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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
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第167話

 プヨ歴V二十六年八月二十八日。朝。


 夜明けとほぼ同時に砦を攻撃した為、ものの数時間で信康達は砦の攻略に成功した。


「先ずは砦を無事に攻略出来た事を、素直に喜ぶべきかな」


 信康は砦内を見ながら、麾下の第四小隊と共に思い通りに砦が攻略出来て喜んだ。他の傭兵部隊の諸将も、フェリビア率いる第四騎士団の諸将も反応に大小差はあれど砦攻略を成功させて顔を綻ばせた。


「シェリルズッ!! この砦の守将は、わたくしが討ち取って名誉挽回する予定でしたのにっ!?」


「はっ! こう言うのは早いもん勝ちって相場が決まってんだよ」


 ゲルグスは敵将首をよりにもよってシェリルズに奪われた事実に憤慨して、シェリルズに抗議していた。尤もシェリルズは、ゲルグスの抗議に対して鼻で嗤って聞き流していたが。


「ノブヤス。負傷者は居るけど全員軽傷で命に別状は無いし、身体の何処かを失った訳でも無い。そもそも味方に死者は出てないから、戦果としたら文句無しだね。ダナン要塞に居る敵がこの事を知ったら、悔しがる顔が眼に浮かぶよ」


 カロキヤ公国軍に一杯食わせる事が出来て、喜ぶリカルド達傭兵部隊男性陣。そんな中でヘルムートと傭兵部隊の女性陣とフェリビア達はある物を見て少し困った様に思案していた。


「おや? どうかしました?」


「・・・質問があります、ノブヤス中尉。捕虜にしたカロキヤ兵は、どうするお心算ですか?」


 フェリビア達は互いに視線を交えた後、ある人物が代表して縄に縛られた状態で座っているカロキヤ公国軍の捕虜達を指差して信康に尋ねた。


 信康に尋ねたのは、信康付きになっている監察官のカラネロリーだった。七百の兵士を捕虜にしたのだ。これをどうするか気になっているみたいだ。


「普通に考えれば我が軍の本陣まで連れて行くには、距離もある上に難所も多くかなりの苦労をする所です。しかし我々には幸いな事に、サンジェルマン姉妹の転移門(ゲート)の魔法があります。通常通り、捕虜を連行しますか?」


 カラネロリーの質問を聞いて、フェリビア達は一斉に信康に注目した。通常であれば、捕虜として連行する事に躊躇は無い筈であった。


 しかし、信康はあまり捕虜達に関心が無さそうにあっけらかんに答えた。


「ああ、捕虜は直ぐに解放する」


『解放?』


 皆は「何を言っているんだこいつ」と言わんばかりの表情をして信康を見る。


 カラネロリーも一瞬驚いたが、直ぐに興味深そうな表情を浮かべながら続けて信康に尋ねた。


「よろしいのですか? 普通に解放してしまっては、再び戦力として復活してしまいますが?」


「無論、これは目論見があっての事です。解放しても、プヨ軍(俺達)に損は無い。俺の読みが正しければね」


 信康は確信を持った様子で、自信満々と言った表情を浮かべてそう断言した。


 それを見て、フェリビア達は今度は何をカロキヤ公国軍に仕掛けるのだろうと興味深そうに見ていた。


 フェリビア達はつい先程、信康が見事に砦を犠牲無く攻略した手腕を見たばかりである。また有効な策を仕掛けるのだろうと、そう連想するのは簡単であった。


「・・・・・・一つ聞いても良いですか?」


「ん? 何だ?」


 捕虜解放で決まりそうな流れの中で、信康に質問をする人物が現れた。それはフェリビア直属の側近である十二天騎の一人、『剛弓』のトパズであった。


「捕虜をどの様な策に使うかは分かりませんが、それは純粋に捕虜にするよりも利点(メリット)があるものでしょうか? 捕虜として取ればそれだけで戦力が減ります。更に後日ですが身代金も要求出来ますし、それが無理でもトプシチェに奴隷として売り飛ばす事も可能ですよ?」


 トパズはガリスパニア地方における、常識的な捕虜の処理方法を信康に伝えた。しかし信康は、首を横に振って何も言う事無く即座に否定した。それから直ぐに、否定する理由をトパズに教え始めた。


「普通ならそうかもしれんが、今回は事情が違う。先ず第一に、捕虜にした連中は貧民や平民出身ばかりで、貴族や騎士出身の捕虜は居なかった。強いて言うならシェリルズが討ち取った将軍だけが、爵位持ちの貴族だったな。だから身代金なんて、とても期待出来たものではないぞ」


