第170話
プヨ歴V二十六年八月二十八日。昼。
串刺しにされていたダナン要塞の将兵の遺体を荼毘に付し、第一騎士団の団員達の遺体を回収出来た傭兵部隊と第四騎士団の面々は、プヨ王国軍本陣に帰還すると大歓声で出迎えられた。
向けられる称賛は第四騎士団の割合が高かったが、それでも傭兵部隊への称賛は確かにあった。
其処へ第一騎士団の団員が一人、先頭に居るフェリビア達の下へやって来た。
「お疲れ様ですっ!・・・フェリビア団長。グレゴート団長閣下が昼食後に、十二天騎と共に軍議に出席して欲しいとの仰せですっ」
「分かりました。後で伺うと総大将閣下に御報告を」
第一騎士団の団員はフェリビアにそう言って敬礼すると、今度はヘルムートの方へ身体を向けてから改めて敬礼した。
「ヘルムート総隊長も、昼食後に軍議の方へお願いします。此度の働きを労いたいので、小隊長達も全員連れて来る様にとの仰せでしたっ」
「何と、ノブヤス達もっ・・・承知した。閣下には必ず伺うと伝えて頂きたいっ!」
ヘルムートも第一騎士団の団員に敬礼して、フェリビア同様に軍議に参加する事を承諾した。
それから第一騎士団の団員はそのままその場を立ち去ったが、傭兵部隊の方はざわつきが起きていた。
「リカルド、聞いたかよ? 俺達の総大将閣下様が、労いたいから軍議に参加してくれってよ」
「ああ、バーン。ちゃんと聞いていたよ。これで傭兵部隊の実力も、正式に評価してくれるかな?」
「評価云々はともかく、作戦前と比べたら大分態度が違うよな」
信康を除くリカルド達傭兵部隊の男性陣は第一騎士団の団員の話から、思わず表情を緩めて嬉しそうにしていた。
そんなリカルド達を見て、ティファは溜息を吐いて呆れていた。
「何言ってんのよ。今回の作戦であたし達は参加してただけで、実際に活躍してたのはノブヤスの第四小隊だけじゃないの。ねぇ~」
ティファはそう言って、信康にしなだれかかった。
そんなティファを、信康はいなしていた。
「そう言うなよ、ティファ。ノブヤスの活躍だって広い意味で言えば、傭兵部隊全体の活躍と言っても別に差し支えないだろう?」
「カイン。貴方も厚かましいわね」
ティファの鋭い指摘にカインは自己弁護する様な言い分を口にすると、ヒルダレイアも呆れた様子で見詰めていた。
「ルノワ。念の為に確認するが、仕込みの方は大丈夫だな?」
「はい。メルティーナと共に一番近く且つ隠れるのに、適任な場所を確保してあります」
リカルド達が雑談をしている間に、信康は構わずルノワにある事を確認していた。
ルノワの返答を聞いて、信康は満足気な笑みを浮かべた。
信康達は昼食を取り終えるとグレゴートに言われた通り、昼食後に時刻を指定された時間に軍議が行われるであろう大天幕まで足を運んだ。
すると其処には各軍団の諸将が、既に集結していた。
傭兵部隊の到着が、どうやら最後だった様だ。
「申し訳ありません。どうやら傭兵部隊が最後だったみたいで、大変お待たせしました」
総隊長のヘルムートが傭兵部隊を代表して、グレゴートに頭を下げた。
「良い。遅れた訳でも無いのだから、謝罪は無用だ」
ヘルムートの謝罪に、グレゴートは必要無いと応えた。
それを聞いて信康達は特に謝る事はせず、用意されている席に着席した。
「それでは参加者が揃った所で、軍議を始める」
軍議開始をグレゴートが宣言すると、参加している信康達の気が引き締まった。
「しかし軍議を始める前に、先ずは感謝の意を伝えたい」
グレゴートの発言と同時に、二つの集団に自然と注目が集まった。第四騎士団と傭兵部隊である。
