどちらにするか決めないといけない所まで議論は進んだが、相変わらず議論は平行線の一歩を辿っていた。


「軍団長閣下。このままでは、埒が開きません。閣下のお考えをお聞かせ下さい」


 ユリウスが訊ねると、激論を繰り広げていた諸将も大人しくなって話すを止めた。


 完全に静かになったのを見計らい、ブラスタグスは口を開いた。


「・・・我々がこのまま撤退したら、敵の追撃を受けるだろう。かと言って、援軍を乞おうにも、この要塞が持つ防衛設備はガタガタで籠城する事は不可能。であれば、取るべき手段は一つしかない」


 ブラスタグスは意を決した様に話す。


「総攻撃を仕掛ける。その後、反転してアグレブに帰還する。それが現状で一番の良策だ!」


 そう言ったのを聞いて、賛成派の諸将は歓声を上げた。反対派の諸将は一瞬渋った顔をしたが、ブラスタグスと同様に意を決した表情を直ぐに浮かべた。


「ユリウス。精鋭一千をお前に預ける。この要塞を守備しろ」


「は、ははっ!・・・畏まりましたっ」


 ユリウスは敬礼して、命令を受諾した。大事な決戦を前に一千もの兵力をダナン要塞に回して良いのかと思ったが、その理由を自ずと察して何も言わない事にした。


 ユリウスと同様に余裕の無い現況で一千もの兵をダナン要塞の防衛に回す事に不満を覚える諸将も何人か居たが、ブラスタグスの顰蹙を買うのを恐れて何も言わなかった。


「他の諸将は出陣の準備をせよっ! 決戦は明日だっ!!」


『御意っ!』


 ブラスタグスに敬礼してから、諸将は会議室から出て行った。


 会議室を出たブラスタグス、ある部屋へと向かう。


 その部屋の前に着くと、ノックもせずにドアノブを回すブラスタグス。


 部屋に入ると室内にはヴェルーガ達が居た。


 ヴェルーガは自分の背に娘達を隠しながら、ブラスタグス見る。


「何か用?」


「ふん。出陣準備があるから、顔ぐらいは見ておこうと思ってな。恐らくだが、戻って来る余裕は無い。と言っても、お前等にとっては喜ばしい情報か。はははは」


「・・・ふん」


「儂が部屋を出たら、自分の身は守れる様にしておけ。それと儂が無事に戻って来る事を、祈っているが良い」


「・・・・・・別に。貴方が死んだら、あたし達は自由になれる。願ったり叶ったりだわ」


 ヴェルーガの言葉を聞いて、鼻で笑うブラスタグス。


「何がおかしいのよ?」


「ヴェルーガよ。お前は本気で高位森人族(ハイエルフ)が自由になって自分達だけで安寧に暮らせると思っておるのか?」


「・・・何が言いたいのよっ」


「知れた事だ。高位森人族(ハイエルフ)に限らず、そもそも森人族(エルフ)そのものが、希少価値の高い種族なのだぞ。この城塞がプヨ軍に陥落されれば、プヨ軍の誰かしらの妾にされるのが目に浮かぶわ」


「それは・・・っ」


 ヴェルーガもそれについては何も言えなかった。


 ヴェルーガとて森人族(エルフ)という種族の価値が亜人類の中でも希少価値が高い事は、きちんと知っているからだ。


 そればかりかその上位種であると知られたら、どうなるか想像もできない。


「プヨの貴族や部隊長なんぞに儂の様な紳士的な者などおるまい。精々、儂が生きて帰って来る事を祈るが良い」


 そう言って、ブラスタグスは部屋から出て行った。


 ヴェルーガはブラスタグスが居なくなると、後ろに居る娘達を見る。


「大丈夫。もし、何かあっても、あたしが二人を守るから、ね」


 ウインクした後、ヴェルーガは二人の娘を抱き締めた。


 母親のお気楽な態度を見て、娘達は気が楽になったのか、安堵の表情を浮かべながら母の胸の中に顔を埋める。


(そうよ。この二人は絶対に守らないとっ。母親であるあたしがっ)


 顔には出さない様にしながら、意気込むヴェルーガ。


 決戦の準備は着々と進んでいた。

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