「それでしたら、トプシチェに売り飛ばすだけでも良いのでは?」


 トパズの質問に、信康は先刻よりも強く首を横に振った。


「それは得策では無いな。現在(いま)のガリスパニア地方の情勢を考えれば、自ずと分かる筈だが?」


「情勢?」


 トパズは信康の意図が分からずに、首を傾げていた。トパズだけに限らず半数以上はトパズと同じ反応であったが、もう半分は信康の意図を理解して両眼を見開いた。


「何人かは、察してくれたみたいだな。そうだ。トプシチェは現在、カロキヤと同盟関係にある。だから本来ならトプシチェの侵攻に備えていた筈の征西軍団が、こうしてプヨに攻め込んで来ている。トプシチェに捕虜を売り飛ばせば、そのままカロキヤに捕虜を返還するぞ。そうなればこの戦ではそうでなくても、いずれ戦力として復活する事になるんだ。トプシチェもプヨの足元を見て、買い叩いて来るのが目に見えている」


「あっ!」


 信康の解説を聞いて、トパズは漸くその意図を理解した。トパズ以外で信康の意図を理解していなかった、他の諸将もである。


 そして信康の考えは、実に的を得ていた。カロキヤ公国がトプシチェ王国と同盟を結んだ際、捕虜になった将兵が売り渡された際は無償で返還する約定を結んでいたのである。


 この事実を信康はまだ知らなかったが、信康はそう言った事情も考慮してカロキヤ兵を解放すると言ったのだ。


「でもよ。捕虜を解放したら、こっちの情報がバレる事にならねぇか?」


「この砦を襲った軍勢の数ぐらいしか、提供出来る情報が無いから大丈夫だ。戦も一瞬で終わったから、捕虜の連中は傭兵部隊も第四騎士団の実力も把握出来て無い。たかだか三千弱の兵力の内訳なんか知られた所で、大勢に影響はしないぞ」


「そうか。言われてみれば、確かにそうだな」


「と言う訳で、捕虜の扱いは任せて頂きたい。フェリビア団長、ヘルムート総隊長。良いですよね?」


 信康はそう言って、フェリビアとヘルムートに了承を得るべく確認した。


フェリビアとヘルムートは互いに視線を交えると、黙ったまま首肯して信康に捕虜の扱いを任せた。


 *********


「・・・・・・こんなものか」


 信康は部下に指示してカロキヤ公国軍の捕虜の武具などの装備を全て奪い、服だけ着ている状態で座らされていた。更に兵士達の服の背中に『僕達は砦を取られたのに、無様に命乞いして助かりました。これも全部、ブラスタグス団長の作戦が悪い所為です』と書かれていた。


「よし、これで良いだろう」


「ノ、ノブヤス。これは一体、何だい?」


「うん? ああ、ただの言葉攻めだよ」


「だよって、これで解放するのかい?」


「そうだ。当たり前だろう」


『・・・・・・・・・』


 信康を除いた諸将全員が、絶句して言葉を失った。


 確かに捕虜にした者を殺すよりも良いかも知れないが、これは流石に酷いと信康を除く全員が思った。


「せめて、武器くらいは持たせても」


「馬鹿言え。武器は戦利品だから、絶対に駄目だ。第一捕虜共には一欠片の干し肉すら、くれてやる心算は無いっ」


「手に入れた武具も食料とか嗜好品とか、結構な量なんだけど・・・どうやって持って帰るんだい?」


「造作も無い。ルノワ」


「はっ」


 信康は自身の背後に控えている、ルノワに声を掛けた。


 ルノワは直ぐに信康の意図を察して、魔法を詠唱した。


収納(ストレージ)


 とルノワが呟くと、黒穴が生まれた。その穴は徐々に、大きくなっていった。


 形成された黒穴を見て、信康は傭兵部隊に号令を掛けた。


「よし、お前等。この黒い穴の中に回収した戦利品を入れろ」


「へっ? この穴の中にですかい?」


「こ、これって?」


 傭兵部隊の隊員達は、ルノワの収納(ストレージ)の魔法を見て困惑していた。


「よーし。ノブヤス小隊長の命令だ。さっさと戦利品を納めんぞぉ!」


「前の時もそうだけど、この収納(ストレージ)の魔法って便利だよなぁ」


収納(ストレージ)が使えるんだったら、持って帰るのも訳ねぇな」


 しかし一方で信康麾下の第四小隊、ティファ麾下の第七小隊、そしてライナ麾下の第八小隊の小隊員達は平然としていた。


(ふむ・・・ライナの小隊は、見慣れてるみたいだな。当然か。大方、ライナも収納(ストレージ)が使えるんだろう。俺が見たところ、かなりの腕前だろうしな)


 信康はそう心中で思案しながら、ライナを評価していた。


「何をボサッとしとるんだっ!? お前等もさっさと手伝わんか!!」


 そうしていると、ヘルムートの怒号が砦内に響いた。未だに当惑して動かない三小隊以外の隊員達の様子を見て、ヘルムートが痺れを切らしたのだろう。


「は、はいぃっ!? すみませんでしたぁっ!!」


 他の隊員が急いで謝罪すると、三小隊以外の隊員達も慌てて戦利品の回収を始めた。


「・・・戦利品が多いから、時間が掛かりそうだなぁ」


「ああ。この砦はあの味方の串刺し死体が晒されている場所から、そう遠くない。大方、あそこに隠れている伏兵の交代要員の休憩所も兼ねているんだろう。敵の総大将は、長引いても耐えられる様に物資を大目に置いておいたに違いない」