「敵に嬲られ辱めの限りを受けていた我が軍の将兵達の遺体を、無事に回収し更に敵部隊を撃破した功績は見事の一言である。第四騎士団と傭兵部隊の尽力に、心から感謝する」
グレゴートの感謝と共に、大天幕内は拍手の音が鳴り響いた。
そんな称賛を受けて第四騎士団は平然としていたが、傭兵部隊の諸将は何人かがソワソワとしていた。
「へへっ。こうして普段は偉そうにしている騎士から称えられるってのも、悪くねぇな」
「ちょっと、バーン。発言に気を付けなさいよ」
バーンが鼻を伸ばしながらそう言うと、ヒルダレイアが思わず注意の言葉を掛けた。
しかし拍手の音が鳴り終わった後に信康達、傭兵部隊には不穏な言葉が所々から聞こえて来た。
「最初に作戦を提案したのは傭兵部隊だと聞いていたが、蓋を開けてみれば第四騎士団が主体になって実行されているではないか。となれば実質的に作戦の総指揮を執っていたのは、フェリビア団長なのでは?」
「左様。実際に砦の指揮官も伏兵部隊の指揮官も、討ち取ったのは第四騎士団が誇る十二天騎。傭兵部隊は、何もしていないと言っても過言ではない」
「いや、何もしていない訳ではないだろう。寄生虫の如く、第四騎士団の後を付いて行っているではないか」
「成程。確かにそうだ。薄汚い寄生虫風情が立役者気取りとは、道化も驚く面の皮の厚さだな。下賤な傭兵共らしいと言えば、実にらしい話だがな」
拍手の後に聞こえたのは、傭兵部隊への陰口であった。
それも第一騎士団に所属する諸将から、その陰口が聞こえている。
第四騎士団が作戦に参加している為、傭兵部隊は何もしていないと思われたみたいだ。
そしてこの陰口を聞いて、黙っていられない短気な者が傭兵部隊には居た。
「んだとこらぁっ!? 傭兵部隊が何もしてねぇとか寄生虫だとか、勝手な事抜かしてんじゃねぇぞっ!!」
座っていた椅子が倒れる勢いで立ち上がったのは、バーンであった。そんな怒れるバーンを見て、陰口を叩いていた諸将は更に嘲笑する。
「フンッ。図星であったか? 事実を指摘されて怒るとは、年端も行かぬ未熟な青二才がする事だぞ?」
「此処を何処だと思っている。口を慎め下賤な雑兵風情が」
「手前等っ!?」
バーンは諸将の挑発を聞いて、更に挑発的な発言が大天幕内を飛び交った。それを聞いてバーンは、更に怒りが込み上げる。
「バーン。いい加減にしろ。取り敢えず座れっ」
「でもよ、総隊長っ!」
「黙れっ! 静かにしろと言っているのが聞けんのかっ!!」
「ぐううぅぅっ!」
ヘルムートに言動と共に落とされた拳骨が、バーンの頭に直撃した。
バーンは痛みで頭を抑えつつ、椅子に座らされた。
そんなバーンを見て、再び諸将は嘲笑していた。
「・・・どうやら、誤解が生じているみたいですね」
険悪な空気を吹き飛ばす様に声を上げたのは、今まで沈黙していた第四騎士団団長のフェリビアであった。
フェリビアは立ち上がって、ある事実を話し始めた。
「先ずこの作戦を立ち上げたのは、傭兵部隊副隊長の一人であるノブヤスです。更に彼が第四騎士団と傭兵部隊の主攻と助攻を入れ替える事も出来たのにそうしなかったのは、功績の争奪など考えず飽くまで作戦を成功させる事を第一としていたからに過ぎない。事実を把握せずに、憶測だけで誹謗中傷をするのはおよしなさい」
フェリビアの諭す様な発言を聞いて、傭兵部隊に陰口を叩いていた諸将はうっと言葉を濁した。
すると、今まで沈黙していた第一騎士団に所属するギュンターが、何かを思い付いた様子でフェリビアに声を掛けた。
「では重ね重ねお尋ねしますが、フェリビア団長は指揮権をそのノブヤスなる傭兵に一切を委任していた訳ですな?」
「ええ、その通りです」
フェリビアはただ淡々と、その事実を述べた。
するとギュンターは、信康にある事を尋ね始めた。
「ノブヤスと言ったな? 一つ聞かせて貰いたいのだが・・・捕虜にしたカロキヤ兵を解放したのも、君の指示かね?」
「はっ。自分がそう指示を出しました」
信康は各軍団の諸将の注目が集まるのを感じながら、平然とした様子でそう返答をした。
ギュンターの質問と信康が答えた内容を聞いて、陰口を叩いていた諸将は反撃の糸口を見つけたと言わんばかりの表情を浮かべた。
「貴様っ! 折角捕らえた捕虜を解放するとは、何を考えているっ!?」
「しかも百や二百などではない。一千だぞっ!! それだけの兵力ならば、戦場に影響を及ぼす可能性も有り得ぬ事ではないのだっ!」
「何故その様な愚行を犯したのか、説明して貰おうではないかっ」
大天幕内に、信康を非難する怒声が続々と響き渡った。
ヘルムートは代わりに信康を擁護するべく動こうとしたが、離れた席に座っている信康が片手でそれを制して止めさせた。
信康は非難轟轟の怒声を浴びせられても、顔色一つ変えなかった。
「この選択が最良だと判断して行いました」
「・・・彼等の意見は兎も角、私も君が何故その判断が最良なのか、説明が欲しいのだが?」
「はっ。では、その理由を説明致します」
ギュンターも信康がカロキヤ公国軍の捕虜を解放した理由の説明を求めたが、信康は居ずまいを正して口を開けようとした所で。
其処に血相を変えた団員が、大天幕内に飛び込んで来た。
「軍議中に失礼致しますっ!! 急報っ! 急報ですっ!!」
「どうしたっ! 何事かっ!!」
グレゴートは飛び込んで来た団員を見た。
それと同時に、信康達も一斉に団員の方に視線を注目させる。
「カロキヤ軍に潜り込んでいる密偵からの報告ですっ! 総大将ブラスタグスの命令により、カロキヤ兵が大量に処刑されましたっ! その数、凡そ一千以上っ!!」
『!!?』
第一騎士団の団員が知らせた急報の内容を聞いて、各軍団の諸将は騒然となった。
「・・・フッ」
しかし、その中で唯一、信康だけは冷静にほくそ笑んでいた。
信康は笑みを浮かべたまま、急報を知らせに来た第一騎士団の団員に話を促す。
「それで? 情報はそれだけか? 詳細が分かっているなら、早く教えて頂けると助かるのだが?」
「・・・はっ。処刑されたカロキヤ兵は、砦の守備隊と葦原に隠れていた伏兵部隊です。処刑されるに至った罪状は、敵前逃亡と職務怠慢によるものとのことっ! 処刑されたカロキヤ兵は、見せしめとして晒しものとなりましたっ!!」
第一騎士団の団員の報告を聞いた信康は、両手を叩きながら高笑いを始めた。
「これは丁度良い。説明の手間が省けた」
信康は、心底愉快そうに笑みを浮かべつつ述べた。
そんな信康の様子を、グレゴート達は呆然としながら見続ける事しか出来なかった。
其処へ信康に、ある人物が話し掛けた。
「ノブヤス。貴方はこうなると、予想・・・予知していたのですか?」
「予知とは大袈裟ですね。自分はただ、ブラスタグスの性格などを捕虜から聞けたので、それを利用して自分の手で味方を処分する様に仕向けただけですよ」
公式の場所なので、フェリビアに対して敬語で話す信康。
信康は引き続き、自身が捕虜を解放した理由の解説を続ける。