「となると、この砦を攻略しただけでカロキヤに結構な打撃を与えられたと言う訳ですかい」


「おう。これもノブヤスの作戦の御蔭だな」


「状況が好転して、良い流れを取り戻せて良かったよ」


 ヘルムート達は砦攻略が齎すプヨ王国軍への恩恵を考えて、喜びの笑みを浮かべていた。


 そんなヘルムート達を横目に、信康も行動に移るべく動き出した。


「よし、じゃあ。後は」


 信康は捕虜である、カロキヤ兵達を見た。信康の視線に気付いたカロキヤ兵達は、ビクッと身体を震わせた。


「おーい、お前等。解放してやるから、好きな所へ行って良いぞ。何だったら、ダナン要塞の方に戻ってくれても構わん」


 信康がそう言うと、カロキヤ兵達は両眼を見開いて驚愕した。カロキヤ兵達は明らかに、顔を見合わせて信康の発言に困惑していた。そんな中で信康は第四騎士団に頼んで、縄を解いて貰う様に頼んだ。


 第四騎士団の団員達に縄を解かれて身体の自由を取り戻して行く中、カロキヤ兵達の一人が信康に訊ねた。


「本当に、俺達を逃がしてくれるのか?」


「ああ」


「背中から攻撃とか、しないか?」


「しないしない。そんな面倒で性質の悪い事をする位なら、縛られている状態だったお前等の首を撥ねた方が手間が省けてるよ」


『・・・・・・・・・』


 信康が言っている事は尤もなのだが、今一つ信じていないカロキヤ兵達。


 信康は溜息を吐いた後、羽虫でも追い払うかの様に手を払う。


「ほれ、さっさと行った行った」


 信康にそう言われてカロキヤ兵達は何とも言えない顔をしながら、立ち上がり砦から出て行く。


 しきりに後ろを警戒しながらも、ダナン要塞へと向かっていく。


 カロキヤ兵達が全員居なくなると、トパズが信康に声を掛けた。


「今更ですけど、本当に良かったんですか?」


「別に構わん・・・あいつ等を生かして方が、結果的にプヨ軍の為になるだろうさ」


 信康が呟いた一言を聞いて、トパズはただ首を傾げていた。


「ノブヤスさん。それは、どういう意味でしょうか?」


「ヒントをやるとしたらだな・・・偵察した時に捕まえた捕虜が言っていたんだが、総大将のブラスタグスは、自尊心と矜持(プライド)が高く、他人を平然と見下す高慢な性格をしているそうだ」


「・・・それが何なのでしょうか?」


「此処から先は流石にノーヒントだな。まぁ楽しみにしておけ」


 信康は根拠も無く自信有り気に、トパズにそう断言した。トパズは自信満々な信康の態度を見て、ただ溜息しか吐く事が出来なかった。


 因みにブラスタグスの性格等に関してはレギンスと言う情報屋から貰った情報だと言う訳にも行かなかったので、捕虜達から聞いたと言う事にしたのであった。


「おっと、いけない。トパズ。シェリルズとイゾルデを連れて、捕虜達の後を追ってくれないか? 監視と言う名目でな」


「はい? それをする理由は何ですか?」


 信康の唐突な頼みを聞いて、トパズが怪訝な表情を浮かべて理由を尋ねた。


「無いとは思うが、あの服に書いた文を敵さんの目に入って貰わないと困るんだ。もし服を捨てて全裸(はだか)で要塞へ入られてはかなわん。だから監視しておいてくれ」


「成程、そうですか。理由は分かりましたけど・・・もし服を脱ぎ出したら、私達はどうすれば?」


「自慢の矢で連中を追い立てて、要塞まで走らせてやると良い。獲物を追い立てる、勢子の如くな」


「だから私とイゾルデさんなんですね。シェリルズさんが入っている理由は分かりませんけど・・・団長にお伺いを立てて、許可を頂けたら行って来ます」


 トパズは信康に一礼してから、フェリビアの下へ向かった。フェリビアはトパズの話を聞いてから少し考えた後、信康をチラッと一目見てからトパズに向かって話をする。フェリビアとの話を終えたトパズは一礼してから、イゾルデとシェリルズと共に自分達の麾下部隊合計で七百五十騎を連れて出陣した。


「・・・・・・私の部下達を、あまり扱き使わないで頂けませんか?」


 フェリビアが兜越しに信康を睨み付けながら、そう言って苦言を呈した。それを受けて信康は、苦笑してその苦言を受け流す。


「いやぁ申し訳ない。非常に使い勝手が良いもんで・・・続けてで申し訳無いんだが、俺と俺の小隊と一緒に第四騎士団を率いて出陣して貰いたい。・・・約束(・・)を果たすのも兼ねて、カロキヤ軍の伏兵部隊を潰してから味方の遺体を回収をしに行きたいのでね」


 信康がまるで子供のお使いだと言わんばかりに事もなげにそう言うと、砦内は驚愕した空気に包まれた。

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