「ただ単に捕虜を連れ帰っても、管理が面倒で兵糧を食い荒らすお荷物になる。かと言って後日カロキヤと同盟関係にある、トプシチェに売り飛ばす事も出来ない。自分達の手で始末しても良かったのですが、それだとカロキヤ軍が怒りで士気を上げてしまう可能性もある。更に言えば如何に怨敵と言えど無抵抗の人間を処刑するのは、大なり小なり味方の精神にも悪影響を及ぼします・・・ならばブラスタグス自身の手で始末して貰おうと、そう思い立ちました」
信康は其処まで言うと、ニヤッと笑ってまた解説を再開した。
「ブラスタグスは自尊心が強く他人を見下している高慢な性格だと情報を得ていたので・・・作戦が失敗した原因は自分では無く捕虜達にあると責めるのが目に見えていましたから、其処を一押すれば処刑まで持っていけると思って捕虜の背中に挑発的な文章を載せて、捕虜を返しました。戦場において味方に意味無く殺される程の、理不尽はありません。ブラスタグスは自分自身の手で、味方の数も士気も減らしてくれたんです。実にありがたい話ですよ」
信康は心底嬉しそうな笑みを浮かべながら、再びブラスタグスの愚行を称賛した。
そんな信康を、グレゴート達はただただ静かに見詰める事しか出来ない。
何故なら其処まで計算に入れて策を実行していたのが、齢二十歳に満たない青年とあっては驚く他に無いからだ。
グレゴート達の目には、信康が何十年も戦場を渡り歩いて来た歴戦の将軍にしか見えなかった。
静寂に包まれた大天幕内に、漸くフェリビアはグレゴートに向かって言った。
「こほん・・・総大将閣下。改めて申し上げますが此度の作戦を提案し、実行に移して総指揮を執っていたのはノブヤスです。更に報告書にも記載しておりますが、彼が持つ魔宝武具の性能とそれを難無く使い熟す技量は一騎当千と言っても過言ではありません」
「何と、そなたが其処まで言うとは・・・」
「ええ。過大評価に聞こえるかもしれませんが、私は事実しか申し上げておりません。はっきり言って、私の部下に欲しい位です」
フェリビアはそう言って、仮面越しから視線を信康に向けた。
それと同時に、大天幕内に居る諸将の視線は一斉に信康の方へ向かった。
(うーんちょっと調子に乗り過ぎたかな。無駄に悪目立ちしてしまったか?)
信康は平然とした表情を浮かべつつ、内心では注目が集まっている事に困っていた。
「そうか・・・ノブヤスと申したな。そなたの働きにより、私は自分の部下達の遺体を無事に回収する事が出来た。そなたには感謝してもし切れぬ。後で必ず、褒美を取らすぞ」
「いえ。大した事でもありません・・・それでしたら褒美代わりと言っては何ですが、総大将閣下にお願いしたい事があります」
信康が億劫もせずにグレゴートにお願い事を口にしたので、各軍団の諸将は騒然とした。
「おいっ!? この場でその様な事を述べるとは何事かぁっ!!?」
「良いっ!・・・ノブヤス。申してみよ」
諸将の一人が信康に怒号を浴びせたが、グレゴートが制止して信康にそのお願い事を言う様に促した。
「はい。自分が欲しいのはこの軍議での発言権と・・・ある場所へ攻め込みたいので、その許可を頂けたらと思いまして」
「発言権ならばこの軍議に参加する者達、全員が平等に持って居る。気にせずとも良い・・・しかし、何処へ攻め込もうと言うのだ?」
グレゴートは信康が何処へ攻め込むのか、それが気になって信康に尋ねた。
「はい。傭兵部隊が攻め込みたいのは、此処です」
信康がテーブルに広げられている地図を見ながら、ある場所へ指差しをした。
その場所とは現在、カロキヤ公国軍征西軍団によって占領されているダナン要塞であった。